死臭の睡魔/8
バクリと大きく波打って、独健の心臓はそれに続けとばかり、早鐘を打ち始める。
「食われた人間は死んだあと、どうなるんだ?」
「どこの世界からもいなくなる。消滅する――」
通常の死に方ではない。勘の鋭い自分はどこかで気づいていた。ただ、受け入れるのが怖かっただけ。目をそらしていたが、はっきりと言われて、独健の若草色の瞳はまたにじみ出した。
「……そうか」
「死んでももう会えん」
死後の世界へ行けば再会できる。そんな淡い期待も持てないのだ。
晩秋の夜風がふたりの間を吹き抜けるたびに、深緑とひまわりの短髪はさざ波を立てた。
「…………」
「…………」
容赦なく死は訪れ、人生を変えてゆく。夕霧はそれでも、ブレることなく生きてゆく男。
それに比べて、独健は揺れに揺れて、涙がこぼれないように星が
「お前の両親とお兄さんももうどこにもいない……」
「そうだ」
無差別にたくさんの人が命を落としている病気。それでも、対策が取れないまま、時だけが悪戯に過ぎ、人が無残に死んでゆく。
――霊的なものが原因です。
そんな理由で動く国など、宗教国家でなければ、どこにもないだろう。科学技術という文明の一面だけを磨き上げた末の、しわ寄せだった。
園児たちが土団子をいつも作っている建物の隅を、独健は黙ったまま見つめていたが、やがて、吹っ切るように大きく息を吐き、
「それなら、これ以上、俺と同じような想いをするやつが増えないことを祈るだけだな」
薄闇で充血した目はごまかして、さわやかな笑みを夕霧に向けた。
「お前までいなくなるなよ」
「気をつける」
決して約束ができることではない。あの戦場を知っているからこそ。だが、今倒されるわけにはいかないのだ。
女の声が遠くから、ふと聞こえてきた。
「――
「あぁ、すみません。途中で抜けて、今行きます」
仕事中に邪魔をしたのだ。長居ができるはずもなく、夕霧は艶やかさを持って、ブランコからすっと立ち上がった。
「帰る」
たった一言告げて、砂埃も音も立てずに、黒のビジネスシューズは歩き出す。左右前後に揺れることなく去ってゆく、夕霧の背中に、独健の鼻声が響き続ける。
「仕事を頑張り過ぎるなよ。あ、あと、今度一緒に飲みに行こうな。あ、それから、今度俺の彼女を紹介するからな。あ、あと――」
「お前は俺と逆で、話しすぎだ」
ふと振り返った夕霧は、フィギアスケートのスピーンでもするような縦に一本の線が入ったブレのなさだった。
暗くならないように。心も体も固くならないように。その配慮で、独健はわざと長く言っていた。ひまわり色の髪をかき上げて、さやわかに微笑む。
「そうか? じゃあな」
「じゃあ」
門柱を右へと曲がり、夕霧が遠ざかってゆくのを視界に端に残したまま、教室へと振り返ろうとした時、独健は直感してしまった。
――虫の知らせ。
何かの境界線が、自分と夕霧の間に決定的に引かれ、下から火で炙られるような焦燥感が胸を襲う。
「嫌な予感がするのは気のせいか?」
門まで急ぎ足で向かったが、夕霧の姿はもうどこにもなかった。
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