要請

 



「…んあ」


 少年は意識を呼び覚ます。

 目を開くと視界に広がるのは満天の星空。どれほど眠っていたかは分からないが、今の時間帯は夜のようだ。


 右方からはパチパチと焚き火の燃える音が届く。秋頃の寒い夜を暖めてくれている。

 しかしこれも少年の身に覚えはない。誰かが火を焚いたという事だろう。



(オレは一体、いつから気絶してたんだ?)


 体を起こして周囲を見渡す。

 少年の目に真っ先に入ってきたのは、焚き火を囲って暖を取る二人の人物。

 進とシエル、それとシエルの肩にちんまりとしているリィムの姿だった。




「気付いたか」


「あんたは一体…」


 串に刺した芋を焼きながら、横目で少年の覚醒を確認する進。

 シエルは少年に駆け寄って、少量の水を入れた木製のコップを手渡した。

 少年はそれを受け取ると、中の水を一気に飲み干してコップをシエルに返す。


「ありがとう」



「大丈夫ですか?道に倒れていましたけど…」


「クゥン?」


 シエルは少年の顔を覗き込む。

 それを見かねた進は少年から離れるようにシエルに促す。


「あまり近付くなと言ってるだろ」


「でも病み上がりですよ」


「だったら尚更だ。もしそいつが疫病でも持っていたらどうする」




「人を疫病持ち呼ばわりとは、アンタ随分失礼な奴っすね」


「初見の人間を『アンタ』呼ばわりする男には言われたくねぇな」


 進と少年の間に亀裂が生まれる。


 少年の方には争う気はない。対立する気もない。

 しかし、進から感じ取れる拒絶の気配が少年を警戒させる。それが少年と進の対立を生んでいる。



 先に折れたのは少年の方だった。


「…とりあえず、礼は言っておきますっス。道端に倒れていたところを助けてくれてありがとうございました」


 少年が態度を変えたことにより、進も拒絶の意思を多少和らげる。


「礼なら俺じゃなくてシエルに言え」


 進は焼き芋を焚き火の薪の中から取り出し、焼きたてを少年に投げ渡す。

 少年はそれを手で掴もうとするが、焼きたての高音は伊達ではなく取りこぼしてしまう。


「あっつぅ!!?普通投げないッスよね!?」


「知るか、飯を渡してやるだけ有難いと思え」



「シン、あんまり冷たく接するのも良くないと思いますよ?

 すみません、今冷ましますね」


 シエルは言うと、皮が炭化した焼き芋に魔術で生成された水を掛け続ける。

 温くなったといったところでシエルは水を止め、芋を半分に割って片方を少年に手渡す。



「どうぞ」


 少年はホクホクの焼き芋の半分を受け取って、それを口に運ぶ。


「有難うな、シエルちゃんはあの男と違って優しいなぁ」


 少年は空いている方の手でシエルの頭を撫でる。シエルはむず痒そうにそれを受け入れる。



「そ、そんな…。

 それに、シンは私以上に優しい人ですよ?」


「おい、シエルに触れんじゃねぇ」


 般若が今にも動き出しそうな表情で進は腕を組んでいる。


「…あんなのが本当に優しいンスか?」


「あれでも実は優しいんです」


「クゥン」




「お前ら聞こえてるぞ」






 ―。






 準備していた夕食焼き芋をすべて平らげて、三人と一匹は改めて焚き火を囲んで向き合っていた。






「さて、聞かせてもらおうか」


 最初に口を開いたのは進。進は少年に疑問を投げ掛ける。



「お前は何者だ。何でこんな辺鄙な場所で倒れていた?」


 進の問いに少年は答える。

 しかし、少年の体は進ではなく完全にシエルを向いていた。


「俺は『レイジ・ウォルティ』って言いますっス。気楽に『レイジ』でイイっすよ!」



「…質問しているのは俺なんだが」


 進が警告するも、レイジと名乗った少年は構わずにシエルに話し掛ける。


「いや〜、ホンットに助かったっス!エルベスタに向かう途中だったんスけど、計画無しに飛び出したもんですから行き倒れちゃって」


「は、はぁ…」


 体を向き直さないレイジに、進は段々苛立ちを募らせていく。


(…まぁ落ち着け。シエルに手出しをしている訳じゃない。



 ここはシエルを通して質問するか)


 進はシエルの傍に近付くと、彼女に質問の内容を伝える。



「目的が何なのか聞いてみてくれ」


「私がですか?」


「多分、俺が聞いても無視するだろ」


「うーん、分かりました…」


 妙に納得していないような返事を返すと、シエルの方からレイジに質問を飛ばす。



「どうしてエルベスタに向かっていたんですか?」


 進がすると答えなかったであろう質問に、レイジは半分元気に、半分真面目に答えた。




「いやちょっと、首都の方で揉め事があってっスね…」


(揉め事?)



「揉め事、ですか?」


「はい。

 その揉め事を解消するために、オレはエルベスタにいるはずの『6番目の勇者』に応援を要請しようと向かっていたところっス」



『6番目の勇者』。その言葉に進は思考を張り巡らせる。




 一般人には解決出来なくて、『勇者』には解決出来ること。そうなると要件は大体限られてくる。

『勇者』に出来て一般人に出来ないことと言えば、『勇者を殺すこと』ぐらい。あとは『魔神の討伐』だろうか。それは、一度『勇者』を手に掛けた進が良く理解している。


 それを要請する必要がある、ということは相当重い問題になる。

 ただ単に『勇者』が必要だというだけなら、大国であるバッキニアス国にも『勇者』はいる。それも二人。

 旅立ってしまって不在の可能性もあるのかもしれない。しかし、先程も挙げた通り『勇者』にしか解決出来ない問題というのは限られる。


 隣国の『勇者』にわざわざ要請を呼び掛ける必要がある。しかも『勇者』が召喚された国で、『勇者』に解決出来る問題を助けてもらうために。



 もしも『魔神』が降誕したのであれば、それは世界の存続に関わる大事となる。時間差こそあれど、瞬く間にして世界に広まる情報だろう。

 しかしそんな情報は進は全く聞いていない。ただ単に情報不足なだけか、そもそも『魔神』が降誕していないか。


『魔神』関連の要請で無いとするのなら、残るは一つ。











「―抗争か」


『勇者』同士の抗争。それしか無いだろう、と結論づけた。



「…何故分かったっスか」


 進が言い当てると、レイジは進に反応を示した。


「『勇者』に出来る事なんて限られてるだろ」


「それはそうかもしれないっスけど…」



『勇者』と『勇者』の戦闘。

 いつから続いているか分からない。いつまで続くのかも分からない。『勇者』同士の戦闘を止められるのもまた、『勇者』だけである。彼らに終わりを与えられるのは同類の人間しかいない。


 大方、召喚された『勇者』たちがその場で戦闘を始め、それがいつまで経っても終わらないのだろう、と進はある程度の問題を予測した。




「…俺が『勇者』だが」


「は?」



 唐突の告白にレイジは面食らう。


「俺が、エルベスタに召喚された『勇者』だっつってんだよ」




 進にとっては都合の良い問題である。


 今から向かう場所に『勇者』がいるのなら、まとめて殺してしまえ。

 漁夫の利、悪くても三つ巴の抗争になるはずだ。








「―俺を『勇者』の元まで連れて行け」




 進は自分の目的のために、レイジを利用することを決めた。

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