終末

 



 ―とある世界。別の世界。有り得たかもしれない世界。






 もはやその崩壊を止める術はなく。世界は次元の彼方に消え果てるように、各地で天変地異を起こしていた。

 大地は割れ、海は荒れ、山は爆発する。世界の崩壊はそこに住む人々を巻き込みながら、その存在を次々と消し去っていく。
















 世界の中心。




 崩壊が進む世界の中心で、とめどなく争う二つの影。

 禍々しい妖気を放っていた王城はその原型を留めておらず、ただの瓦礫の山と化していた。



 しかし。それでも二人の戦いは終わらない。


 もはや世界の崩壊は止められない。『彼』の役目は失敗に終わったのだ。


 もはや世界の崩壊は約束されている。『彼』の目的は大団円を迎えたのだ。




 役目も失い。目的も達した。



 ならば。残り僅かもない生を謳歌するのみ。

『彼ら』は、お互い思う存分に死合っていた。








「「はぁぁぁぁああああっ!!!!!」」



 聖剣と魔剣が火花を散らせる。ギャリギャリという金属音が、互いの剣をすり減らしている証拠。

 剣と剣の交差の先に、両者の視線が重なる。




「楽しいな『勇者』よ!


 何も背負うものがなく!何を気にするでもなく!

 ただ純粋に命の駆け引きをするというのは!!」


 魔剣の使い手が声高らかに叫ぶ。宿命から解放され、自由を謳歌する男の叫び。



「俺は今!


 貴様への怨恨よりも!世界への罪悪感よりも!

 嬉しいことに、お前との闘いに胸が高鳴っている!!」


 聖剣の使い手が声高らかに叫ぶ。責務を全う出来ず、それでもなお正義を宿す男の叫び。



 叫ぶ男たちの顔に浮かぶのは笑み。

 心の底から湧き上がる『喜』という感情を曝け出しながら剣を振るう。

 幾度となく剣閃が奔り、交差する。一瞬の輝きが幾百幾千と繰り返される。




 やがて、聖剣を振るう男の右肩に一筋の線が刻み込まれる。剣の斬撃を受けたからではない。剣戟の余波が刃とって、彼の体を襲ったのだ。

 それとほぼ同時に、今度は魔剣を振るう男の口角が切れる。傷口からは、まるでインクのように真紅に染まった液体が滴り落ちる。



 体に傷が刻まれようとも。男たちはその剣を止めることは無い。

 世界の崩壊が行われている真っ只中だというのに、その空間だけは別次元に隔離されているかのように思える。


 世界も。善も悪も。プライドも。

 二人の男は全てを捨てて、己のわざだけをぶつけ合う。

 互いは互いを認め合う。全力をぶつけてもまだ足りない、己の全てを受け止めてくれる『親友ライバル』だと。






 聖剣使いは『退屈』を嫌った。



 恵まれた天賦の才を受け止めてくれる者など、彼の近くには誰一人いなかった。


 そんな時、『魔王討伐』の依頼が聖剣使いの元に舞い込んできた。

 聖剣を扱える人間は世界に一人しかおらず、一人も欠けてはならない。つまり、彼が生きている間は彼にしか聖剣が振るえない。


 聖剣を持つ者は『勇者』と呼ばれ、世界を脅かす『魔王』を討伐する宿命にある。それは義務であると同時に『責任』も押し付けられることと同義。


 魔王の目的は『世界を滅亡させる』こと。もしも『勇者』が討伐に失敗したら、世界は滅びることになる。勝手に押し付けられた『責任』と『聖剣』を片手に、魔王を討伐することがうまれながらにして『義務』付けられている。


 聖剣使いはそれを「面白い」と。嘆くことなく引き受けた。

 退屈を殺してくれるのであれば何だって構わなかった。

『魔王』でなくとも。伝承に伝わる『魔神』や、世界最強の名を冠する『龍種』でも。彼の暇を潰してくれる相手なら誰でも良かった。


 こうして聖剣使いは『責任』を背負って旅に出た。彼自身はそんなもの微塵も感じていなかったが、その剣には確かに『義務』が重くのしかかっていた。



 そして。彼はその『義務』を果たせなかった。『魔王』を殺せずに、世界の崩壊を止められなかった。

 秩序無き世界に『義務』も『責任』も無い。彼を信じて送り出してくれた人々。彼を信じる世界中の人々。その全てが聖剣使いを恨みながら死んでいくことだろう。






 魔剣使いは『孤独』を嫌った。


 彼は世界に生を受けた時から独りだった。

 従者も、仲間も、家族も存在しない。彼にあったのは、彼を襲う『孤独』と、気付けば抱き抱えていた魔剣の二つのみだった。


 魔剣使いはがむしゃらに剣を振った。動物を殺した。魚を殺した。時には人も殺した。

 話が通じない生き物たち、呼び掛けても話を聞いてくれない人間たちを、片っ端から鏖にしていった。


 そうして彼は『孤独』から抜け出せずに大人になった。

 彼に残されたものは、肌身離さず持ち歩く魔剣と、いつになっても離れることはない『孤独』。さらに、世界を憎む『復讐心』を宿していた。


 そうして彼は、世界を滅ぼすことを決めた。

 国に住む人々を殺し。城にいる人々を殺し。玉座でふんぞり返っている王を殺し。彼は『魔王』となった。


 そして彼は人間たちに『3年』という短い猶予を与えた。

 この3年の間に自分を悦ばせてくれる人間が現れた場合、世界の崩壊を止める、と。


 しかし。3年が経った今日。

 僅かに。僅かに足りなかった。時間があと5分あれば、彼も『勇者』の実力に満足して世界の崩壊のタイマーを止めてくれたかもしれない。



 しかし、起きてしまったことは止められず。また、魔剣使いも世界の崩壊を阻止しようとはしなかった。

 これでいい。元から望んでいた事だ、と。聖剣使いの『勇者』を見て、最後に世界に満足しながら彼は世界を滅ぼす。






 死力を尽くし。持てる業の全てを出し切り。剣も刃を鈍らせ。


 二人は剣を放って瓦礫の山に仰向けになった。








「…なぁ『勇者』よ。

 お前は、この世界が素晴らしいものだと思うか?」


 息を切らしながら、死合っていた二人は言葉を交わす。


「…少なくとも、俺は『退屈』だったな。

 本っ当に。最後の最後まで、俺を満足させる奴は出てこなかったしな」


「俺では不満だったか?」


「お前だけだよ。俺の全力を受け止めた奴は」


「ふっ、それは光栄だ」




「…なぁ、『魔王』。

 お前はどうして、世界を崩壊をさせようとしたんだ?」


 崩壊の音が徐々に近付いてくる。最後の言葉を一文字一文字、しっかりと確認しながら二人は言葉を交わす。


「俺を『孤独』にしたからだ。だから、生まれ変わろうと世界を滅ぼした」


「おいおい、そんなんで殺される俺たちの身にもなれよ」


「お前も『退屈』していたんだろ?だったら丁度いいじゃないか」


「はっ、確かにな…」






 空が割れる。見たこともないような暗黒の空模様になり、二人がいる地点には暴風が吹き荒れる。

 周りの木々や建物は、空に現れた裂け目のようなものに次々と吸い込まれて闇の中に消えていく。



 世界の終わりなのだ。

 世界には瓦礫の山しか残っておらず、その世界に存在する人間は二人を除いて全て葬られた。


 残すは二人。

 聖剣使いと魔剣使いを飲み込んでしまえば、この世界は完全に終わりを迎える。






 聖剣使いは目を瞑り。


 魔剣使いは口を開いた。








「『ジェクション』。

 誰かが呼んだ俺の名前だ。姓はない」




「『ニール・ビトリクス』。

 …思えば、俺から名前を教えたのは初めてかもしれねぇな」




 二人は互いを知る。その知識はやがて無に還る。

 だが、確かに。その『意志』は魂に刻まれることだろう。






「生まれ変わってもお前と相見えることを願うぞ、ニール」



「今度はお互い友達から始めようぜ、ジェクション」






 ブラックホールの亀裂が大きくなる。

 その吸引力に、ついに二人を乗せた瓦礫の山が浮き上がる。








『退屈』を嫌った男は、最後の最後で『充実』した時間を楽しめた。




『孤独』を嫌った男は、最後の最後で『親友』との時間を楽しめた。






 二人は満足したように目を閉じ。






 時空の裂け目に身を任せた。

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