『戦い』
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『???』 Lv:63
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名前の表記は無い。レベルの表記はある。
(レベル63か)
名前の分からぬ大蜘蛛はその人程もある大きな触肢を蠢かす。クチクチという音が進を不快にさせ、少女を恐怖に陥れる。
「お、お兄さん…!」
「その呼び方気持ち悪ぃな…」
呼ばれ慣れない言葉で自身を指されたためか、進の中に謎のむず痒さが疼く。しかし今は関係ない。
「メイア、離れてろ」
(おそらく、守りながら戦える相手じゃない)
―いや、普通に戦っても勝てるかどうか。
そんな考えが進の頭をよぎる。
この世界で名前が表示されない生物は2種類いる。
1つは『人間』。なぜ名前が表示されないように設計されているのかは謎であるが、一般常識的には『見知らぬ相手にまで名前を知られないように』というプライバシーを考慮した結果、と言われている。
―例外として、相手から名乗りを上げた際にはその名前が表示されるようになる。―
もう1つ。それは『魔物』。
魔物とは『魔神』がこの世にもたらしたこの世ならざる生物。世界の理に囚われていない事から名前が表示されないのでは、と世界各国で言われている。
よって、『
進の目の前に立つのは人ではなく『魔物』。名前が無いことから、まだ誰も遭遇していない事が分かる。そして、魔物となると未知の領域。進は未だ魔物との戦闘経験はない。
(それにしても図体デカいな)
進は大きなアクションを見せない大蜘蛛を見上げる。
全長およそ30メートル、高さおよそ8メートル。下手なアパートよりも大きい体をもつ大蜘蛛は、進の様子を伺うように触鬚を蠢かす。
動く様子は見せない。ならば自ら飛び込むか。
見合いに慣れない進は今すぐにでも飛び込みたいところだったが、相手が相手。魔物との戦闘では、たとえ『勇者』であっても命の保証は無い。
「はァァァ…」
“気”。全神経を使って、この場の空気を一体に感じる。
少女の呼吸。名無しの魔物の犇めく音。上から吹き抜けてくる風の音。
(…風の音?)
進はひたすら洞窟の中を降りてきた。ここは相当深い場所であり、風が通じるような穴とは繋がらないはず。
(帰り道どうしよう)
改めて自分が地中にいることを思い出すと、魔物を倒した後の事がだんだんと心配になってくる進。ここで魔物に勝てたとして、果たして無事に帰れるのだろうか。
「…キシャアッ!!!」
まずは一撃。初撃は魔物の方から仕掛ける。
その長い八本の脚のうちの1つ。その尖った先端を進に振り下ろす。
「っ!」
脚先は細く、槍で貫こうにもそれは難しい。
一瞬の迷いの内に、進はそれを迎撃せず横に回避してやり過ごす。
(動きは遅いか)
素人である進にも避けられる攻撃。蜘蛛の動作はその巨躯に比例してかなり鈍い。しかし、その分威力はお墨付きだ。
蜘蛛が前脚を引き抜くと地面は抉れ、その場には小さく浅い穴が出来ていた。
あの攻撃を喰らえばひとたまりもない。少なくとも少女は一撃で葬られる事になるだろう。
進は後方の少女に気を払いつつ、少女と大蜘蛛が向かい合わないように少しずつ移動する。
そうして、その様子に勘づいた大蜘蛛は進への注意をか弱い少女へと向ける。
「フシュゥゥウウゥ…」
「ひっ…!?」
ギョロリと、4つの単眼が少女を捉える。異形が自分を見つめていることに少女は恐怖する。
「お前の相手は俺だ―!」
完全に進への注意が薄れたところに、進はすかさず4つの目の内の1つに矛を突き刺した。
「キィィィアアアァァァアアア!!!!!」
大蜘蛛はこの世のものとは思えぬ悲鳴を上げながら、岩肌をその八本の脚で駆け上がる。
(弱点は目か)
視界に頼る生物であれば、視界を奪ってしまえばその活動は大きく制限される。その点で言えば、進の攻撃は的確かつ効果的な判断だった。
だが、それは一般常識で言えばの話。
相手は『魔物』。この世界の理を外れし異形。
この世界の『当たり前』が通用するとは限らない。
「シャアアアァァァァアアアァアア!!!!」
大蜘蛛は叫ぶ。節足動物特有の複数の脚を巧みに駆動させ、壁の至る所を移動し、そして進たちの頭上を陣取る。
すると、負傷した眼球から粘着性のある溶解液を吐き出してきた。
(あれはマズい)
「右に避けろ!!」
「!!」
大蜘蛛が吐き出した液体が致死に至るものだと察した進は、少女に回避を呼び掛ける。
それに反応した少女は、進の言葉通りに右方に走り込む。
進はその液体の真下に飛び込む。
溶解液は地面にビチャリと粘着し、その部分を煙を立てて溶かしていく。硫黄のような刺激臭が進の鼻をひん曲げる。
(溶解性。目はあまり刺激しない方がいいのか)
その様子を見届けた進は天井の大蜘蛛に視線を戻す。
「シュウゥウウゥ…」
キチチ、と。大蜘蛛の触鬚が獲物を求めて蠢く。
正面からの近接戦闘はあまり好ましくない。もしも大蜘蛛のあの触鬚に捕らえられたら、抵抗する暇もなく胃袋へと送り込まれるだろう。
ならば側面から地道に削るか。否、それもあまり好ましくない。大蜘蛛の生命力がどれ程あるか分からない以上、消耗戦に持ち込むのはあまり得策では無い。
(ならば)
一撃決殺。
如何なる者も屠り去る必殺の一撃を、確実に叩き込む。
ちまちまと小競り合いを続ける戦法など、戦闘に於いては愚の骨頂。そのような戦い方でどれだけ粘ろうが、戦闘慣れしている方の圧倒的有利は変わらない。
しかし一撃だけ。そうなると話は違う。
一撃を先に与えた方が勝つ勝負、それは先に“隙”を見せた方に絶対的な敗北がもたらされる。
それならば、戦闘経験の浅い進にもまだ光明は見える。
進には驚異的な集中力がある。それは彼が自慢出来る“武器”。
その最大限の力を引き出せば、或いはこの大蜘蛛との戦闘にも勝てる。
(―しかし)
しかし。一撃決殺の技を進は持ち合わせてはいない。
あの時、秀義が見せたような大技が編み出せれば、進にも勝機はあるが。
(―いや、そうか)
そこで進は考えついた。
『模倣すればいい』。それは何者にも染まらない、また何者にでも成れる『14番目』だからこそ出来る芸当。
とどのつまり、秀義が使える技は進にも扱える、という事になる。
後は“隙”。
大蜘蛛が見せる隙を突くことが出来れば、進の勝利は確実。しかし、大蜘蛛の佇まいには隙が無い。
―メイアを囮にするか?
それは最悪の考え。元は少女の捜索が目的でここまで来たのに、その少女を犠牲にして自らが助かってしまっては元も子もない。
進にとって少女の生死はさして問題ではないが。それでも、目の前で救える命を見捨てるのは進には出来なかった。
「―シャアアアァァァアアァッ!!!」
バシュバシュと、続けざまに溶解液を3連射。それは全て最警戒対象である進へと飛んでいく。
進は右、後ろ、上空と、それらを危なげなく避けていく。
(飛び道具が厄介だな)
進の大技を妨げるのはあの溶解液。それさえ無ければ、大技の準備も安心して進められるのだが。
進も大蜘蛛に対抗して槍を弓に変更、牽制程度の矢を何発か撃ち込む。
それらは全て大蜘蛛に突き刺さる。が、大したダメージが与えられたようには思えない。
「厄介だな」
肉質、攻撃、巨躯。全てが今の進には対処が難しいレベルに仕上がっている。
(本当に勝てるのか…?)
進はこの勝負に不安を抱き始めていた。
―――――
「―お父さん。お母さん、殺されちゃったの…?」
「―ああ。下界の人間たちに殺されたんだよ」
「どうして殺されちゃったの?」
「…お母さんは、『14番目の勇者』を支援するというから、世界の敵と見なされたんだ」
「どうして、『14番目の勇者』さまを助けたらいけないの?」
「『14番目の勇者』様は、魔神の御使いとしてこの世に顕現すると言われている。それに与する者は全て、世界の敵と見なされて全員殺されてしまうんだ」
「…ねぇ。お父さんも、殺されちゃうの?」
「…ああ。そのうち、ここにも国からの使いがやって来てお父さんは連れていかれることになるだろうな」
「いやだよ!わたしを独りにしないでよ!」
「…ごめんな。お前には孤独を味わわせることになるけど、強く生きてくれよ」
―。
それは、少女の昔の記憶。最愛の人との別れの記憶。
少女は進の姿を見て、その記憶を蘇らせていた。
(―あの時)
あの時、最後に父親は何と言っていただろうか。
あの時、母親の最期の願いは何だっただろうか。
(―そうだ)
あの時、父が遺した言葉。
あの時、母が遺した願い。
それはどちらも同じものだった。
“もし、お前の目の前に『14番目の勇者』様が現れたのなら、お前の生涯を掛けてでも勇者様の助けとなるのです”。
“『14番目の勇者』様は他の勇者とはすぐに区別出来る。特定の武器を持たず、多種にわたる武器を使いこなして臨機応変に戦うお方だ”。
2人の意思は、娘に『14番目の勇者』の助けになること。
なぜ両親が少女にその役目を頼んだのか、今となっては分からない。
しかし。
「…勇者様」
少女は進が『14番目の勇者』だと確信する。
ならば、自分のやるべき事はただ1つ。
(勇者様を、お助けしないと)
少女は立ち上がる。
怯えはある。戦いなど、少女の人生とは無縁のものだった。
しかし、それは『使命』。自分が果たさなければならない、父と母の唯一の『願い』。
その前では『恐怖』などという感情は塵埃も同然だった。
「―
その手を大蜘蛛に向ける。
その手は震えている。だが、しっかりと標的を捉えている。
そして。少女は1歩を踏み出す。
「―『
少女の
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