おもい

 ―エリアスが、死んだ。



 ―何で、死んだ?



 ―何で、彼女が死ぬ必要があった?



 ―何で、殺す必要があった?






 ―誰が、殺した?






「お、今のでレベルアップした。ラッキーラッキー」


 最早動かないエリアスの前に立つのは、『6番目の勇者』鏖魔 秀義。


 彼の持つ剣にはエリアスの血糊が粘着しており、秀義の足元を少しずつ赤く染めていく。



「あ…あ…」


 どこかに情緒を置き去りにした進は、骸と化したエリアスの元に這い寄りその冷めた体を強く抱き締める。






 ―重い。


 力無く垂れるエリアスの手。

 もう二度と開くことは無いエリアスの瞼。

 抱き締めても最早感じぬエリアスの鼓動。


 その1つ1つが進に残酷な現実を突きつける。

 その1つ1つが進の心を蝕んでいく。


 この現実は、今の進にはとても重すぎた。






 ―思い。


 エリアスが母を失った時、今の進と同じような心情だったのだろうか。

 エリアスが進と出会った時、エリアスはどんな心情だったのだろうか。

 エリアスは死ぬ間際、どのような心情でこの世を去っていったのだろうか。


 今となっては考えても答えは得られない。

 エリアスはもう何も言ってくれない。笑いかけてもくれない。


 それだけは事実だ。






 ―想い。


 進は世界からその存在を否定された時、「何故」と嘆いた。

 進はエリアスと会った時、「救い」を感じた。

 進はエリアスの死を目撃した時、「夢だ」と逃げた。


 これは決して“夢”などという幻想的な出来事ではない。

 ここは決して“夢”などという虚構の世界ではない。


 ここは進が作り上げた“想い”の世界などではなく、紛れもない“現実”なのだ。








「…さて。

 次はお前だな、久遠」



 秀義は剣に付着した赤い液体を軽く振り払うと、その切っ先を放心状態の進に向けた。


「あの場ではよくも俺の事を馬鹿にしてくれたなぁ?生きて帰れると思うなよ」




「……………………だ」


 涙を流す進は呟く。

 その声はあまりにも小さく、おそらく進ですら聞き取れるものでは無かった。



 しかし、それは進の元々の小心な性格によるものではない。



 それは、今の進の傷心によるものだった。



「あ?

 何て言ったのかサッパリ聞こえませぇ〜ん!!」


 その様子を秀義は怯えていると取り、神経を逆撫でするような態度で再度進に聞き返す。




「…『何で殺したんだ』と聞いたんだ…!」


 その言葉には、とても強力な言霊“気”が乗せられていた。


 そのあまりの気迫に秀義は僅かにたじろぐ。



「…は?」



「彼女が!エリアスが!!エリアスたちが!!!

 一体何をしたから殺されないといけないんだよ!!」


 心からの叫びは、空洞に大きく反響する。

 進の喉は枯れ果て、その声はとても酷いものだった。



 しかしそれでも進は叫ぶ。




「彼女たちが人間に危害を加えたか!!彼女たちが人を取って食べたりしたのか!!


 してないだろ!!!彼女たちは人に混乱を与えないようにと、こんな汚い場所でひっそりと暮らしていたんだ!!!

 そんな彼女たちの命を、何でお前らが奪う権利があると主張する!!!!」



 同情するな。



 そのエリアスの言葉を忘れて、進は泣きながら叫ぶ。


 今の彼は、『大切なもの』が奪われた苦しみと悲しみでいっぱいいっぱいだった。




「―何でって」


 その叫びに、秀義はただ。




「そりゃあ『魔物』だからに決まっているだろ?」


 当たり前の事のように、平然と答えた。


「その小汚ねぇ女は『魔物』だから殺したんだし、お前も魔神の手先の『14番目』だから殺す。

 …それ以外に理由なんて必要か?」







 カチャリ。






 進の中で、何かが壊れ始める音がした。




「…要するに、『邪魔だったから』ってだけで殺したのか?」


「そうだけど?」




 ガチャリ。




「…エリアスの死には、何の意味も無いのか?」


「魔物の死に意味なんてあるかよ」




 ガチャ。




「…お前ら、それでも『人間』か?」


「『化物』にそれを言われちゃお終いだなぁ!」






 ―パリン。






「…そうかよ」


 進はエリアスをそっと寝かせ、ゆらりと腰を上げる。



「お、やっと死ぬ気になったか?」



 覚束無い足取りでゆっくりと秀義に向かって歩き出す。


 その姿からはまるで生気を感じられず、ただ無謀に自分よりも強い相手に挑もうとしているよう。






 しかし。




「ああ」


 進はトランプを召喚してそのまま秀義の顔を切り裂こうと振り上げる。



「…テメェ、何しやがる?」


 秀義の右頬には、縦一直線に赤い線が刻まれていた。






「『化物』は『化物』らしく、人様を殺そうと思ってな」



 その眼光には、復讐の炎が燃え盛っていた。




(許さない)


 自分から『大切なもの』を奪った人間たちを許さない。



(許さない)


 1つの『幸せ』を躙った目の前の人間を許さない。






(許さない)


 自分を否定した『世界』そのものを、許さない。




「…壊してやる」



 進は心の底から湧き上がる激情に駆られ、目の前の人間を『殺す救う』ことを決意する。



 その心に既に悲しみはなく、あるのは『復讐』を誓う憎しみだけだった。






 進はそのままトランプを剣の姿に変身させる。


 その剣の形は、秀義の持つ勇者の武器と形状は全く同じ。

 唯一違うのは、秀義の剣が眩しい銀の刀身をしているのに対し、進の剣はその暗闇に身を紛らせる漆黒の刀身をしていた。




「俺の剣…!?何でテメェがそれを持っていやがる!!」


 秀義は進との距離を詰めて一気に切り伏せようとする。


 進は手に持つ贋作の剣でその一撃を受け止めた。



「何だよお前、『ポーカー』のルール知らねぇのか?」


「は?ポーカー?」


 進は秀義の剣の弾き、今度はこちら側から刃を振り下ろす。


 それを秀義は剣の鍔でどうにか受け止めた。




 ―『ポーカー』。


 一言にそうは言っても、世界には様々なルールが存在しているが、一般的に知られているポーカーのルールは『クローズド・ポーカー』と呼ばれるルールだ。


 ポーカーはその手札の役の強さで強弱を決めるゲームであり、カードの強さも順当にいけば『キング』のカードを含む役が強いとされている。




「お前、中学の頃はよく休み時間にトランプで遊んでたよな?

 そのポーカーだよ。まさかジョーカー使ってなかった?」


「何寝惚けた事ほざいてやがる!今それ関係あんのかよ!」


 ある。


 少なくとも、進にとっては『ポーカー』のルールはかなり重要だ。




 ―ポーカーは一般的に、『1』から『K』までの13枚のカードを使って遊ばれる。

 しかし特殊なルールでは、13枚に加えてもう一枚、特殊なカードが用いられる。




 剣戟を繰り広げながらも、饒舌な進の言葉は止まらない。



「あれは楽しそうだったなぁ!何せお前が負けた時はそのストレスの捌け口があるんだからなぁ!

 勝っても負けてもスッキリ出来るとか、強者の特権だよなぁ!」


「はっ!お前、ついに頭のネジがどっか吹っ飛んだんじゃねぇのか!?」



 進と秀義は過去の思い出を振り返る。



 秀義にとっては、その過去はとても楽しいものだっただろう。

 文武両道、勤怠良好、加えて美形に分類される顔つき。


 彼の中学時代は華やかなもので、その時期が彼の全盛期といっても過言ではない。



 進にとっては、その過去はとても苦しいものだった。

 クラスからは蚊帳の外に置かれ、何かがあれば秀義やその他の人間からも暴力を受け、その度に保健室に行くと養護教諭からいつも疎まれていた。


 彼の中学時代は地獄そのもので、その時期が彼の心を閉ざした要因である。




 例えるなら陰と陽。


 その2人が今、命を掛けて殺し合っている。





 幾許かの剣を交え、2人は互いに距離を取る。



「…話の続きだ。

 ポーカーには『ファイブカード』っつう役があるのは知ってるか?」


「だから!テメェの話はダラダラ長ぇんだよ!

 一言でとっとと纏めて、早く死にやがれ!」




 ―『ファイブカード』。


 同じ数字を4枚揃えないといけないその役は、一般的には実現不可能な役である。


 ポーカーで使うカードの枚数は、一般的に『13の数字×4つの記号』の52枚。

 ハンドを5枚必要とするポーカーにおいては、どうやっても揃うことはない。



 ―しかしこれを実現させるのが、先程述べた『特殊なカード』。




 そのカードは。








「―『JOKER』って言うのは、どんなカードにも『化けられる』んだよ」



「だから、それがどうしたってんだよぉ!!!」


 秀義はついに怒りの臨界点を超えたのか、“気”を纏わせた攻撃を仕掛けるようになる。

 その一撃は神速、しかして剛撃。


 その一撃もまた、進は“気”を纏った剣でそれを見逃さず受け止める。



「“気”を使えるようになったぐらいで、いい気になるなよぉぉぉぉ!!!!」


 ジリジリと、秀義の剣が進の剣を圧し始める。


 進の劣勢は、誰の目が見ても明らかだった。



(いい気になるな?)


「はっ」


 進はそんな状況でも、秀義のことを鼻で笑う。



「また俺の事をバカにしたなぁぁぁ!!!!」


 その様子に秀義は憤慨を起こす。



「馬鹿をバカにして何が悪いんですかぁ?」


 それに対して、今度は進が秀義を逆撫でするような口調で煽る。

 その言葉を真に受け、秀義はより一層“気”の出力を高める。


 その影響で進は益々窮地に陥る。



「そもそも『偽物パチモン』の武器が『本物オリジナル』の武器に勝てるわけねぇだろうがよぉ!!

 それが分かったら、とっとと殺されやがれぇぇぇ!!!!」


 怒りに任せてただ剣を振るう秀義の姿は、もはや『勇者』とは掛け離れた『獣』のような様になっていた。




「…確かに俺の武器はパチモンの模造品レプリカの域を出ねぇよ」


 進は秀義の下から瞬間的に下がって、速攻で再び切りかかる。


 それを秀義は無理な姿勢から“気”を纏った跳躍で刃スレスレで回避する。



「―だけどな」


 秀義が地に足をつけるその瞬間と同時に。






 パァンッ






 と、火薬が破裂するような音が下水道内に響く。



「ぐっ…!?」


 秀義は横腹を左手で抑え膝をつく。




「武器の相性次第でその程度は覆せる」


 進が持っていたはずの黒色の贋作の剣は姿を眩ませ、代わりにその手には黒色のダブルアクションリボルバーが握られていた。



『JOKER』が持つその性質。




「俺はどうやら、他の勇者の武器を使えるらしくてな。

 パチモンだろうが何だろうが、相手に応じて武器を変えればそれなりに戦えるってわけだ」




「―テメェェェッ!!!!!」


 奔る剣閃。


 秀義は“気”を使って一時的に傷口を塞ぎ、その素振りを見せずにそのまま進に突っ込んでいく。






 しかし、それは驕りだ。




「人の話を聞かないお前の『敗北』だ」



 進はその手に持つ重厚な拳銃の姿を変える。




 そして。



 ブスリと、朱の鎧の胸部を貫通し秀義の心臓を穿つ。



 その手に握られている武器は。



「…本当に、何でも、アリ、か、よ…―」



 槍。


 黒一色に染まった漆黒のコルセスカは、秀義の返り血を浴びて赤黒く滲んでいく。


 口から血反吐を吐き出す秀義の心臓から槍を引き抜くと、秀義はその場に力無く倒れた。




「…よろい、をつらぬく、たぁ。

 ずい、ぶんと、きれあじの、あるぶき、だな…」


 その声は喘鳴混じりで、どうにか呼吸をしているのが見て取れた。


「何言ってんだよ、俺は『勇者』様だぜ?

 鎧を貫くことぐらい、“気”を纏えばどうってことない」


 槍をジョーカー絵柄のトランプに戻して、進は地面に寝転がる秀義を見下す。



『レベル33』の勇者、鏖魔 秀義は今この時、やがて息を引き取ろうとしていた。


 そんか彼が、最期に遺す言葉は。






「―この、ばけものが」




『世界』を否定する『勇者』への、罵倒の言葉だった。











 ―進は、エリアスの仇を討った。






 =====



 Result



 Exp:0


 次のレベルまで:100



 =====








 ―――――








 秀義が身に着けていた紅蓮のマントを奪い取り、それを纏って首紐を結ぶ。


 進は立ち上がると、最早動く気配のないエリアスの元へと歩み寄る。



「…エリアス」


 その目に浮かぶのは、涙。




 この世界での、いや。


 進の人生の中での、唯一の心の拠り所だった彼女。


 鎖骨辺りから右肩にかけて一文字に斬り裂かれた跡が残っている。

 そこから滲み出た血液が、ボロボロだった白のワンピースを紅く染め上げていた。




 進は涙を拭ってから、彼女を抱き上げてマントの裏に背負い上げる。


 彼女の体はマントに隠れて、一見しただけでは少女をおぶっているようにしか見えないようになった。



 秀義の死体をそのままにして、進は下水道の出口を目指す。






「…もう少しだけ、待ってくれ」



 彼は惨劇の場を後にし、朝日が照り出してくる街へと足を踏み出した。

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