第三十五話「同窓会」
昔、昔の話だ。
「やくそくする!」
幼き日の約束。
小学生の頃の、他愛ない話。
「オレ、宇宙一のコックさんになる!」
「わたし、宇宙一のしゃちょーさんになる!」
まだ世間の事すら解らなかった頃の、子供のごっこ遊び。
「そうしたらわたし、貞一くんを迎えにいく!」
今なお色褪せず、思い出の中で輝き続ける、宝石箱のような思い出。
あの時、公園の木の下で交わした事も、あの時待った落ち葉の色さえも、彼女は忘れた事が無い。
そして、時は流れ………。
………………
「ふいー、上がりましたーっと」
訓練後のシャワーで汗を流した涼子が、シャワールームから出てくる。
火照った身体からは、まだシャンプーのいい香りが漂っており、それを嗅いだ光の顔が少し赤くなる。
「………あれ?」
「どうしたの?涼子ちゃん」
「準のやつ、どこ行った?」
先にシャワーから上がった準の姿が無い。
いつもなら、ビールを飲んでぐうたらしている筈なのに。
「ああ、準さんなら、同窓会に行くって~」
「ん?あ、ああ!そうだった、そうだった!」
朋恵に言われて、以前より聞かされていた事を思い出す涼子。
この日、準は中学時代の友人達との同窓会をやると言っていた。
「………さて」
思わせ振りに光の隣に座り、光を抱き寄せる涼子。
「な、なんです………?」
「今夜は準も居ない訳だしさ………♡」
わざと、光に自分の胸の谷間を見せつける。
赤面する光に対して妖しい笑みを浮かべる姿は、まるで舌なめずりをしているよう。
「………今夜、いいぜ♡」
………言うまでもないが、その夜は滅茶苦茶、なんとやらである。
………………
夜。都内某所。
王慢党の台頭以降、サラリーマンの飲み会は「夫は寄り道せずまっすぐ帰り、妻の家事を手伝うべし」と、激減した。
そんな、飲みニケーションという言葉も自然消滅しかけている時代。
今なお残る、数少ない居酒屋・ダイコクからは、今日に限って騒がしい声が聞こえてくる。
「それでは!石川中学3-C、卒業11周年を祝って、かんぱーい!」
「「かんぱーい!」」
杯を取り、食をつまみに話に花を咲かせる男女。
今日は、石川中学校の卒業生たちによる、同窓会が開かれているのだ。
11周年という微妙な数字なのは、
10周年の時に、各々の仕事や家の都合で数が集まらず、中止になったからだ。
学生の頃と比べて、変わった人が多い。
内気だった男子はお笑い芸人のタマゴに、活発だった女子は真面目な家政婦に。
「そこで言ってやったのよ、私を追い出したのはあんたらだろうがってね!」
「うわー南原さんやるゥー!」
しかしながら、根暗ガリ勉から凄腕編集者を経て、悪の宇宙人と戦っているスーパーロボットのパイロットとなった、この南原準を上回る変わりっぷりを見せた者はいないだろう。
もっとも、事実をそのまま言うわけにもいかず、周りにはちょっとした復業をしているとだけという事にしているのだが。
「準ちゃん」
懐かしい知人達と談笑を交わしていると、ふと、背後から話しかけられる。
少し低かったが、聞き覚えのある声だ。
「………裕子?」
「やっぱり、準ちゃんだ」
大人しい、今時珍しい大和撫子といった感じの、着物姿の美女。
漆のような黒く長い髪と、柔らかな表情。
中学時代の面影が僅かに見える彼女は、準の中学時代の数少ない友人の一人。
「裕子!」
「久しぶり、準ちゃん!」
「あなた………これまた美人さんになって!」
旧友との再会を喜ぶ彼女は「音無裕子(おとなし・ゆうこ)」。
中学時代に学級委員長をしており、準とも過ごす時期が長かった。
「それにしてもその格好、どうしたの?」
「ふふ、実はね」
裕子が、懐から一枚のカードを取り出し、準に渡す。
「………スナック音無?」
「お婆ちゃんのお店を継いだだけだけど、よかったら遊びに来てね」
なんと、真面目で優しい学級委員長だった裕子が、スナックのママをやっているというのだ。
最初は驚いた。
だが、人がよく、小さい頃から料理の上手かった裕子には、ある意味ではぴったりの仕事とも言える。
世間が世間なだけに経営は難しそうではあるが、準は彼女を応援しようと思った。
「………所で、聞きたい事があるんだけど」
唐突に、裕子の表情が変わる。
何か、心配な事でもあるのだろうか?まるで、叶わない前提の願いを言うように不安な表情げだ。
「何?どうかしたの?」
「………貞一君は………北斗貞一君は、来てるかしら?」
裕子が探しているのは、人であった。
準は、うーんと唸って、記憶の中からその名前を探る。
………「北斗貞一(ほくと・ていいち)」。
思い出した。
出席番号が準の一つ前で、それで名前も覚えた。
特に悪い噂もいい噂もない、準からすればクラスメート以上の印象のない地味な存在。
彼も同じく3-Cの生徒。
ならば、招待状は送られてきたはずだ。
「………ねぇ」
「ん?何だ?」
準は貞一とは特に関わった事はない。
だから、名前以上の事が解らない。
ので、この同窓会を企画した男子の「サブ」に、ここに貞一がいないか訪ねる事にした。
クラスメート全員の顔と名前を覚えているという彼なら、この中に貞一が居たらすぐに気付くはずだろう。
「北斗貞一君って、来てるかしら?」
「北斗貞一ぃ?うーん………」
サブが、居酒屋の中を見渡す。
だが。
「………すまん、どうやら来て無ぇみたいだ」
「そう、ごめんなさいね」
申し訳なさそうに、準に謝罪するサブ。
どうやら、貞一はこの場所には居ないようだ。
後ろで、裕子も沈んだ顔をしている。
「そういやあいつ何で来ねーんだろ?」
「昔からだよ!付き合い悪いんだ!」
「皆来てるのに、もったいねーよなー!」
貞一が来ていない事に対して、酒を飲んでいたクラスメートが、そう交わしながら盛り上がる。
彼等に悪意はなく、貞一を仲間はずれにしようというつもりは無い。
そこまで貞一を嫌ってもいない。
だが、それを聞いた裕子は、よりいっそう表情を暗くした。
準も、少しムッとなった。
だが、準はもう学生ではなく、彼等も大人で、ここは教室ではない。
故に、なにも言わず酒を口に運んだ。
………………
楽しい時間は過ぎ、同窓会はお開きとなった。
まだ、外はネオンが眩しい。
二次会に向かう者、そのまま家に帰る者。
「方向同じでしょう?駅まで送るわ」
「ありがとう」
準は、帰る側。
同じく、店の準備のために帰る裕子と、駅まで一緒に帰る事にした。
店の方向が、準の帰る方向と仝なのだ。
「それにしても驚いたわね、あの委員長がスナックのママだなんてね」
「貴女だって、企画部だなんてすごいのに、なんでまた休職なんて」
「わがままな上層部に思い知らせる為よ、ストライキよストライキ」
ネオンの中を歩きながら、世間話に花を咲かせる二人。
卒業してから大分経つが、根っこの方は変わらないのだ。
「………ぶっちゃけ、スナックって儲かるの?」
準の問いに、裕子は苦笑しながら、首を横に降る。
やはり、経営は厳しいようだ。
「………昔は、同業者さんもいっぱいいたけど、それももう昔の話よ」
裕子は、幼少の大半を、スナック経営者の祖母の元で過ごした。
両親が多忙の為とはいえ、そういう大人の店に子供を預けるのは、今考えてみれば少々非常識だったと裕子は思う。
祖母も祖母で、身体が弱っていたとはいえ、時々店の手伝いをさせる事もあった。
「今やってるのは、ほんと私ぐらいかもね」
しかし、祖母は客が裕子にセクハラを仕掛けようとすれば守ってくれたし、お酒も一滴も飲ませなかった。
裕子も、そんな祖母を慕っていた。
近所のスナックやお店の人達も、小さな裕子をよく可愛がってくれた。
ちょっとした、アイドルのような扱いだった。
裕子も、スナック街の人達や祖母が大好きだった。
「………でも、やめたくないの、お婆ちゃんから受け継いだお店を、守っていきたいの」
だから、祖母の死後に店をどうするかという話になった時、裕子が「自分が受け継ぐ」と名乗り出た。
幼少の思い出が詰まったお店を、失いたくなかったのだ。
はっきり言って経営は楽とは言えない。
昔の顔見知りも、次々と店を畳んだ。
思い出のスナック街も、かつての騒がしさは何処かへと消え、残っているのは裕子の店ぐらい。
「………ミルクとかノンアルってある?」
「置いてるには置いてるけど」
「今度、知り合いと一緒に来るわ」
「ふふ、ありがとう」
そんな裕子に心打たれたのか、準も今度、セクサーチームの誰かを連れて店に遊びにいこうと考えた。
そんな準の気遣いに、裕子も笑みを浮かべて答える。
………それはそれとして、準には裕子に聞きたい事があった。
「所でさ、あの時、その………北斗貞一に何か用があったの?」
同窓会の会場で、裕子が貞一を探した事について。
準は、裕子と貞一の間に何があったのか知らない。
「ふふ………それはね」
はにかみながら、裕子は遠い目で答えようとする。
その時。
「うわっ」
「きゃっ」
話ながら歩いていた為か、準が前から来た人影にぶつかってしまった。
人影はスーツ姿のサラリーマンの男のようだったが、準ではなく彼の方が転げ、尻餅をついた。
衝撃で、鞄も地面に落ち、彼の持っていた鞄の中身が地面に散らばってしまう。
「大丈夫ですか?!」
「あ………ああ、なんとか」
反射的に、準は謝りながら、散らばった書類や道具やらをかき集める。
こちらがぶつかってしまったのだ、非はこちらにある。
「お怪我はありませんか?」
準が鞄の中身を集めている間に、裕子は尻餅をついたままの彼に手を差し伸べる。
彼は、辛そうに手を伸ばし、裕子の手を取った。
瞬間、彼等の目線が重なり、双方に双方の顔が見えた。
「えっ」
「あっ」
裕子にとって、見覚えのある顔であった。
いや、見覚えがあるなんて物ではない。
寝不足のためか目にクマもできていた。
顔もどこかみすぼらしく、やつれていた。
最近女性誌で「ザコメン」という俗称を付けられ、ぶった斬られていた、仕事や家の事で疲れきった男性。
今の日本では、各々の見分けがつかないぐらいに溢れる者の一人。
だが、裕子は彼の事が一目で解った。
聞き覚えのある声と、僅かに残った面影から、眠っていた記憶の中からそれが浮かび上がる。
「………えっ?」
準も、見つけた。
散らばった書類の中にあった、一切れの封筒。
準も受け取った、サブからの同窓会への招待状。
そこにははっきりと、こう書かれていた。
“北斗貞一へ”
間違いない。
この男は、裕子が探していた「北斗貞一(ほくと・ていいち)」だ。
これだけ証拠が出揃っているのだ、間違いない。
「………貞一君、よね?」
「もしかして………裕子?」
互いに名を呼び合い、答え合う。
まるで、ドラマのような運命の再会。
「ほ………本当に貞一君、なのよね?覚えてる?私よ、裕子………一緒の中学で、それで………」
再会できた嬉しさと、いきなりの出来事への混乱から、上手く言葉が回らない裕子。
「ゆ、裕子………その………」
対する貞一も、裕子に再開した嬉しさからか、照れて上手く言葉が回らない。
その時であった、貞一の携帯がけたたましく鳴ったのは。
「………!」
急に、貞一の顔が青ざめる。
まるで、重大な証拠を突きつけられた、ドラマの殺人犯のように。
「………ごめん、今忙しくて」
そそくさと荷物をまとめ、貞一は逃げるようにそこから立ち去ろうとする。
「ま、待って!せめて、少し話を………」
必死に呼び止める裕子。
それに対して、立ち止まる貞一。
「………ごめん」
だが、それもほんの一瞬。
謝罪の言葉を残し、貞一は人込みの中へと走り去ってゆく。
「て、貞一く………ん」
直に、貞一の姿は見えなくなった。
その場に残されたのは、呆然と立ち尽くす裕子と、準だけ。
………さて、もしも、準がただの女だったとすれば、貞一を「最低の男」とだけ片付けていたであろう。
しかし、休職中とはいえ、準は大手会社のアニメ製作部で企画部にまで上り詰めた女。
ファンが求めている物を読み取る観察力と、上層部を承認させる話術からくる洞察力を身に付けていた。
貞一の行動に不審な点があるのは、一目で解った。
「………これは、匂うわね」
まるで二時間ドラマの女刑事がごとく、眼鏡の奥の瞳がキラリと輝いた。
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