第四十四話「鬼性獣総進撃」

微睡みの中、光は意識を覚ました。

 

視界を覆う闇一色の光景を前に、光は今まで自分に何が起きたのかを思い出してゆく。

 

あの時、神野から「お前はゼリンツ線を集めるために作られた人造人間だ」と告げられ、そして。

 

………そして、どうなった?

 

「目は覚めたようですね」

 

唐突に響く声。

同時に、眼前の暗闇が晴れ、まるで手品のようにホテルの一室のような部屋に姿を変える。

 

「え、何?!何これ………」

 

微睡みから一気に意識を取り戻した光が、辺りを見回す。

その内には、戸惑いと、知らぬ場所に連れて来られた不安が渦巻いていた。

そして。

 

「………あっ」

 

横を向いた時、そこには見覚えのある顔があった。

褐色の肌、金の髪、紅い瞳。

 

今のように不安な時、いつも側に居てくれた彼女。

 

「涼子さ………!」

 

不安な中、目の前に現れた涼子に、光は思わず駆け出そうとした。

が。

 

「………ッ!」

 

途中で踏みとどまった。

光の全身の細胞が、眼前で不気味なほどに微笑む涼子に対して、危険信号を出してきた。

 

「………どうかしましたか?」

 

柔らかな雰囲気で、微笑を浮かべて問う涼子………のような「何者か」。

 

これで確信できた。

こいつは涼子ではない。

 

「………誰です?あなた」

「何を言っているのですか?」

「………涼子さんは、僕に敬語は使いません」

「………ああ!」

 

小さな悪戯がバレたかのように、涼子の姿をした何者かは、はははと笑う。

笑い方さえも、光の知る涼子とは全く違う、別人のそれ。

光は警戒し、その何者かを睨む。

 

「この姿だと、貴方が安心してくれると思ったのですがね」

「………涼子さんの姿を真似られるのは、僕は不愉快です!」

 

怒りを込めて、光が言う。

だがそれさえも、眼前の何者かはフフフと笑って流すのみ。

 

「誰ですかあなた、何故涼子さんの姿を!」

「ふふふ、まあそう怒らないでくださいな」

 

涼子の姿をした何者かの取る、行動や仕草のひとつひとつ。

その全てが、どこか心の籠っていない、空虚な冷たさを感じさせる。

まるで、舞台かドラマの役柄を演じているだけのような。

 

「………さて、自己紹介といきましょうか」

 

何者かは、部屋のベッドに腰かける。

瞬間、もう真似る必要が無くなったからか、それともわざわざ光に解りやすく示したのか、その瞳が青く染まった。

 

「………私は“女帝”」

「女帝?」

「あなた方がスティンクホーと呼ぶ、地球外生命体の長………専門的に言わせてもらうと、ラスボス、というヤツですよ♪」

 

笑顔でそんな事を言う「女帝」。

その無機質な笑みを前に、光は咄嗟に身構える。

目の前にいるのが、自分達が戦っているスティンクホーの総統なのだ。当然の反応だ。

 

それでも、女帝は笑みを崩さない。

まるで、子供の悪戯を微笑ましく見守る大人のように。

 

「ふふ、心外ですね、自分の子供にそんな態度を取られるなんて」

「子供だって?!」

「あら?神野から何も聞いていないのですか?全て暴露したと聞いたのですが………」

 

ふと女帝が漏らした一言に、光の脳裏に、あの時の神野の言葉が甦る。

 

“お前は作られたんだよ!このイケメン工場のイケメンのように!”

“フラスコの子宮で生まれた人造人間なんだよお前は!”

 

嘲笑うような神野の言葉が反復する。

自分は、あの人造イケメン達のように、造られた人間。

 

自分は、人間ではない。

 

「僕は………僕は………!」

 

先程までしゃんとしていた光の態度が、途端に崩れた。

視線がまばらになり、ガタガタ震えながら踞る。

それだけ光にとって、自分が人造人間であるという事実は、堪える事実だ。

これまでのアイデンティティーを、根こそぎひっくり返されたのだから。

 

「………あなたが人造人間である事は、あの時のゼリンツ線の暴発で、既に一文字涼子達には伝わっていますよ?」

 

いつの間にか、光の隣に回っていた女帝が、悪魔のように囁く。

 

「自分の気持ちが、あなたの能力の副作用だったと知ったら、どう思うでしょうか?」

「やめろ………」

「きっと、騙されたと思うでしょうねえ?」

「やめろ………!」

「だってそうでしょう?自分の恋心が、言ってみれば催眠術にかけられたような物だったんですから」

「やめろ………!!」

「きっと、今頃怒ってるでしょうねえ?アタシ達は騙されていたって」

「やめろ………!!!」

 

女帝が囁く度に、光の心が死んでいった。

いくら強く言い返そうと、なんの意味もなかった。

 

女帝から伝えられる事全てが、真実に聞こえた。

それまで、光の心を支えていたセクサーチームの存在も、最早意味を成さない。

 

「………やめてぇ」

 

涙を流し、踞る光。

女帝は、そんな光を、背後から覆い被さるように抱き締める。

 

「………可哀想に、自分を取り巻く全てが、作り物の偽物だったなんて」

 

女帝の言葉に、優しさなど無かった。

だが、もう光がすがる物はこれしかなかった。

 

「いいですか?あなたの役目は、私のためにゼリンツ線を集める事」

「………はい」

「それこそが、あなたの存在意義なのですからね、わかりましたか?」

「………はい」

 

凍てついた心で、光は返事を返す。

もう、これしか頼る物がないと。

もう、これにすがるしか道はないと。

 

この、自分を産み出した「母親」に、従うしか道はないと。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

王慢タワーの前では、今もデモ隊が騒いでいた。

六日前に暴露された、王慢党が人造イケメンの製造をしていたという事実。

あれ以降、王慢党が隠蔽していた、資金の横領や裏金等の問題が、次々と明らかになった。

 

「王慢党は解散しろ!」

「命を何だと思っているんだ!」

「血税を使ってイケメン造りか!」

「カミノ政権を許すなー!」

 

飛び交う、罵詈雑言と報道ヘリ。

神野が不在の今、謝罪会見を行う者もいない。

まあ、行った所で火に油を注ぐだけだろうが。

 

予定では、デモは夕方まで続く事になっている。

日が暮れれば、ここも以前のような静かさと、ポイ捨てされたゴミを残す事になる。

 

………はずだった。

 

「ん?」

 

デモ隊の一人が、足元の違和感に気づいた。

濡れていたのだ。

まるで、雨の日の翌日の地面のように。

 

昨日は晴れていたし、デモ隊の汗もここまでにはなるまい。

誰かが飲み物をこぼしたとしても、ここまでにはならない。

 

彼が、ならこれは何だと思った、次の瞬間である。

 

突如、濡れた地表から液体が噴出する。

否、アスファルトの地面そのものが、盛り上がって噴出した「何か」により、粉砕された。

 

「な、これは!?」

「うわああ!」

「きゃああ!」

 

大地は割け、デモ隊は警備員を巻き込み吹き飛ばされる。

そして、異常自体が起こっているのは、ここだけではない。

 

突如、高層ビルが地盤沈下したように崩れ、道路が砕けた。

土砂の雨が降り注ぐ中、コンクリートとアスファルトを突き破って地表に姿を現したもの。

それは。

 

GAOOOOO!!

 

アルマジロと熊を合体させたような巨体。

他でもない。

かつてセクサーロボと戦い、倒された鬼性獣・ガシボだ。

 

GIEEEEE!!

KIKIKIKI!!

 

それだけではない。

同じくセクサーロボに倒された双頭の鬼性獣・ボルトヨガンや、コウモリのようなウゾーマもいる。

 

同じように、今まで出現した鬼性獣が、次々と東京の地下から姿を現した。

 

ジラージャ、ウーバリブ、パリピジョン、アマルジンガー、オオトモモンガ、モジョーズ………。

ギンスダンも、ちゃんと蟹のような下半身をした完全な姿で現れる。

 

GAOOOOO!

KIKIKIKI!

GEEEEN!

 

地下より現れた鬼性獣達は、その巨体と持てる能力を振るい、街を破壊してゆく。

その腕が降り下ろされる度に、鉄筋のビルが砂のように崩れる。

 

「な、なんだこいつらは?!」

「怪獣だ!逃げろー!!」

 

人類の築き上げた文明都市であったはずの東京は、一瞬にして崩壊。

太古の巨獣達の支配する原始の世界へと引き戻された。

 

逃げ惑う人々。

吠える鬼性獣の群れ。

 

五月雨研究所にも、その光景は届いていた。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

「何があったんだ博士?!」

 

緊急事態による召集を聞き付けた、涼子達セクサーチームが指令室に駆け込んで来る。

そこには、額に脂汗を流す五月雨博士と、同じように顔を強張らせた毒島博士の姿も。

 

「………とうとう、奴等め、総攻撃をかけてきたらしい」

 

彼等の見つめる先にあるのが、東京の都内に設置された固定カメラをハッキングした、今の東京の惨状。

 

「こいつは………」

「なんて事………!」

 

絶句する涼子達の眼前で、東京の街を蹂躙する鬼性獣達。

まるで怪獣映画のように、ビルを破壊し、車を蹴飛ばし、逃げる人々を踏みつける。

 

「ひ、ひい、ふう、みい、よお、いつ、むう、なあ………い、いっぱいいる!」

 

朋恵の言うように、その数は一体二体の比ではなく、もう三桁のレベルだ。

空を、地を、その巨体で埋め尽くす。

 

 

『地球の、全ての人類に告ぐ』

 

廃墟となった街に、恐ろしいほどに冷たい女の声が響く。

街頭テレビから、スピーカーから、呼び掛けるように。

 

『我等と敵対する者達に見習い、スティンクホーと名乗らせて頂く、我々は、人類の救済のため、この地に降り立った』

 

東京だけではない。

否、日本だけでもない。

 

声の主たる「彼女ら」は、地球上の、人間の通信技術の通ったありとあらゆる場所に向けて、東京の惨状と共にこの声明を放っていた。

 

「ビリー!これって………」

「おいおい、B級映画じゃねえんだぞ」

 

ビリーとコナードも、自分達のベース基地で、不安げにそれを見つめている。

 

『我々の目的は救済である、恐れる事はない、人類よ、我等と同化せよ、拒むなら、我々の持てる戦力をもって、殲滅させて頂く』

 

それは、世界中へ向けた宣戦布告にも聞こえた。

映画の中の侵略者がするような、地球全土に向けたそれは、脅迫そのものである。

 

「繰り返す、我等と同化せよ」

 

それを最後に、「彼女ら」からのメッセージは途絶えた。

 

 

メッセージが終わり、指令室には緊張からの静寂が流れる。

ついに、彼女ら=スティンクホーによる、総攻撃が始まったのだ。

 

「やつら、遂に………」

 

五月雨が、歯ぎしりが聞こえる程に歯を食い縛る。

他の職員や、セクサーチームも緊張が溶けない。

 

「………えっ?これは」

 

それを引き裂き、モニターの前の職員が、何かを見つけた。

 

「どうした?!」

「東京、王慢タワー地下に、強力なゼリンツ線反応あり!」


王慢タワーというと、鬼性獣大量出現地点の中心部に当たり、鬼性獣からの攻撃にも晒されていない。

位置的にも、恐らくスティンクホーの本拠地がある場所だ。

そこから、ゼリンツ線の反応があるというと。

 

「………Cコマンダーの識別信号と、真城光の生命反応もあります」

「何だって?!」

 

それに一番食い付いたのは、他でもないセクサーチームだった。

行方不明だった光が、そこにいるかもしれない。

セクサーチームが食い付くのは当然だ。

 

「落ち着いて!罠って可能性もあるんだよ?」

 

が、それを制止した毒島の言うように、スティンクホー側の仕掛けた罠という可能性もある。

 

「………何だっていいさ」

「えっ?」

「そこに光がいて、助けを求めている可能性があるなら、そこに行かない手にはいかねぇだろ、アタシは行くぜ」

 

そこに、涼子が前に出た。

もう既に、彼女の中で答えは出ていたし、覚悟も決まっていた。

 

「それじゃ、私もお供させて頂きましょうかね?」

 

続いて、準も。

 

「わたしも!みーくんが待ってるんだったら、どこだって!」

 

朋恵も、その意志を示す。

 

「………罠だったらどうするの?」

「そん時はブッ潰す、それでいいだろう」

 

懸念する毒島にも、この答え。

もう既に、セクサーチームの答えは決まっていた。

彼女達は、たとえ止めても光を助けに行くだろう。

 

「………時は来たという事だよ、毒島君」

「五月雨くん………」

 

五月雨の中でも、今何をするかという答えは決まっていた。

 

「現在、研究所内にいる全ての職員に告ぐ」

 

アナウンス用のマイクを握り、研究所内全域に向け、五月雨は演説を始める。

 

「ついに、我々の敵スティンクホーが総攻撃を開始した、今現在東京は、鬼性獣の軍勢により占拠されつつある」

 

末端の作業員から、五月雨の研究を手伝う科学者まで、皆がスティンクホーにより苦しめられてきた者達。

皆が、五月雨の演説に聞き入っていた。

 

「私は、これをチャンスと見ている!これにより、連中の本拠地の位置が明らかになった今、我々は、攻撃に打って出る!長きにわたるスティンクホーによる影の支配を、今度こそ終わらせる為に!」

 

五月雨の力強い声は、研究所全域に響き渡る。

今ここに、日本を影から支配し、人々を苦しめてきた侵略者・スティンクホーとの決戦が始まろうとしていた。

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