真実《ほんとう》
進はゴミを捨てるような扱いで牢屋に投げ入れられた。
「ヒュー、ヒュー…」
その身は兵士に串刺しにされたことにより満身創痍だった。
しかしその身には、『勇者』が刻んだ太腿の傷以外は何一つ残っていない。
兵士の言う通り、『勇者』を殺せるのは『勇者』だけのようだ。
「明日の昼頃に貴様
嫌味な笑いをあげながら、兵士は牢獄から姿を消した。
進が投獄されたのは、罪人の中でもトップクラスの罪を犯した者が入り込む『ベルメス牢』と呼ばれる牢屋だった。
その名の由来は至って単純。『魔神』の名を取って「この牢獄に入る者、即ち世界に仇なす者」という意味が込められている。
「…」
最早立ち上がる気力もない進は、光を失った目で牢屋の外を見ようとする。
しかし、ここは最も重い罪を犯した者が入る牢獄。
そのような者に外を見る権利など無かった。
(…何だよ、この仕打ちは)
異世界に来て舞い上がっていた半日前の進の姿はどこにもなく、進の中に宿るのは「理不尽だ」という気持ちと「怒り」「恐怖」の感情だった。
何故。何故。何故。何故。
何度「何故」と聞き返しても、進の疑念には誰も答えてくれない。
「…何で、俺がこんな目に…」
「そりゃ罪を犯したからでしょ」
進の嘆きに応える少女の声が、進のすぐ隣から聞こえた。
進はどうにか動く首を声のする方に傾ける。
「…」
「君は?」と聞く勇気は無かった。
どうせ聞いたところで、「『14番目の勇者』だから」というだけで蔑まされるだけだと思うと、進の少女に対する関心は萎縮していった。
「いやぁ〜、それにしてもまた随分と傷だらけだね。
君は一体何を犯したんだ?」
長い黒髪はボサボサに、純白であったろうワンピースはボロボロに。
しかし少女の真紅の目にはまだ光が宿っていた。
(何だこの女は…)
進はその少女を鬱陶しく感じていた。
彼の脳内には、この少女のように積極的に話しかけてくるタイプの人間は、大抵自分のことに大して興味が無い人間ばかりだというイメージが定着していた。
進の過去にこのような者が話しかけてくる際は、大体自分が答える前に何処かへ行ってしまっているのがほとんど、というより全員だった。
「…生きてる?」
しかし少女は進に対する興味を失わなかった。
進の体をツンツンツンツンと、しつこくつつく少女に対して進は仕方なく答えを返す。
「…生きてるよ。一体なんだ、君は」
「おお、その太腿の出血でよく生きてるね。
それで、君は一体何の罪を犯したんだい?」
「はぁ」と。進は少女に鬱陶しさを通り越して呆れを抱いていた。
何故ここまで『14番目の勇者』に気軽に接することが出来るのか。
(そりゃ知らないからか)
少女は進が『14番目の勇者』であることを知らない。ならば、ここまで気楽に少女がコンタクトを図るのも納得がいく進だった。
ここで少女との関係を切るのは簡単。自分が『14番目の勇者』であるということを伝えるだけだ。
だが、進はあえてそうしなかった。
単にそうするだけの気力が無かっただけかもしれない。或いは少女との関係を切るのを勿体ぶったのかもしれない。
どちらにせよ、進は少女の質問に答えることは無かった。
「…何だ、大罪人と話すつもりは無いって事か」
そんな進の態度に少女も諦めたのか、つまらなさそうに蹲った。
「…人に、事情を聞く時は、まずそっちから、だろ…」
「…!!
そうか、それもそうだね!うんうん、ごめんよ気付かなくて!」
進が口を開くと、少女は嬉しそうに進の背中に跨った。
「ぐぇっ…」
(何故乗っかる必要がある…!?)
兵士の拷問で疲弊した進の体には、少女の40キロもいかないような体重ですら重く感じた。
また進の脳内に「何故」という疑問が浮かび上がるが、それをかき消すように少女は話を続けた。
「まずは自己紹介からだね。
僕はエリアス=ヴィ=グラティエル=セーマス=ド=アルティニア=マキデニアルス=ルヴァン=ディ=アーバン。
長いからエリアスかグラティエルかセーマスかアルティニアかマキデニアルスかルヴァンかディかアーバンでいいよ」
(候補多すぎるだろ…。てか「ヴィ」はどうした)
などと内心思いつつも、進は長すぎる名前の少女の名を呼んだ。
「…それで、どうして、エリアスはこんな所に」
「まずは君の名前からだよ」
面倒くさいと感じつつも、話の先を聞くために仕方なく進は自分の名を名乗る。
「…進。
「そっかそっか。
シンか、いい名前だね」
「それは、どうも…」
進は初めて、家族以外の誰かに褒められた。
小学生の頃から、保育園児の頃から進は家族以外の誰かに褒められることはなく、進は1人でいることがほとんどだった。
そんな彼を褒めてくれる存在がいる。
それだけで、進は報われたような気分になった。
「…それで、僕がここにいる理由だっけ。
………実は、僕のお母さんが魔物だっていうことが国にバレちゃったんだ。
国の勇者はお母さんをその場ですぐに殺して、僕も明日処刑されることになっちゃった。
…どうして、家族が魔物っていうだけで僕まで殺されないといけないんだろうね?」
(それは…)
誰だって殺す選択肢を取るだろう、と進は思ったが、エリアスの前でその言葉を紡ぐことはしなかった。
進はエリアスに、自分の姿を投影していた。
進の置かれた状況、エリアスの心情。そのどれもが自分のものと酷く似ていたのだ。
魔物の子というエリアスに、進は不思議と恐怖を抱くことは無かった。
「…本当に、何でだろうな」
「?
さ、次はシンの番だ」
「…俺は」
「『14番目の勇者』だ」と。
それだけなのに、進はエリアスに伝えるのを躊躇った。
嫌われるのが怖かった。
この世界で唯一自分に優しく接してくれる少女が、自分のことを蔑むのがとても怖かった。
「…どうしたの?」
そんな進に、エリアスは優しく問いかける。
彼女にすら存在を否定されるのが怖い。
誰も自分の存在を認めてくれないのが怖い。
せめて、彼女には自分の存在を認めていて欲しいと願った。
「…俺は」
言い出せない進にやきもきを起こしたのか、エリアスは進の尻をその小さな手で思い切り叩いた。
「痛ったぁ!!?」
「…僕だって、存在を否定されるのが怖かった。
だけど、どうせ明日死ぬなら誰かに僕の
君は、明日死ぬその瞬間まで、僕に不信感を抱かれたままの存在でいたいの?誰かに本当の姿を知ってもらわないでいいの?」
「…」
(子供のくせに。)
俺より随分と立派なことをいう少女だ、と進はエリアスを心の中で賞賛した。
でも。
「…エリアスだって、俺の存在を知ったら否定するさ」
進にはその勇気が湧かなかった。
あとほんの一押し。その一押しが足りなかった。
その一押しを押したのは、エリアスだった。
「大丈夫。
僕が魔物の子だったんだよ?君がどんな存在だったって、僕は君を信じるさ」
その言葉を聞いた瞬間。
進の涙が零れ落ちた。
「…本当に、信じて、くれるのか?」
「ああ」
「俺が、世界の敵、だとしてもか?」
「僕だって世界の敵の子供だ」
「…俺が、『魔神の使い』だったとしても、か?」
「もし君が本当に『魔神の使い』なら、僕は魔物だから君の従者ということになるね」
―俺は。
「俺は、『14番目の勇者』だ」
進は、初めて誰かに自分の存在を認められた。
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