それが一番好都合

 















「―デジャヴッ!?」


 開口一番訳の分からないことを叫びながら進は体を飛び起こそうとした。





 しかし全身に巻き付けられた頑丈な麻縄のせいで、顔を上げることすらままならなかった。


「何で!?」



 目が覚めたら全身雁字搦めにされ自由を制限されている。

 一見すれば通報ものの案件に進は困惑の声を上げた。



(…ダメだ、切れない。あの手枷の縄と一緒か)


 進は“気”で縄の切断を試みたが、手に巻かれた縄と同じように全く歯が立たない。


 手枷の麻縄と同等の強度を持つ麻縄。

 それなら、犯人は自ずと絞られる。




「…んん」


 その犯人である少女は進のすぐ横で寝ていた。






 ―下着姿で。



「だから何でだよっ!?」


 情報過多な出来事が次々と進の脳内で処理されていくが、その少女の姿を見た進はついに脳のキャパシティを超えた。


 場所は森の中。草木の隙間からは淡い陽光が差し込む。

 現在は朝。何時かまでは進には確認する術はない。

 進の視界の端に映り込む焚き火の後を見る限り、ここは数時間前までの場所と変わらぬ地点のようだ。






「ん…、やっと起きたかい?

 まったく、気絶時間が長いんだから…」


「誰のせいだと思ってやがる…!」


 まだ惚けている少女が徐に起き上がると、進は裸同然の少女から目を逸らす。


 拒絶感も多少はあるのかもしれないが、進も『勇者』とはいえまだ未成年。

 女性の素肌を見るのはあまり慣れていなかった。



「…なんだい、あからさまに目を背けて」


 進の様子に少女は不服そうな表情をする。


「とりあえず服着ろ服!

 テメェ、今どんな状況か分かってるのか!?」


 少女は進の目の前に回り込み、彼の顔を覗き込む。

 視界に映したくなかった進は思わず目を強く瞑る。



「下着を見たぐらいでギャアギャアやかましいなぁ」


(え?俺がおかしいの?!)


 土を踏む音が聞こえると進はおずおずと目を開ける。




 ―やはり下着姿の少女が映り込んだ。




「おちょくってんのか!!?」






 ―無駄な茶番は、少女の気が済むまで行われた。






 ―――――






「さて」


 丈の短いタンクトップを着て、その上からボロボロの茶色の外套を羽織る。

 デニム生地のショートパンツを履いてレッグホルスターを取り付けた少女は、改めて進に向き直る。



「復讐復讐って言っておきながら、中々初々しい反応するじゃないか」


 少女は進をからかうように口角を上げる。

 その顔を目にした進は怒りのボルテージを上げていく。


「やっぱりからかってやがったな…!」


「やっぱり男の子なのかい?」



 進は殺傷性を持つ殺気を飛ばす。


 少女はそれをヒラリと回避した。



「危ないなぁ、君は目覚めるとすぐにこうだ」


「たりめぇだろうが。敵と話す口は持たないと言ったはずだ」


 少女はため息をつきながら顔を横に振る。


「君、早死にするよ?」


「んなこたどうでもいい。早くこの縄を解きやがれ」


 進は身動きが取れない体を必死にうねらせる。

 縄の巻き方が壺型のように見えることもあって、その様子はまるで虫の幼虫が蠢くような光景になっていた。



「解いたら君は私を殺しに来るだろう?だからその状態で話を聞いてもらうよ」


「…そんなに俺とお話がしたいのかよ」


「ああ、是非とも。


 君、エルベスタ中でなんて呼ばれてるか知ってるかい?

【『勇者』殺しの異端者】なんて異名が付けられてる」


『勇者』殺しの異端者。



「はっ、いいじゃねぇか。俺にお似合いだ」


 その異名を進は痛く気に入った。


 彼は『世界』を壊すと誓った。

 それならこの世界の住人からは嫌われていた方が何かと都合がいい。


 そちらの方が、後腐れなく復讐を果たせるというものだ。



「随分と性根が腐ってるね…。君、あの国に何かされたのかい?」


「何かされた?






 …ふざけんじゃねぇぞ。そんな安い言葉で済まされるような事なら、俺は世界に復讐なんて望んじゃいない」




 進は奪われた。彼の唯一の理解者である少女を。

「魔物だから」という、ほんの些細な違いを差別する者たちの下らない考え方で。


 進は殺されかけた。その身に何度も苦痛を刻まれた。

「死なないから」という、人の意思すら尊重しない者たちの下衆じみた考え方によって。


 進は蔑まれた。この世界でも惨めな思いをすることになった。

「『14番目』だから」というだけで。彼は望みもしていなかった世界に呼び出され。訳も分からずに迫害を受けることになった。




 世界にとっては「たかがそれだけで」と思う理由かもしれない。

「お前がそんな口を聞くな」という者もいるだろう。「お前は人じゃないからそれは当たり前だ」という者もいるだろう。



 だが、その腐った考えは進に復讐を誓わせるに足る理由。

 進はその腐敗した人間が生み出した『当たり前』を壊す。彼女が死んだ時にそう誓ったのだ。




「俺は許さない」


 この世界を。

 この世界に住む人々を。

 この世界の理を。



「たとえ死んだとしても、この世界だけはぶっ壊してやる」


 壊す救う

 進はそう心に決めたのだ。






「…随分な仕打ちを受けたと見える。それは聞かないでおこうか。


 じゃあ何で私たち『勇者』を殺そうとするんだ?世界を崩壊させたいだけなら、各国の王様たちを殺して回れば勝手に秩序は乱れる」


 少女は手頃な切り株に腰掛け、足を組みその上で手を組んだ。



「んなもん決まってるだろうが。

『魔神』とやらが復活した時、それを殺すのが『勇者』の役目なんだろ?魔神を好き勝手暴れさせて、世界を壊して貰うのが一番手っ取り早い」


「…君はまるで『魔神の御使い』だな」


「『14番目』はその役目らしいぜ?」


「その考えは今すぐ捨てた方がいい。

 街では異教徒などと呼ばれて、本当に出歩けなくなるぞ」


 真剣な眼差しでそう告げる少女に対して、進は鼻で嘲笑うかのように


「異教徒か、それもいいかもな」


「…君は…」



 ―どこまでひねくれ者なんだ。


 喉まで出かけたその言葉は、直前で飲み込まれた。



 少女は知っている。彼の『目』を。

 今の彼の目は、かつての自分と同じ目。


 自分の存在を否定され、自暴自棄になっている者の目。


 それは『銀髪のエルフ』に生まれてきた自分自身の目と同じということを。




(私なら、どんな言葉を掛けられたら救われるのだろうか)


 少女は考える。

 彼の考えを改めさせるにはどうすればいいのかを。



 しかし、そんな彼女の思考が読めたのだろうか。




「言っておくが、下手な同情なら俺は本気でお前を殺すぞ。


 崇高なエルフ様の事だ。どうせ『人を導いてやろう』とか考えてんだろ」


 進はそんなことを言い出した。


「崇高って…。君たちの世界では『エルフ』ってどういう一族なのさ」


「そうだな。作品によって扱いは変わってくるが、大体は『弓の扱いが上手くて、長い耳が生えてる小柄で可愛い女の子』として描かれてるぞ」


「空想上の存在なのかい…?」


 自分たちの世界以外のエルフに興味を示していた少女は、進の説明を聞いて肩を落とす。



「だけどテメェみたいなエルフは想像したこと無かったな。

 武器は弓じゃなくて銃だし、身長はそこまで低くないし、そんなに可愛くないし」


「可愛くなくて悪かったね」


 進の発言に少々イラッとした少女は、明らかに不機嫌そうな顔を見せて進を睨み付ける。




「…話が逸れすぎた。


 とにかく。ここでは何も聞かなかった事にしておくけど、街中では絶対そんな発言はするなよ?一瞬で『14番目』だってバレるよ」


「何でテメェの指図を受けなきゃならねぇんだよ。

 ていうかテメェは何者だ?俺を殺しに来たのか?」


 進はそもそもの疑問を少女に訊ねる。


『14番目』を殺しに来ただけなら、少女がこうして進と話をする必要はない。

 少女のレベルは26。少女が本気を出せば、進は一瞬で骸と化すだろう。


 しかし少女は敢えてそれをしなかった。それは何故か。



「私は流浪の身だからね。君とこうして出会ったのも、旅の途中の何かの縁。少し助け舟を出そうと思って」


「その助け舟とやらは『世界の反逆者の懺悔を聞くこと』か?

 なら残念だな。俺は復讐を終えるまで懺悔なんてしねぇよ」


 麻縄で縛られながらも、威勢だけは一人前。

 それが今の彼に可能な唯一の見栄の張り方だった。


「はぁ…。どこまでも融通が利かない男だね、君は」


 そんな進に、少女は最早呆れていた。


 ―彼はもしかしたら、もう手遅れな所まで来ているのかもしれない。

 彼を救うなんて、本当にただ図々しいだけのことなのかも、と。少女は思った。






「…それよりもぉぉぉ!!!!


 話が終わったなら早くこの縄を解きやがれぇぇ!!!!」


 それまで(比較的)大人しかった進は、突然大声を響かせたかと思うとその図体をより一層うねうねとさせる。



(…ああ、そうか)


 その姿に、少女は何となく理解した。



 ―彼は彼なりに、この世界を満喫しているんだな。



 何者にも囚われない自由な生き方。

 確かにそこに差別や偏見は付き纏えども、彼はそれを気にせず生きていこうとしている。


 彼の心の中に決めた『信念』に従って。

 ただ純粋に生きようとしているだけだと、少女は気付かされた。



(…君は本当に)


「私と似ているな」



「あ?何がだよ」


 少女の小言を進は聞き逃さなかった。


「何でもない」


 それに少女はそう答え、彼の説得を諦めた。








「…私は召喚主から『14番目を殺せ』なんてことは言われてないし、私も人はなるべく殺したくない。だから、ここの出来事は一切見なかったことにする」


「温情のつもりか?」



「…ここを東に進んだ先に、森の中に集落があったな。あそこなら、まだ『14番目の勇者』が召喚された事も、『6番目の勇者』が殺されたことも伝わっていないのかな」


(…こいつ、情報を教えているつもりなのか?)


 まるで「私は独り言を喋っています」というような少女の姿勢に、進は強い疑念を抱く。



 果たして、彼女の言うことを鵜呑みにするかどうか。

 彼女の言う通りであれば、その村にはまだ進の情報は伝っていない。その状況なら、旅の準備も色々と整えられるかもしれない。


 しかし、それらが全て嘘であれば。

 進は国軍に逮捕され、もしかしたらこの目の前の『勇者』に殺される可能性すら有り得る。



 真実か嘘か。


 進がその確証を得るには、少女はあまりにも胡散臭すぎた。




「…さて、私はそろそろ行くよ。

 約束だからね。話し合いが終わったから君のその縄を解いてあげる」


 少女は懐から液体が入った3つの小瓶を取り出すと、その内の2つを進から離れた所に置き、もう1つは進を縛る麻縄に直接かけた。



「おい、何しやが―」


 小瓶の液体が縄全体に染み込むと、一瞬の内に縛る力が弱まったのを感じた。





「それじゃ、私は殺されない内に逃げるとしよう」


 少女は小瓶を置き去りにして、森の中へ足を踏み込む。



「おい、待ちやが…!!」


「今度会った時も、こうして話が出来ることを祈ってるよ」


 後ろを振り向かずに手を振って、銀髪のエルフの少女は霧のように姿を眩ませた。



 ハサリと、進を縛っていた麻縄が解け落ちる。


「…」


 進はその少女の歩いていった先をずっと見つめる。


(…結局、あいつは『何番目』だったんだ)








 銀髪のエルフの少女の名は『ハイナ・ニスベルク』。




 その名を進は知らない。

 彼女が『9番目の勇者』である事を進は知らない。





 黒髪の少年の名は『玖音 進』。




 その名をハイナは知らない。

 彼が『14番目の勇者』である事をハイナは知っている。






 互いが互いの『名』を知らない。


 今の彼らにとっては、それが一番好都合なのだ。

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