第三十話「魔女エレラ」

彰と怪物女達──「魔物少女(モンスターガール)」というらしい──に連れられて、何処かへと連れていかれる涼子。

なんでも、あの場所は彼女達と敵対している「教団」の勢力下らしく、彼女達も敵の戦力調査から撤退している最中だったらしい。

 

サーバル号も、その場に置いておく訳にもいかないとして、先程捕まえた甲冑の集団を護送する牛車──ただし引いているのは牛ではなく恐竜のトリケラトプスのような生物──の、荷台の上に乗せて貰っている。

 

数十人の人間を運びながらも、さらに飛行機一機乗せても平然としているとは、かなりの馬力を持つと見える。

 

「………なあ、どこまで行くんだ?つーか魔物少女って何だ?」

「もう少しだよ、着いたら詳しく話す」

 

牛車と並走する馬──この島の住人や牛車を引くトリケラトプスの事を考えると、これも純粋な馬ではなさそうだ──の上で、そんな会話を交わす涼子と彰。

この馬、かなり訓練されているらしく、涼子を振り落とそうともしない。

 

涼子が単に乗っているだけというのもあるが、

まるで涼子が、小さい頃に旅行先で乗った牧場の馬のように大人しく、素直だ。

 

ジャングルの中を、歩き続けて数十分。

それまで草木が生い茂るだけだった視界が、唐突に開けた。

 

「着いたぞ」

「おおっ!」

 

そこに広がっていたのは、ジャングルの中を切り開いて作られた、小規模の街のような場所。

イギリスかヨーロッパの中世~近代を思わせる建物が立ち並び、畑や水車等、文明水準もかなりある。

 

更に注目すべきは、そこの住人だ。

  

腕が羽になっている者、下半身が蛇の者、半透明のスライムだったり、犬猫の獣人まで様々。

 

まるで特撮かSFのような光景に目を見張らせる一方で、涼子はある事に気付いた。

 

人外的特徴を持っているのが、その全てが女性なのだ。

男性はいるが、全員が涼子と変わらぬ純粋な人間であり、人外の男性がいないのだ。

 

どういう事かと考えていると、涼子を乗せた馬がその歩みを止めた。

 

「さあ、ここがこの町を護る魔女さんの家だ」

 

同じように馬を止め、彰が降りた。

その眼前には、他の建物よりも少々大きく、少しだけ派手な建物。

 

「まずは、ここにいる魔女さんに会ってもらいたいんだけど、いいかな?」

「ん?………あ、ああ」

 

彰の言葉に対して、魔女というのは市長や町長のような人の事なのだろうか?と考えつつ、涼子も馬を降りる。

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

彰に連れられ、魔女の家に入った涼子。

元より窓が少なく、照明が蝋燭しか無い為か、少々薄暗い。

 

軽いお香の香りと、イギリスの貴族を思わせるインテリアの数々に目をやりながらも、涼子は彰に続く。

 

「ここが、魔女さんの部屋」

 

しばらく歩くと、大きな扉の前に来た。

彰曰く、ここが魔女のいる部屋らしい。

 

彰は扉に近づき、コンコンコン、と、三度扉を叩く。

 

「どうぞ」

 

中から、女の声で返事が返ってきた。

その魔女の物だろうか?

 

入室許可を得た彰が、ゆっくりと扉を開く。

すると、そこには………。

 

「………じゅ、準?!朋恵!?」

 

なんとそこには、ハガーマディンから逃れてバラバラになったはずの準と朋恵の姿。

 

「涼子ちゃん!」

「無事だったのね、涼子」

「お前らこそ!一体どうして!」

「ここの人達が助けてくれたのよ」

 

予想外の再開に喜ぶ涼子。

二人とも目立った怪我もなく、ピンピンしている。

 

「人ではないわ」

 

唐突に、先程聞こえた女の声が、準の言った「ここの人達」に反論するように会話を遮る。

 

誰だと振り返るクサーチームの前に、一人の女が歩み出てきた。

 

黒を貴重とした荘厳なドレスを身に纏う姿は、気高くもあり、また妖艶。

死体のように白い肌と、灰のような髪。そして、鮮血のような赤い瞳。

 

「彼女がこの街を守っている魔女の………」

「魔王族(リリス)のエレラです、皆さん、お見知りおきを」

 

彰に続く形で名乗る、魔女・エレラ。

その言葉の一つ一つが優雅で、また強さと余裕に溢れている。

 

ただ者ではないと、嫌でも解る。

しかし、下手をすれば首が飛ぶ可能性があると自分でも解っていたが、涼子は聞かなければならない事があった。

 

「あの、エレラさん、聞きたい事があるんだが、いいか?」

 

エレラは、何も言わない。

微笑を浮かべたまま、涼子の方を向いた。

話を聞いてくれるようだった。

 

「助かったのはアタシ達だけなのか?他に、男の子は居なかったのか?真城光って言うんだけど、これくらい小さくて………」

 

涼子が聞きたかったのはこれ。

涼子だけでなく、内心では準や朋恵も聞きたかっただろう、光の安否について。

 

自分や他のセクサーチームが見つかったのだ、きっと光もいるだろうという希望が沸いた。

しかし。

 

「………ごめんなさい、ジャングルで見つかったのは貴女達だけ、貴女達と一緒に来た白い巨人は見つかったのだけど、そちらも、駆けつけた時にはもぬけの殻だったとの事よ」

 

残念そうなエレラの返答と共に、涼子達の顔は沈む。

白い巨人………Cコマンダーに居ないとすると、恐らく外に出たのだろうか。

 

光が一人、ジャングルの中をさ迷っている。

それを考えただけで、セクサーチームの心は不安と心配で溢れそうになる。

 

「………巨人に残ってた形跡からして、恐らく、教団に拐われた可能性があるわ」

 

顔を手で覆い、憂鬱そうなエレラ。

エレラは涼子達とは初見だが、それでも、涼子達の事を思って心配している事が解った。

 

「………所で、さっきから教団がどうとか、モンスターがどうとかって、貴女達は一体何者なの?」

 

皆が意気消沈している所に、準が静寂を破って問いかける。

 

光がその「教団」に捕らわれている可能性があるのは解ったが、準達セクサーチームにはその教団が何者なのかも解らない。

並びに、それと敵対しているエレラ達の事も、まだ教えてもらっていないのだ。

 

「ああ、ごめんなさい、話すのを忘れていたわ………」

 

準の指摘を前に、申し訳なさそうに笑うエレラ。

そしてしばらくの沈黙の後に、先程の微笑から真剣な表情に変わると、その重い口を開いた。

 

「………さて、教団の事を話す前に、貴女達が幻影島と呼ぶここが、どこから来たかについて説明しなきゃね」

 

遠い目をし、エレラは話す。

この幻影島、それの何たるかを………。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

この、西暦2069年の世界とは別に、もう一つの世界が存在する。

 

そこは、科学文明の代わりに、なんと魔法による文明が発達し、ドラゴンが空を飛び、剣の腕が物を言う幻想の世界。

 

その世界の年号を取るなら、「ブラス世界」と言うべきか。

 

ブラス世界において、西暦世界のファンタジーRPGに見られる、幻獣や妖怪といった、所謂モンスターは現実に存在している。

しかし、一般的なファンタジーRPGとは、違う点が二つある。

 

それは、竜人や悪魔といった、人間に近く、意思疏通のできる一部のモンスターが皆、女性個体しかいない魔物少女だった事。

 

もう一つは、彼女達・魔物少女が人間に友好的であった事。

 

ファーストコンタクト後、魔物少女達はすぐさま、人々のよき隣人となった。

特に恋愛面においては、どうしても女性が貴族や騎士のような位の高い男性に集中してしまう事もあり、どんな外見であろうと愛する魔物少女と結ばれる男性が相次いだ。

 

しかし、それを快く思わない者達がいた。

 

 

ブラス世界において様々な国の内政に影響し、実質的な世界の支配者ともいえる、ブラス世界最大の宗教組織「クロイツ教団」である。

 

彼等は魔物少女達を「倒すべき邪悪な異教徒」であると認定し、徹底的に弾圧した。

彼女達と少しでも親交を持った人間もまた、弾圧の対象となった。

 

 

しかし、やられているばかりではない。

魔物少女達との愛を捨てたくない者、魔物少女達を守りたい者、以前より教団のやり方に不安を持っていた者達が結託し、反教団勢力「モンス自由同盟」結成。

教団に対し反旗を翻した。

 

魔物少女達も、人間である教団と戦うのは気が引けたが、愛する人や友人を守る為、モンス自由同盟に協力した。

 

 

ブラス355年。

魔物少女達とのファーストコンタクトより、約十年。

 

今なお続く教団との戦いの最中、とある場所に、モンス自由同盟派の街があった。

その街は、ジャングルを挟んで教団の一大拠点「ゴネロス要塞」と睨み合っており、度々ジャングルのあちこちで小競り合いが起きていた。

 

その状況を打開すべく、モンス自由同盟本部より援軍が送られ、教団との決戦が始まろうとしていた。

 

だが、事件は起きた。

 

突然、大きな地震が街を襲った。

同時に、まるで嵐が来たかのように暴風雨が吹き荒れた。

 

天変地異ともいえるその異変は数十分において続き、収まった。

が、その天変地異の間に大変な事が起きていた。

 

陸地が、途切れていた。

 

街から教団の要塞都市までを含む広い範囲がそのまま切り取られ、何処とも解らぬ海の上に浮かんでいたのだ。

 

星の位置から場所を探ろうにも、夜空の星は、ブラス世界の天文学に照らし合わせる事ができない。

海の向こうを探りに行こうにも、周囲の海域を囲む乱雲が行く手を阻む。

ブラス世界最大の航空手段たるドラゴンですら、島の外に出られない。

 

隣には教団の要塞。

完全に、孤立した状態である。

 

途方に暮れていたある日。

乱雲を切り裂き、海の向こうから一機の飛行機がやってきた。

 

それが、この切り取られた異世界の大地………幻影島を調査すべく遣わされた、彰達調査団の乗る飛行機であった。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

「えーと………つまり、どういう事だ?」

「アンタは………」

 

これだけ説明しても頭に?の浮かんでいる涼子に、準は思わず頭を抱える。

 

「つまり、この幻影島は私達のいる世界とは別の場所にある土地で、それが丸ごと私達の世界に飛ばされてきた、って事よ」

「おお!大体わかったぜ」

「まったく………」

 

涼子の頭があまりよくないのは解っていたが、まさかここまでとはと頭を抱える準。

 

………しかし、古来より“バカと天才は紙一重”ということわざがあるように、頭が悪くても変に勘のいい人間は存在する。

 

そして、セクサーチームにおいてそれに該当したのは。

 

「………ねえ」

「ん?」

「ちょっと、いい?」

 

大きな身体で、遠慮そうに手をあげる朋恵であった。

 

「幻影島って、別の世界から来たんだよね?」

「ああ」

「私達、島に来て最初に鬼性獣に襲われたよね?」

「………あっ!」

 

ここで、涼子と準も気付いた。

 

幻影島は、元はブラス世界にあったものが、突然こちらの世界に飛ばされてきた物。

そして、幻影島に来たセクサーチームを襲ったのは、そのブラス世界には本来存在しないハズの鬼性獣・ハガーマディン。

 

急展開の連続によるごたごたで考える暇すら無かったが、この流れを全て繋ぎ会わせると、一つの答えが見えてきた。

 

「………そちらの世界の事情はよく解りませんが、恐らく、我々の「敵」は、同じかと」

 

神妙な表情を浮かべるエレラと彰も、この騒動の黒幕に気付いていた。

 

そもそも、前提からしておかしかったのだ。

 

あれだけ幻影島の出現に社会が沸いておきながら経済効果に利用もせず、揉み消すか忘れさせようとするように、アイドルの淫行や政治家の汚職を追いかけるメディア。

科学省が名乗りをあげるまで、調査団を出す素振りすら見せなかった政府=王慢党。

そして、よくよく考えれば調査団を乗ていせた飛行機の残骸に刺さっていたのは、

あの時セクサーチームも襲ったハガーマディンの刺だ。 


これで、この事件の黒幕が解った。

光はの推理は正しかった。

幻影島をこの世界に転移させた黒幕。

それは………。

 

「………スティンクホー!」

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

『セクサーロボのパイロットの内一人を捕らえたとの事ですね』

「はは!」

 

薄暗い部屋に飾られた一枚の鏡。

そこに映るかの神野恵の顔を前に、深々と頭を下げる一人の男がいた。

 

教団の幹部にのみ許される荘厳なローブのような衣装に身を包むも、みっともなく剥げ上がった頭とくたびれた顔立ちは、

権力を盾にする男の内面を表しているかのよう。

 

『パイロットの処分は私の判断を待ってからにしてください、それはそうと、約束の物は』

「はは!存じております!」

『では、そのように』

 

一連のやり取りの後、神野を映していた鏡が、通信を切ったモニターのようにブラックアウトする。

 

「………くく、ふふふふ!」

 

神野とのやり取りの終え、しばらく黙っていた男が、我慢できなくなって吹き出した。

 

「ふふふふ………あれしきの対価で、私は究極の力を………ふふふふ!」

 

男は「ピエイル」という名を持つ、クロイツ教団の幹部。

「聖将」の位を持ち、このゴネロス要塞の指揮を任されるほとの権限を持つ。

 

とはいえ他の拠点と比べる、と立地が田舎という事もあり、ピエイルもそれ以上の出世は望めなかった。

 

しかし、転機が訪れる。

 

ある日、時空を越えて使者が現れた。

「彼女」等は、ピエイルににっくき魔物少女を蹴散らす「力」を与えると同時に、ある物を要求した。

 

それは、要塞の地下に広がる魔力結晶の鉱脈。

 

ピエイルやクロイツ教団からすれば、要らないほどあるそれと引き換えに強大な力を手にいれる事が出来る。

ピエイルは、彼女達………スティンクホーとの取引に、二つ返事で応じた。

 

そして、地下の鉱脈ごとこの2069年の世界に飛ばされ、今に至る。

 

「ふふふふ………この力があれば魔物少女はおろか、教団、いや世界さえも………!」


ピエイルは、処分はこちらの判断を待てという、神野の言葉に従うつもりは無かった。

それほどに、彼の手にした「力」は、彼を増長させていたからだ。

 

月明かりに不気味に照らされた、スティンクホーより取引として与えられた「力」。

要塞の内部にご神体のように鎮座する、時空を越える力を持った力。

幻影島を此方に転移させた張本人、鬼性獣ハガーマディンを見上げ、ピエイルは野心を込めた笑い声を挙げるのだった。

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