第四十話「悪夢の人間工場」

オーヴァを倒した直後、涼子のイロモンGOが鳴った。

オーヴァの持つジャミング機能が解除されたのだ。

 

「イロモンGOが反応してる………光!」

 

反応した方向向けて涼子が駆け出す。

場所は近い。

この部屋の片隅。

物に紛れた所に。

 

「光!」

 

見つけた。

ベルトコンベアの裏に隠れ、体育座りで震える光を、やっと見つけた。

 

「涼子さん………」

「光ぅ~!」

 

何故走り出したかについても聞きたかったし、勝手な行動を咎める必要もあった。

 

「怪我はないか?!あのでかい蟹に何かされなかったか?!」

「え、あ、大丈夫、大丈夫です」

 

しかし、涼子にとってはそれよりも、光が無事だったという事への喜びが大きかった。

抱き上げ、頬ずりをして喜んでいる。

 

「………でも、何であの時走り出したりしたの?」

 

涼子の代わりに、抱き締められてる光に対しヒナタが問いかける。

 

どちらも五月雨研究所の戦力部隊という事もあり、交流もある。

その中で、ヒナタの知る限りの真城光はこんな行動を取るような人間ではない。

それが、何故あんな行動を。

 

「それが………」

 

光は一瞬躊躇った。

しかし、どれだけ考えてもこうとしか言えないと思い、遠慮がちに口を開き、答える。

 

「………声が、聞こえたんです」

「声?」

「はい………僕の名前を呼んでて、行かなきゃってなって………」

 

その時。

 

「………づっ!」

 

光の頭に、痛みが走る。

まるで脳を締め付けられるかのような、キリキリした痛みが。

 

「光!どうした?!」

「あ、頭が………」

 

頭を押さえる光。

そして、脳裏に再び響く「声」。

 

………みつる………光………

 

また聞こえた。

今度ははっきりと。

 

「光!しっかりしろ光!」

「………呼んでる」

「へっ?」

「呼んでるです!今度ははっきり聞こえました!」

 

涼子から離れ、再び走り出す光。

 

「こっちです!」

「み、光!?」

 

それに続く、涼子とラッキースター小隊。

光は、迷路のように入り組んだ廃工場内を、まるで正しいルートを知っているかのように駆け抜けてゆく。

その後ろを、必死に続く涼子とラッキースター小隊。

 

そして。

 

「………ここだ!」

 

光は、壁に張り付ける形で設置された、一枚の大鏡の前で止まった。


「ここです!ここから声が………」

「ここって………鏡じゃないの!んな日曜のヒーロー番組じゃないんだから………」

 

突っ込みを入れる加々美をよそに、ヒナタが手元のセンサーを使い、鏡をスキャンする。

 

「………あった」

 

ヒナタの一声に、一同がヒナタの持ったセンサーを見つめる。

そこには、鏡の向こうに、壁を挟んで奥に続く道が映っていた。

 

「この向こう、まだ道があるんだ………」

 

この先に、何か「隠さなければならないもの」がある事は、一目で解る。

わざわざ壁と鏡、そしてセンサーを利かなくさせるオーヴァで隠していたのだ。

何かあるに違いない。

 

「よし、じゃあ爆発させるから………」

 

ヒナタが爆破工作用の吸着爆弾を取り出そうとした、その時。

 

「ちょっと待ってろ」

「へ?」

 

鏡の前で急に構える涼子。

スゥゥ、と深く息をする。

まさか?と見守る光とラッキースター小隊の眼前で。

 

「おらぁッ!」

 

ズドン!と鏡に向けて蹴りの一撃。

まず鏡にヒビが入り、その奥の壁から崩れる。

 

コンクリートの断片が埃を巻き上げて吹き飛び、さっきまで大鏡があった場所には人一人通れそうな穴が空いた。

 

「さ、行こうぜ」

 

あまりにも気軽すぎる涼子。

まるで「食器洗っといたよ」と言うかのように、呆然とする光とラッキースター小隊に向けて報告する。

 

「………あんたの所の涼子、どういう身体能力しとんの」

「見たまま、見たまんまです」

 

光と加々美も、そんなやり取りをすると、涼子に続いて鏡の向こうへと消える。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

道は長い。

奈落の底に続いているかのように深く、暗い。

歩き続ける一同は、まるで自分達が地獄に誘われているような錯覚を覚える。

もう、戻れないような。

 

「………ああっ!」

 

歩き続け、開けたら場所に出た。

そこに広がる光景を目にした時、一同は目を疑った。

 

「………何だよここは?!」

 

そこに並んでいたのは、カプセルベッドを思わせる無数の容器であった。

それに繋がれた様々な装置や天井の照明は、ここが廃工場のハズなのに、ゴウンゴウンと音を立てて起動していた。

 

何より驚いたのは、何かの液体で満たされた容器の中身。

 

「これ………人間?」

「同じ顔だ………」

 

容器のガラス越しに見えたのは、なんと人間であった。

同じ、美麗な顔をした人間の男が、容器に入れられて並んでいる。

まるで、同じ人間を大量生産しているかのように。


「………なんだか、人間の工場みたいだ」

「察しがよくて助かるわ」

 

光の漏らした言葉に、知らない女の声が返された。

咄嗟に、光を守るように立つ涼子とラッキースター小隊。

 

「誰だ!」

 

身構える涼子の前に答えるように、声の主が容器の影から現れる。


魔女を思わせる顔。

痩せ細った身体。

血のように赤いスーツ。

 

涼子も、ラッキースター小隊も、そして光もこの女を知っている。

知らぬハズがない。

現日本の総理大臣にして、自分達が戦う王慢党の党首を。

 

「………神野恵ィッ………!」

「いかにも」

 

目の前に自分の家族を滅茶苦茶にした政党の党首がいる。

涼子の握り拳が、ギリギリと鳴った。

しかしそんな涼子の事など知らぬというように、神野は話を続ける。

 

「ジャップオス共はよく言うわ、これ以上女を優遇したら子供を作らなくなるなんて、自分が子供を産みたいと思わせるような魅力的なオトコになろうともしないで」

 

神野は、まるで男性のせいで少子化に拍車がかかっているように言う。

が、実際の所、王慢党か政権を握った直後から、出生率は定価の一途を辿っている。

しかし、人口自体に変動はない。

それは何故か。

 

「皆が理想のオトコにならないなら、作ってしまえばいいのよ、従順で、何でも言う事を聞いてくれる理想の王子様をね」

 

その理由はここにある。

ここを含むいくつかの施設で、女子の理想のイケメンを大量生産し、国民としての籍と名前を与え、世に放つ。

 

皆知らないが、今やアイドルグループからクラスの気になるアイツまでが、ここで造られた人造人間だ。

彼等は遺伝子レベルで女性に尽くすようプログラムされた、生きた奴隷。

 

そしてこは、そんな理想の王子様を生産する為のイケメン工場。

異星人(スティンクホー)の技術で生まれた、生命への最大限の冒涜。

 

「………てめぇのイケメン談義なんざどうでもいいんだよ」

 

だが、そんな事はどうでもいい。

涼子にとって、重要な事ではない。

 

「あら?自分の言う事を何でも聞いてくれる王子様よ?」

「生憎、彼氏なら間に合ってんだよ………」

 

見下し、小馬鹿にするような態度の神野に対し、拳を握る涼子。

そう、涼子にとって眼前にいる女は、父の、母の、姉の仇。

なら、やる事は一つ。

 

「一発殴らせろ!」


飛び上がり、微動だにしない神野に向け殴りかかる涼子。

その、拳の弾頭が神野に着弾しようとした、その時。

 

「ぬぉ!?」

 

突如、神野の隣にあった容器が割れ、中から現れた人造イケメンが涼子の拳を受け止めた。

 

涼子の拳は神野に当たる事なく、意識を失った人造イケメンがその場に倒れる。

 

「言い忘れていたが、この場にいる人造イケメンには君たちを女として登録しないよう設定しておいたわ」

 

神野が得意気に笑い、次々と容器が割れ、人造イケメンが現れてくる。

 

「テメェいつの間に………」

「さっきオーヴァと戦ったでしょう?その時データを取らせてもらったのよ」

 

気がつけば、涼子達は人造イケメンの大群に囲まれていた。

涼子は身構え、ラッキースター小隊は光を守るように取り囲み、アサルトライフルを構えている。


じりじりと迫る人造イケメンは、皆張り付けられたような微笑を浮かべ、涼子達を取り囲む。

 

「………イスを」

 

神野が手をパンパンと叩くと、人造イケメンの筋肉質の一人が四つん這いになり、そこに神野が座る。

なんとも悪趣味な玉座だ。

 

「さあ、やっておしまい!」

 

神野の号令と共に、笑顔のまま迫る人造イケメン。

 

「この野郎!」

「なめるなぁ!」

 

迫る人造イケメンに対し、涼子の蹴りと拳が炸裂する。

文化祭に乱入した時のように尻を弄くる事も出来たが、この数が相手では殴ってダウンさせた方が早い。

ラッキースター小隊も、持ち前の武器と今まで鍛えてきた技で、光を守りつつ人造イケメンを掃討してゆく。

 

「ははは!いくら倒そうとまた作れるのよ!イケメンは!」

 

しかし神野の言うとおり、倒せど倒せど、人造イケメンは次々と現れる。

 

更に言うと、感情を与えられる前の肉人形である彼等は、腕が折られようと戦いを止めない。

完全にダウンさせるのも一苦労。

 

「私の為に、イケメン達が命を燃やす!なんて素晴らしいんでしょう!」

「けっ!なんて悪趣味だ!」

 

高笑いする神野に、涼子は露骨に顔をしかめる。

 

次第に、彼女達は疲弊していった。

数分の戦いだが、涼子達には数時間戦っているようにも感じられた。

 

「………涼子さん」

 

肩で息する涼子は、背後で自分を呼ぶ光に気付く。

 

「ぜぇ………ぜぇ………何だ?こんな時に」

 

見るからに辛そうな涼子を前に、光は戸惑った。

だが、これだけは言わねばならぬと、口を開く。

 

「………あと、40秒持たせてください、その後、できるだけ部屋の隅に!」

「はぁ?!お前何言って………」

 

何をいってるんだと言いかけた涼子ではあったが、見ればラッキースター小隊も疲弊している。

弾丸も策も、今に尽きようとしている。

もう、手段を選ぶ余裕も無さそうだ。

 

「………光」

「………はい」

「………それに従えば勝てるんだな?」

「………はい!」

 

涼子は、光を信じる事を選んだ。

最後の力を振り絞り、人造イケメンに拳を振るう。

 

「おらおらおらァ!」

 

群がる人造イケメンを千切っては投げ千切っては投げ。

 

「あと20!」

 

あと少し。

あと少し持たせればいい。

疲弊した身体に鞭をうち、その身体を振るう。

 

「10秒!9、8、7、6………」

 

もう直ぐだ。

自らに言い聞かせ、涼子は耐える。

そして。

 

「5、4、3、2………今です!」

 

今だ!

人造イケメンの群れから逃れるように、その場を飛び上がる涼子。

と、同時に。

 

ドワオ!

 

突如、天井が吹き飛び、巨大な影が舞い降りる。

驚く神野やラッキースター小隊。

その眼前に、着地と同時に人造イケメン達を蹴散らしながら現れたのは。

 

「Cコマンダー?!」

 

そう。Cコマンダーだ。

工場の天井を突き破り、Cコマンダーが降り立ったのだ。

 

『さっきの連絡通り来てやったわよ』

『二人とも大丈夫?!』

 

さらにその上には、準のオウル号と朋恵のアター号。

無人操縦のサーバル号も。

 

 

人造イケメンが襲いかかると同時に、光は自身のイロモンGOを使い、信号を送った。

 

工場を徘徊している別個体のオーヴァの為に、はっきりとは伝わらなかった。

が、自分が助けを求めているという事は、外にいた準と朋恵に伝わった。

 

そしてオーヴァのジャミングの中からヒロイジェッターのセンサーで光達の位置を割り出し、今に至る。

 

 

「お、おのれぇ………ッ!」


苦汁の顔を浮かべ、イケメン椅子を置いて逃げ出す神野。

巨大ロボまで出されたのでは、もう逃げるしかない。

 

「待てーッ!」

 

すかさず、それを追いかけようとする涼子。

だが。

 

「うおっ?!」

 

直後、涼子達を襲う激しい揺れ。

 

「まずい、崩れる!」

 

見れば、このイケメン培養ルームのあちらこちらで、崩壊が起こっている。

元々老朽化が進んだ場所を利用していたという事もあり、Cコマンダーが天井を破った事で、崩壊し始めたのだ。

 

「証拠になりそうな物は?」

「ばっちり!」

「よし!逃げよう!」

 

光の乗り込んだCコマンダーの手のひらに乗せてもらい、セクサーチームと共にその場を離脱するラッキースター小隊。

こちらも、この悪魔の培養室の証拠は手に入れた。

長居は不要だ。

 

「Cコマンダー、これより離脱します!」

 

ヒロイジェッターと共に、Cコマンダーが飛翔する。

眼下には、崩壊する廃工場のイケメン工場部。

作戦は終了した。

 

………だが神様は、光達に、置き去りにした人造イケメン達への罪悪感を感じさせる余裕さえ与えない。

 

「お、おい!アレ!」

 

崩壊する廃工場から、一体の巨影が立ち上がった。

鬼性獣か?と思ったが、その姿を見たセクサーチームは、思わずぎょっとした。

 

 

………それには、見覚えがあった。

 

女性的なシルエットも、延びた二本角も。

細部こそ違う。

胸も小さく、半重力スカートも無い。

自分達の知るそれより、若干スタイルも悪い。

 

だがそれは、まるで………。

 

 

「………セクサーロボ?!」

 

廃工場から這い出るように現れた、墓色の巨影。

光達の前に現れたそれは、セクサーロボそのものの姿をしていた。

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