孤独の勇者


 ―『6番目の勇者殺害事件』から1週間。



 進は雨降る森の中を闇雲に進んでいた。






「…」


 雨に濡れた泥道を歩く途中、進はピタリと足を止めた。


 空からの水滴が新緑を打つ音に紛れて、茂みを掻き分ける音が複数聞こえてくる。






「―ガルルァッ!!!!」


 茂みを飛び出してきたのは群れを形成した野犬。


『グラスドッグ Lv:6』と表示された野犬の群れは、進を標的として一斉に飛び掛かる。



(ラッキー)




「―お前らまとめて今日の晩御飯だあぁっ!!!」


 進はローブの奥から手を伸ばすと、その右手に一枚のトランプカードが握られる。


 そして、そのトランプの絵柄は”JOKER”から“13”の柄に変化する。



 するとそのトランプは一瞬で姿を変え、そのサイズの変容ぶりから想像も出来ないような大きなサイスにその形を変えた。


「吹き飛べぇ!!!」


 進はそのサイスで豪快に横に一薙ぎする。


 サイスの描いた銀の軌道から風が巻き起こり、飛び掛かってくるグラスドッグをまとめて一蹴した。



「ギャウッ…!!」


 大木に叩き付けられたグラスドッグは小さな悲鳴を漏らす。


 地面にトサリと力なく落ちると、その体に進の止めの追撃が入る。




「死ねえぇぇぇぇぇ!!!!!」


 サイスは再び姿を変え、今度はブロードソードの形に化けていた。


 進はそのままグラスドッグに突撃。

 切っ先をその腹部に捻じ込み、そのままグラスドッグの腹を貫通した。



「ガッ…―」


 グラスドッグは抵抗する間もなく命を落とした。




 ―あと5匹。






「次はどいつが俺の餌食になってくれるんだ?」




 進の笑った表情に浮かぶのは、紛れもない『狂気』のそれだった。








 ―――――








 辺りはすっかり夜闇に包まれた。


 依然として雨が降り続ける森の中を歩き続けた進は、雨を凌げそうな大樹を見つけるとその場に避難して、火を焚いて野宿の準備を始めた。




 ―1週間。


 エリアスがこの世を去ってからの経過時間。

 秀義が進に敗北してからの経過時間。

 進が旅を始めてからの経過時間。



 この1週間で、進は随分とこの世界で生き抜く術を身に付けてきた。




「『表示オープン』」


 進は自分のステータス画面を表示する。

 旅を続けていく中で、彼は多なり少なりの野獣と戦ってきた。そのおかげか、彼のレベルは6にまで上昇していた。


「さっきのでレベルが上がっちまったか」


 しかし、それは彼にとってはいい事ばかりではない。



 ステータス画面の大部分を占めている、放射状に広がるスキルマップに目を落とす。



 =====



下剋上リベリオン


 スキルレベル:7(最大レベル:∞)


 パッシブ効果

 ・戦闘対象とのレベル差が大きければ大きいほど『勇者の武器』のステータス値上昇(レベル1)(戦闘対象のレベルが自身と同等以下だと効果なし)

 ・獲得経験値が上昇(レベル1)(スキルセット中の場合効果なし)


 アクティブ効果

 ・戦闘後の獲得経験値が減少(レベル7)

 ・戦闘対象とのレベル差が大きければ大きいほど“気”の効果上昇(レベル1)(戦闘対象のレベルが自身と同等以下なら効果なし)


 ステータス補正:



 次の派生スキル習得まで:レベル12(習得派生スキル:大番狂わせ)



 次のレベルまで:経験値408



 =====



 派生の元である中心のスキルに意識を集中すると、その固有スキル『下剋上』の詳細が詳しく書かれる詳細画面へと移る。



(俺のレベルは上がるクセにスキルレベルは上がらないのかよ)


 彼は心の中で舌打ちしつつ、右下の固有スキルアイコンに意識を移す。

 すると今度は進が今現在所有している『固有スキル』の一覧が表示される。



 =====



 固有スキル


 ・『叛逆の勇者』

 ・『下剋上リベリオン』【セット中】

 ・『欺騙ペテン

 ・『サバイバル心得』



 =====



 彼はその中から『サバイバル心得』という固有スキルに目を移す。


 固有スキル『サバイバル心得』のスキルセット確認画面が表示され、進は『Yes』のパネルを選択する。



 すると固有スキル『下剋上』から『サバイバル心得』が固有スキルとして選択され、中心のスキルマップも専用のものに変わる。




 進はそれを確認して


「『閉止クローズ』」


 と唱え、ステータス画面を閉じた。








 ―彼がステータス画面の扱い方に気付いたのは3日前。



 戦闘の後にレベルの上昇を確認しようとステータス画面を開いた所、彼は自身のステータス詳細―ステータス画面の位置にすると左上に配置されている―を確認しようとして指を動かそうとした。

 いざ指がそこに触れようといった所で、ステータス詳細が勝手に開かれたのだ。


 彼はそのことを切っ掛けに、ステータス画面で出来ることを色々試した。



「なんかとかねぇのか?」


 と、彼が口にした。


 すると彼の目に移った『設定オプション』の画面で、彼はステータス画面の詳細を知ることが出来た。




 =====



 ・ステータス画面は口上でコマンドを入力することで起動する。しかし、設定を変更したら意識を集中させることで開くことも出来る。


 ・『設定』画面の『言語選択』項目。相手が発言した内容を各国の言語に翻訳することが出来る。(デフォルトは勇者自身の母国語となる)


 ・ステータス画面は指で操作しなくとも、目線をその地点に0.5秒間集中させれば「選択した」と認識され、目線だけでも操作することが出来る。


 ・『設定』画面の『TOPICS』項目。この世界についての歴史や世界情勢、レベル上げのノウハウなども大まかに説明されている。


 ・この『設定』画面は勇者専用の隠しコマンドである。



 =====




「ゲームかよ」


 と、目先でステータス画面を操作しながら進は呟いた。



(こういう世界ってだけか)


 進の経験上、この世界が『ゲーム』でない事は既に分かりきっている。



 もしこの世界が『ゲーム』だとするなら、人の死はそう重く扱われない。

 もし死んでしまったとしても、それが仕組まれたものでない限り何度でもリセットすれば、いつかは生還の道を辿れるだろうから。



 もちろん、進に扱えるようなそんな権限リセットボタンはない。


 彼はエリアスの死を心から悲しんだ。

 彼は秀義の死に心から安堵した。


 少なくとも進の中では、この世界は『ゲーム』などではない、ということは確かだった。






 ―。




「頃合か」


 焚き火にかけていたグラスドッグのもも肉の串を手に取り、進はそれを一通り見回す。

 そして上手く焼けていることを確認すると、進はそれに勢いよく噛み付いた。



「固ってぇ…」


 十分に火を通したはずなのに、その食感は生焼けのそれとよく似ていた。


(まぁ食えるからいいか)


 グラスドッグはその名の通り、その肉を口にすれば植物のような青臭さが広がる。

 個体によって味は大きく変わるが、進が狩猟したグラスドッグの群れたちは皆、味の悪い個体だったようだ。


 しかし進はそれに構わず。



 いや、彼はその味を知覚しないまま肉を口いっぱいに頬張る。








 彼の舌は、1週間も続く野生生活の中でその機能を完全に停止させてしまっていた。








 ―――――








「はぁ、はぁ、はァ―」


 それから3日。

 進は未だ森の中をさ迷い歩き、その旅路の最中で野獣との戦闘を行っていた。



(一体どうしたってんだ?)


 彼の身は、ろくに戦闘もしていないのに戦闘をする前から既に疲労困憊の状態だった。



 休みは適度適度取っている。食事も出来るだけ欠かさない。

 彼の身体は至って健康。熱や風邪などの病気の症状も出ていない。


 では何故、進はここまで追い詰められているのか―。




「オオォオオォォォアア!!!」


 レベル15の『エルベスタ・ベアー』の名を持つ紺の毛皮に身を包ませた大熊は、進の姿を見るや否やいきなり襲いかかってきた。



「ちっ!!」


 進は大熊の剛腕による一裂きを、受け止めるのではなく回避する事で攻撃を退ける。


 飛び退く際に、熊の鋭利な爪が進の漆黒の外套の端を捉え、その部分はちょうど綺麗に切り裂かれた。



(アレに当たったら痛そうだな)


 エルベスタ・ベアーは幸いな事に『勇者』でも『魔物』でもない。致命傷を受けたとしても、『勇者』である進が死ぬことはまずない。

 しかし進からしてみれば、それは怪我が塞がる止まない苦痛を味わう事と一緒。


 出来ることなら、進は攻撃を貰わずにこの場を凌ぎたいと考えていた。




「はっ!」


 進は“気”を纏った眼光を大熊に飛ばす。



 しかし、不発に終わる。


(あれ)



 進の視界が歪む。

 世界が反転し暗転し、徐々に意識が遠のいていく。


 訳の分からぬまま、進はその場に倒れ伏せた。




(からだが、うごかない)


 掠れる意識がその四肢を動かそうと脳に信号を送るが、身体は言うことを聞いてくれない。



 何故。

 進は自身の身体の異常に疑問を抱いたが、今はそのような事に意識を向けている場合ではない。




「オオオオォオオォォォォオオ!!!!」


 大熊の雄たけびが森中に響き渡る。


 しかし進の身体は一向に動く気配を見せない。



(…ここは観念して、素直にダメージ喰らっとくか?)


 半不死身の進でも肉体的損傷を喰らえば痛みは感じる。

 進はそれを嫌って極力避けようとしていたが、この危機的状況を避ける術はない。




 進は仕方なくこの状況を脱することを諦め、ゆっくりと瞼を下した。






 それから進はしばらく意識を失うことになる。









 ―――――






 エルベスタ・ベアーはその凶牙をむき出しにし、今にも進を捕食しようと大きく口開く。



「ガアアァァアアア…―」




 ―刹那。



 3つの薬莢の音が森林一帯に響き渡り、“何か”によってエルベスタ・ベアーの巨躯は吹き飛ばされた。


「ガアッ…?!」






「―『骨砕き』」


 落ち着きのある女性の声が響くと、大熊の胴体・強靭な四肢・人の何倍もある頭蓋をの銃弾が撃ち抜いた。

 大熊の骨の粉砕される嫌な音が響くと共に、エルベスタ・ベアーは軟体生物のようにその場に力なく倒れこんだ。




「こんな森の中で熊と遭遇するなんて、君も中々アンラッキーだね」


 ボロボロの布切れに身を包んだ進と同年代の少女。

 しかし、その顔立ちは進とは似て非なるものだった。





「さて、君はどうしたものか」








 彼女の名は『ハイナ・ニスベルク』。


 エルフ特有の先が尖った長い耳を持つ少女。






 進と同じ『勇者』の一人である。

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