第三十九話「廃工場」
朝食。
真城光は、自分が今までどれだけそれを繰り返していたかも、目の前のパンが何枚目なのかも覚えていない。
「光」
対面に座っていた父親が口を開いた。
身構える光。
こういう時、たいてい録な事がないからだ。
「お前、最近頑張ってるのか?」
また、この質問。
何を?と言いたい気持ちを押さえ、光は己の感情の起伏を最大限に押さえ込み、反す。
「うん」
しかし、今回ばかりは不味かった。
まだ寝起きが残っていたのか、取ってしまった、ほんの少しの素っ気ない態度。
次の瞬間、父親の張り手がとんできた。
「親に向かってなんだその口の聞き方はッ!」
パシンパチンの比ではない。
鼓膜が破れそうになる程の、相手を傷つける為の一撃が、光の頬を打った。
トーストを持った時にやられた為、トーストも一緒に吹き飛ばされる。
「そういう時は「あ、ごめーん、とくに何もないよ」みたいに言えばいいんじゃないのか?そんなに父さんを怒らせたいのか?ん?」
まるで脅しをかけるヤクザのように、父親は光をなじった。
光は何も答えない。
答えるだけ無駄だと解っているから。
「………チッ、なんでこんなに出来が悪いんだこいつは!」
舌打ちをし、吐き捨て、父親はその場を去ってゆく。
その場には、死んだ魚のような目で、床に落ちたトーストを拾って食べる光が残された。
「………涼子さん」
そんな中でも、光の心を支えているのは、涼子達セクサーチームだった。
あそこでなら、こんな魂が死んだフリをせずに済むからだ。
ありのままの自分を受け入れ、愛してくれる人がいるからだ。
早く皆に会いたい。
そんな事を考えながら、光はトーストの一口を、口に運んだ。
………………
その日、五月雨研究所に裏ルートから情報が入った。
都心より遠く離れた廃工場に、王慢党の党員が出入りしているという情報が入ったのだ。
上手くいけば、スティンクホーの尻尾を掴めるかも知れない。
しかしスティンクホーが位置的に流した罠の可能性もある。
セクサーチームは有事の時の戦闘要員として、調査を担当するラッキースター小隊に同行する事になった。
夜の空を、件の廃工場向けて飛翔する、ヒロイジェッターとCコマンダーの編隊。
「やっとスティンクホーの尻尾を掴めるかも知れねぇんだ、今まで迎撃に徹してたのが、やっと攻撃に移れる!」
「気持ちは解るけど落ち着きなさいよ、涼子」
「………解ってるさ」
もしかしたら、スティンクホーとの決戦も、そう遠くない未来の話かも知れない。
興奮ぎみの涼子に、それを嗜める準。
「そうだ、スティンクホーとの決戦!頑張らないと………!」
朋恵も、決戦に備えて気合いを入れている。
だが、光は。
「 (………出来が悪い、か) 」
周りがスティンクホーとの決戦に心を燃や中、ただ一人、光の中には今朝の父親とのやり取りが渦巻いていた。
出来が悪い。
事実ではあると考えてはいるが、それでも、傷つきはする。
何度もやられているので慣れはするが、それでも、実の親から否定されるのは精神的に来る。
「………確かに、出来が悪い………よね」
そんな事を考えていると、光はどんどん不安になってきた。
「………涼子さん」
不安を払う為に、光はサーバル号の涼子に通信を入れる。
『ん?どうした光』
「えっと………」
何も知らない涼子は、いつもの調子で通信に答えた。
光も、涼子の声を聞いて安心しつつ、
自分の心中を察されて心配をかけないように、いつもの「フリ」をして、遠慮がちに口を開く。
「………もし、もしですよ?もし僕が家出したとしたら、僕の事、涼子さんの所に置いてくれますか?」
その質問に、涼子は一瞬怪訝そうな表情を浮かべた。
だが少し考えた後、いつもの笑顔を取り戻して答える。
『別にアタシはいいぜ?何なら一生面倒見てやる!』
胸を張り、ニッコリと笑う涼子。
光の不安が、少し晴れた。
『失礼を言わせてもらうけど、経済的に見るなら私の所に家出した方がいいわよ?』
『あ?!そりゃどーゆー意味だ準!』
『そのままの意味よ』
そこに割り込んでくる準。
いつものように、口喧嘩が始まろうとすると。
『二人とも喧嘩はだーめ!』
火花を散らす涼子と準の間に、いつものように割り込んで宥める朋恵。
いつもの雰囲気。
いつものセクサーチーム。
少しばかり笑顔を浮かべた光を乗せて、Cコマンダーはヒロイジェッターと共に目的の廃工場目掛けて飛んでゆく。
そこに、何が待っているかも知らずに。
………………
冒涜的な鉄の塊を思わせる、その町のように広大な廃工場は、元は「伊佐見工場(いさみこうじょう)」という名前がついていた。
半世紀以上前の、1960年代に建てられた科学工場。
当時の公害問題の煽りをうけ、1977年に閉鎖された。
その後土地を買い取る者も、取り壊される事もなく、そこは広大な鉄の巨城として、鎮座し続けている。
生産性向上の為に無計画に増築した、一度入れば出られない迷宮のような内部。
残されたオイルや廃棄物により、有毒ガスが発生している場所もある。
故に、普段は立ち入り禁止の場所になっている。
更に幽霊を見た等色々と怖い噂もあり、基本誰も近づかない。
そしてそれ故に、何かを隠すにはこれほど最適な場所はない。
セクサーチームが着いた頃には、既にラッキースター小隊が到着しており、今から潜入が始まろうとしていた。
普段こそケーオンを駆るパイロット集団のイメージのあるラッキースター小隊だが、実はこういう潜入調査等もこなす特殊部隊。
防弾ジャケットやベルトを着こなす姿も、どこか手練れているように感じさせる。
「で、アタシ達はどうすりゃいいんだ?」
「後ろで待ってて、もしもの時にセクサーロボを出してくれたらいいよ」
涼子達は、その場にいたラッキースター小隊と、作戦の打ち合わせをしている。
セクサーロボを出す合図について、その後の事も含めて。
「………あら?」
ふと、ラッキースター小隊の一人・美郷が、これから潜入する廃工場をじっと見る光に気付いた。
「光くん、どうしたの?」
美郷に話しかけられても、光は答えなかった。
無視、というよりは、まるで廃工場に目を釘付けにされているようにも見えた。
顔は青ざめ、目を見開き、冷や汗が彼の頬を伝う。
そして、汗の一粒が地に落ちた、その時。
“………みつ………る………”
聞こえた。
あの廃工場の中より、光を呼ぶ声が。
「あ………」
「光くん?」
「………いかなきゃ」
「へ?」
それは唐突であった。
急に光が、廃工場向けて走り出したのだ。
「え、ええ?!」
「一人でどこ行くんだ光!」
涼子達が気付き、制止しようとしたがもう遅い。
光はその小さな体で、廃工場の中に飛び込んでしまった。
「光!」
続いて、涼子達も廃工場飛び込む。
しかし、そこに既に光の姿は無かった。
「どうしちまったんだよ、おい!光!光ーッ!」
涼子が叫ぶも、帰ってくる声はない。
埃を被った工場のロビーがそこにあるだけ。
「………一体、何がどうしたっていうの?いきなりあんな………」
光の突然の行動に、困惑する美郷。
まるで、何かに呼ばれたかのようだったが、一体どうしたというのだろうか。
「………作戦変更だ、アタシも行く」
美郷が考えていると、背後から涼子が出てきた。
「光はイロモンGOを持っている、それを辿れるのはセクサーチームだけだ」
そう言って、涼子は自身のイロモンGOに映る、光のイロモンGOの反応を見せた。
イロモンGOには個体ごとに発信器がついており、それの電波を別機が拾う事で、持ち主の大体の居場所が解る。
今イロモンGOを持っているのがセクサーチームだけな以上、三人中最も生身での戦闘力が高い涼子が行くのは適任とも言える。
「………よし」
イロモンGOの地図作成アプリで、廃工場の大まかな地図を作成。
「ちょ、ちょっと!大丈夫なの?」
「少し行ってくるだけさ、じゃ!」
Cコマンダーとヒロイジェッターの管理を準と朋恵に任せ、涼子はラッキースター小隊と共に、廃工場へと入ってゆく。
「………大丈夫かなあ」
「………頼むわよ、涼子」
そこには、涼子とラッキースター小隊、そして光の身を案じる準と朋恵が残された。
………………
ラッキースター小隊の面々と、工場内を探索する涼子。
歩けど歩けど、埃っぽい廊下が続くだけ。
スティンクホーはおろか、光の姿も見えない。
………ズズ
「ん?」
ふと、頭上で何か動いた気がして、顔を上げる涼子。
だがそこには、何もない。
薄汚い天井があるだけだ。
「どうしたの?」
「………いや、何でもない」
気を取り直し、廃工場の中を進む。
しばらく歩くと、少しばかり広い場所に出た。
ベルトコンベアの跡のようなものがある。
どうやら、ここは工場の生産ラインだったようだ。
「何か異常は?」
「こっちには何かある?」
「こっちも何もない」
手元の探知機を見ながら、細心の注意を払って廃工場の中を進むラッキースター小隊と涼子。
まるでホラー映画のワンシーンのように、緊迫した空気が続く。
………ズズズ
まただ。
何かが動いた音がした。
「待て!」
「?!」
涼子がラッキースター小隊を呼び止める。
センサーには何も写らない。
だが、それはどんどん此方に迫っていた。
そして。
「………上から来るぞ!」
涼子が言うと同時に、天井がズワオ!と破裂するように砕ける。
そして突き破った天井から、それはラッキースター小隊の背後に降り立った。
HYOHYOHYOHYOHYOHYO!
鳥の囀ずりをメタリックにしたような声を発する「それ」は、2m前後の大きさで、蟹か蜘蛛のように複数の脚で支えられた姿をしていた。
アンカーを思わせる尻尾と、前足についた機械的な鋏。
そして全身を覆う銀の装甲が、それが人工物である事を物語っている。
HYOHYOHYO!
その鉄蟹は、明らかな悪意を持って、涼子とラッキースター小隊向けて迫る。
鳴き声?もあり、まるでサイコパスの殺人犯が笑いながら向かってくるようだ。
「来るぞ!」
向かってくる鉄蟹に、ラッキースター小隊は四方に散らばり、突撃を回避する。
ズオ、と鉄蟹は工場の壁に激突した。
「今だ!射て!」
今がチャンス。
ヒナタの号令により、携行したアサルトライフルの弾丸による集中砲火が鉄蟹を襲う。
HYOHYOHYO!
四丁のアサルトライフルによる攻撃すら、この鉄蟹には通じない。
ラッキースター小隊向けて次の攻撃を仕掛けようと、振り向く。
その時。
「だりゃあああ!」
銃撃が止んだと同時に、鉄蟹向けて涼子が飛翔した。
まるで獲物に襲いかかる猛禽がごとく、涼子は上空から鉄蟹に飛びかかり、背中に飛び乗った。
HYOHYO?!
驚いたらしく、じたばたと動き回り涼子を振り落とそうとする。
「この大人しく………しろ!」
次の瞬間、涼子の拳が背部の装甲を穿った。
正面からの銃撃では狙われにくい、装甲の弱い部分を狙った一撃だ。
「どう、りゃあっ!」
涼子は穴の空いた部分に手を引っ掻け、まるで蟹味噌を食べるときのように、鉄蟹の背部装甲をバキバキと引っ張り剥がす。
恐らく中枢部であろう、動力とコードに覆われた部分が露になる。
「今だ!」
涼子が鉄蟹から飛び降りる。
ようやく解放されたと思った鉄蟹の、眼(メインカメラ)が捉えたもの。
それは、こちらに向けてアサルトライフルを構えるラッキースター小隊。
「射て!」
再びのヒナタの号令により、放たれる縦断の雨霰。
今度は、攻撃から身を守る装甲もない。
HYUGYYYYYYY?!
断末魔にも似た、ノイズの混ざった声をあげ、鉄蟹の中枢ユニットが吹き飛ぶ。
鉄蟹はしばらく痙攣していたが、やがて糸の切れた操り人形のように、その場に倒れた。
「射撃止め!」
ヒナタの号令と共に、射撃が止んだ。
それこそ、干からびた蟹の死体のように、鉄蟹はその場で延びていた。
「………オーヴァだ」
それを見て最初にそう呟いたのは、司だった。
「オーヴァ?」
「ロシアで開発されてる、最新の警備ロボットよ、でも何でこんな所に………」
司の言う通り、これはロシアで開発された無人の警備用のロボット。
侵入者を見つけると即座に攻撃に移り、さらにジャミング機能により、周囲のセンサーを利かなくさせる。
心を持たぬ殺人機械。
「………でも、これではっきりしたわね」
オーヴァの残骸を前に、加々美が言う。
そう。
ここに、本来存在するはずもない最新兵器のオーヴァがいるという事は、ここに何らかの人の手が加えられてるという事。
つまり。
「………ここは、“クロ”ね」
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