第四十五話「決戦前」

『今現在、東京全域に避難勧告が発令され………』

『スティンクホーと名乗る勢力に対する呼び掛けは今だ続けられておりますが………』

『現在、死者行方不明者は数万人に至ると………』

『市民の皆様、デマに惑わされず、適切な行動を………』

 

緊急用のラジオやテレビから流れる災害速報。

それに従い、鬼性獣に占拠された東京や、その付近の街から逃げてゆく人々。

 

緊急事態とはいえ、生活を根こそぎ捨てる事となったその顔は暗く、重い。

 

「お父さん」

 

ふと、避難民の子供の一人がつぶやく。

不安そうに。すがるように。

 

「あのロボットは来てくれるんだよね?」

 

子供の父親は、返答に困ってしまう。

鬼性獣と戦い、倒してきたあのロボット=セクサーロボがやってきて、鬼性獣を倒してくれる。

そして、奪われた生活を取り戻してくれる。

子供はそう信じている。

 

「………来てくれるさ、きっと」

 

だが彼の中にも、この状況を救ってくれる救世主を待ちわびる気持ちがあったのだろう。

なんとか作り出した笑顔でそう答えると、再び足を急がせた。

 

 

 

スティンクホーの武力蜂起により、今や日本は混乱の中にあった。

鬼性獣の出現により王慢タワーが外界より遮断され、王慢党はいずれの党員とも音信不通になった。

 

超法的処置として、日本は大阪に臨時の政府を設立し、東京全域に避難勧告を出した。

まるで、かつての第二次大戦や大阪の震災のように、多くの人々が東京から逃げ出してゆく。

 

日本の中心たる首都・東京は、今やゴーストシティ。

静けさのなかに、鬼性獣の咆哮と足音が風にのって聞こえてくる。

 

そんな中。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

郊外に、ある墓地がある。

いつもの事だが人気は無く、墓標に挿された花はいずれも枯れている。

そこに、11月の空の寂しい風が吹いている。

 

その中の一つ。

他の墓と比べると、各部に割られたり削られた跡があったり、「地獄に落ちろ」と書かれた落書きを消した後が見える。

まるで、独裁者か犯罪者の墓のようだ。

 

それもそのハズ。

世間的に見れば、その墓に眠っているのは「少年雑誌に不適切な性的消費模写を入れた性犯罪者」の一族だからだ。

 

「………よっ、母さん、親父」

 

しかし、今その前に立つ、一文字涼子にとっては違う。

その「一文字」と書かれた墓石の下には、過労死した母親と、獄中で首を吊った父親が眠る。

涼子の両親の眠る墓なのだ。

 

「………親父、これ好きだったよな、母さんも」

 

準から貰った缶ビールを開け、墓の上に注ぐ。

生前、よく両親が仕事や家事の合間にビールを飲んでいたなと思い出す涼子の前で、墓石をビールが濡らす。

 

「………姉ちゃんにはもう伝えた、アタシさ、好きな人がいるんだ」

 

墓石は、そこに佇むだけで何も答えない。

だが涼子には見える。

そこで、自分の話を聞いている両親の姿が。

 

「その人が今、悪い奴に捕まっててな………助けに行くんだ、もしかしたら、アタシも死ぬかも知れないからさ」

 

そう。これから涼子は好きな人………光を助けるべく、スティンクホーとの決戦に挑む。

これまでとは比べ物にならない、大決戦だ。

命の保証など、無論できない。


幸い、仮に自分が「戻って来なかった」としても、病院は姉の面倒を見続ける言ってくれた。

後は、墓の下に眠る両親に「お別れ」を告げるだけだ。

 

「………不思議だよな、最初は親父や母さんの敵討ちの為に戦ってたのに………」

 

墓石の前で、涼子は自分がセクサーロボに乗った時の事を思い出していた。

そう、自分がセクサーロボに乗ろうと思ったの は、家族の復讐の為だった。


だが、今はそれよりも………。

 

「………じゃあな、絶対また来るから!」

 

最後にロウソクと線香を立て、涼子は去ってゆく。

心なしか、背後で父と母がエールを送ってるような、気がした。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

公園。

 

目的の人物を探してある街に来た準だったが、もう既にその人物は避難した後だった。

 

今、準がいるこの公園も、普段なら家族連れで賑わっている。

だが、今は誰も居ない。

鬼性獣を恐れ、皆逃げ出してしまったからだ。

 

枯れ葉が、寂しく転がる。

こんな事になっているのは、珍しくない。

遠くから、風に乗って鬼性獣の咆哮が聞こえてくる。

 

ここも直に、鬼性獣のテリトリーに入るのだろう。

 

ピピピピと、無機質な電子音が鳴る。

準が携帯電話で呼び出している人物、それは。

 

『もしもし?準ちゃん?』

「裕子?久しぶり」

 

電話をかけていたのは、音無裕子。

中学時代の友人で、彼女もまたスティンクホー騒動に巻き込まれた人物でもある。

 

『心配したんだよ?避難したって連絡も無いし………』

「ごめんごめん!こっちも立て込んでてさ」

 

あの後裕子は、前の妻と別れた貞一と結ばれ、婚姻を結ぶ予定であった。

少し前に、夫婦でお店を経営していく旨を準にも話していた。

 

しかし、今回のスティンクホーの総攻撃により、その夢も先伸ばしになってしまった。

 

幸い、鬼性獣の被害が及ぶとされる危険区域から店は外れている。

しかし、東京全域に避難勧告が出され、彼女達も店を後にして、郊外に疎開する事になっていた。

 

「………あ、あのさ」

 

準はこれから始まるスティンクホーとの決戦に備え、これから死ぬかも知れない事を、せめて友人の裕子に何か言い残そうと思った。

 

『何?』

「え、えっと………」

 

だが、言い出せなかった。

自分がセクサーロボのパイロットをやっている事も。

これから、死ぬかも知れない戦いに赴く事も。

 

そして、思い悩んだ後に。

 

「………騒動が収まって少ししたら、また、お店の方遊びに行っていい?」

 

これが手一杯だった。

彼女に心配をかけたくないし、セクサーロボのパイロットと親交があると知れて、彼女の日常が壊れてもいけない。

 

『勿論!いつぐらいがいい?』

「いつでも、あ、遅くても次のお盆ぐらいだったら嬉しいかな」

『じゃあ、お店開けておくね』

「ありがとう………電話、切るね、また今度」

 

そのやり取りを最後に、電話は切られた。

 

「………お盆、か」

 

携帯をしまい、自嘲気味に弱々しく笑う準。

そもそも「次のお盆」という決まり文句は、戦争に行く兵士が恋人や妻に「死んで帰ってくる」という事を、暗に言う時の物だ。


それに、騒動が収まったらというのも「この戦争が終わったら」と系列と同じくする、所謂死亡フラグ。

 

「………まるで、これから死にに行くみたいじゃない、どうしたのよ私」

 

自信を無くしているのか?準は自身に問いかける。

確かに、あの鬼性獣の軍勢を前に、いくら今まで勝ってきたセクサーロボとはいえ、勝利する自信はない。

 

「………弱気になってどうするのよ、私!」

 

準は、そんな自分の頬を化粧水をつけるようにパンパンと叩き、気合いを入れる。

そうだ、自分は負けられない。

 

死にたくないというのもあるが、何より、自分には光を助けるという使命がある。

 

そう思うと、自然と気持ちが前向きになる。

使命感だろうか、そこで光が助けを待っていると思うと、落ち込んでいられない。

 

「………じゃ、行くか」


誰も居ない公園を尻目に、準は五月雨研究所への帰路につく。

秋の空が、どこまでも青く広がっていた。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

東京郊外。

辛うじて都市としての機能はまだ生きているが、ここも人が少なくなってきている。

まるで田舎かという程に。

 

コンビニや銀行といった所はまだ開いているのだが、深夜営業しているかのように、人気はない。

間もなく、ここからも人は居なくなるのだろう。

 

「宛先は、これでよろしいですか?」

「はい!」

 

郵便局。

がらんとしたその局内で、受付の前に立つ朋恵。

その手元にあるのは、一組の荷物。

 

二枚の手紙と、両手に収まるほどの二つの箱。

宛先は、避難所と大道市方面。

一つは母親、もう一つは佐江に当てた物だ。

 

以前から、朋恵は母親と佐江に送るために、クッキーを焼いていた。

今まで、必死に働いて育ててくれた母親と、自分の面倒を見てくれた第二の母親である佐江への、せめてもの恩返しとして。

 

本当は、もっといい物を送りたかった。

準やラッキースター小隊に手伝って貰ったとはいえ、その形もイビツ。

 

作り直す予定だったのだが、その矢先に光が行方不明になったりと非常事態が相次いだ。

結局、そのまま今まで来てしまった。

 

「状況が状況ですので、無事に届かない可能性がありますが………」

 

避難所も大道市も東京から遠く離れており、当たり前だが避難区域にはかすってもいない。

しかし、地震や台風と違い、鬼性獣は生物。

危険区域がどう広がるか予想すらできない。

 

それに加え、鬼性獣出現による混乱は様々な産業にも影響しており、受付嬢の言うように荷物が無事に届かない可能性もある程だ。

 

「いいんです、私、メールとか苦手だからこういうのしかできなくて………」

 

受付嬢に、朋恵は笑顔で返す。

実際、朋恵は不器用というか機械に弱い。

この時代に、携帯も電話以外あまり使った事がないほどだ。

だから、これぐらいしか出来ないのだ。

 

 

郵便局に手紙とクッキーを託し、朋恵は外に出る。

目的は果たした。

後は。

 

「………空が青いなぁ」

 

朋恵の見上げた空は、どこまでも青く透き通っている。

今この瞬間、同じ空の元で鬼性獣が暴れているとは思えない程に。

 

「………また、クッキー焼こうかな」

 

朋恵が思い出すのは、母親と佐野に送ったクッキーの事。

一度目は正直失敗だったが、騒動が収まってから次はいい物を作ろうと考えている。

そして、その時は。

 

「………みーくんも一緒に!」

 

その時は、光にもクッキーを食べてもらおう。

セクサーチーム皆で、クッキーを食べよう。

 

その誓いを胸に、朋恵は研究所への帰路を急ぐ。

時間も、押している。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

五月雨研究所では、いつも以上に所員達が慌ただしく働いていた。

ついに、研究所員の悲願が。

スティンクホーとの決戦が始まろうとしているのだ。

 

「ラッキースター小隊、Cトルーパー武装作業、完了!」

「アサルトジャケット、機能安定!」

 

ラッキースター小隊に与えられたCトルーパーには、「アサルトジャケット」と呼ばれる追加武装が与えられた。

装甲と追加バーニアと追加弾薬、それらを機能させるエネルギーパックを一つにした、強化システムだ。

 

Cトルーパー内部で、出撃の時を待つラッキースター小隊。

そしてセクサーチームも。

 

 

ヒロイジェッター用のカタパルト。

其々の用を終えたセクサーチームは、其々のヒロイジェッターに乗り込み、戦いの時を待つ。

前回より改良したアタックスーツを身に纏っている。打てる手は全て打つつもりなのだろう。

 

『………ねえ、涼子』

 

サーバル号で待機中の涼子に、オウル号の準からの通信。

何のようだろうか。

 

「………ありがとう」

「はい?」

 

まさかの内容に、涼子の目は点となった。

今まで口喧嘩をしたのは多いが、戦闘中以外で礼を言われたのは、今回が 初だ。

 

「今までこうして戦って来られたのも、貴女が一緒に戦ってくれたからよ、ありがとう」

 

何時も話す時とは違う、大人の立場で物を言う時とは違う、優しい言葉。

 

「私も!涼子ちゃんや準ちゃんが先輩として引っ張ってくれたから今まで戦えたの、ありがとう!」

 

割り込むように、朋恵も通信越しに礼を言う。

 

「おいおい!どうしたんだよいきなり!」

 

驚きつつも、涼子はまんざらでも無さそう。

確かに、涼子が最初にセクサーロボに乗り、そこに準や朋恵が加わった。

セクサーチームは、涼子から始まったとも言える。

だが、それ以上に。

 

「………それに、礼を言うならアタシ以外にいるだろ?」

 

そうだ。セクサーチームが今まで戦えた理由は、もう一人。

セクサーチームを結びつけてくれた、もう一人。

 

「………光君」

「………みーくん」

 

真城光。

 

そうだ。光が居たからこそ、光を愛したからこそ、セクサーチームは今まで戦えた。

皆が光を愛していたからこそ、セクサーチームは今まで戦えた。

 

その光は、今やスティンクホーの手中にいる。

きっと、助けを待っているはずだ。

なら、セクサーチームのやるべき事は。

 

「………礼なら、光を助け出した後に取っておこうぜ」

 

光を助け出す。

それだけだ。

 

「Cトルーパー、セクサー炉心安定!」

「無人操縦システム、起動!」

「ヒロイジェッター、出撃準備!」

 

そうこうしている間に、出撃準備が整った。

ヒロイジェッターのカタパルトが、上を向く。

研究所を覆うカモフラージュ・シールドが解除され、その姿が露となる。

研究所の中央タワーの一角が開き、カタパルトが展開。

そこに設置される、三機のヒロイジェッターと三機のCトルーパー。

そして。

 

「行くぜ!準!朋恵!」

「いつでも行けるわ!」

「まかせて!」

 

 

「「「セクサーロボ、発進!!」」」

 

 

三人の掛け声と共に、三機のヒロイジェッターと三機のCトルーパーが、カタパルトから打ち出されてゆく。

 

猛禽がごとく空に舞い上がる、六機のマシン。

そして。

 

「チェェーーンジッ!!セクサァーーギャァァルッ!!」

「チェンジッ!セクサァーーッ………ヴィランッッ!!」

「ちぇいーんじっ!セクサースイマああーーっ!!」

 

Cトルーパーとヒロイジェッターが重なり、変形。

ルナメタル合金の腕が、ゼリンツ線の血の流れる足が、そのボディを形作る。

 

大空に現れる三機のセクサーロボ。

 

虎のように地を駆ける、黒きセクサーギャル。

鳥のように大空を舞う、紫のセクサーヴィラン。

鯨のように大海を行く、緑のセクサースイマー。

 

「………スティンクホー、よくも光を奪ってくれたな?ならアタシ達がたっぷり教えてやる………」

 

涼子の瞳に燃え上がるは炎。

愛する人を守り抜くという決意の炎。

憎き敵を焼き尽くす為の怒りの炎。

 

「セクサーロボの恐ろしさをな!!」

 

今、セクサーロボ最後の戦いの火蓋が、切って落とされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る