死臭の睡魔/4
女子トークに入った。
「彼氏とどうなったの?」
それなのに、知礼の黄色の瞳はとぼけた感全開になって、持っていたつくねをじっと見つめた。
「えっ!? ここに入ってるんですか?」
完全にどこかに話を投げられて、颯茄は知礼とつくねから状況を打破。
「つくねの中にカレーが入ってる――。斬新なアイディアだね。じゃなくて、恋人の話」
「あぁ、そっちですか、びっくりしました。よかったです」
知礼は本当に安心したように吐息をもらして、つくねの規律を今度は乱し始めた。
「…………」
「…………」
妙な間が女ふたりの間に降りる。腹が減っては戦はできぬで、颯茄はつくねをガシッと串から口で噛みはずし、ビールを飲み干した。
「いや、話終わってるってば!」
「彼氏の話ですか?」
知礼の話題転換の見事さに、颯茄が今度は驚いた。
「どういう順番? っていうか、器用に戻ってきた、話」
こんなことはいつものことだ。颯茄はすぐさま体勢を整え、
「で、どうなの?」
「うまくやってますよ」
ニッコリ微笑む知礼を横にして、刺身のツマとシソをつかむ。
「結婚するとか?」
「そういう話も出てなくはないです」
「そうなんだ。出会って半年ぐらいなのに、運命だったんだね」
「そうかもしれないです」
颯茄と知礼は仲よく微笑み合った。座敷席の方から、騒ぎ立てる声が突如上がる。
「で、前から言ってるけど、紹介はしてくれないの?」
「何を確かめるんですか?」
かすった感があったが、
「あぁ〜、漢字変換ミス。その照会じゃなくて……」
「どうしたんですか?」
まじまじと見つめられても、困るのだ。大暴投クイーンの
「え〜っと、どうやって言えばいんだろう? 会わせて、と、合わせて、が同じ響きになって、またどこかに投げちゃうから……」
反対に顔を向けて、ボソボソとつぶやいている、颯茄のブラウンの髪を、知礼は本当に不思議そうに見つめた。
「え……?」
パパッと直感がきた。
「あぁ、あぁ。彼氏と直接顔を合わせたいなと……」
さっきまでの引っかかっていた会話が嘘のように順調に進み出した。
「それが、なかなか忙しいみたいなんです」
「そうなんだ」
フライドポテトのホクホク感を味わいながら、颯茄が返事を返すと、ビーズの指輪をした小さな手が割り箸を器用に動かした。
「はい、土日なら、わりと時間があるんですけど、それだと先輩が忙しくなっちゃうじゃないですか?」
「そうだね。お芝居の稽古があるからね」
いい感じで進んでいたが、大暴投クイーン、またまた宇宙の果てに向かって、豪速球を放った。
「どなたですか?」
颯茄は素早く走り込んで、さっと飛び上がり見事にキャッチ。
「また漢字変換ミス。ケイコさん、人の名前じゃなくて、練習する稽古」
「あぁ、そっちですか」
颯茄は店員を呼び止めて、ジョッキを掲げ、知礼はつくねを口へと運ぶ。
「…………」
「…………」
妙な間が女ふたりの間に降り積もった。
「いや、話終わってるってば!」
颯茄が突っ込むと、何事もなかったように、知礼は話し始める。
「先輩、夢を追うのもいですけど、恋愛はしないんですか?」
「興味がない、ね」
颯茄はロングブーツのチャックを手でいじり、
「先輩、花の命は短いですよ」
知礼の説教が、ブラウンの髪の中にある脳裏で、誰かさんの面影と重なった。颯茄は笑いそうになるのを
「人生語るね。私、まだ二十五なんだけど……」
「お肌の曲がり角はもうきてるじゃないですか?」
手厳しい意見を言われて、颯茄は最もらしい言葉を口にする。
「人の成長期は二十五年間だから、そうなるらしいって聞いたことがある。理論通りに行くと、百二十五歳まで生きられるらしいね」
「先輩は、生物学者ですか?」
「ううん、女優志望のフリーター」
店員からお代わりのビールを受け取りながら、颯茄は首を横に振った。
「とにかく、彼氏今度連れてきてよ」
「先輩と時間が合えば、連れてきます」
ふと会話は途切れ、焼き鳥を焼いている煙が、換気扇に吸い込まれていく様を、女ふたりはただただ眺める。さっきとは違う沈黙が流れる。
「…………」
「…………」
ダボダボのニットの袖口から出ている知礼の手を、颯茄はしばらく見つめていた。それが終わると、ビールに口をつける。
白いモヘアの袖口から出ている、背の割には大きな颯茄の手を、知礼は目で追っていた。
「…………」
「…………」
颯茄は落ち着きなく、同じカウンターに座っているサラリーマンをうかがう。
ガヤガヤとにぎわう店内。時折、店員が忙しそうに、ふたりの背後を通り過ぎてゆく。
「…………」
「…………」
まだ料理は充分残っているが、なぜか食べる手が止まった、颯茄と知礼。
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