『叛逆の勇者』
あれからどれだけの時間が経ったのか。それを2人が知る方法は無かった。
「…」
「すぅ…すぅ…」
(こんな状況でよく寝られるものだ)
魔物の少女、エリアスは依然として進の上をどく気配を見せず、終いには進の背中の上で寝そべり寝息を立ててしまった。
いたいけな少女を退かす訳にもいかず(そもそも進にはその気力が残っていなかった)、進はそのまま寝そべるような姿勢を維持し続けていた。
(それよりも)
進はこの現状をどう打破したものかと考えていた。
「『
進はステータス画面を開き、先程と変化が無いかを確認する。
(一切変化なし、か)
しかし、最初に見た時と同じように全ての項目が分からないままだった。
「…?」
1つだけ、進はステータス画面の変化を見つけた。
右上に表示されていた『NO MEMBER』という項目。
その項目が黄色に点滅を繰り返し、ステータス画面で主張を目立たせる。
「何だ…?」
進はその項目に指を触れようとするが、一瞬戸惑う。
一体何か分からないものにそう易々と触れていいものなのか。
しかし一瞬の思考の後、進は躊躇い無くその点滅に指を触れる。
=====
『エリアス=ヴィ=グラティエル=セーマス=ド=アルティニア=マキデニアルス=ルヴァン=ディ=アーバン』
から同盟申請が来ています。
受理しますか?
Yes No
=====
進の目の前に現れたのはそのような大きなメッセージウインドウだった。
(同盟申請…って何だ)
そこに書かれている意味が分からず、進はとにかく『Yes』のボタンに指を重ねる。
進が躊躇い無く承諾出来たのは、エリアスの名があったからだ。
進がパネルに触れると、メッセージウインドウの表記が変化する。
=====
『エリアス=ヴィ=グラティエル=セーマス=ド=アルティニア=マキデニアルス=ルヴァン=ディ=アーバン』
と同盟になりました。
=====
「だから同盟って何だよ」
なんの説明もなく同盟に加盟させられたのが妙に腹が立つが、進はすぐに落ち着きを取り戻す。
(エリアスとの同盟なら別にいいか)
メッセージウインドウは数秒後に自動的に閉じ、再び最初の画面に戻ってくる。
先程まで点滅していた右上の『NO MEMBER』という項目は、『エリアス:同盟』という表記に変わっていた。
(ゲームのフレンドリストのようなものか)
進とエリアスは『同盟』という関係を結んだ。
一方が申請してもう一方がそれを受理するシステムは、進の言うようにオンラインゲームのフレンド登録のような仕組みと似ている。
これに何の意味があるかはわからないが、進はひとまず深く考えないことにした。
「…『
あちらこちらを触れようとしたり変わった所が他にないかを確認し、進はステータス画面を閉じる。
現状を打破出来るようなものは特になかった。
(というか、仮にも『勇者』なんだから何か能力とかあってもいいんじゃないか?
なんかこう、無双…とまではいかなくても、普通に戦えるぐらいの力はあっても…)
いいんじゃないか、と思っていたその時。
牢獄の厳重な扉がゆっくりと開かれた。
「…んん」
外から差す光を受け、エリアスは目を覚ます。
進は外の光を受け、眩しそうにそちらを見る。
「―処刑の時間だ」
扉を開いたのは、ヒデヨシだった。
―――――
闘技場のような場に仮設された2台の磔台に、進とエリアスはそれぞれ四肢を拘束されている。
「く、そ…!」
進はどうにか枷から逃れようと体をうねらせるが、エリアスはそれに対するように何の動きも見せる素振りはない。
エリアスはただ下を向き、処刑のその瞬間を待つのみである。
「―民々よ、よくぞ集まった!!
世界を脅かす存在を抹消するこの日を、諸君らは一生忘れることは無いだろう!!」
闘技場の観客席は、2人の処刑を見届けようとやって来た国民の全てだけでなく、国外から来た商人や観光客などでも埋め尽くされていた。
国王の演説に、観客席からは喚声が上がる。
「かたや魔物の子として生まれ落ちた人類の脅威、エリアス=ヴィ=グラティエル=セーマス=ド=アルティニア=マキデニアルス=ルヴァン=ディ=アーバン!!
この小汚い母子は、国の地下に潜んで暮らしておった!!
それを発見した勇者に今一度拍手を!!」
観客席が拍手喝采で埋め尽くされる。
それを受けたヒデヨシは、右手を軽く振って観客たちに応えた。
「かたや『魔神の使い』としてこの世界に降り立ったもの、『14番目の勇者』!!
この者は宿屋を営む女性を脅し、そして自らの身を匿うように仕向けたという!!そして、あろうことか我が街を破壊しようと企てていたとまで言うではないか!!
これを未然に防いだ勇者ヒデヨシに、今一度、大きな賞賛を!!」
「いいぞー勇者様!!」「ありがとう!!」「お前のおかげで世界は救われた!!」
観客席は拍手喝采に加え、勇者を賞賛する声で再び埋め尽くされる。
ヒデヨシはそれを作り笑いで受け流す。
「…ハハ。君、街を壊そうとしたんだって?」
「んなわけあるか」
大盛況を見せる観客席を他所に、進とエリアスは命の危機が迫っているこの状況で楽しそうに会話を始める。
「お前こそ、国の下水道でひっそりと暮らしてたんだってな?」
「それは2日前の僕だ。昨日はお陰様で、臭くない部屋にいいベッドで寝られたしね」
「そりゃどうも」
お互いに皮肉を言い合いながら、笑い合う。
それを見た勇者ヒデヨシは、背中に帯刀する剣を抜いた。
「…テメェら、今から死ぬって時に頭でも狂ったか?」
確かに、極限状態のこの場で普通に会話が出来るような精神は2人は持ち合わせていない。
しかし、互いが揃っているからこそ、こうして安心して会話を楽しめている。
少なくとも進はそう感じている。
少なくともエリアスはそう感じている。
「…なぁ、勇者サマ。
殺すなら、俺を先に殺してくれ」
「…へぇ。先に楽になりたいのか」
進はヒデヨシに、自分を先に殺すように頼む。
出来ることならエリアスは逃してくれるようにも頼みたい所だが、先程の王様の演説でそうはいかなくなってしまった。
「…君はそうやって、自分から楽になりたいタイプの人間なのか?」
「悪いな、先に逝ってるよ」
エリアスはつまらなそうに、進の表情を見つめる。
やがてその目には、僅かながら涙が滲み浮かんできた。
「…バカ、僕を置いていくなよ…」
「…悪い」
嗚咽を洩らすエリアスに、進はただ謝るだけだった。
「最後の別れは済ませたか?」
ヒデヨシは剣を構え、進が磔にされている壇上に立つ。
「…いつでも来い」
進の中に未練が無い、と言えばそれは嘘になる。
しかし、死ぬことでその未練が無くなるのならそれも悪くは無いと思ってしまった。
(出来ることなら、エリアスには助かって欲しかったな…)
その最後の願いも、今となっては聞き入れられるものではない。
進は泣き続けるエリアスを最後に、潔く瞼を閉じた。
「―はァァァァァァあッ!!!!」
そして、ヒデヨシの一刀が進の腸を引き裂くために振り下ろされる。
…。
「…?」
静まり返った観衆たち。
進はゆっくりと目を開ける。
「…やっぱ」
やっぱ?
「やっぱお前には、絶望を味わわせてから死んで貰うことにしよぉぉっと」
「絶、ぼう…?」
進がおそるおそる聞くと、ヒデヨシは壇上を降りる。
そして、すぐ隣のエリアスが磔にされる壇上にゆっくりと歩みを進める。
「まさ、か」
―やめろ。
「何で」
―やめろ。
「どうして」
―やめろ。
「お前は『絶望』するべきなんだよ、
ヒデヨシは、まだ名乗ってすらいない進の名を呼んだ。
「ど、どうして俺の名前を…」
「あっれれぇ〜?忘れちゃったのぉ??」
エリアスの壇上を登りきったヒデヨシは、進を見据えて目を見開く。
「―俺だよ俺、『
中学の頃仲がヨかっただろぉ!!?」
秀義。
その名前を聞いた途端、進は再び恐怖のどん底に陥れられることとなる。
「…な、何でお前が」
「何でって、そりゃあ俺も召喚されたわけだからなぁ?
…てか、俺に向かって『お前』とか、いつからそんなに偉くなったワケ?」
秀義は進を睨む。
その眼光。その立ち姿。
秀義の姿一つ一つが、進のトラウマを瞬時に蘇らせる。
「あ…あぁ…」
「分かったらテメェはそこで大人しく、唯一の『オトモダチ』が殺される様子を見てな。
有難く思えよ?ライブ中継のど真ん中で見れるんだぜ?」
「アッハハハハハ!!!」という笑い声と共に下衆な笑みを浮かべて、秀義はエリアスに向けて刃を突き立てる。
観客にはその姿が見えているはずなのに、秀義に向けられるのは罵声などではなく、むしろより一層歓声が熱を増した。
「お前らが死ぬことで喜ぶ人間がこれだけいるんだ。
まぁ、期待を裏切らないためにも大人しく逝っとけ?」
―期待ってなんなんだよ…!
(どうして俺たちだけがこんな目に遭わなくちゃならないんだよ…!)
「―忘れるな、シン」
ハッと、進はエリアスの声で憤慨の心を落ち着ける。
「…あ゛?」
「君が死んで悲しむ人もここにいる。
だから、君は死ぬその瞬間まで諦めるな」
「エリ…アス」
「…あー、ムカつきました―。
秀義さんのプッツンメーターが臨界点を超えたので今すぐ殺しまーす」
秀義は握りしめた剣を容赦なく振り下ろす。
―『死ぬその瞬間まで諦めるな』。
進の心には、その言葉が何度も繰り返された。
―俺は。
―俺は、もう奪われるだけじゃない。
「俺は!
俺は『勇者』だ!!
『勇者』なら、女の子の1人ぐらい護れなくてどうすんだよぉぉぉぉ!!!!!」
=====
固有スキル『
固有スキル『叛逆の勇者』が解放されました。
=====
叫ぶ。
ただひたすらに、逆境に立たされた男は雄叫びを上げる。
進を中心として、突如として突風が巻き起こる。
「何だ…!?やる気かテメェ!!」
進の起こした突風は暴風となり、周囲の観客に被害を与える。
暴風は進を縛る磔台に音を響かせ、やがて木っ端微塵に砕け散った。
「…テメェ、こんなことして生きて帰れると思うなよ」
―元から生きて帰すつもりも無いくせに何を言いやがる。
進は右手を突き出し、その手に一枚のカードを呼び寄せる。
トランプの『JOKER』。
進の持つカードにはその絵柄が描かれていた。
「…それがテメェの武器か?
だとしたら貧弱なお前にはお似合いの武器だなァ!!!」
「…ああ、俺にはお似合いの武器だ」
進がジョーカーに力を込めると、そのカードは大きなサイスに形を変える。
「へぇ、そんな芸当も出来るのか」
サイスを構え、進は秀義と対峙する。
秀義もまた剣を構え直し、進と対峙する。
―
俺の大切なものを壊すものは鏖だ。
それが人でも魔物でも、命が無いものでも。
俺から何かを奪うものは、全て
「―ああ、そうだ」
『叛逆の勇者』となった進は決意する。
「俺が世界を
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