第三十八話「ララバイ」
「スイィィィィィィィツッ!!」
「なッ!?」
こんな事までは予想していなかった。
まさか、目の前にいる早奈英がスティンクホーに取り込まれていたなんて。
「二人とも!早く逃げるわよ!」
「えっ?」
「いいから早く!」
呆然とする裕子と貞一を引っ張って、マンションの外に急ぐ。
その頭上には、既に次元の穴が開き、巨大な影が現れようとしていた。
そして、一同がマンションから出ると同時に、マンションをその巨体で押し潰す。
「わあっ?!」
「きゃあ!」
巨影の落下と、マンションが破壊された事による衝撃により、吹き飛ばされる三人。
その背後に降り立つ、一体の巨影。
それは、かつてセクサーロボと戦った鬼性獣・ガシボに似た姿をしていた。
だが、全身を覆う装甲は黒く変色し、皮膚も赤黒い。
胸を中心に、身体中に血管のように、赤く光る熱エネルギーの筋が伸びる。
一目で、強化されたと解る姿。
GAOOOOO!
ガシボの強化タイプ「ヴォルケーノガシボ」が、まるで早奈英の怒りを爆発させるがごとく吠えた。
「まずい!逃げて!」
「助けてー!」
前触れもなく、街中に突如現れたヴォルケーノガシボに、街はパニックに包まれた。
逃げ惑う人々の中に紛れ、準達も必死に逃げ惑う。
GAOOOOO!
まるで逃げた貞一達を探すように、ヴォルケーノガシボは、吠えて街を破壊する。
「はあ、はあ、はあ………」
仕事の疲れと早奈英の暴力による痛みに耐え、走る貞一。
それを必死に支える裕子。
GAOOOOO!
そこに放たれる、ヴォルケーノガシボの口からの熱線。
直撃こそしなかったが、それは準達の頭上にあるビルに当たる。
「うわあ!」
「きゃっ!」
破壊されたビルは、瓦礫の雨霰となり、準達向けて降り注いだ。
ガラガラとコンクリートと鉄骨が崩れ、土煙が舞う。
「………う、くう」
準は生きていた。
咄嗟に身をかがめ、瓦礫から身を守ったのだ。
しかしいくつか当たったらしく、頭が痛む。
「いたた………」
擦りむきこそしたが、裕子も無事だった。
立ち上がった裕子は、貞一を探して、不安げに周りを見渡す。
そして。
「………貞一くん!」
瓦礫の中に、その姿を見つけた。
倒れて、こちらを見ている。
貞一も無事だった。
「………音無………さん」
だが、裕子が駆け寄ると、その全貌が見えてきた。
倒れた貞一の足が、落下してきた瓦礫に挟まれ、動けなくなっていたのだ。
「貞一くん!あ、足が………!」
裕子は落下してきた鉄のパイプを持つと、貞一の足を挟む瓦礫の間に突っ込んだ。
「待ってて!今助けるから!」
鉄パイプを必死に押し、テコの原理で瓦礫を退けようとする裕子。
しかし、どうやっても瓦礫は動かない。
GUU………!
そして、ついにヴォルケーノガシボに見つかった。
ニヤァと嗤うように唸ると、ヴォルケーノガシボは貞一と裕子に向けて、大地を揺らして迫ってくる。
「お、音無さん!俺の事はいいから逃げて!」
このままでは二人ともヴォルケーノガシボに踏み潰されてしまう。
貞一は裕子に、逃げるよう施す。
「………嫌よ!」
しかし、裕子は逃げようとはせず、貞一を救うために鉄パイプを押し続けた。
「な、何言ってんだよ?!」
「もう放したくないの!」
裕子の放った一声が、貞一を黙らせた。
「私がちゃんと貴方の手を握ってなかったから!こんな事になってしまったの!だから、もう貴方の手を放したくないの!今まで離れていた分、貴方の事を守りたいから!」
裕子は本気だった。
中学の頃、年頃故に過疎になってしまったが為に、一人ぼっちの貞一がここまで追い詰められてしまった。
今度こそ、大好きな人を助けたい。守りたい。
今の裕子はその感情により、動いていた。
「音無………さん」
「んぐぐぐ………!」
しかし力が足りず、瓦礫は微塵とも動かない。
だがそこに、もう一本の鉄パイプが差し込まれる。
「えっ?」
「私も手伝うわ」
そこにいたのは準。
「二人分の力なら、なんとか行けそうだわ」
「あ、ありがとう準ちゃん!」
「じゃあ、せーのっ!」
息を合わせ、鉄パイプを押す。
すると、貞一の足を挟んでいた瓦礫が、僅かだが持ち上がった。
本当に僅かだが、脱出するには十分だ。
「て、貞一くん!早く!」
「は、はい!」
貞一が、這ってその場から出てくる。
足が折れているので立てないのだ。
二人が鉄パイプを放すと、ズドンと瓦礫が落ちる。
「さ、早く逃げましょう!」
貞一に肩を貸し、その場から逃げようとする裕子。
だが次の瞬間、頭上が明るくなった。
振り向くと、そこにいたのはヴォルケーノガシボ。
彼等向けて熱線を撃とうと、エネルギーを貯めていたのだ。
今から逃げたとしても、避けられそうにはない。
「ここまでか………!」
三人が諦めかけた、その時。
「リスカタァーールッ!!」
突如ヴォルケーノガシボ向け、叩き込まれる一撃。
転倒するヴォルケーノガシボ。
見上げる三人。
そこに居たのは。
「………セクサーロボ!」
リスカタールを展開し、三人を守るように立つセクサーギャルの姿。
涼子達が駆けつけたのだ。
『ここは僕達が引き受けます、貴女方は早く逃げて!』
「あ、は、はい!」
セクサーギャルから響いた光の呼び掛けに、裕子は貞一や準と共にその場を離れる。
その場に残されたのは、邪魔された事に対する怒りを燃やすヴォルケーノガシボ。
そして、それと睨みあうセクサーギャル。
「やはりアレは、前に戦った鬼性獣の強化タイプのようですね」
「………どーりでリスカタールが通じないワケだな」
見れば、リスカタールに刃こぼれが起きていた。
以前のガシボはリスカタールで倒せたのだが、それとは比べ物にならない防御力だ。
GUU………GAOOOOO!
迫るヴォルケーノガシボ。
降り下ろされた両手の一撃を、同じく両手受け止めるセクサーギャル。
プロレスの力比べのような状態になった。
「うおお!?」
「セクサーが押されてる………?!」
そこでも、ヴォルケーノガシボはセクサーギャルを圧倒した。
全身の熱エネルギーをパワーに変換し、セクサーギャルを上回るパワーを実現したのだ。
そして当然、熱エネルギーを使っているのだから………。
「あ、熱ッ!?」
「セクサーギャル内部温度急上昇、あ、熱い………!」
その体表はかなりの高温に包まれている。
それと取っ組み合っているセクサーギャル内部は、まるでサウナだ。
離れようとするも、ヴォルケーノガシボはセクサーギャルを上回るパワーで押さえ込んでくる。
GUU………!
周囲との温度差から、全身から湯気を発生させて唸るヴォルケーノガシボ。
まるで「このまま蒸し焼きにしてやろう」と嘲笑っているようだ。
「アタシらを蒸し殺しにしようってか………?」
しかし、そんなピンチではあるが、涼子の顔にはニヤリと不敵な笑みが浮かぶ。
「………なら、残念だったな!」
次の瞬間、ヴォルケーノガシボを取り囲むがごとく、ビルの影から次々と飛び出してくるケーオン。
ラッキースター小隊だ。
「久々の出番が来たよ!凍結弾発射ー!」
ヒナタの号令に合わせ、四機のケーオンが、ヴォルケーノガシボの上目掛けて、特殊ランチャーより弾頭を打ち出す。
GAAA?!
驚くヴォルケーノガシボに弾頭が命中。
白い噴煙のような物が噴出する。
………これは、元々鬼性獣やスティンクホーを生きたまま捕まえる為に開発された物。
対象の頭上で破裂し、液体窒素を撒き散らして凍結させるという物。
ヴォルケーノガシボの場合、それ自体が高温を発している為、凍らせる事はできない。
だが。
「っしゃ今だ!」
セクサーギャルが、先程まではびくともしなかったヴォルケーノガシボの手を振り払い、蹴りの一撃を入れる。
GUAAAA?!
いとも簡単によろめき、倒れるヴォルケーノガシボ。
リスカタールに刃こぼれをさせた程の装甲に、ヒビが入っている。
凍結弾による温度低下により、パワーに変換されていた熱エネルギーが止まってしまったのだ。
並びに、元々高温だった物を急速に冷やした為に、身体が脆くなっている。
「熱エネルギーが戻る前に、片付けさせてもらうぜ!」
逃げようとするヴォルケーノガシボを掴み、半重力スカートで上昇。
そのままヴォルケーノガシボを宙に投げ飛ばし、セクサーギャルの胸部ハッチが開かれた。
半透明の軟質装甲・クリスタルシリコンで形作られた乳房がブルルンッ!と揺れる。
その奥に眠るゼリンツ線増幅システムたるセクサー炉心から放たれるエネルギーが、クリスタルシリコン内を乱反射し、増幅される。
「セクサーバーストォォォォォ!!」
放たれる破壊の本流は、成す術もないヴォルケーノガシボを飲み込む。
GAOAAAAAAA?!
咆哮は、貞一達への呪詛か。
ヴォルケーノガシボは爆発し、花火のように散った。
………………
全てが終わった後。街では怪我をした市民の救助が行われていた。
その中には、貞一の姿もあった。
「貞一くん、しっかりして!大丈夫、私がここにいるから………!」
救急車に運ばれる貞一と、それに付き添う裕子。
裕子は貞一の手をぎゅっと握り、自分がここにいる事を教えている。
「………音無さん」
貞一の顔も、どこか安心しているようにも見える。
それを、準は他のセクサーチームのメンバーと一緒に、遠目で見つめていた。
「………ま、たまにはこんな愛の形もアリかな?」
準はただそれだけを言い残し、その場を後にした。
きっと、彼等は上手くいくだろう。
保証はないが、きっと、そうだと思えた。
………少しして、貞一がそれまで働いていた会社を辞め、裕子の手の薬指に指輪をはめていたという話が、風の噂で聞こえてきた。
だが、それは別の話である。
………………
『………神野、貴様には失望した』
王慢タワー地下。鬼性獣培養ルームにて、神野は女帝を前に深く頭を下げていた。
『アメリカ襲撃作戦は失敗、ブラス世界からエネルギーを得る事も出来ず………』
神野は、失敗に失敗を重ねていた。
アメリカが極秘に進めていたセクサーロボ量産計画の阻止も。
ブラス世界のクロイツ教団と組み、新エネルギーを得る計画も。
『残るは、例の少年だけだが………これ以上失敗すると解ってるだろうな?』
「ははっ!存じております!」
額から脂汗を流し、神野は震え上がる。
これ以上しくじれば、女帝は自分に「死」をもっての最大の罰を与えるだろう。
「必ずや作戦を成功させ!セクサーロボを打倒してみせましょう!ウーマン・シャイン!」
そう、シュプレヒコールを飛ばす神野の顔は、酷く青ざめていた。
もう、後がない。
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