発端
―時を遡ること約3ヶ月前。『バッキニアス地方』の主国である『バッキニアス国』、そのまた首都の『青藍都市バッキニアス』。
世界有数の大国であるバッキニアス国に、二人の『勇者』が召喚された。
「―ここは」
「―ふむ」
見慣れたような、しかし見慣れない城内に、二人は状況確認のために辺りを見渡す。
先程まで自分たちがいた場所とは全く別の場所。気のせいか、吸う空気もどこか違う香りが漂うように感じる。
片や、純銀の鎧に身を包んだ紅蓮の騎士。腰には光り輝く剣を携える。
片や、漆黒の王族衣装を纏う暗黒の騎士。背中には邪気を放つ剣を携える。
その姿はまさに『光』と『影』。光の剣を持つ者が『勇者』だとすれば、邪気の剣を持つ者は『魔王』。
絶対に相容れないであろう二人が、どのような因果の巡り合わせか同じ国に召喚されてしまった。
「召喚に成功したか!よしよし、まずは一安心じゃな」
二人を召喚するように命じた主が、召喚の成功を喜んでいる。
二人はその男を横目に、この世界でも対峙することになる。
「ふっ。
どういう理屈かは知らんが、どうやら俺たちは生き延びたらしい」
魔王の男は背中の剣を抜き、その鋭利な刃を勇者の男に向ける。
「ああ、そうだな。
だったらやる事は一つだ」
勇者の男もそれに同調するように、腰の鞘から剣を抜き取る。
「え?え?
ちょっとお主ら?まさか戦闘する気じゃ…」
召喚主は二人の様子に慌てふためき、玉座を立ち上がって二人の間に割って入ろうとする。
魔王の男は駆け寄る召喚主を鋭い眼光で人睨みし、召喚主は眼光に怯えてしまう。
「ひっ…」
「黙っていろ。少しでも長生きしたければな」
「悪いなおっさん。コイツはそういう人間なんだ」
気の毒に思いながらも、勇者の男も魔王の男の行動を止める様子はない。
互いに剣を交えることを楽しみにしている。二人は相手の眼を見、そして笑みを見せて剣を構える。
「あの時の続きと洒落こもうや、ジェクション」
「ああ。俺も闘い足りなかったんだ、ニール」
『ジェクション』と呼ばれた『勇者』は不敵な笑みを。
『ニール』と呼ばれた『勇者』は威風を含めた笑みを。
召喚主はただ黙ってその様子を見守ることしか出来ず。
―二人の『勇者』による壮絶な剣戟が、異界の地で繰り広げられることとなる。
―――――
「…というのが、今現在『青藍都市バッキニアス』で起こっている揉め事の発端っス」
ひと通りの事情を説明し、レイジは溜め込んでいた息を吐く。
「『勇者』同士の内部抗争…ですか」
「ええ。
『勇者』が六の大国で二人ずつ、残り一つの大国は一人を召喚、合計で13人っていうのはご存知っスよね?
偶然なのか、はたまたそういう原理なのかは分からないスけど。ウチに召喚された『勇者』様たちには、前の世界での因縁があってみたいっスね」
(因縁を持つ者同士のペアで召喚されてしまったということか…)
レイジの考察を事実だとすれば、進が何故秀義と同じ国に召喚されたのかも辻褄が合う。
秀義が進の事をどう思っていたか、今では知る由もない。しかし、進にとって秀義は『恐怖』という概念を象徴する一人。因縁があると言えば、あることになるのは違いない。
「前の世界の因縁をまだ拗らせてるってわけか」
「多分そうっスね」
進は唇に指を当てて考える。
この私闘が始まったのは3ヶ月前だと言っていた。
3ヶ月と言えば、進がまだこの世界に召喚される前の時期。それ程までに前から戦闘が始まっているのなら、世界中の各国に情報が伝達してもおかしくない。
それに、『勇者』同士の私闘を“抗争”と呼ぶのは少しスケールが大きすぎる。何故レイジは、“抗争”という言葉を使ったのか。
その理由は、間を挟むことなくレイジの口から語られる。
「…『勇者』同士の私闘なら、まだ問題は無かったんス。自国の問題なんで、他国に救援を要請することも無いっス。
でも、片方の『勇者』がバッキニアス国の現国王を殺してしまったんです」
「なに?」
レイジの口から衝撃の事実が飛び出る。
国王の殺害。それは世界にとっても重大な事件であり、たとえ犯人が『勇者』であったとしても、厳重な罪に問われる。
本来なら、重罪を犯した『勇者』は同国に召喚された『勇者』の手によって裁かれる。国王殺害ならそれは死刑に値する。
しかし。『勇者』同士の抗争が今現在勃発している。どちらか片方の『勇者』が死ねば、それは裁かれたことになる可能性もあり、それは罪を裁けなかった可能性にもなる。
「国王を殺した方の『勇者』はその後、魔法を使って城内の臣下たちを洗脳してしまったっス。
俺たち国民は、もう片方の『勇者』を中心としてレジスタンス軍を結成し、殺害の『勇者』の討伐を目的に活動していたんス」
「なるほど。
それで隣国の『エルベスタ国』に『勇者』の救援を要請しに行く最中だった、と」
「ウッス。
いや〜、オレから買って飛び出したはいいものの、旅路の計画とか一切していなかったもんですから。
見苦しい所を見られて恥ずかしい限りっス…」
進の中で全て合点がいった。
レイジが道端に倒れていたのは隣国に『勇者』の救援を要請するためであり、『勇者』を必要としているのは抗争を終わらせるために手数が必要だから。
3ヶ月も連絡が無かったのは国王が殺害されたせいで、情報伝達も『勇者』の手によって阻害されていた。
進が知らない所で、一国を巻き込んだ大きな抗争が繰り広げられていたようだ。
なら話は早い。
一刻も早く『青藍都市バッキニアス』へと赴き、進が二人の『勇者』を殺して抗争を終わらせる。
そうすれば長く続く抗争も終結して国民は安寧を得て、『勇者』を殺すことを目的とする進にとっても、目的の達成にまた一つ近付く。
「明日の朝出発だ。お前ら、今のうちに休んでおけ」
進は『青藍都市バッキニアス』に急ぐことを決めた。
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