『6』×『14』=

 2人の『勇者』は、互いに互いを見据える。


 その視線に余計なものが入る余地は無い。



「…テメェ、そんな大ぶりな『サイス』で俺に勝つつもりか?」



『6番目の勇者』である秀義が手にするのは、振り回すには丁度手頃な『片手剣ショートソード』。


 それに対して『14番目の勇者』である進が両手で構えるのは、振り回すにはどうしても大振りになってしまう『サイス』。



 それぞれの武器は独特なデザインをしているが、それは戦闘において大きな意味を為さない程度の物だ。


 しかし、それはつまり単純に『武器』としての性能差が試されること、使い手の『技量』が試されることを意味していた。




「やってみなくちゃ分からねぇだろ?」


 秀義の挑発に対し、進もまた相手を刺激するような口調で返す。


 先程までとは態度が一変した進を見た秀義は、進の狙い通りに怒りを募らせる。



「…調子に乗ってんじゃねぇぞ。

 テメェのレベルは初期状態の『1』のままだ。レベル『32』の俺に勝てる術があると思うなよ?」



 進は秀義の僅か右上の虚空を見つめる。


 そこには確かに、『鏖魔 秀義』という名前の表記の横に『Lv:32』という表記も加えられていた。



 秀義のレベルが32であることは事実。

 そして、それは進と秀義とのレベル差が致命的であることも意味していた。




「勝負は最後まで分かんねぇぞ?」


 余裕の笑みを浮かべ、秀義の怒りをさらに募らせる作戦に出る進。


 それにまんまと秀義は引っ掛かる。


「…ていうか、その癪に障る喋り方止めろや。本気で死にてぇのか?」


(さっきまで、いや今でも殺す気のクセに何を)


 内心呆れながらも、しかし進はサイスの構えを解かない。



 今この場で気を抜けば、秀義の致命の一撃がすぐさま飛んでくることを、進は直感で理解していた。




 ―確かにレベル差は酷い。俺が勝てる見込みは限り無くゼロに近いだろう。

 だが。



 ―ゼロじゃなければ、100パーセントも同然だ。



 進にはどこから湧き上がるのか分からない謎の自信があった。


 勝てる。確実に勝てる。

 手を間違えなければ。

 適所適所で最善の手を打てば、必ず勝てる。


 そんな自信が進を突き動かす。



 今の彼に恐怖はある。


 しかし、それは自分が負ける事では無い。




「…シン」



 それは、進を唯一理解してくれる誰かを失うこと。




 進にとっての『敗北』は、秀義との勝負に負けることでは無い。



 進にとっての『敗北』は、エリアスがその命を散らせた時。


 その為には、出来る限り秀義の関心をこちらに向かせる必要がある。

 進は虚勢を張ってでも、秀義に注目される必要があった。




「ならお望み通り、すぐに殺してやるよ」


 進は片手剣の柄を握りしめ、周囲に“気”を纏わせる。




 “気”とは『勇者』だけが扱える特殊な力であり、勇者たちの精神力の強さによって“気”の強さも増強されていく。


 “気”には様々な転用法がある。

 勇者が攻撃をする際に、その攻撃に“気”を乗せることで威力を上昇させることも出来る。

 また一つは勇者が攻撃を受ける際に、防御に“気”を纏うことで通常の防御よりも大幅に損傷を軽減出来たりもする。



 つまりどれだけ強大な“気”が纏えるかで、その勇者の強さも自ずと分かってくる。





 そんな事を知らない進は、秀義の“気”を見て「何か突風が巻き起こってんなぁ〜」程度にしか捉えていなかった。


 それは、進にも似たようなことが先程起こったから。

 進が先程起こした突風もまた、“気”のそれだった。




「―どうだよこの“気”!!テメェの物とは比べもんになんねぇだろ!?」


(あれは“気”というのか)


「瞬間移動しながら戦闘しそうで何だかカッコイイな」と心の中で思う進だったが、それは口にしないことにしておく。



 代わりに秀義に贈る言葉は、




「それがどうした」




 という威勢のある言葉だった。





 進は、“気”というものが精神力に依存する事は何となく理解していた。


 その証拠に、虚勢を張りながらも怯え続ける進の心では“気”を発生させることは出来ない。

 それを悟られないように、進は虚勢を張り続ける。








「…じゃあ、死ぬか」




 刹那。


 秀義は進の懐に一瞬にして潜り込んだ。



「っ!!」


 秀義の横薙ぎを、進はサイスの特徴的な長い柄を使って受け止める。

 秀義の片手剣と進のサイスが鍔迫り合い、互いに刃を弾き距離を取る。


「…“気”を纏った瞬足の一撃を“気”を使わないで受け止めるたぁ、少しはやるじゃねぇか」


「そいつはどうも」



 進はサイスを再び構え直し、陽の構えを取る。


 秀義は片手剣を両手で握り締め、陰の構えを取る。



 互いに本来の武器を使わずに構えるが、その間には一瞬の隙を付け狙う獣の眼光が火花を散らせている。




 一撃。




 互いに攻撃を与えるチャンスは一撃だけだと、そう考えていた。




「―ふっ!!」


 秀義が踏み込む。


 その姿はまさに『閃光』。

 “気”を纏うことで音速を越えた速さを手に入れた秀義は、両手で構えた片手剣を目に見えぬ速度で振り下ろす。




「はぁっ!!」


 それを進は見逃さず、すかさずサイスの柄を用いて再び受け止める。


 音速の速度で振り下ろされる『勇者』の刃を防ぐのはまた、的確な判断で下された防御の姿勢を取る『勇者』の柄。


 鉄と鉄が音を立てて拮抗し合い、金属音を響かせる。



 やがてその拮抗は、再び秀義側が刃を引くことで解ける。




 しかし。



「二撃目ぇッ!!」


 秀義は引かずにそのまま刃で薙ぎ払う。


 音速を超えた凶刃は空を切り、風切り音と共に進の胸部を狙う。



「甘いっ!!」


 しかし進はその攻撃にも対応してみせた。


 サイスの柄を思い切り回転させ、右から迫り来る一薙ぎを柄の後方部分で弾き返す。



 ガンッという鉄と鉄が弾き合うだけでは表現出来ないような音が響き渡り、攻撃を弾かれた秀義は体勢を崩す。

 その隙を進は逃さない。


「貰った―!!」




「甘ぇのはお前だよ」


 体勢を崩したまま、秀義は空を蹴って大きく地面に仰け反る。


 距離を離された進のサイスは空振り、逆に大きな隙を見せてしまう。



(まさか、“気”を使って空中に足場を…!?)




 無茶な姿勢から立ち直る秀義と、振り抜いたサイスを構え直す進。



 進自ら攻める事はしない。

 もし万が一にもそうした瞬間、進のはらわたが勢いよく飛び出す事となるだろう事を予感していたからだ。



 進に出来るのは『攻撃を受け流す事』のみ。


 受け流して受け流して、受け流し続けた先に掴む一瞬の隙を狙って殺人的な一撃を見舞わせる。

 進は防戦一方に徹するしかなかったのだ。






「―妨害魔術ジャマーエフェクト



 このままでは埒が明かないと判断したのか、秀義は空いた左腕を伸ばして左手を突き出す。


(ジャマーエフェクト?)




「―『煙幕スモーク』!」


 秀義がそう叫ぶ。



 すると辺りは一瞬にして黒い煙に包まれ観客や進、秀義自身すらの視界を奪う。



「なっ、煙幕!?」


 視界を奪われた進は一気に形勢が不利になる。




 秀義には“気”を通じて煙幕の中でも進の姿を知覚することが出来る。


 しかし進にはそれが出来ない。

 一瞬のうちに爆発させただけの暴発的な“気”を操るには、進の熟練度や戦闘経験がまだまだ浅かった。




「―」


 全意識を聴覚に集中させる。



 周りに聞こえる音をすべて判別し、必要のない音は切り捨てる。



 観客の悲鳴。必要ない。


 国王の狼狽する声。必要ない。


 鳥の羽ばたき。必要ない。






 音速で空を切る剣の音―。



「そこだぁっ!!」


 進はサイスを振り回し、後方から聞こえる空を切る音に向けて刃を向ける。

 サイスの刃は何かとぶつかるような音を響かせ、進に確かな手応えを伝える。



「何っ!?」


 秀義は進が“気”を使わずに盲目の中で攻撃を防いだ事に驚愕する。

 進が感じた手応えはすぐに消え去り、再び別の所から空を切る音が微かに聞こえる。


 それを再びサイスで受け止め、それにまたもや秀義は驚愕した。




「何でだよっ!何で“気”を使わずに俺の攻撃を受け止められるっ!?」


 秀義は苛立つように進に問いかける。

 その間も秀義の連撃が止むことはない。




 ―何でだって?






 煙幕が晴れ、2人の姿が露になる。


 そこには不敵な笑みを浮かべる進と、焦燥の表情を見せる秀義が互いの武器をぶつけ合っていた。




「―そりゃ、『勇者』ですから」




「っ、テメェェェェェェエエエエ!!!!!!」


 進の一言で、秀義の沸点が臨界点を超えた。




 秀義はなりふり構わないといった動作で剣を頭上に掲げる。

 そして、その剣に最大限の“気”を纏わせる。


「…おいおい」


(それはさすがに聞いてねぇって)




 秀義の持てる最大限の“気”。




 それは、秀義の全身全霊を込めた一撃へと昇華される。




「周りに被害が及ぼうが知ったことかっ!!

 玖音!!!テメェはここで何としても殺すっ!!!」




 民衆への被害を度外視した渾身の一撃。



 なるほど、それは確かに『必殺の一撃』と呼ぶに相応しかった。








「【我が全てを込めて勇者としての務めを果たすべく、今この瞬間に我が精神ちからの全てを捧げる】!!

【聖なる剣に宿りし騎士王の魂よ、今一度我が壁と為る敵を伐て】!!




 【聖剣】《エクスカリ》―」











「ちょっと待った」


 と、大技を放つ秀義を制止する少女の声が闘技場に静かに響く。




「ああ!?今俺は忙し―」


 それを制止したのは、エリアスだった。



 エリアスはいつの間にか磔の枷を全て外しており、その四肢は自在に駆動するようになっていた。


「エリアス、お前いつの間に…!」


「煙幕を張ってくれたおかげで、隠密に外すことが出来たよ。

 ありがとう、『6番目の勇者』サマ♪」


 エリアスは煽るようにして秀義の意識を発散させる。




 だがそれは逆効果だった。








「…どいつも!こいつも!

 俺の事をバカにしやがってえええぇぇぇぇええええ!!!!!!」




 進に向けられていたはずの矛先は、秀義のすぐ隣に立ち尽くすエリアスへと向けられる。




「―危ないっ!!!」



 進はすぐさまエリアスの前に立とうとする。


 しかし、それよりも秀義の剣が振り下ろされるのが早かった。




「しぃぃぃぃねぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!!!!!!!!」






「―『石化眼メドゥーサ・アイ』」


 エリアスの真紅の眼が一際輝きを放つ。



「な、何だ…!!?」


 その眼の前には、秀義の一撃もたじろぐばかりだった。




「さぁ。

 もっと僕の『眼』を見て…?」



 エリアスの眼から視線を外せない秀義は足が、腕が、頭が次々と石化していく。



「や、めろ…」




「―君はしばらく『石』になってるといいよ」


 エリアスがそう言うと、掲げた剣を残して秀義の体は完全に『石』となってしまった。




「…すげぇ」



「感心するのは後だよ、シン」



 エリアスの声で進はハッと我に返る。


「そうだな」


 先ず真っ先にすべき事。


 それはこの場を一刻も離れる事。

 そしてこの国から一刻も早く逃げ出さなければならない。


 進はそれに気付くと、



「よっと」


「ひゃあ!?」



 エリアスのその小さな体躯を軽々と抱きかかえた。


「きゅ、急に何をするんだ!」


「しっかりと掴まってろよ」


 腕の中で喚くエリアスを他所に、進は目を閉じて意識を集中させる。




 ―大丈夫。


 ―エリアスと一緒なら。




 ―俺は何処までも行ける。






「はぁっ!!!」


 進は思い切り地面を蹴る。




 “気”を纏ったその一蹴りは、進たちを空の遥か高くへ飛ばすには十分過ぎる威力だった。












「―逃げるぞ、エリアス」


「―ああ」











 ―こうして、2人は『世界の敵』となった。

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