閑話:『恋人』

 ―城郭都市エルベスタ。

 約5千年の長い歴史を持つこの国は、いつからか『7大国家』の1つとして数えられるようになった。


 世界の西方側に位置しており、その気候や風土から夏になると観光客が増える場所となっている。








 1ヶ月前。


 7大国家であるエルベスタに『勇者』が召喚された。



 召喚の儀は謁見の間で行われ、大規模な召喚魔術を応用して行われたその召喚は、滞りなく成功した。






「―あ?」


 ブロンドの髪をオールバックに纏め、胸の部分に刺繍が施されたシャツを着崩す男。

 高身長でやや筋肉質な体格に恵まれたその男は、顔中に殴打の痕や痣が叩き込まれていた。


 エルベスタ国王である『バニッシュ・エルベスタ』はこの時、彼を快く思ってはいなかった。



「…もしや、外れか」


「おい。

 人を訳分からんとこに呼び出して『ハズレ』扱いたぁ、随分ご挨拶じゃねぇか?」



 挑戦的な男の名は『鏖魔おうま 秀義ひでよし』。昔から気性の荒い人物で、彼の身の回りには舎弟や下僕がいつも付きまとっていた。

 彼が無理やり連れ出していたわけではない。


 皆、彼の機嫌を損なわぬようにと彼の下へ降っていたのだ。



「いや済まない、こちらの無礼を詫びよう。

 時に青年よ、貴公の名を教えてくれぬか」


「人に何かを聞く時はまずそっちからだろうが、それぐらいも分かんねぇのか?」


 国王は彼のその不敬な物言いに少々怒りを覚えるが、すぐにその怒りは収まる。


(異世界からの召喚者なのだ。この世界のことを知らなければそのような口調も当然か)




「私は『城郭都市エルベスタ』の48代目国王、『バニッシュ・エルベスタ』である。

 さあ、其方の名を教えてくれ」


(城郭都市?国王?

 このオッサン何を言ってやがる。老いぼれすぎて頭が可笑しくなったのか?)


「…秀義。『鏖魔 秀義』。それが俺の名前だ」


 秀義はこの場の異様とも取れる空気に警戒心を抱きつつも、自分の名を名乗る。


「ヒデヨシか、良い名だ。まるで世界を統一しそうな名前をしているな」




「誰が猿だゴラァ!!」


 秀義の上げた叫びによって、謁見の間は途端に静寂に包まれる。

 何事かと秀義を見る者もいれば、反逆者なのではと秀義を警戒する者も現れる。


 しかし、国王はまず先に謝罪を述べた。



「何か気に障ってしまったようだな、失礼した。






 …さてヒデヨシよ。突然だが貴公は『勇者』として、己がいた元の世界とは別の世界に『召喚』されたのだ」


「あ?訳わかんねぇこと言ってんじゃねぇぞオッサン!

 何が『勇者』だ!そんなの現実にいる訳ねぇだろ!」


 融通の利かない秀義を相手に、国王は苦笑しながら人差し指で頬を掻く。

 秀義からしてみれば、目の前の老人が言っていることはただの虚言妄言であり、そのような戯言に付き合わされて腹が立っていた。




「まぁ待て、ヒデヨシよ。

 まずは『表示オープン』と口にして自分のステータス画面を確認するのだ」


「あ?…」


 秀義は国王を見つめる。

 その眼差しには一点の曇りもない。


 その眼差しに気圧された秀義は、仕方なく国王の言う通りに「オープン」と声を発する。




 =====



 ようこそ、鏖魔 秀義。


 Name:Ohma Hideyoshi

 L v:3

 Job:Brave No.6



 =====




「な、何だよこれ…」


 秀義の目の前に突如として現れたステータス画面に、彼は一瞬の困惑を見せる。

 が、それから立ち直るのに時間は掛からなかった。



「分かるか、ヒデヨシ。

 貴公のジョブは『6番目の勇者』。世界に召喚された6人目の『勇者』なのだ!」


 国王特権を用いて秀義のステータスを覗き見した国王は、その場で勢いよく立ち上がり両手を掲げる。






「―さぁ!今宵は勇者召喚の成功を記念して宴を執り行う!

 至急準備にかかれ!」




 ―こうして、秀義は『6番目の勇者』としてエルベスタの豪勢な振舞いを受けることになった。






 ―――――






「―お気に召しませんでしょうか?」


「…誰だテメェ」


 祝賀会を抜け出して城のバルコニーで夜空を眺めていた秀義は、後ろから掛かる女性の声に振り返る。


 ウェーブのかかった赤髪が特徴的な容姿端麗なその女性は、秀義の隣に立つと彼の腕を取り抱き締める。



「やけに馴れ馴れしいじゃねぇか」


「それは『勇者』様だから…、

 だけじゃないって言ったら、どうします?」


 女性は秀義の頬をその繊細な指でなぞり、腹を、太股を伝っていく。


 この女性が放つ妖艶さに秀義は警戒を最大限まで引き上げる。



「…まず名前を名乗りやがれ」


 絡み付く女性の腕を振り解き、秀義は女性から僅かばかりの距離を取る。


「あら、これは失礼致しました。

 わたくし、48代目国王である『バニッシュ・エルベスタ』の娘の『ニムリナ・エルベスタ』と申します」


「息女ってわけか…。

 それで?そのお嬢様が俺に何の用だ」


 ニムリナと名乗っても秀義は警戒を解かない。

 彼女には奥ゆかしい何かが備わっていることに、秀義は本能的な危機感を感じていた。



「いえ、些細な事ではありますが…。






 ヒデヨシ様、わたくしと結婚して下さいませ」






「…………………は?」




 突然の求婚に、またもや秀義は困惑することとなった。






 ―――――








 秀義が『勇者』として召喚されてから約1ヶ月。



「ヒデヨシ様、紅茶は如何でしょうか?」


「いらねぇ。

 俺が紅茶嫌いなの知ってて言ってるだろお前…」


「あらあらそれは」


 秀義は『勇者』として、完全にこの世界に馴染みつつあった。




 この1ヶ月、秀義はこの世界における基礎や礼節を学び、時には実体験として魔物との戦闘も行ったりした。

 元から喧嘩などでこういう体の動かし方には慣れていた秀義は、1回の戦闘以降、見る見るうちにレベルが上がっていった。

 今ではレベル32となった秀義は、その重厚な鎧から身を解放し、王城の一室でニムリナとの団欒を満喫していた。



「それにしても、昨日捕らえたあの『魔物の子』、いつ処刑なさるおつもりで?」


 ニムリナは、昨日秀義が連れてきた魔物の子の事を話題に上げる。



 下水道の奥地で過ごしていた魔物の母は、抵抗する間もなく秀義が斬り伏せた。

 魔物の子はその場で捕え、見せしめとして公開処刑する事を選んだ秀義。


 その彼の心に罪悪感は無い。

 あるのは「魔物が殺されるのは当たり前」という、この世界においては真っ当な考えだった。



「そうだな。俺はこの後レベル上げに出掛けるから、明日の正午ぐらいになるか」


「分かりました。では手筈はこちらで整えておきますので、ヒデヨシ様は存分に剣を奮ってきて下さい」


「助かる」



 秀義は席を立ち、紅蓮の鎧を身に纏う。

 そして上質な素材で編まれた紅蓮のマントを羽織り首紐を閉めると、そそくさに休憩室を後にした。






 ―それから30分後、彼は『世界の敵』と出会うことになる。








 ―――――








「―このうつけ者がぁっ!!」


 謁見の間、秀義は国王から罵声を浴びせられていた。


 事は闘技場で『世界の敵』である『14番目の勇者』と『魔物の子』を処刑し損ねたことが発端だ。

 魔物の子によって『石化』の呪いがかけられた秀義は2人の逃走をあえなく許し、それどころか『勇者』として覚醒し始めたばかりの男にすら後れを見せた。


 これに国王は憤慨し、彼の石像を謁見の間まで運ばせた後、彼の石化が解けると同時に罵声を放った。



「面目ありませんっ!!」


 秀義はすぐさま状況を理解し、国王に傅く。


「言葉はよい、行動で示せ!

 即刻街へ赴き、『魔神の御使い』である男と『魔物の子』である小娘を捕らえよ!それが難しい場合、その場で殺しても構わん!!」


「はっ!!

 この秀義、必ずや2つの首を持ち帰ってくることをお約束します!」



 秀義のその言葉を聞いた国王は、ようやく怒りが収まったのか、


「…なれば早く行け、壁外へ逃げられたら見つけ出すのは困難なものになる。

 そうなれば、貴公には旅に出てもらうぞ」


「はっ!」


 秀義は立ち上がり、謁見の間の扉を押し開いた。






 ―――――











 ―それから3日後。


 国王の耳に届いたのは、『6番目の勇者』である秀義の訃報だった。



 下水道の調査に来た衛兵が南の下水道の入口付近で発見。

 心臓辺りに刺突の跡が遺されており、秀義は槍で刺されたことによって殺された、という結論が出た。



 誰が、というのは既に分かりきっている。


『勇者』を殺せるのは、『勇者』が持つ『勇者の武器』か魔物のみ。

 必然的に、候補はあの時に脱走した2人に絞られる。



 秀義の身につけていた装備のうち、1つだけ失くなっていた物がある。


 国王直々に贈呈した『エルベスタのマント』。それだけが秀義の遺体から持ち去られていた。

 これもまた、秀義を殺した2人による反逆行為だろう、という結論が出された。






「そんな…!」


 秀義の死を目の当たりにした時、ニムリナが最初に涙を流した。



 彼女は心から秀義を溺愛していた。その愛の形は重すぎて、周りからは心酔とまで呼ばれる程だった。


 その彼を喪ったニムリナの精神的ダメージは、とてつもなく大きなものであった。






 ―それから1日、国を挙げて秀義の葬儀が行われた。




「―神よ、彼に何故かのような試練を与えたのか!


 彼は世界を救う『勇者』としてこの世界に降り立ち、我々の希望の光として民草を導いていくはずであった!


 それが何故、魔物の子などという憎むべき存在に!

 それが何故、魔神の御使いなどという忌むべき存在に!

 彼の命は奪われなければならなかったのか!!


 ああ、神よ!この声を聞いているのならどうか、迷える彼の者の魂を神のみもとへと導き給え!!


 彼の者の名は『鏖魔 秀義』!彼の魂がどうか、安らかに眠らんことを…!」




 雨。


 その曇天すら、秀義の死を悲しんでいるような錯覚を覚える。



 国民は彼の死を悲しんだ。


 国王は彼の死を嘆いた。








 ニムリナは彼の死を。




「―許さない」


 復讐の炎の糧とした。






 ―――――






 翌日。



 城郭都市エルベスタで『皇女失踪事件』が起こったという。


 それを知らぬニムリナは誰にも気付かれぬよう、忍び足で都市を抜け出した。




 その身に纏うは、彼の紅蓮の鎧と同じ配色の鎧。

 違うとすればそのサイズ。ニムリナが着けているそれは、秀義がかつて装備していた鎧よりも大分肌面積が増え、その華奢な身体に合わせてサイズカットした代物だ。



 その背中に携えるは、かつて彼が愛用していたブロードソードを模した銀の剣。

 彼女は『勇者』ではない。故に彼が愛用していた武器そのものは使えない。

 しかし、彼の愛用していた武器を模した剣なら、彼女にも扱える。



 その心に宿るは、紅蓮の復讐心。






 許さない。


 最愛の人を奪った『14番目の勇者』を。


 世界の平和を脅かす『魔神の御使い』を。


 ―自分自身を絶望の底に陥れた『玖音 進』という男を。




 殺しはしない。彼女の手では『殺せない』。


 殺せないのなら。

『死』よりも苦しい絶望を、味わわせる。








「―絶対に、ただでは死なさない」




 紅蓮の鎧に身を包むニムリナは、その心に『復讐』を誓う。






 彼女の復讐は、ここから始まる。

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