第二十九話「魔物魔境」

ハガーマディンの攻撃から逃れ、ヒロイジェッター達は、島の各部に散り散りになった。

 

サーバル号も、ステルス機能をONにして、ジャングルの中に身を潜めている。

 

「クソッ!簡単な任務だと思ってたのに、最悪だぜ………!」

 

サーバル号の外で悪態をつきながらも、涼子は持ってきていたイロモンGOを起動し、地図アプリを呼び出した。

 

この地図アプリ、未確認の場所をヒロイジェッターやCコマンダーに積まれたセンサーから地形をスキャンし、地図にしてくれるという優れものなのだ。

もっとも、開発途中の為か、そこまで詳細な読み取りは出来ないのだが。

 

「………大分離れたなぁ」

 

見てみれば、今自分がいるのはCコマンダーが落ちた場所から12km離れた場所。

近くに川が流れており、サーバル号に積んだ浄化キットを使えば、飲み水に困りそうもない。

 

「………そろそろあの鬼性獣も行ったかな?」

 

空を見上げ、涼子はハガーマディンの姿が無いか見回す。

ハガーマディンが撤退していたなら、光を助けに行こうと考えていた。

 

暫く空を見上げ、耳を澄ます。

しばらく待ったが、あの雷鳴のような咆哮も、その巨体を飛行させる事で発生する暴風も起きない。

 

「………行くか!」

 

涼子はサーバル号に向かう。

ハガーマディンが居なくなったのなら、光を助けに行こうと考えていたからだ。

だが。

 

ドスッ!

 

「うおっ?!」

 

突如、涼子の足元に突き刺さる一閃。

見ればそれは、矢であった。

棒に刃と羽をつけた、明らかな人工物。

 

「………何だ?テメーら」


涼子が矢の飛んできた方向を向くと、既にその主は姿を現していた。

 

今が2069年の時代だという事を考慮すると、それは間違いなく異様な集団であった。

 

その集団は、今や歴史の資料かゲームの中でしか見られないような、近代から中世にかけてを思わせる騎士の甲冑を着込んでいた。

 

先頭に立つ者は槍と盾を、後方に立つ者は弓矢を構えていた。

あの矢を放ったのは、この集団だろう。

 

甲冑や盾の各部についた剣に羽が生えたような模様。

彼らのシンボルマークだろうか。

 

「突然現れた謎の島でコスプレ大会か?随分冒険心溢れるオフ会だなぁおい」

「黙れ!魔女の手下め!」

 

小馬鹿にするような涼子の態度に憤り、先頭の騎士が槍を構える。

 

「おいおいそんな物騒なモン仕舞えよ、アタシはちょっと人助けに来ただけなんだ、武器を置いて話をしようぜ」

「バカにするな!貴様など我が槍の錆にしてくれる!」

 

甲冑の集団が槍を構え、涼子目掛けて突撃する。

だが。

 

「ふん!」

「ぬお!?」

 

先頭に立っていた男の槍が、涼子の回し蹴りを受けて、ボキィとへし折られた。

蹴り飛ばされた槍部分が、地面に落ち、突き刺さる。

 

唖然とする男の前で、涼子はニヤリと笑う。

 

「流石は博士達の大発明、槍を蹴っても此方に痛みは………無い!」

「がふっ?!」

 

甲冑の男に、涼子の拳が飛ぶ。

顔面を狙った一撃は男の脳を揺さぶり、意識を奪う。

 

 

連中の着ている甲冑が、涼子達の知る歴史の中で活躍していた時代に、実際に取られた戦法だ。

 

いくら頑丈な鎧でも、それを纏っているのは生身の人間。

刃が通らずとも、強い衝撃を与えれば相手にダメージは入る。

 

故に、鎧を攻略するための武器として、メイスやモーニングスターといった鈍器型の武器が現れてきた。

 

 

だが、涼子はそんな武器を使わず、拳を振るった。

 

普通甲冑なんて物を殴れば、殴った方の手にも痛みは走る。

しかし、アタックスーツによって痛みが通らず、涼子の方には反動すら無い。

 

「な、なんだこいつ?!」

「騎士を一撃で!」

「ひ、怯むなぁっ!やはり、こいつは魔女の手下だ!」

「全員でかかれば怖くない!我等の力を思い知らせてやれ!」

 

涼子に畏怖と恐怖を抱きつつも、甲冑の集団は各々の武器を構えて突撃する。

 

「上等!全員まとめてかかって来な!」

 

数も戦力もあちらが圧倒的に上。

だが、涼子はそれに対して拳を構え、突撃する。

 

理由は二つ。

 

一つは、アタックスーツの性能から、連中を相手にしても大丈夫だと確信したから。

 

もう一つは、武器を持った集団に対する恐怖よりも、光を助けたいという想いの方が勝っていたから。

 

「どらあっ!!」

 

降り下ろされた槍を払いのけ、兜目掛けて拳の一撃。

 

「でりゃあ!」

 

背後から迫る相手に対しては、振り返り様の回し蹴り。

矛先が折れた槍を拾うと、それを棍棒のように振り回しながら、次々と甲冑の集団を倒してゆく。

 

「オラオラぁ!もっと来い!」

 

いくらアタックスーツにより守られているとはいえ、涼子は一撃で相手を次々と倒してゆく。

ある時は拳で、ある時は脚で、ある時は奪った武器で。

 

甲冑の集団は、涼子が想像もしないような鍛練も重ねていたし、何より、鎧と槍で武装していた。

 

しかし涼子は。

この、怪我や痛みから守ってくれるアタックスーツを与えられただけの女子高生は、

そんな彼等を、まるでカンフーアクション映画のスターのように、千切っては投げ、千切っては投げる。

 

「あ………悪夢か………悪い夢でもみているのか………?!」

 

タチの悪い冗談かと言うように、甲冑の集団のリーダーは目を覆う。

 

当然だ。

共に汗水を垂らして苦行に耐えてきた仲間が、たった一人の女相手に歯が立たず、一方的に打ちのめされているのだから。

 

「おのれ………弓矢隊!構え!」

 

リーダーが号令を出すと同時に、今まで後方に待機していた弓矢を持った集団が、構えた。

 

彼等の掲げる美学上、飛び道具を使うのは恥に当たる。

しかし、相手がこのようなイレギュラーである場合は話は別。

 

彼らの使命は、そうした「悪」を倒す事にあるのだから。

 

「今度は飛び道具か!」

 

対する涼子もむざむざやられるだけではない。

倒れた相手から、咄嗟に盾を取り上げる。

それで防ごうというのだ。

 

………しかし、その盾が役に立つ事は無かった。

 

「射………がはっ?!」

 

射ての号令を出そうとしたその時、リーダーが何かに弾き飛ばされ、地面に転がった。

 

突然の事に困惑し、ざわめく甲冑集団。

頭を擦りながら起き上がり、青ざめた顔になるリーダー。

そして、自分を守るように現れた「それ」を前に、唖然とする涼子。

 

………「それ」の異様な姿は、その場にいる者達全員の視線を釘付けにしていた。

 

 

それ………彼女は、美しい女の姿をしていた。

北欧美人というのだろうか。

絹のような流れる金髪に、透き通るような白い肌、そしてサファイアのように蒼い瞳。

 

鎧を纏った姿は、まるで神話世界のヴァルキリー。

 

………しかし、問題は腰から下だった。

 

彼女の下半身。

本来なら二本の足があるべきその場所にあったのは、なんと馬の身体であった。

 

人間の上半身に、馬の首から下をくっつけた姿。

少なくとも、涼子の常識内ではこんな人間はいない。

生物の範疇に広げても、こんな種は存在しない。

 

 

「大丈夫か?!」

 

そんな馬女は、どうやら涼子の敵ではないらしい。

涼子を敵の攻撃から助け、こうして心配してくれている。

 

しかし、視覚と聴覚から入る情報量の多さに、涼子はどう返せばいいか解らず、

 

「………ず、随分クオリティの高いコスプレですね?」

 

と、思った事そのままを漏らす事しかできなかった。

 

「うわああーっ!」

 

今度は、涼子の背後で、生き残っていた槍の甲冑の一人の悲鳴が響く。

今度は何だと振り向けば、そこには………。

 

 

「………なんとか、間に合ったようね」

 

気を失った槍の甲冑を小脇で抱え、不敵に笑う「それ」を前に、涼子は再び驚愕した。

 

「こ………今度は着ぐるみかァ?」

 

アマゾンのアマゾネスや、原始人を彷彿とさせるビキニのような服を着ている彼女は、先程の馬女よりもずっと人間離れして見えた。

 

体表からしてそれは違う。

身体を覆うのは、ワニを思わせる緑色のウロコ。

 

下半身を覆うパンツからは、脊髄の末端辺りから延びた、太いツルのような尻尾。

 

硬質化したウロコに覆われた手には、黒く鋭いカギ爪が延び、足はまるで鳥類のような四本指。

 

馬のような伸びた首には、角のついた小型肉食恐竜をディフォルメしたような顔と、そこに輝くヤモリに似た瞳。

 

ドラゴンと人間の合体したような、特撮ヒーローかファンタジー映画で見るような存在が、涼子の前にいた。

 

 

「大丈夫?怪我はない?」

「え、えと………」

 

のっしのっしと、涼子に近づいてくるドラゴン女。

 

彼女も、涼子に対して敵対していないようだ。

が、当の涼子は、やはり状況が飲み込めないらしく、目を泳がせている。

 

「も、魔物(モンスター)だーーー!!」


甲冑の一人が恐怖の叫びをあげ、その恐怖が、甲冑の集団全体に展開してゆく。

瞬く間に、甲冑の集団の隊列は滅茶苦茶になった。

 

「どうすんだよ?!魔物と戦う方法なんてまだ習ってないぞ!」

「な、なら逃げるのか?!」

「出来るか!敵前逃亡、特に魔物を前にしての逃亡は重罪だぞ?!」


指揮官も気を失い、どうすればいいか解らない甲冑の集団。

しかし、運命は残酷にも、そんな彼等に更なる恐怖を与えるのだ。

 

「あらぁ♡」

 

ゾクリ。

甲冑の集団に冷や汗が走る。

まさか、自分達が最も恐れる相手がここに来ていたとは、と。

 

そんな事あるはずがない。

きっと聞き間違いだ、と、甲冑の一人が振り替える。

 

「はじめましてぇ♡人間さんたち♡」

 

その声を、その姿をはっきりと確認し、甲冑の集団は震え上がった。

 

 

先のドラゴン女や馬女に比べれば、それは一番人間に近かった。

 

しかし、一目で人間とは違うと解る特徴があった。

肌である。

それは、まず人間では自然発生しないであろう、艶やかな水色の肌をしていた。

 

病気でもない限りは白いハズの白目は、まるで闇のように黒く、その中に黄色い瞳が蘭々と輝いている。

 

青い髪の間から生えた、ヤギか羊のようなツノ。

ボンテージと鎧を混ぜたような衣装の間から生えた、コウモリのような翼。

 

何より、彼女の周りに渦巻く甘ったるい匂いのようなもの。

異様な、フェロモンとでも言うべきオーラが、彼女が人間でない事を物語っていた。

 

「サキュバス………我等騎士の天敵………!」

「お、おのれ!怯むな!我々には神の加護がある!」

「そうだ!我々は負けない!」

「神よ!我等騎士に力を!」

 

甲冑の集団は、自らを鼓舞する。

自分達は正義だと。

自分達は負けないと。

 

しかし、その格好はへっぴり腰というか、何故か前屈み。

それを見ていた涼子は、それまでの経験からその理由を察した。

 

ああ、あいつらビンビンなんだな、と。

 

「行くぞーーー!!」

「オオーーーッ!!」

 

それでも、彼らは雄々しく叫び、魂を燃やす。 

眼前の「サキュバス」と呼ばれた彼女向けて、自らの使命を果たすべく、特攻をかける。

 

「まったく、仕方ない坊や達ねぇ♡」

 

サキュバスは、わざとらしく手を組み、胸を強調する。

瞬間、ピンクの光として可視化するほど大きく上がるフェロモン。

 

そして。

 

「チャームウェイブ♡」

 

サキュバスが前屈みになって両腕で胸を寄せ、谷間を強調するようなポーズを取る。

すると、サキュバスの周りに渦巻いていたピンクのフェロモンが、

ポヨヨ~ンと気の抜けた音と共に、周囲に広がるように放出される。

 

「あひっ♡」

「はぎぅ♡」

「あうっ♡」

 

その光を浴びた途端、甲冑の集団は情けない声をあげてバタバタと倒れてゆく。

馬女とドラゴン女、そして涼子には効果が見られない。

男性にだけ効く攻撃らしい。

 

「さぁーて、みんな♡お目当ての殿方をげっちゅう♡するなら今のうちよん♡」

「「はぁ~~い♡♡」」

 

サキュバスの号令と共に、彼女の後ろから似たような外見をした女達が飛び出してきた。

倒れた甲冑の集団に次々と飛び乗り、動けない事をいい事に甲冑を脱がしてゆく。

 

無論ナニなんだが、この話の本題ではないので省略させてもらう。

 

先程からおおよそ人間とは思えない者達と出会い、涼子は混乱しっぱなし。

背後でサキュバスの同族の艷声が響く中、この状況の理由と真相を、元より無い頭で必死に考えた。

そして出した答えは。

 

「あの………これ特撮コスプレAVの撮影か何かっスか?」

「残念ながら、ここにいるのは皆本物だよ」

 

柔らかな口調で涼子の予想を否定したのは、男性の声だった。

声のする方を振り向いた涼子は、そこに立っていた一人の男を前に驚く。

 

「あ、あんたは………!」

 

その男は、町を歩いていれば必ず見かけるような、平凡な顔をしていた。

縁の太いメガネと、大学のキャンパスにいるような、くたびれたような全体像。

 

「日本からのお迎え御苦労様、幻影島調査団団長・宮藤彰(くどう・あきら)です」

 

出発前に五月雨博士に見せられた、救助対象の写真に写る男。

自分達が島に赴く原因となった人物、その者である。

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