第三十一話「幻影島の夜」

突如太平洋に現れた謎の島「幻影島」。

その調査に向かった調査団が、突如として行方を眩ませた。

 

その救難に向かったセクサーチームは、鬼性獣ハガーマディンの襲撃を受ける。

チームはバラバラになり、光は謎の一団に捕まってしまう。

 

一方、涼子達は行方不明になっていた調査団のリーダー・宮藤彰と、彼を助けた魔女・エレラと出会い、この島の真実を知る。

 

それは、この島が人外の存在「魔物少女」がいる異世界「ブラス」から来た物である事。


そしてこの島が、魔物少女との共存を掲げる「モンス自由同盟」と、

魔物少女を排除しようとする………そして、光を浚った集団でもある「クロイツ教団」の二つに別れ、混沌を極めている事であった!

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

「………う………ん………」

 

意識を失ってどれだけ経ったのだろう。

光は、見知らぬ場所にいた。

 

石を敷き詰めて作られた部屋らしく、高い天井近くに開けられた窓からは月明かりが漏れている。

アニメや映画で見た、西洋かどこかの古い牢屋を思い出すような場所だ。

 

「ここは………」

「ま、待って!」

 

起き上がろうとすると、幼い少女の声がそれを呼び止めた。

 

「えっ」

「まだ、動かないで、傷が癒えきってないから」

 

起き上がりかけた視界の先に居たのは、光より少しあまり背の低い、褐色肌の少女。

しかし、髪の質感がまるで鶏の羽のようで、頭にも鶏の冠を思わせる小さな突起が見える

 

彼女だけではない。

よく見れば、自分以外にも捕らわれている人達が見える。

皆、外見的には自分より幼く、男の子は人間の姿をしているが、

女の子は角が映えていたり、尻尾があったりと、まるで特撮か何かの特殊メイクのよう。

 

「これは………いづっ!」

 

右足に痛みが走る。

思い出した。そういえば折れていた、と。

 

「じっとしてて!もうすぐ終わるから」

 

鶏少女は光を安静にさせると、右足に向けて手をかざす。

 

「………………」

 

鶏少女の発した言葉は、光が聞いた事ない言葉で、少なくとも彼の口では発音すらできない物だった。

 

だが、重要なのはそこではない。

 

鶏少女が謎の言葉を発した直後、彼女の掌から淡い緑色の光が広がったのだ。

見た所、彼女の手にはライトのような物は無く、周囲に特殊効果を発生させる機材も見えない。

彼女は、自らの手から自然に発光現象を起こしているのだ。

 

それだけではない。

光を浴びた右足から、どんどん痛みが引いているのだ。

 

光が消えた時には、既に右足の痛みが無くなっていた。

ふと気がついたが、左手の痛みもない。

 

少し考えた後、光は。

 

「………ねえ」

「な、何ですか?」

「………この場所について、僕の質問に答えてくれるかな?」

 

鶏少女に対し、今自分が置かれている状況を訪ねる事にした。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

「………ちっ、やっぱ通じねぇか」

 

画面が砂嵐になったイロモンGOを前に、涼子はお手上げといった様子で夜空を見上げる。

嵐雲に包まれ、台風の目のような状態になっている幻影島の空は、図鑑か教科書の資料写真のように、満点の星が輝いていた。

 

どうやら、島の何かが遠距離通信を妨げているらしく、イロモンGOで研究所に助けを求める事もできない。

いや、通信が繋がったとしてもあの嵐雲を越えるのは至難の技だ。

 

「………綺麗だなー」

 

見上げる空には満点の星。

もし、隣に光が居たのであれば、いい感じにロマンティックな雰囲気になったのかもしれない。

 

だが、今光は隣にいない。

視線の彼方に、夜の灯りで怪しく見える教団の一大拠点・ゴネロス要塞に捕らわれている。

 

 

エレラから聞いた話によると、援軍が派遣された理由はもう一つある。

それは、密偵からの報告でゴネロス要塞にてが「生け贄の儀」を執り行われるという事が明らかになったからだ。

 

生け贄の儀。とは、つい最近教団内部で話題になっていた儀式。

子供の魔物少女や、魔物少女の子供や兄弟の人間の男児を使った儀式で、名前の通り子供の魔物少女と男児を生け贄として殺し、心臓をえぐり出す儀式だ。

元は、魔物少女出現以前に、異端とされたとある宗教が、敵対勢力の人間の子供を使って行っていた物らしい。

 

当然、教団内部でも「いくら対象が魔物少女とはいえ非人道すぎる」と忌諱されていた。

しかし、ゴネロス要塞の指揮官・ピエイルはそれをやろうとしている。

 

最近になって魔物の子供が行方不明になったり、誘拐されていたのはその為。

そして、光が連れていかれたのも。

 

 

「スティンクホーが味方についたからって調子乗りやがって………!」

 

自由同盟は、明日子供達の救出の為にゴネロス要塞に攻撃を仕掛ける作戦を立てていた。

涼子達も、光の救出の為に作戦に参加する事になっている。

 

「………はぁ」

 

視線の彼方に佇むゴネロス要塞を前に、頬をついてため息をつく涼子。

 

イロモンGOには、まだ光の生体反応が映っている。

それ所か、光のイロモンGOからは救難信号も出ている。

まだ、光は生きていて、しかも助けを求めている。

 

本音を言うなら、涼子は今すぐにでも光を助けに行きたかった。

しかし、いくら涼子が強くても、ゴネロス要塞の規模と兵力を相手に、無事光を助け出せる保証はない。

下手をすれば、かえって光を危険に晒す事もあり得る。

 

涼子はそんな事は解っている。

解っているからこそ、歯がゆく、悔しい。

 

再び小さくため息をつくと、顔を下げた。

と、同時に、視界の橋に入ってきた二つの人影に気付く。

 

「………誰だ?」

 

丁度、自分が解らない位置にいる為か、二人は涼子に気付いていない様子。

なんとなく気になった涼子は、その二人に気付かれないように、近づいてみる事にした。

 

「あれは………」

 

物影から覗いてみると、二人が誰か明らかになった。

彰とエレラである。

 

何やら、二人が話をしているのが、夜風に乗って聞こえてくる。

 

「………本当に、帰るおつもりで?」

「………ああ」

 

悲しげに問うエレラと、そんなエレラに顔が見えないように背を向ける彰。

横から見ている涼子には、涙を堪えるような辛い表情が見えた。

 

「………私の気持ちは、もう解っているでしょう?」

「………ああ」

「なら、どうして?!」

 

突然、声を荒げるエレラ。

思わず涼子もビクッ!と驚く。

 

「言ってたではないですか………あんな国にはもう居たくないって………ここで暮らしていたいって………」

 

彰の背中に抱きつき、嗚咽を漏らすエレラ。

そこに、あの時見た荘厳な大魔女の姿はなく、居るのは愛に心を揺さぶられる一人の女。

 

涼子でなくても一目で解る。

エレラは、彰の事を愛していると。

 

「………ダメだ、エレラ」

「………嫌です」

「………せめて、一晩考えてくれ」

「………あなたは」

「………俺も、そうする」

 

名残惜しそうにエレラは放れ、トボトボと去ってゆく。

その場には、彰が一人残された。

そして。


「………居るんだろう?気づいているよ」

「えっ」

「噂話が好きな年頃なのは解るが、立ち聞きは少々行儀が悪くは無いか?」

 

ため息をつく彰は、最初から涼子がいる事に気付いていた。

申し訳なさそうに、涼子は彰の前に出る。

 

「立ち聞きしてたのは謝るとして………今の話、どういう事だ?日本へは帰らないのか?」

 

あの時、エレラの言っていた事が本当なら、彰は日本に帰りたくないという事になる。

彰達を日本に連れ帰る使命を任された涼子達にとって、無視する事はできない事だ。

 

「………そこまで、聞かれてたか」


彰は自嘲するように笑った。

まるで、情けない自分を嘲るように。

 

「………俺はね、小さい頃から石とか地底とか、そういうのが好きでね、科学者になったのも、そこからなんだ」

 

彰は、幼少の頃、石を集めるのが趣味であった。

模様や質感の一つ一つが、その石に込められた物語を語っているように見えたからだ。

 

そして、好きが高じて地質学者になるに至った。

だが。

 

「でも、あの国で好きを貫くのは難しいとはよく言ったものだよ、科学者にとって、今の日本で生きるというのは、まさにイバラの道さ」

 

だが、今の科学省の立ち位置がそうであるように、この時代の日本における科学者・研究者の立場というのは、かなり低い。

研究室の維持費ギリギリの予算しか出ず、希に結果を出しても「それが何の役に立つのですか?」と大概一蹴される。

迷信じみた似非科学は簡単に広まるのに、だ。

 

彰も例外ではない。

予算の無駄だとバカにされ。

親からは結婚はまだかと急かされ。

 

いくら好きを仕事にしたと言っても限度がある。

日に日に、彰の心は追い詰められていった。

 

「そして、幻影島に調査に向かい、あの怪物に襲われ、もうだめかと思った時………彼女に出会った」

 

そう。ハガーマディンにより帰る手段を失った彰達を救ったのは、他でもない魔物少女達。

そして、彼女達を束ねるエレラであった。

 

「一緒に暮らしていくうちに、俺は段々エレラに惹かれていった、エレラも、俺によくしてくれて………」

 

いつしか、彰もエレラと共に、この幻影島で………ブラス世界で生きていきたいと思うようになった。

しかし、彼には科学者としての責任がある。

 

「………俺にも解らないんだ、ここに残るべきか、帰るべきか」

 

彰の心は揺れていた。

この島に留まるべきか。

残るべきか。

 

「………なるほど、大体解った」

 

話を聞き終えた涼子が、スッと立ち上がる。

 

「………アタシはほんの十数年生きただけのガキだから、一人言だと思って欲しいんだがよ」

 

瞬間、涼子の目が鋭くなる。

その顔は、いつになく真剣なそれである。

 

「迷った時は、楽しい方を選ぶ、アタシならそうする」

「えっ」

「買ってでも苦労するほど、余裕のある人生は送っちゃいないだけさ、じゃっ」

 

そう言い残すと、涼子はその場を離れ、自分に与えられた寝室へと向かう。

 

その場には。月明かりに照らされた街の一角には、呆然と立ち尽くす彰が一人残された。

 

「楽しい方を選ぶ………?」

 

周りから「好きを仕事にしたんだから文句言うな」と言われ、彰は今までそうなのだろうと思っていた。

しかし現実はどうだ。

研究予算はほぼ無く、世間からは女と付き合えない失敗作の烙印を押され、挙げ句の果てに博打同然にこの島に送り込まれ、公な救助も寄越されない。

 

「………楽しい方を………楽しい方って………」

 

彰には、自分がどんな生き方をしてきたかが、解らなくなった。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

鶏少女………「ココ」からの話を聞いて、光は驚いた。

この幻影島が、元々はこの2069年の世界とは別の、剣と魔法による文明の発達したブラス世界の土地である事。

ココ達魔物少女の事。

そして、魔物少女を迫害する教団の事。

 

ココが使ったあの発光現象も、一種の回復魔法との事。

 

にわかには信じられない、漫画やアニメのような話。

しかし、よく考えたら光達も「日本を裏から操る宇宙人に巨大ロボで立ち向かう」という、十分にアニメや漫画のような環境にいる。

昔に誰かが言っていたが「あり得ないなんて事はあり得ない」のだ。

 

 

「 (イロモンGOの救難信号は入れた、涼子さんが見つけてくれればいいけど………) 」

 

残念な事に、今着ているアタックスーツの内蔵武器で牢を破る事は出来ても、ここに囚われている子供達を守りながら脱出する事は出来ない。

光に出来るのは、こうして外部に助けを求めるだけだ。

 

「………帰りたいよお」

 

光の膝の上で寝ていたココが、ふと呟いた。

 

「………パパとママに会いたいよお」

 

ぐすぐすと、ココは涙を流す。

ココは、光よりずっと幼いであろう、小学生前後の子供。

それが突然誘拐されて、こんな場所に押し込められているのだ。

泣くなという方が無理な話。

 

「言うな!」

 

その時、一人の少年が痺れを切らしたように怒鳴った。

 

「いくら泣いたって無駄なんだよ!どうせ皆殺されるんだ!どうせえぇ………ッ!」

 

しかし、この少年も恐怖と不安に押し潰されそうな心を押さえていた。

それをココの嗚咽が揺さぶった為に少年は怒ったのだが、かえって、それが押さえていた恐怖を溢れ出させてしまった。

 

「うわああああ~~ん!お父さーん!お母さーん!」

 

少年が泣き叫ぶ。

それを合図とし、恐怖が伝染した子供達が、次々と涙を流し始める。

 

恐怖。不安。絶望。

 

石の牢獄の中に、子供達の泣き声が響く。

 

 

「………おやすみなさいー、母の胸の中でー」

 

その時、歌が聞こえた。

優しい、暖かい歌声が。

 

絶望の渦の中に、僅かに芽生えた安らぎを、子供達は探す。

間もなくそれが、牢の片隅から発せられている事に、子供達が気付いた。

 

「苦しみも、悲しさも、今は忘れてー………」

 

そこにいたのは、膝枕にココ乗せ、あやすように子守唄を歌う光の姿だった。

 

しばらく歌を続けていたが、自分を見つめる子供達に気づき、ふと歌を止める。

 

「………お兄ちゃん?」

 

見上げるココに、光は優しく微笑む。

 

「大丈夫だよ、明日になれば、僕の知り合いの人達がきっと助けに来てくれるから」

「ほんと?」

「本当さ、だから、寝坊しないように今日はもう眠ろう?」

「うん」


再び目をつぶるココを、優しく撫でる光。

そして、再び子守唄を歌い始めた………。

 

光には、彼等を守りながら脱出する程の力はない。

こうして、助けを待つしかできない。

 

だから、せめてその間、少しでも子供達に安心してもらおうと光が取った手段が、これであった。

小さい頃、ベビーシッターから聞いたうろ覚えの子守唄。

しかも、男の自分が歌うものという不安はあったが、効果はあったようだ。

 

「………僕、お兄ちゃんと一緒に寝たい」

「………私も」

 

泣きじゃくっていた子供達が、光の周りに集まってきた。

安らぎを求めている彼等の為に、光は歌を続ける。

 

「………おやすみなさいー、母の胸の中でー」

 

優しく差し込む月明かりの中、光は歌い続けた。

電力節約のためにスリープモードにしたイロモンGOは、変わらず、救難信号を送り続けた。

 

「(………涼子さん)」

 

正直、情けない事とは解ってはいたが、光は一刻も早く涼子達が迎えに来る事を願っていた。

そうしなければ、自分もそうだが、この子供達も助からないから。

 

やがて、すうすうと子供達の寝息が聞こえてくる。

先程の涙が最初から無かったかのように、幸せそうな寝顔を浮かべる子供達。

 

光も、やがて安心したかのように、その意識を手放した。

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