死臭の睡魔/7

 この国では、武器を所持するにも許可がいる。それを実践するとなると、安全を確保した場所へ行ってでないと使えない。それが法律。


 だが、そんな常識を覆す、言葉が返ってくる。


「するが、実弾は入れん。霊力を使って撃つものだ」


 実弾など、幽霊にはかすりもしない。ただ通り抜けてゆくだけだ。何の脅威にもならない。おもちゃどころか、それこそ幻だ。


 独健は赤いスニーカーで地面を軽く蹴って、ブランコを揺らした。


「それで、お前、一人でずっと退治してたんだろう? 修業バカのお前なら、そうなるだろう? 違うか?」

「退治はしていない」


 夕霧が首を横に振ると、ライフルはどこかへ消え去った。予測していたのとは違う返事が返ってきて、独健は拍子抜けした。


「じゃあ、何をしてるんだ?」

「邪気を散らす、吹き飛ばすだけだ。トドメは刺せん」


 現実は非常に厳しく。原因がわかって、術があったとしても、数が減るわけではないのだ。


 この国を蝕んでいる眠り病。根元から断ち切ることができない現状。憤りで、ふと言葉は途切れた。少し離れたところで、つかの間の平和な日常が目に入り込んでくる。


「せんせい、さよなら」

「じゃあ、また来週ね」


 小さな子供が親の手に引かれて、帰路につこうと、暗い夜道へと消えてゆく。そんな姿を何人か見送りながら、男ふたりは幼稚園のブランコに座り続ける。


 ふと視線を、独健は夕霧の横顔に向けた。


「というか、お前に霊感があるなんて知らなかったな」

「それは話しとらんからだ」


 無感情、無動のはしばみ色の瞳が見つめ返してきた。独健は一人ボケツッコミをする。


「まぁ、それじゃ当然だな。――って! お前、言葉数が少なすぎだ! 少しは話をしろ!」


 この男ときたら、寡黙すぎて、聞かなければ、余計なことは自分から話してこないのである。


 オーバーリアクションで、ブランコから立ち上がった独健を見上げ、夕霧は拳を口元に当てて、噛みしめるように笑った。


「くくく……」


 自分が手を貸せるなら、貸してやりたい。だが、幽霊などという非現実的なものではどうすることもできない。


 しかしそれでも笑わせて、少しでも緊迫感の連続から解放してやろうと、心優しい独健は思った。


「だから、結婚しないのか?」


 地位や名誉も持っている。背は高く、端正な顔立ちで、性格もよく。掃いて捨てるほど、女が言い寄ってくる。そんな毎日を過ごしている夕霧。


 だが、自分には死という影が常につきまとう。


「俺のまわりには邪気が集まってくる」


 ため息まじりに、独健は両手で気だるそうに、ひまわり色の髪をかき上げた。


「まぁ、敵からすれば、お前は邪魔者だからな。そうなって当然だな」

「俺一人を守るのはできるが、誰かを守りながらは戦えん」


 自分が死ねば、立ち向かう者は誰もいなくなる。だからこそ、そうそう無謀に死ぬことは赦されていない。


 サバイバル世界で、守るものが二倍になる。いくら独健が戦場とは程遠い生活を送っていても、少し考えれば容易に想像がついた。


「巻き込まない方が賢明な判断だな。命がかかってるんだから」


 結婚など夢のまた夢だ。そんなことにかまけている暇などない。夕霧には。たくさんの命を守れる可能性がそこに少しでもあるのなら、自分の幸せなどあと回しだ。


「自分のことを何かで守ることができる女がいるのなら、俺は結婚する」


 だが、誰よりも結婚願望は強かった。独健はあきれた顔をする。


「あれか? 合気は愛の気だから、結婚して修行したいのか?」

「そうだ」

「本当に修行バカだな、お前。合気が人生なんだな」


 独健は思いっきり皮肉たっぷりに言ってやったが、夕霧は切れ長な瞳を少し細めただけだった。


「そうかもしれん」


 児童の少なくなった部屋の明かりがまたひとつ消えてゆく。あの電気のように命が尽きた両親のことを、独健は思い浮かべ、若草色の瞳は再び正面を向いたままになった。


「なぁ、聞いてもいいか?」

「何をだ?」


 真相に触れれば、そこにあるのは、聞かなくてよかったという後悔だけだろう。だが、肉親の死と向き合うために、独健の心臓はバクバクと音を立てた。


「その……邪気が具体的に何をするんだ?」 

生気せいき――魂を食う」


 人の領域ではなかった。地鳴りのような低い声が言ってきた言葉は。独健の声はいつもよりもトーンが下がった。


「……それで死ぬんだな」

「そうだ」

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