怨霊の魔窟/3

 颯茄はノリノリで、ダークサイドに微笑んだが、夕霧から待ったの声がかかった。


「まだだ」

「え……?」


 前へ前へ出ようとする性格がわざわいしていた。弓だけである、手元にあるのは。


「矢がない」

「あぁ、そうでした。攻撃できませんでした」


 ふらふらと寄り道ばかりする感覚的な話は、地に足がついている人がそばにいることで、理論という線路に再び乗せられた。颯茄は両手を広げて、幽霊たちに向かって大きく横へ揺らす。


「もうちょっと待ってください!」

「あぁ……」


 敵は構えようとしていた武器を一旦下ろし、残念そうなため息をついた。


 だが、相手は人ばかりではない。言葉の通じない、邪気――黒い霧は静止できない。


「霊力ってどうすれば……?」


 戦闘向きでない颯茄はのんきに考え出した。


 自分を飲み込もようとするような闇――黒いモヤが襲いかかってくるが、蛍火のような金の光が重力に逆らって、上へと登ってゆくように、ゆらゆらと縦の線が突如現れた。


 颯茄は我に返り、蛍光灯もない天井を見上げ、


「あれ? 金の光が……本当にどこから出てくるのかな?」


 不思議なことが起きるもので、波にさらわれたように見事に、黒い霧が消え去ってゆく。


 キョロキョロとしている颯茄の後ろ姿が、無感情、無動のはしばみ色の瞳に映っていた。


「お前だ」

「え……?」


 ――霊体、九十七。邪気、百三。


「お前から、金の光が出ている」

「えぇっ!? 自分だったのか!」


 颯茄は驚いてぴょんと飛び上がった。


 近くて見えぬはまつげ――である。颯茄が自分の胸へ視線を下ろすと、水蒸気でも上がるように、金の光がゆらゆらと登っていた。


「あれが……?」

「初めて見た」


 どよめく敵たちも、颯茄にとってはギャラリーでしかなく、横たわっている患者たちをうかがう。


「黒い霧が眠り病の原因?」

「そうだ」

「それが金の光で消える……浄化の力ってことかな?」

「おそらくそうだ」


 形勢逆転みたいな話が、幽体離脱をさせたふたりから出てきてしまった。


 悪霊たちは自然と後ずさりする。自分たちまで消されてはという、恐怖に取り憑かれて。


 颯茄はそんなことよりも、夕霧からすんなり出てきた答えに、気を取られてしまった。


「あなたも浄化できるんですか?」

「俺のは違う。吹き飛ばすだけだ」


 深緑の短髪は横へと振られる。アサルトライフルに視線を落とし、颯茄は、


「そうなると……あなたが攻撃したのを、私が浄化する……ですね?」

「理論的にはそうなる」


 いつの間にか作戦会議は終了したのだった。だが、それよりも先にやらなくてはいけないことがある。さっきから同じ問題が未解決のままなのだ。


 颯茄は弓をじっと見つめて、で始まる言葉でも探すように繰り返し始めた。


「とにかく、矢を作らないといけない。矢、矢、矢……弓で飛ばす。矢、矢、矢……弓で飛ば――あっ!」


 ピンときてしまった。


「どうした?」


 敵との間合いをうかがいながら、夕霧は聞き返した。今もゆらゆらと黒い霧へ勝手に近づいては、消し去る聖なる光。


「金の光が浄化の力になるんだから、飛ばせれば形は関係ないですよね? ハート型だろうが、星型だろうが、遠くのものを浄化するための武器……かもしれないですもんね?」


 呪文を唱えるでもなく、神に祈るでもなく、自然と浄化してゆくのだ。つるに引っかかれば、離れた位置へと飛ぶのである。


 まっすぐな自分では到底思いもつかないことを、めちゃくちゃなのにたどり着く女。夕霧はこの女の内を、気の流れという特殊な世界で見つめる。


「俺と違って、胸に意識があるから発想が柔軟だ」


 颯茄はその視線には気づかず、弓を強く握って、


「とにかく、何かを作り出せばいいんだ」


 勢いよく高々と弓を掲げた。


「よし! やってみよう!」


 強く目を閉じて、ウンウンとうなり声を上げ続けること、一分間。


「んん〜〜〜!」

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