第四十八話「光」

『セクサーチーム!聞こえるか!』

 

五月雨からの通信が入ったのは、ゼーファインの圧倒的な力にセクサーチームの心が折れようとしている時だった。

 

「………わ、わりい博士、勝てそうにないや」

『見れば解る!だからこうして通信してきてるのだ!』

 

涼子の弱音を叩き伏せてまで、五月雨が伝えるべきこと。

それは。

 

『あと30秒だけ耐えろ!今から逆転の一手を送る!』

「はぁ?!何言って………」

 

こんな時に何を言っているのか。

困惑の表情を見せる涼子だが、これ以上突っ込みを入れる余裕はもはや無い。

 

『消え去れェ!』

「ぐああ!」

 

ゼーファインの翼が発光し、三機のセクサーロボに重力波を浴びせる。

ミシミシと軋むコックピットと、押し潰されそうになる三人。

セクサーロボは、もう限界を迎えていた。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

カモフラージュシールドが解除され、露になる五月雨研究所。

 

「メイレイン砲、発射準備完了!」

「ゼリンツ線吸貯蔵庫より、90%送信完了!」

 

その中央タワーが、ゴゴゴと地響きを立てて変形を始めた。

宇宙からのゼリンツ線を吸収するパラボラアンテナが倒れ、まるで砲台のような姿へと変形する。

 

「送信率、95、97、99、100%!」

 

パラボラアンテナを砲口に見立て、その表面が溢れるほどのゼリンツ線により桃色に輝き出す。

そして。

 

「メイレイン砲!撃てーーーーッ!!」

 

五月雨が吠え、パラボラアンテナが爆発するように強大な桃色の閃光を放った。

それは、夜中であるはずの周囲を真昼のように明るく染め、巨大な流星のように夜空の向こうへと飛んでゆく。

そして………。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

『………んん?』

 

最初に気付いたのは、女帝であった。

何かが迫って来ている。

そう本能で感じたのか、ゼーファインはゆっくりと空を見上げる。

 

同時に、半壊して油を血のように流す三機のセクサーロボも、

空から迫る「それ」に気づき、夜空を見上げる。

 

 

ズワ!

 

 

突如、空が光った。

夜空を切り裂き、破裂するように桃色の光が広がった。

 

「な、何だこりゃ!?」

『ゼリンツ線だ』

「ゼリンツ線!?」

 

 

………メイレイン砲。

名前こそ兵器システムではあるが、実際はそうではない。

 

五月雨研究所内に貯蔵したゼリンツ線を収集用のアンテナを出力装置に見立て、発射。

セクサーロボに浴びせる事でエネルギーの補充や、一時的なパワーアップを引き起こす。

 

しかし、五月雨研究所内のゼリンツ線を全て使いきってしまい、

更に再度の発射準備を完了させるには、年単位の時間を必要とする、まさに最後の切り札である。

 

 

『ぬ、ぐおおお!?』

 

降り注ぐゼリンツ線の雨の中、ゼーファインが倒れた。

 

『ば、馬鹿な!?私はゼリンツ線を克服したハズなのに………!』

 

狼狽える女帝。

確かに、ゼーファインはゼリンツ線を吸収し、自らのエネルギーとする。

しかし、システム自体が急遽無機物のCコマンダーを増幅機として組み込んだ為か、

エネルギー吸収に歯止めがかけられない等不安定な物になってしまっていた。

結果、止めどなく流れ込むゼリンツ線によってエネルギーが飽和状態となり、倒れてしまった。

ようは、胃もたれと同じ。

 

「………そうか!」

 

倒れたゼーファインを前に、何かを思い付いた涼子が、セクサーギャルを突撃させる。

 

「何をする気?!」

「ゼリンツ線には意識を乗せる事が出きるんだろ?だから、それを使って光を助け出すんだよ!」

 

涼子の言うとおり、初合体時の精神感応プレイのように、ゼリンツ線は意識を感応させる事ができる。

それを応用し、Cコマンダー共々取り込まれた光に呼び掛け、ゼーファインの体内から光を呼び戻そうと考えたのだ。

 

「その作戦、乗った!」

「私も!」


朋恵と準もそれに乗り、セクサーギャルに続き突撃する、セクサーヴィランとセクサースイマー。

 

動けないゼーファインに向け、三機のセクサーロボが突撃する。

そして。

 

「光ぅぅぅーーーーっ!!アタシの想いを受けとれぇぇぇぇーーーーー!!」

 

後続するセクサーヴィランとセクサースイマーからもゼリンツ線を受け取り、

メイレイン砲によるゼリンツ線をも吸収したセクサーギャルが、

特大のゼリンツ線を集中させた拳を、ゼーファインの胸に叩き込んだ。

 

『ぐおお!?』

「ううっ!」

「あっ!」

「ひゃあ!?」

 

瞬間、三機のセクサーロボと、ゼーファイン内のCコマンダーのセクサー炉心が共振する。

ゼリンツ線が爆発するように、四つのセクサー炉心を中心に広がる閃光。

 

そして。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

涼子が気付き、目を覚ますと、そこは真っ暗な闇だった。

上を向いても、下を向いても、闇が広がるだけだ。

 

「………ここは?」

 

涼子が一歩踏み出した、その時。

 

「う、わわわっ?!」

 

突然、踏み出した足がズブズブと地面に沈みだした。

 

「な、なんだ?!底無し沼か!?」

 

慌て、もがく涼子。

もがけばもがく程、黒い泥は涼子の身体を容赦なく飲み込んでゆく。

膝辺りまで沈みかけた、その時。

 

「落ち着きなさい」

「うおっ!?」


突然、身体が浮き上がり、足が底無し沼から抜けた。

 

「ここは精神世界よ、意識をちゃんと持ってないと帰って来られなくなるわよ」

「準!」

 

見上げれば、涼子を抱き抱えて空を飛んでいる準と、それに捕まって空に浮いている朋恵。

 

「恐らくここは、光くんの心の中ね」

「光の………心の中?」

 

辺りを見渡しても、どこまでも黒い泥と暗闇が続くだけ。

 

「恐らく、取り込まれて徐々に意識を失いつつあるんだわ、早く助けないと………」

 

泥と闇しかないのは、その為か。

ただ不気味なほどの静寂が、一面を包み込んでいる。

まるで、昔読んだホラーSFのようだと、準は息を飲む。

 

 

………ひぐっ………ぐすっ………

 

 

その時であった。

僅かに、そして微かに、嗚咽が聞こえたのは。

 

「………聞いたか?準、朋恵」

「………ええ、聞こえたわ」

「この声………」

 

涼子も、準も、朋恵も聞いた。

聞き間違えるはずがない。

ほんの僅かだが、それは聞き慣れた声。

 

「あっちだ!」

 

涼子が指差す方向へ、三人は急ぐ。

その先から、嗚咽は引き続き聞こえていた。

誰かの助けを呼ぶように。

小さく、弱々しく。

 

 

 

どれだけ飛んだだろうか。

 

闇と泥の広がる中を、何時間、何日とも感じられる時を飛び続けたようにも感じる。

相変わらず広がる、暗闇の地平線。


そして。

 

「………あ!あれ!」

 

涼子が指差した。

それは、明けの明星のように、闇の彼方にぽつんと輝く光の点。

 

皆が確信した。

ようやく見つけた。

あそこに光がいるに違いないと。

 

暗闇の中にただ光る一点に向けてセクサーチームが飛ぶ。

 

近づくに連れて、その光の姿がよく見えてきた。

 

 

………それは、一つの部屋だった。

 

一面の壁を切り取り、外から見えるようにした部屋。

小さい頃朋恵が買ってもらった、人形のままごとの為の家。

例えるなら、それが一番近いか。

 

ひどく片付いたその部屋の真ん中で、小さな人影が見える。

涼子達の手の中にすっぽり収まってしまいそうな幼子が、毛布に包まれてじっとしていた。

 

「………ひぐっ………えぐっ………」

 

涼子達には、それが光であると一目で解った。

幼児の姿になった光が、闇の中で一人泣いていた。

その姿を見て、準は脳裏に大昔に聞いた「インナーチャイルド」という言葉が過ったが、今眼前にいるのはそれで間違いないだろう。

 

真城光の深層意識。本心。

目の前にいる幼子は、間違いなくそれだ。

 

「………光」

 

最初に前に出たのは涼子だった。

恐る恐る、毛布を被って泣いている光に近づく。

 

「………帰ろうぜ、こんな所にいたってつまらないだろ?」

 

光を包む毛布に涼子が手をかける。

だが。

 

「ダメ!」

「うおっ!?」

 

突然光が叫んだかと思うと、光を中心に衝撃波が発生し、涼子達を吹き飛ばそうとする。

光の心が、拒否をしているのだ。

 

「どうしたんだ光?!アタシの事嫌いに………」

 

自分の事が嫌いになったのかと、吹き飛ばされないよう踏ん張りながら、涼子が問う。

問おうとした。

 

その時、涼子は見た。

毛布に包まれた光を、押さえ付けるように立つ黒い影を。

 

『そうだ、お前のせいで彼女達は不幸になる、他人に迷惑をかけてまで助かろうとするな?』

 

黒い影が、光をいびるように呟く。

それが光の耳に入る度に、部屋の外に広がる泥が、ゆっくりと部屋に入ろうとしている。

光の心を、闇に飲み込もうとしている。

 

「………そうかよ」

 

その姿を前に、涼子は衝撃波の中に一歩を踏み出した。

 

「………そいつが、お前を苦しめているんだな、光!」

 

一歩、一歩。

衝撃波に抗い、泥を掻き分けるように涼子は進む。

光に向けて、一歩ずつ。

 

『し、しっかりしろ!彼女達はお前に騙された被害者だぞ!?お前がゼリンツ線を集めるために作られたばかりに、その副作用で偽りの恋心を植え付けられたんだ!』

 

進み、近寄る涼子の姿に怯えるように、黒い影は光を揺さぶり、恫喝する。

 

「偽り?偽りってなんだよ、それが副作用だろうか何だろうが、アタシらが光を好きになったのは事実だろうが」

 

だが涼子は、黒い影の言う事を真っ向から否定し、論破する。

 

『大体三人に言い寄られているのに誰か一人選べないお前もどうなんだ!それでも男か!』

「それに関しちゃ光に非はねぇよ、アタシらが勝手に言い寄ってるだけさ」

『お前と結ばれたヤツはきっと不幸になるだろうな?お前みたいな男気もない、女を守るために戦えないヤツと!』

「そん時はアタシやアタシらが光を守る、幸せかどうかはアタシらと光の決める事だ」

『お前みたいなクズに人を愛する資格も愛される資格もない!誰もお前を愛さない!』

「何度も言わせんじゃねえよ、それを決めるのはお前じゃない!」

 

暴風のように吹き荒れる衝撃波の中を、涼子は一歩一歩踏み出し、歩いてくる。

 

『な、何故だ!?何故こんな役立たずの為にここまで出来る!?説得力もないし理解もできない!!』

 

とうとう言う事が無くなったのか、黒い影は向かってくる涼子に狼狽える。

 

「んなモン決まってんだろうが………!」

 

黒い影が狼狽えると同時に、涼子は衝撃波の中を、なんと走り出した。

 

『く、来るなァ!』

 

叫ぶ黒い影だが、「何を言っても涼子には無駄だだ」と解った為か、衝撃波の勢いは既に弱くなっていた。

その中を、涼子は韋駄天のように駆け抜ける。

そして。

 

「アタシが、アタシ達が、光の事が大好きだからだよーーーーッッ!!」

 

加速と体重と、熱い感情を乗せた拳の一撃が、光に覆い被さる黒い影向けて叩き込まれる。

 

瞬間、ヒステリックな断末魔をあげ、四散する黒い影。

世界を覆っていた暗黒と泥が、涼子達を中心に弾け飛び、白い光が広がる。

 

 

「………涼子さん?」

 

初めて、光が上を向いた。

そこにいるのは、慣れ親しんだ顔。

気分が沈みそうになった時、助けてくれた顔。

 

「………お待たせ、光」

 

微笑みを浮かべ、涼子は光を抱き締めた。

ぎゅううと、その胸の奥に仕舞い込むように。

 

「涼子さん………」

「大丈夫だ光、アタシはここにいる」

 

あやすように、涼子は光の頭を撫でる。

普段のワイルドなイメージとは反対に、聖母を思わせる表情で。


「私もいるわよ」

「準さん………」


その隣には、同じように慈しみの表情で光を見つめる準。

 

「私も!」

「朋恵さん………」

 

朋恵も、ここにいる。

 

皆、光を包み込むように、三方向から光を抱き締めていた。

その中で光は、自分の中に、彼女達から何か暖かいものが充填されてゆくように感じていた。

 

「大丈夫だ光、アタシ達はどこにも行かねぇ、ずっと一緒だ」

「一緒………?」

「ああ、何があっても側に居てやる、何があっても、守ってみせる」


光の頬を走る、一滴の涙。

今まで流してきたような、悲しみに由来するものではない。

涼子達の想いを受けたそれは、まるで光の凍てついた心を溶かすように、その頬を伝う。

 

光が、優しく暖かい光が広がってゆく。

そして………

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

『ぐ、う、おおおお!?』

 

悶えるゼーファイン。

そしてその胸から、三機のセクサーロボによって引きずり出されるCコマンダー。

 

ゼーファインとCコマンダーを繋ぐ血管のような管がブチブチと千切れ、Cコマンダーを縛るものが無くなってゆく。

そして。

 


「………ここに、帰ってこい!光ッ!!」


 

渾身を込めた涼子により、ついにCコマンダーはゼーファインの体内から引きずり出される。

 

その瞬間である。

三機のセクサーロボとCコマンダー、その体内に仕込まれたセクサー炉心が共鳴したのは。

 

Cコマンダーが引き抜かれると同時に、四つのセクサー炉心を中心に広がる光。

それはメイレイン砲により発生したゼリンツ線の力場をも吸収し、その姿を変えてゆく。

 

 

白いボディに、桃色の発光体。

所々に施された、金色の装飾。

 

セクサーギャルをベースに、より女性的にしたシルエット。

 

目には人間と同じような黒目が灯り、背中に二対の鳥を思わせる翼。

 

漏れたゼリンツ線によって光って見えるその姿は、まるで神話に登場する天使を思わせる。

 

 

この姿こそ、ゼリンツ線によってたどり着いた、セクサーロボの究極の姿。

光、涼子、準、朋恵の結んだ愛を、絆を象徴する、セクサーロボ最終形態。

 

「………いくよ、セクサーロボ・サーガ!」

 

白き戦神。「セクサーロボ・サーガ」が、その翼を大きく広げた。

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