第四十三話「光のいない日」
「………う、ん」
気がつけば、眼前には廃墟が広がっていた。
起き上がろうとすると、痛みが走る。
顔の濡れた感覚と痛み、そして臭いで、頭から血を流していると気付いた。
「………どう、なったんだ?」
見れば、救助に来たのであろう、五月雨研究所の職員が、瓦礫に埋もれたヒロイジェッターやそのパイロットを助けている。
準も、朋恵も、ラッキースター小隊も。
そして………。
「………光?」
涼子は気付いた。
救助されている者の中に、光が居ないのだ。
「光………どこだ………どこ行った………?」
見渡し呼ぶも、光の姿はない。
いつもなら「涼子さん」という返答が帰ってくるというのに。
やがて涼子の元にも、救助が訪れる。
光が何処にいるのかを聞こうとしたが、同時に涼子の意識は、再び闇の中に沈んでいった………。
………………
………王慢党の背後にいた、地球外生命体スティンクホー。
彼女等はセクサーロボのエネルギーでもある宇宙線・ゼリンツ線を浴びると、死滅してしまう特性を持っていた。
ゼリンツ線から身を守る為の「入れ物」として、入りやすい地球人の女性を増やそうとしてはいるが、スティンクホーのリーダー「女帝」は別の事を考えていた。
自分達の天敵であるゼリンツ線を、こちらの力として利用してやろうと。
ゼリンツ線を、より完全な意味で克服してやろうと。
侵略計画の一貫として進めていた人造イケメン等の技術を元に、極秘裏に研究は進んだ。
そして、「それ」は完成した。
その力の発現まで14年を必要とした「それ」は、王慢党傘下の企業の「それ」の養父として相応しい社員の手で育てられる事となった。
………途中、幻影島で捕まった際に、セクサーロボのパイロットになっている事が明らかになったのは予想外だった。
が、そのお陰でより能力が強化されていた。
浴びたゼリンツ線をより強力な物に増幅し、エネルギーとする、生きたゼリンツ線増幅装置。
そう、「それ」こそが………。
「………それが、真城光の正体、という事か」
「ひひ、その通り」
五月雨研究所の取調室で、五月雨博士と、拘束具で捕らえられた神野が睨み合っている。
あの後、運よく生き残った神野は、五月雨研究所に拘束された。
恐らく、今スティンクホーに一番近い人間だから、何か重要な情報を聞き出せるかも知れないからだ。
「………あの後、Cコマンダーの姿が無かったのはどういう事だ?残骸すら見当たらないのは可笑しいだろう」
睨むような眼差しで問う五月雨。
それに帯する神野は、気持ち悪いほどにニィィと笑い、答えた。
「大方、他のスティンクホーが連れ去ったんだろうよ、まあ、ゼリンツ線の暴発に耐えられず、蒸発してるかもしれんがね~~?いっひひひ!」
当の神野は見ての通り錯乱してしまっていた。
今言った事も、どこまでが本当で、どこまでが虚言なのか。
ただ解る事は、今の神野からは有益な情報は得られないだろうという事。
「………取り調べを終了する、連れていけ」
「はっ」
背後にいた職員に連れられ、ひひひと笑いながら拘束室に消えてゆく神野。
一人取調室に残された五月雨は、頭を抱えていた。
実質、セクサーチームを繋ぎ止めていた光が、オリジナルのセクサー炉心を積んだCコマンダーごと姿を消したのだ。
「………真城光のいないセクサーチームなど、串を無くした団子のような物だぞ」
五月雨が呟くも、どうにもならない。
そこには暗闇と、メイン戦力であるセクサーロボを実質失ったに等しいという現実が、どうしようもなく転がっていた。
………………
六日前。
廃工場におけるセクサーロボとエビルセクサーの戦いは、セクサーロボの勝利に終わった。
王慢党党首・神野恵を拘束し、王慢党が極秘裏に行っていた人造イケメン工場の証拠も押さえた。
しかし、神野は捕まる直前に、セクサーチームに向けてある真実を暴露した。
それが、光が人造イケメン達と同じ、王慢党が作り出した人造人間だという事。
真実を知った光は絶叫し、自身とCコマンダーを中心としたゼリンツ線の嵐を引き起こした。
一帯は壊滅し、全てが終わった後、光もCコマンダーも姿を消していた。
どれだけ捜索しても、光はおろかCコマンダーの残骸すら出てこない。
セクサーチームは勝った。
しかし、光を失った事は、勝利の代償としてはあまりにも深い傷だった。
………………
同じ頃。
五月雨研究所の格納庫では、慌ただしく職員達が動いていた。
それもその筈。
米国でようやく完成した、量産型セクサー炉心を搭載したCコマンダーの量産モデルが、積み込まれて来たのだ。
「おおーう」
「これは壮観だねぇ」
加々美とヒナタが見守る中、格納庫に並ぶ七機の機体。
バイザータイプの頭部が、軽バイクのライトを思わせるモノアイになった、Cコマンダーの量産タイプ。
名付けて「Cトルーパー」。
ラッキースター小隊の戦闘データもフィードバックされており、オリジナルのCコマンダーと比較して、単体での戦闘力も上がっている。
更に、これもオリジナルと同じく、ヒロイジェッターと合体してセクサーロボになる事も可能。
受領された七機の内三機は、セクサーチームに。
残りの四機はケーオンの後継として、ラッキースター小隊に回される事になっている。
これで、五月雨研究所の戦力も大幅アップだ。
ここは喜ぶべき事なのだろう。
だが。
「………問題は、セクサーチームだよねぇ」
自分達の格納庫の隣。
Cコマンダーの居ない格納庫で、どこか寂しそうに佇む三機のヒロイジェッターを見て、ヒナタはため息をつく。
そう、今のセクサーチームは戦える状態ではない。
いくら性能のいい機体を仕入れようが、パイロットが居なければ意味がないのだ。
………………
涼子は、今日も空虚な顔で五月雨研究所エントランスのテレビを、ソファに座って見つめていた。
身体の傷はもう治っていたが、トレーニングをしようとも思えなかった。
テレビから流れてくるのは、似たような報道ばかり。
明らかになった王慢党の非道。
恐怖、あなたの隣も人造イケメン。
自分達がリークした、廃工場での出来事。
国が極秘裏に人造イケメンを産み出していたという事実は、まず海外から叩かれ、次に自国民の怒りを買った。
神野なき王慢党は政党としてすら機能せず、隠蔽すらできない。
故に、今までのしっぺ返しがごとく、炎上の火炎放射を真っ向から浴びる事になった。
連日、王慢タワーの前では「人造イケメンの人権を守れ」「王慢党は命を軽視するな」というプラカードを掲げたデモ隊が騒ぎを起こしていた。
その中には、かつて王慢党を指示していたナショナリスト達も何人かいた。
マスコミも、連日王慢党のネガティブキャンペーンを流していた。
つい昨日まで、女性の生きやすい国を作る政党だと持ち上げていたのに。
「………はぁ」
自分の家族を滅茶苦茶にした王慢党が、社会から糾弾されている。
ざまあみろと笑うべきなのだろうが、今の涼子には今一この話に乗れないでいた。
何の感情も沸き上がらないのだ。
ただ代わりに、光の事ばかりが浮かんでは消える。
そんな状態にあった。
「………ん」
「………あっ」
ふと隣を見ると、そこには準の姿。
いつもなら「ババア」「メスガキ」と言い合いが始まるのだろうが、今の二人にそんな事をする余裕も体力もない。
準に至っては目の周りが真っ赤だ。
この所毎日だが、夜な夜な光の事を思い出しては泣いていた。
きっと、先程まで泣いていたんだろう。
「………よぉ」
「………うん」
互いに最低限の挨拶を交わし、準がエントランスのソファに座る。
エントランスの二人は、特に何を話す訳でもなく、ただじっとテレビを見ている。
二人とも、極力光の事を思い出すのはやめたかった。
思い出しただけで、辛くなるからだ。
しかし、テレビは無慈悲にも光が居なくなった原因である大爆発=ゼリンツ線エネルギーの暴発を、ニュースとして流し続けていた。
どう足掻こうと、テレビから流れる一言一言が、二人の脳裏に嫌でも光の顔を浮かばせる。
それは、次第に二人の心に、自責と後悔とやり場の無い怒りから来る、負の感情を蓄積させていた。
そして。
「………何だよ」
先に、涼子の方が言葉を漏らした。
「………は?」
対する準は、強めに返す。
それが引き金となり、涼子の内に蓄積していた黒い感情が漏れ出す。
「言いたいなら言えつってんだよ!アタシがちゃんとしてなかったから光が居なくなったってよ!」
「はぁ?!誰もそんな事言ってないでしょう!?」
「テメーの顔に出てるんだよ!アタシのせいで光が居なくなったんだろってなァ!?」
いつもの、冗談を含んだ言い合いとは違う。
憎しみの感情をむき出しにし、互いにぶつけ合っている。
「大体、大人の余裕だか何だか知らねぇけど、澄ましやがって!そういう所がムカつくんだよ!」
「だったらアンタこそ、ギャーピーギャーピー叫ぶしか能のないクソガキのくせに!もう少し賢い物の考えしたらどうなの?!」
「てめぇ!」
涼子が拳を振り上げた、その時。
「やめてよ!!」
声が響いた。
泣くような声で、やめろと。
二人がその方向を向くと、そこにいたのは朋恵だった。
今にも泣きそうな顔で、取っ組み合いをしようとしていた涼子と準を、じっと見ていた。
「………くそっ!」
準を放すと、涼子は乱暴にソファに腰かけると、両手で頭を抱える。
それでどうにもならない事は解っているのに。
やがて、五月雨研究所の外に、雨が降り始めた。
ぽつり、ぽつり、という小さな水玉が、やがてバケツをひっくり返したような大雨へと変わる。
セクサーチームの間に、陰険とした沈黙が訪れた。
皆、顔に影を浮かべ、思い悩むような暗い表情をしている。
「………違ぇよ」
涼子が、そう漏らした。
「………いつもならな、もっとつまんねー言い合いになるハズなんだよ」
見れば、頬に一筋の涙が流れている。
「………どっちが光とデートするかとか………どっちが光と遊ぶかとか………」
涼子は泣いていた。
かつて、家族を壊された時のように。
「………ここまで陰険でもないんだよなあ………アタシも準も、こんなに陰険じゃねえし………朋恵だって………!」
そうだ。
涼子と準は言い争う事はあっても、ここまで互いに憎み合うほどではなかった。
朋恵も、悲しみの涙を流す事も無かった。
「セクサーチームは………こんなチームじゃないだろ………こんなのセクサーチームじゃねえよぉ………!」
涼子が泣いている。
いつも明るく、炎のように熱い女だった涼子が。
その場にへたり込み、泣く涼子。
それを前にした準と朋恵も、その表情に影を落とす。
「………どこ行っちまったんだよぉ、光」
彼女達の脳裏に浮かぶのは、誰でもない、光の事。
「お前が居なくなったせいで………セクサーチームはこのザマだぜ………」
理由や思想は違えど、彼女達がセクサーチームに入ったのは、どれも光が関係していたから。
「………だからよお、早く戻ってきてくれよ」
今までこうして戦って来た理由も、光がここにいたから。
「帰って来てくれよ………怒らねぇから………」
だが、もうその光は居ない。
どこに行ったのかも、解らない。
連れ去られて、どこかで生きているのかも、それとも死んでしまったのかも。
「………うう………ひぐっ………」
朋恵も、顔をぐしゃぐしゃにしてすすり泣いていた。
準も、声にこそ出さなかったが、肩を震わせて涙を流していた。
「だから………だからよお………帰って来てくれよ!光ーーーーーッ!!」
悲しげな、涼子の慟哭が響く。
だが、それに答える者は誰も居ない。
涼子さんと、答える声もない。
準さんと、呼び止める声もない。
朋恵さんと、話しかける声もない。
まるで涼子の慟哭をかき消し、セクサーチームの涙も洗い流すように、雨はザアザアと降り続ける。
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