第二十四話「出撃!ニッポリエース」
ビリーの突拍子もない行動に呆れるコナード。
その時。
「………ん?」
ジャケットの右胸のポケットに入れていた携帯に、着信が入る。
着信音は「ワルキューレの行進」。軍からの着信だ。
「 Hello?」
通話に応じるコナード。
その内容は。
「な………何ですって?!」
通話中のコナードがいきなり叫び、隣にいたビリーや、通信の向こうにいたセクサーチームが飛び上がる。
「どうしたんだコナード?そんな大きな声を出して!」
愛する夫の突然の行動に、ビリーは心配そうに訪ねた。
普段は大人しい彼が声を荒げるなんて、酷く怒った時か、かなりまずい時ぐらい。
そして、理由は後者だったらしく、コナードは青ざめた顔で答えた。
「大変だビリー、大頭領のいる遺伝子科学研究所の近くに鬼性獣が現れた!」
………………
米軍の最新鋭戦闘機を駆る彼は、自国の軍事力こそが最強だと信じて疑わなかった。
大頭領が、いつも演説で自分達に鼓舞するように。
だが。
「………何だ、俺は悪夢でも見ているのか?」
目の前で、仲間の機体が次々に撃墜されてゆく。
“それ”の出現地点には、さっきまで愛すべき市民だったものが、プラカードの残骸と共にあたり一面に転がっている。
PIIIIEEEEEEEEッッ!!
摩天楼の合間を、衝撃波を放ちながら飛翔する、一体の巨鳥。
「パリピジョン」と名付けられたその鬼性獣は、鳩科の鳥類の特徴を持っていた。
しかし、88mの翼から繰り出される衝撃波で高層ビルをへし折り、胸部ハッチから投下する空爆で眼下の街を火の海に変えるその姿は、とても平和の象徴のハトとはほど遠い。
彼が唖然としているうちに、パリピジョンはその標的を彼の自機に定めた。
PIIIIEEEEEEE!!
迫るパリピジョンの巨翼。
いまから逃げる時間はない。
「う、うわああああ!!」
次の瞬間、パリピジョンの翼が戦闘機を弾き、彼の命はアメリカの空に散った。
パリピジョンの赤い瞳がギョロリと動く。
次の標的はただ一つ。
自身を滅ぼす研究を進める、遺伝子科学研究所だ。
………………
スイット以来となる、米国への鬼性獣の出現。
それを聞いたビリーとコナード、そして五月雨研究所の面々が凍りつく。
過去に現れたスイットは、圧力によってその存在は隠蔽されている。
故に、軍はおろか、スーパーヒーローさえも鬼性獣と戦う備えはしていない。
………ただ一組の、遺伝子科学研究所及びセクサー量産計画の護衛を任された、二人を覗いて。
「コナード」
「何だい」
先程との態度とは打って変わっての真剣な表情で、ビリーが言う。
「ニッポリエースを出す!」
「ああ!」
コナードもそれに了承する。
今のアメリカで鬼性獣に対抗できるのは、彼等しかいないのだ。
『待ってくれ!』
鬼性獣討伐に向かおうとする二人を、涼子の声が呼び止めた。
『鬼性獣はゼリンツ線じゃないと決定打は与えられないんだ、でもあんた達は、その………』
何を言わなければならないかは、涼子には解っていた。
しかし、言葉に出せない。
二人の前で出すには、それは、失礼すぎる内容だからだ。
「………はぐらかされる方が失礼だぜ」
『なッ………』
「男同士じゃゼリンツ線が使えないから不利だ、そう言いたいんだろ、ビッチが!」
涼子の偽善を見抜き、ビリーが吐き捨てる。
たしかに、ゼリンツ線のメカニズムは生物のオスとメスの番=夫婦が揃わなければ発動しない。
故に男同士の番であるビリーとコナードではゼリンツ線の恩恵を受けられず、鬼性獣との戦いではセクサーチームより不利になる。
だがら、涼子はセクサーロボで援護に行く事を提案しようとした。
そしてそれが、ビリーのセクサーチーム、ひいては自分が護衛するセクサー量産計画に感じている、一種の不満であった。
「ちょ、ちょっとビリー!?」
「止めるなコナード!この際だからな、はっきりさせておく必要がある!」
ビリーの暴言をコナードが咎めるも、一度怒りに火がついたビリーは止まらない。
モニターの向こうで唖然としているセクサーチーム一同に向け、ビリーの怒りが火を吹く。
「俺がセクサー量産計画を守ってやっているのは、人類の未来がかかっている事と、敬愛するリチャード大統領から与えられた任だからだ!俺はお前たちみたいなゼリンツ線に頼ってでかい面しているような連中には絶対負けない!自分の力で勝利を掴み取ってやる!」
ひとしきり吠えた後、乱暴に、そして一方的に通信が切られた。
………………
連合するはずの米国のスーパーロボット乗りから一方的に怒りを買ってしまい、五月雨研究所が静まり返る。
「………涼子?」
「………悪ぃ」
準から突き刺さる痛い視線に、この騒動の元凶たる涼子は申し訳なさそうに頭を下げる。
どうにかオブラートに包んで援軍を申し出ようとしたが、それが相手の神経を逆なでさせる結果となってしまった。
「だが涼子君の言う通り、ニッポリエースだけでは不安だ、援軍は必要だろう、だが………」
考え込む五月雨。
援軍としてセクサーチーム向かう事の問題点は、ビリーを怒らせた事ともう一つ。
「距離、ですか………」
「ウム」
準の言う通り、問題はアメリカと日本の距離。
いくら高性能戦闘機のヒロイジェッターでも、到着まで一時間はかかる。
セクサーヴィランを使っても、30分は過ぎる。
それでは間に合わない。
向かっている間にニッポリエースがやられてしまう可能性が出てくる。
勝ったとしても、遅れてきたセクサーチームにビリーはいい顔をしないだろう。
そうなれば、今は水面下で支援してくれているアメリカとの関係も危うくなる。
さて、どうしたものか。
その場にいた誰もが頭を捻り、どうにかならないかと考えた。
「………あ、あの」
静寂を破り、声をあげたのは光だった。
「成功するかは解りませんけど………僕に考えがあります!」
………………
溢れる自然の中を、愛馬と共に駆け抜ける二人。
向かうは、隠された愛機の元。
「………ビリー」
変わらぬ穏やかな口調で問いかけるコナードだが、ビリーの表情は険しい。
いつもなら笑って返事を返すのに、ムスっとして何も言わない。
こういう時は、大概何かに怒っている時だ。
「ビリー、解ってるとは思うけど、彼女の言おうとした事に間違いはないよ」
「解ってる!だから、納得できないんだよ………!」
ビリーは、苦虫を噛み潰したように眉を歪める。
その胸中にあるのは、昔に植え付けられた、涼子達のようなヘテロセクシャルに対するコンプレックス。
………学生の頃、ビリーは自分がゲイである事を自覚し、カミングアウトした。
当時、テレビでもLGBTに関する番組は多く、別に大丈夫だと思ったからだ。
両親はそれを受け入れてくれた。
しかし、周りの人物はそうもいかなった。
ロボットの操縦資格の為に入学したのが、新日暮里州の外の典型的なアメリカン・ハイスクールだったというもあるが、
卒業までの毎日、自分がゲイである事を ジョックス (リア充) にからかわれた。
ビリー自身も負けん気が強く、それが原因で何度も殴り合いに発展し、警察のお世話になる事も多かった。
そんな、荒れた学生時代を過ごしたビリー。
今でこそ更正して、この通り州知事になるまでになった。
だが、その脳裏には今でも自分を嘲笑ったジョックス達の顔が浮かぶ時がある。
「俺はあの ストレート (ノンケ) の集団にゃあ負けられないんだ、負けられないんだよ!」
瞳に執念の炎を燃やすビリー。
コナードはそれ以上何も言わなかった。
………新日暮里州。
様々な人種が混在する合衆国アメリカで、今現在唯一の、日本語名の州。
LGBTが多く、人権の最前線ともいえる場所。
東西南北の人種が混在した、西洋の香港。
しかし、その誕生の理由は、あまり明るい物ではない。
70年前。当時の大統領の行った製作により、国中のゲイやトランスジェンダーが一つの場所に隔離された。
当時の大統領は、LGBTをあろう事か天然痘のような病気だと考えていたのだ。
その場所は、当時の日本でゲイを笑い物にしていた時に使われた架空の地名をとって「新日暮里」と名付けられた。
名付けたのはその大統領。完全に、馬鹿にする目的での命名であった。
しかし、それに意義を唱える者が現れた。
ゲイを暴かれ、新日暮里に隔離された牧師。後に新日暮里州の初代州知事となる男「スペイド・マッケンジー」である。
彼を中心とした民間団体が結成され、大統領に対して様々な分野から抗議・反対を行った。
そして、10年の戦いを経て、政府はこの政策を撤廃。
新日暮里は、隔離地域から一つの州として独立。
人々は自由を手にした。
この時、人々は新日暮里の名をあえて変えず、自由を勝ち取った証としてそのまま残した。
かつて先人達が、ナチスのピンクトライアングルをプライドや権威の象徴として生まれ変わらせたように。
そして、ビリー達がいるここは「ヘリントンパーク」。
新日暮里が隔離地域になる以前に存在したとされる、森の妖精伝説を元にした超大型都市公園だ。
天然森林と見間違えるほど広く、様々な命に溢れた新日暮里の憩いの場。
だが、そこにはもう一つの顔がある。
『フォースゲート・オープン、フォースゲート・オープン』
響くアナウンスと共に、ヘリントンパークの中央にある人口湖から、何かが上がってくる。
まるで海中から現れる海神のように、一体の鉄の巨影が現れた。
太くたくましい手足と、それを覆うアメフトのプロテクターを思わせる追加装甲。
開拓時代に活躍したガンマン………ビリーが幼少期に好きだった人形劇のヒーローの意匠を持ったその機体は、
腰の両サイドに、軍用小型ロボット用のレーザー砲をベースに改造した、リボルバー式拳銃を模したビームガンをマウントし、
人間のそれに似た顔を持った頭部には、テンガロンハットを模した高感度センサーを装備している。
そして胸には、ピンクトライアングルを模したエンブレム。
これこそ、新日暮里州、そしてアメリカの誇るスーパーロボット「ニッポリエース」。
スーパーパワーを持たぬ彼等がスーパーヒーローたりえる由来。
ヘリントンパークの地下に隠された、ジャック夫妻の私設秘密基地に格納されている、アメリカの戦闘用大型スーパーロボット。
新日暮里州の希望のエース。
「システム、オールグリーン、いつでも行けるよビリー」
「ウム」
複座式のコックピットでの最終チェックを終え、ビリーとコナードがレバーを握る。
『カタパルト、オープン』
そしてニッポリエースの正面から、飛行機の滑走路を思わせるカタパルトが展開する。
目指す座標は、パリピジョンの襲撃を受ける遺伝子科学研究所。
「………ビリー」
再び、コナードはビリーに雑念を捨てるよう呼び掛ける。
戦場において、それが一番の命取りになるからだ。
「………わかってるさ、コナード」
口ではそういうビリーではあるが、内心、セクサーチームに対するコンプレックスはやはり捨てられない。
無理もない。
学生時代に何度も自分を差別してきた ストレート (ノンケ) で、
しかも何人もの女性を侍らせているアメフト部のジョックスのような連中──厳密には光が一方的に言い寄られているので違うが──で、
今までシュミレーションによる模擬戦と犯罪者の逮捕しかやってこなかった自分達と違い、鬼性獣との交戦、及び撃破経験がある。
社会的な市民権も、経験も、ビリーから見ればセクサーチームの方がぐんと高かった。
ビリーは落ち着こうとするも、彼等セクサーチームへの嫉妬心に完全に蓋をする事が出来ないでいた。
あの時、涼子からかけられた中途半端な優しさも、それに拍車をかけていた。
「 (すまんコナード、俺は負ける訳にはいかない………俺のプライドが、誇りが叫ぶのだ、奴等セクサーチームに負けるなと!ストレートのハーレムキングとその取り巻きに一泡吹かせてやれと!) 」
ニッポリエースの巨体が、ズシンと踏み出す。
両の足が、カタパルトの射出装置に固定される。
出撃準備は整った。
「ニッポリエース!GO!!」
ビリーの掛け声と共に、レールガンの技術を応用したカタパルトが起動。
ニッポリエースが天高く射出された。
夕焼けと、新日暮里州の街並みを照らしはじめたネオンをバックに、ニッポリエースが空を翔る。
狙うは二つ。
遺伝子科学研究所を襲うパリピジョンの撃退。
そしてセクサーチームを見返す事。
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