「ー『家族』って、何ですか…?」

 

 軽装の鎧に身を包む赤髪の淑女は、独特な形をしたブロードソードの刃を進に向ける。


「…何でそれを持っていやがる」


 その剣は、かつて進が屠った『6番目の勇者』である秀義が使っていたものと瓜二つ。

 秀義が使っていたのは『勇者の武器』と呼ばれる特別な武器であり、それを扱えるのはその武器に対応した勇者のみ。秀義本人でなければ、たとえ同じ『勇者』だろうともその剣は使えない。


 それを進の目の前の淑女は、見事にその剣を鞘から抜き取ってみせた―鞘自体は『勇者の武器』には含まれない―。普通なら、勇者の許可が無ければ触れることすらままならないものを、いとも容易く扱ってみせた。



 考えられる可能性は2つ。


(新たな『6番目の勇者』か、それともあの剣は全くの別物か)


 もし仮に、あの国で秀義に代わる新たな『6番目の勇者』が召喚されたとしたら。彼女が『勇者』であるなら。あるいは『勇者の武器』を扱うことも可能であろう。

 しかし、それではスパンがあまりにも短すぎる。進が秀義を殺したのはほんの1週間ほど前。もしすぐに秀義の死に気付いたとしても、召喚されるのは短く見積もっても2週間。とてもではないが、新たな『勇者』を召喚したとは考えづらい。



 それに。進は目の前の淑女の纏う覇気に違和感を感じる。


(確かに妙な気迫はある。が、“気”ではない)


 淑女が纏っている何物とも言えぬ覇気。それは『勇者』のみが使える“気”のように、相手を殺すほど鋭くはなかった。

 それに、進と淑女とのレベルも大した差はない。



 =====


 ???  Lv:12


 =====



 淑女が名乗っていないので名前は分からないが、レベル差で言えば進とほぼ同格クラス。進と同じレベルの人間が頑張れば、『勇者』でなくても勝てる相手だ。

 しかし、それは同時に進も全力で戦えないことを意味している。進が持つ固有スキル『下剋上リベリオン』は戦闘相手とのレベル差が大きければ大きいほど効力が増していく。進のレベルは9、淑女のレベルは12。格差がほとんどないこの状況、進は本来の強さを発揮出来ない。


 相手の強さ、相手の素性が分からない以上、迂闊に戦うのは得策ではない。そう踏んだ進は、両手を上げて戦闘の意志が無いことを目の前の淑女に伝える。




「いきなり剣を向けてくるなんて非常識じゃないか?」


「黙りなさい。『14番目の勇者』に常識なんて通用しないでしょう?」



 ―また。『14番目』、か。



 もはや聞き飽きた常套文句に進は呆れる。

 同じことを繰り返すこの世界の人間はまるで、ゲームに出てくるNPCのようで。この世界がゲームなのではないか?という錯覚を進に抱かせる。



「―それで、お前は何者だ」


 両手を下ろし、左手に出したトランプで淑女の差し向ける剣先を弾く。まるで鉄と鉄がぶつかり合うような甲高い音を立てて、淑女の持つ剣はその矛先を進から逸らした。

 淑女は剣先を地面に向けて、掃き溜めでも見るかのような目で進を捉える。


「『魔神の御使い』に名乗るような名前はなくてよ」


「そうか、じゃあ自己紹介といくか?」


「人の話を聞かないのは噂通りみたいですわね。言葉遊びをしている暇も無いのですけど」


「じゃあ帰れよ。『勇者』じゃないお前に俺は殺せない。

 その武具をどういう意図で着けてるのかは知らんが、秀義と同じ格好をしたところで騙せないぞ」








「―ええ。確かに『勇者あなた』は殺せませんわね。ですけど…」


 淑女はその剣光を、進の後ろに隠れているシエルに向ける。



「たとえ『勇者』であっても、自分が捕らわれないようにしながら何かを守り抜くことは出来るのかしら?」


 その目に迷いはない。淑女はその気になれば、本気でシエルを殺そうと襲い掛かるだろう。


「テメェ…」


 進も警戒心を最大限まで上げて、トランプを剣の姿に移し替える。

 ショートソードを構えながら、右手でシエルを覆うように後ろに回す。



「そもそもコイツは関係無いだろ。この子は村の住人から捜索依頼を―」


 進が言葉を紡いでいる途中。




 淑女の背後に立つ3つの影。


 マトリョーシカを連想させるような体格差の3人。

 そのうち、大きい方の2人は、『メイア』を見つめて罵詈雑言を飛ばした。



「うちの家族に『悪魔』なんていない!!」


「そうよ!!うちは元から『3人』家族だったわ!!」



 その姿は、進にも、シエルにも見覚えがあった。

 進にとっては、一飯の恩を返すべき相手。

 シエルにとっては、自分をボロ雑巾のように扱った『絶望』の象徴。




「…ですってよ?あなたが受けた『捜索依頼』とやらは、一体誰を捜すように言われたのかしら?『悪魔』の事かしら?」


 淑女とその取り巻きの2人は、下卑た笑みを浮かべる。今にも笑いだしそうな顔をしている外野の村民たちは、戦える者は農具や武器になる物を手に、戦えないものは小石を手に進たちに視線を送る。






(嵌められた)


 最初から、そのつもりだった。

 進がこの村に訪れた時には、既に彼女がこの村に訪れて『14番目』の情報を流していた。

 …いや、もしくはあの時から。

 道すがらに『勇者』と出会ったその時から、進は既に掌の上で踊らされていたのかもしれない。


 あの家族たちは。最初から『メイア』を切り捨てる気でいたのだ。



(クズどもが…!!)


 憤怒。進の中で沸き上がるただ一つの感情。

 今すぐにでもこの村の人間たちを全員殺したい衝動に駆られる進だったが。


 1人だけ。周りの人間とは違う目をしている少年がいることに気付いた。




「…」


 その少年は、『メイア』の義理の兄。エルデと呼ばれていた少年。兄でありながら、その見た目は9歳のはずのシエルと大差ない。

 エルデは母親の裾を掴んで、じっとシエルを見つめていた。その目は、まだどこかで彼女の事を信頼しているような、頼りない目をしていた。



「―お兄ちゃん」


 シエルも彼の視線に気付いて、視線を送り返す。

 そして、彼に手を伸ばそうとすると。






「うちの子に近づかないでっ!!!!!」


 エルデの母親がその手に石を全力で投げつけた。


「痛っ…!」


 人差し指の関節部分に当たった石は、シエルの皮膚を擦りむき血を流させる。

 シエルは突然の痛みに反射で手を引っ込めた。



「テメェ!何しやがる!!」


 八重歯を剥き出しにして母親を睨みつける。進の眼光に怯えたのか、母親は


「こ、こっちに来ないで!!」


 と、進にも石を投げつけた。進はそれを“気”で軽く吹き飛ばす。



「―これでこの場に、いいえ、この世界にあなた達の味方はいないということが分かったかしら?

 どこへ逃げても無駄です。さ、大人しく投降なさい」


 淑女は再び剣を進たちに向ける。





「…お兄ちゃん…」


 シエルは、諦めずにその目線をエルデに送り続ける。




 しかし、エルデはその目線に気付くと。






「…ごめん」




 と呟いて、シエルを視界の外に追いやった。




 その声がシエルに届いたかどうかは分からない。


 しかし。

 兄に否定された。唯一信頼してきた義兄にすら、自分の存在を否定された。シエルはそんな感情に陥った。



 絶望。

 この世でただ一つ信じてきたものすら、もう信じられなくなった。そうなればシエルに残されたのは『絶望』のみ。

 生きる希望はあった。しかし今失った。生きる意味を見出せない。

 信ずる者がいた。しかし今失った。もう誰も信じられない。


 少女は、これからどうやって生きていけばいいのだろうか。








 いや。

 まだ。1人だけ。

 出会って間もない。けど、確かに信頼出来る。そんな人物が。少女の目の前にいる。



 その信頼出来る人物に。少女は涙を零しながら、問い掛ける。

















「―『家族』って、何ですか…?」







 その一言。その一つの問い掛け。


 たったそれだけで、進の怒りは爆発した。








「テメェらァァァァっ!!!!!!!」


 爆発的な“気”を放出して、辺りを囲む村民を一斉に吹き飛ばす。

 それだけでは収まらず、木製で出来た建築物、小屋に入れられた家畜も全てまとめて吹き飛ばした。



(なんて強い“気”…!!)


 その中で1人、進の“気”による突風に耐える者がいる。

 両腕で顔を庇いながら、地面に突き刺した剣を支えにしてどうにかその場に踏みとどまるのは、紅蓮の鎧を着込んだ淑女。

 彼女は以前にも、何度か秀義との手合わせで“気”による攻撃を受けた事がある。その経験がここで活き、進の突風を耐えることが出来た。




「まずはテメェから殺してやる!」


 進は剣を構えて紅蓮の淑女に突撃。その速さたるや雷の如く。

 淑女も柄を両手で握り、進の攻撃に備える。


「死ねぇぇぇっ!!!」


 進は淑女に剣を振り下ろす。剣閃が弧を描きながら淑女に迫る。

 しかしそこまで速いわけではない。淑女はその剣を鍔で受け止め、剣と剣の拮抗で火花が散る。


 進は剣を一度引き、すぐさま二撃目を繰り出す。先程の剣よりも速度は上がっている。

 しかしそれにも淑女は反応してみせ、横からの刃を刃で受け止める。



(コイツ…見てくれだけの女じゃねぇ!)


 想像よりも大分斜め上の淑女の剣の腕前に、進はより一層、剣戟の速度を速くする。

 しかし、その全てに淑女は対応しきってみせた。




 対人戦での同じ武器の勝負において、最も重要視されるのは『レベル』じゃない。レベルももちろん重要だが、それはせいぜい筋力差や体力差にしか影響を及ぼさない。


 同じ武器を用いた対人戦で最も重要な事。それは『技量』である。

 どんなに体力差があろうとも。どんなに力が勝っていようとも。

 それをただ振るうだけの人間と、それらが劣勢でもその場その場で臨機応変に対応できる技量を持った人間とでは、圧倒的な差が生まれる。


 進は『下剋上』スキルの補正で、今は多少パラメータが上昇している。それは淑女のパラメータを上回る。しかしそれだけでは、確かな『技量』を持った淑女には勝つことは出来ない。




(さすがに捌くのが上手すぎる…!剣技では秀義以上か!)


 淑女は幼少期から、『文武両道』の教育の一環として剣技を磨き続けてきた。約10年間もの間に培った研鑽は、並大抵の武人にも勝るとも劣らない。

 秀義はその淑女から剣技を習っていた。秀義の剣技が彼女に劣るのは無理もない話である。




「ふん、『魔神の御使い』も大したことありませんわね」


「んだとぉ!!!」


 淑女の煽りで進の怒りはさらに加速する。


 確かに淑女は強い。剣だけでは彼女に勝つのは難しいだろう。

 だが。ならば。別に。わざわざ



 淑女の剣を振り払って、進は一度後退する。

 そして、その輪郭を剣のものから槍のものに変える。


 進は槍を構えて猪突猛進の勢いで淑女に迫る。その矛先を淑女の心臓目掛けて突き立てる。



「これならどうだぁっ!!」


「はっ、安直ですわ!」


 進の攻撃を躱し、その隙を晒け出す進の背中を一刀両断しようと淑女は剣を薙ぎ払う。




(勝った…!)


 勝利の確信が、彼女の中にはあった。






 しかし、その刃が進の体を真っ二つにすることは無く。

 進の背中に現れた警告文と共に、淑女の放った剣は見えない壁に弾かれた。


「なっ…!?」



 =====



 無効なアクセス:『勇者』の部位切断は『勇者の武器』か『魔物』にしか行えません。



 =====



 部位切断。つまり、進の体を真っ二つに斬り落とすには『勇者の武器』か『魔物』が必要になってくる。

 回復可能な損傷なら与えられるが、回復不可能なレベルの損傷―つまり人体切断―はこの世界の人間には行えないということになる。




「そんな―」


 進の隙をついたつもりが、淑女が大きな隙を晒してしまう。

 進はその隙を逃さず、体を捻って方向転換した勢いで槍を彼女に差し向ける。


「何だか知らんが貰ったァァァァ!!!!!」




 ―進の矛が、淑女の心臓を穿つ。


 ことは無かった。






 カァン、と。槍の矛先は何者かが放った一発の銃弾によって軌道を逸らされた。

 弾丸の重い威力が刃に伝わり、槍に伝わり、そして進に伝う。


「ああ!!?」


 突飛な出来事に進は体勢を崩す。

 こけそうになる所をどうにか、咄嗟に前転する事で立ち上がる。




「一体なん―」








「動くな」


 一瞬の静寂に包まれた村の中に、落ち着いた女性の声が響く。


 進は声がする方に顔を向ける。






「…テメェ…!!」






 そこにあったのは、シエルの脳天に銃口を突き付ける『9番目の勇者』ハイナ・ニスベルクの姿だった。

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