10 これが僕の理想です!
「家庭を持つためにも、協力してください!」
いや、私にも理想あるんだけど?
★
婚活の現場には、いろんな方がいらっしゃいます。
そりゃあ、いろんな所から来ていらっしゃるのですから、当たり前と言えば当たり前です。
色んな方にお会いできるのが、婚活の醍醐味。
ですが、中には「いろんな方がいる」と言う事を、「自分の言う事を聞いてくれる人を探す」と勘違いしている人もいるようです。
今まで出て来た人達もそんな感じでしたが、今回はそれが全面に出ていた方のお話。
そして、私が「条件だけではダメなんだ」と思い知った話でもあります。
その方とは、やはりお見合いで知り合いました。
あ、ちなみに今さらなんですが、この体験記の時間軸は、出て来る方々のプライバシー等を配慮して、バラバラです。
その方は、なんと珍しく、「婿養子オッケー」の方。
マジですか!? と思いました。
親は「気にしなくて良い」とは言いますが、兄弟の中で誰かが「苗字」ぐらいは継いで欲しいとは思っている様子。
もちろん、ダメな時はダメなんですけど、「婿養子オッケー」は、私にとっては願ってもない条件です。
「どう?」
と、結婚相談所に言われて、
「もちろん、オッケーです」
私は即答しました。「婿養子オッケー」は、婚活現場の「イケメン」と同じぐらい、イリノオモテヤマネコ級に貴重なのです。
この貴重な機会を逃すわけにはいきません。
人の価値観は様々ですが、私にとっては「嫁になる人の姓になっても良い」という男性は、私の思いを理解してくれる可能性がある、ということでもあるのです。
当日は、気合いを入れて仕度もしました。
もちろん、それは毎回のお見合いでも、「私を選んでくれてありがとうございます」や「お会いできてうれしいです」という思いを込めて、きちんと身支度をしてきたつもりです。
しかし、やはり自分が諦めていた条件オッケーと言うのは、うれしいものです。
パソコンの画面で確認した彼のプロフィールも、まあイケメンと言う感じではないですが、「爽やか」な感じです。
収入は、ちょっと低めの年収三百万。でも、これもきちんと健康で働いていたら、問題なし。
もう、本当に、第一条件が叶えられるのならば、この人とこのまま結婚しても良いかなーと思っていました。
そして、約束の場所にあちらの仲人さんと現れたのは、長身の少し気の弱そうな風貌の方でした。
ですが、これも問題ありません。
とりあえず、遺伝子が「NO」と言っていなければ、オールクリアです。
そして、お互い自己紹介をして。
仲人さんを交えてお話しをしていましたが、
「それじゃあ、後はお二人で」
と定番のパターンとなりました。
「今日は、『いい夫婦』の日なんですよね。結婚した後に、出会った日がこの日だったら、素敵じゃないですか」
ぎこちない口調で、でも夢見るように私を見ながら、彼は言いました。
もうすでに、彼の頭の中には夫婦となった私達の姿があるようです。
ここで、私のテンション少し低下です。
いや、待て。私達はほんの数十分前に会ったばかりだ。
落ち着け。会ったばかりで、結婚はない。
そう心で突っ込みながら、
「そうなんですか」と、私は頷きました。
「テーマパークとかお好きですか?」
そうして、ここでいきなりの質問です。
そう言えば、仲人さんが言っていました。
『ご家族と仲が良くて、この間も〇〇〇のテーマパークに一緒に行って来たんですって』
ちなみに、この「ご家族」。ご両親、ご本人、兄家族。
えっ?
と思われた方、いらっしゃいますでしょうか?
まあ、「ご両親」と「ご本人」だけなら、私も「なるほど」と思ったでしょう。
『兄家族も一緒です』
と、照れながら言われた時、「何だと?」と私は思いました。
何故、兄家族と一緒に旅行に行く!?
そして、さらに驚いたことに、「兄家族」も一緒の家に住んでいるとか。
すごくないか!? と突っ込みながらその話を私は聞いていました。
「そうですね。実は、テーマパークって行ったことないんですよ。水族館とか動物園は好きなんですけどね」
と、私は答えました。
すると、とたんに彼は固まりました。
どうも彼の頭の中では、私が「テーマパークってどんなところなんですか?」と聞くことで話が展開していくようになっていた様子。
おい、ちょっと待たんかい、と思いながらも、私は
「そのテーマパークって、どんなところなんですか?」
と聞いてみることにしました。そうでないと、彼が固まったまま動きそうになかったからです。
「はい、楽しかったです」
しかし固まったままの彼は、そう答えて話が途切れてしまいました。
そこで私は、そのテーマパークについて、知ってることがないか、頭をフル回転させました。そして、引っかかったのは、「夜景が綺麗」ということ。
「夜景が綺麗なんですよね」
そこで、彼にそう言ってみましたが、
「夜景は見ていません」
すこーんと、打ち返されたしまいました。
その打ち返し方は、見事なほどです。
おい、ちょっと待たんかいっ。と心の中で、私はまた突っ込みました。
しかし、もうこのネタは使えんなと判断して、彼の仕事についてネタを振ってみました。
彼としても、どうして良いかわからなかったのでしょう。
私が振った仕事のネタに、乗って来てくれました。
それでわかったことは、彼は朝早く仕事に出ている、ということでした。
「すごいですね」
朝の弱い私は、感心してしまいました。
「慣れれば、できるようになりますよ」
私の言葉に、彼は照れたように笑いました。
良い感じです。
ふむ、と私は思いました。
そうして、「一回会っただけじゃわからん」をポリシーにしている私は、当然のごとく二回目会う事にしました。
そのことを結婚相談所の方にお伝えすると、彼の方も、「またお会いしたい」とのこと。
おおっ!て感じです。
一回目はぎこちない彼も、メールで交流していって、二回目会えば、また違ってくるかもしれません。
何せ、「婿養子オッケー」の方は、「イケメン」よりも少ないのです。
この「条件」がある方を、逃すのはもったいない、とこの時の私は思っていました。
互いの結婚相談所の方からメールアドレスを教えてもらい、早速メールで交流開始です。
「こんばんは。交際開始のお返事、ありがとうございます。これからの二人のために、交流を進めて行きましょう」
そうして、その日のうちに彼からメールが来ました。
「硬い……」
そのメールを見て、私は呟きました。
確かに、前の章に書いた方のように、「ヤッホー。僕はタッチー(仮称です)だよ。カクッチって呼んでいい?」と言う文面を送って来る方には、全力拒否をした私ですが、これはこれで硬いです。
「早速ですが、近いうちに食事はどうしましょうか? お互いのことを理解するためにも、早めが良いと思います」
何とも硬いお誘い文句です。
まあ、それでも。
彼の言っていることは、間違いではありません。
硬いのは慣れていないせいもあるのでしょう。
「良いですね。せっかくですから、映画もどうでしょうか?」
とりあえず、私はそうメールに書いて送ってみました。
話す内容があまりないようなので、とりあえず、映画を見て共通の話題を持とうと思ったのです。
「それは良いですね! 見たい映画はありますか?」
私はふむ、となって、ネットで当時やっていた映画を調べました。
前述のように、私は恋愛映画よりはドキュメント映画を好みます。
アクション映画も好きですが、彼の好みに合うかどうか……。
と色々考えた末、事実を元にした映画を見ることにしました。
第二次世界大戦中が題材となっていますが、舞台は現代であり、映画のレビューも「軽快なストーリー展開で良い」と書いてあって、なかなか良さそうだと思った私は、その映画の題名を彼にメールで教えました。
そうして、会う日の日程を調整しまして、食事の後に映画を見ることになりました。
映画開始の二時間前に待ち合わせして、早速食事です。
「今日はありがとうございました」
「いえ。こちこそ、よろしくお願いします」
何か、またお見合いをしているみたいだな、と私は思いました。
まあ、そうは言っても。
二回目とあって、彼は一回目の時ほどの緊張はありませんでした。
「そのコート可愛いですね」
と、私のコートを見て、褒めるぐらいの余裕もあったぐらいです。
話も、前回に比べたらたどたどしさはあるものの、色々と私に質問して来ます。
仕事のこと、家族のこと、友達のこと……私もそれに答えます。
そうすることで、会話は一時間ぐらい続くことができました。
しかし、それも食事の間までのこと。
食事を終えて、少し早いですが映画館に移動して、映画館の中のカフェで時間を潰す頃になると、彼の口は格段に重くなっていました。
私としても、話の間口を広げるために、「どんな映画を見られますか?」と聞くんですが、「映画は見ません」と、相変わらずの見事な返し方です。
それ、「映画を見ませんか」と言った私にとっては、どう答えて良いのか困惑でした。
映画を日頃見ない方を映画に誘って申し訳ありません、と言うべきなのか。
それとも、「ありがとうございました」と言うべきなのか。
とりあえず、どっちにした方が良いのかわからなかったので、
「そうですか。でも、映画も良いですよ」
と言葉を続けてみました。
しかし、彼の方は沈黙です。
困ったなーと私が窓の外を見た瞬間、外の快晴の空が見えました。
スカイ・ブルーです。
「綺麗ですね、外」
と、私が言うと、彼も振り向きました。
そして、私に視線を戻すと、
「テーマパークはお好きですか?」
と、いきなり喋り出しました。
今から思えば、彼も必死だったのでしょう。
どうしても思うようにしゃべれず、何とか挽回しようとしたに違いありません。
そして、彼の得意な持ちネタは、おそらく家族と行った「テーマパーク」についてだったので、この話展開になったのかもしれません。
けれど、この時の私にとっては、自分なりに頑張って提供した話題(空ですね)を無視され、散々初回で話した「テーマパーク」について話を戻され、「はっ?」状態でした。
「カクちゃんは、どんなテーマパークが良いですか?」
さらにダメ押しのように、「ちゃん」付です。
いや、ちょっと待たんかいっ!と私はなりました。
まだ会って二回目なのに、「ちゃん」付け。
これも、今ならわかります。
彼なりに、親しさをアピールした結果なのでしょう。
ですが、当時の私が感じたのは、「きもっ!」だったのです。
そう言われた瞬間に、体中が身の毛がよだつほどでした。
悪い人ではありません。
純朴な人柄ではあるのでしょう。
しかし、この瞬間私が感じたのは、確かに「拒絶」でした。
次の瞬間。私は自分で自分に「おいっ、待たんかい!」と突っ込んでいました。
だって、「婿養子オッケー」なのです。
なかなかいない、イリオモテヤマネコ級の条件なのです。
しかし、その「拒絶感」は、映画を見た後も消えてくれませんでした。
映画自体は素晴らしく、私は感動に浸りながら、彼とその映画の話で盛り上がれることを期待しました。
けれど、彼の映画の感想は、
「面白かったですね」と言うもの。
時代背景のこととか、主人公のこととか、私も話題を振るんですけど、「はい」「いいえ」で答えるぐらいで、
「カクちゃんは歴史が好きなんですね」
と、言って、
「では、テーマパークは」
と、これまたテーマパークネタに持って行こうとするのです。
私も、いい加減テーマパークネタには飽きてきて、さらにまたしても「ちゃん」付けされたので、
「あまり、テーマパークって好きじゃないんです」
と、正直に自分の気持ちを言いました。
私は、テーマパークは行ったら行ったで楽しみますが、自分から「行きたい」と思う事はあまりありません。
なにせ、何をするにもお金がいるし、値段もけっこうするので、好みではないんです。
「水族館や動物園は好きなんですけどね。後は、美術館とか博物館とか」
私がそう言うと、彼は固まったままでした。
さすがに、私もフォローする気は起きませんでした。
その後、すぐにカフェを出て、私達は
「じゃあ、これで」
と、言って別れました。
私は信号を渡って、てってってと駐車場に向かいながら、どうしたら良いかな、と思いました。
彼の、「婿養子オッケー」条件は、確かに捨てがたいのです。
けれど、彼自身に私はもう嫌悪感があります。
理由はぼんやりとしか言えません。けれど、「本能」がそう言っている。
やれやれ。と思いながら、ふと振り返ると。
何と、彼がいるではないですか!
私は、はいいいい!?と思いました。
「あのっ。お互いに分かり合うことが大切なんだと思うんです」
彼は走って来たのか、ぜいぜいと息切れしながら私に言いました。
うむ。それは、とても大切なことです。
でも、ストーカーのごとく、別れたと思った人が付いて来たこと自体、私には驚愕ものでした。
「お互いに語り合うことが大切なんです」
いや。だから、さっきまで私ら語り合っておりましたがな。
君、延々と「テーマパーク」に付いて、語ろうとしとりましたがな。
私は、そう突っ込みたかったのですが、
「そうですか」
と頷き、彼から離れました。
今度は、彼も付いてきませんでした。
彼とて、一生懸命だったのでしょう。
それは、わかります。
ですが、彼と私は「語り合う」ことは無理です。
何と言いますか。彼の望むようには、できません。
と言うか、「テーマパーク」で語ろうとする彼に、私の本能は「ノー」と言っているのです。
でも、悩みました。自宅に戻る時の車の中で、真剣に悩みました。
「婿養子オッケー」の条件なんて、本当にない。
私の方だって、婚活の相手にどーのこーの言っている立場ではないのです。
けれど、もう抱いてしまった嫌悪感はどうしようもありません。
うーんと悩みながらも、自宅に戻って、お出かけの後片付けをしていたところ、彼からのメールが来ました。
「本日はありがとうございました。また、近い内に会いましょう。お互いのことを知るために」
メールにはそう書いてありましたが、無理だな、と思いました。
彼は私と「語り合いたい」と思っているけれど、出る話題は「テーマパーク」のこと。
私が興味のある美術館とか、水族館とか、映画とかの話は一切乗って来ませんでした。
興味があるのかないのか、それはわかりません。
でも、そういうことだよね、と思いました。
彼が望むのは、彼の話題に笑顔で頷く女性。
多分、彼が「語り合いたい」と言うのは、そういうことなのでしょう。
だから。
お断りする電話を、結婚相談所にしました。
それはそれはそれはもう、断腸の思いでした。
でも、彼と語り合っても、私は少しも楽しくない。
そして、本能がもう「ノー」だと言っている。
いくら自分的に好条件でも、「嫌」と思うことがある。それを、実感した体験でした。
でも。
ぶっちゃけ、本音を言ってしまえば。
やっぱり、繰り返し「テーマパーク」ネタって、あきますよ。
うん、あきます。
他にネタがなかったんでしょうか???
それに、緊張して話が全然進まないのに、親しさを示そうとして名前に「ちゃん」付されても、違和感ありまくりです。
あまり、無理して親しさを出さない方が、好感は持たれるものかもしれませんね。
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