第二十三話「アメリカのすゲイやつ」

………時は遡る。

 

50年前。

 

この時、「彼女ら」は弱い団体であった。

それまで、同じような団体が「出過ぎ」た事と、それらがことごとく負け続けた事から、彼女らを支持する者は圧倒的に少なかった。

 

「………何故、何故私たちの言う事に誰も耳を傾けようとしないんだ」

 

プレハブの質素な事務所で、開設当初に比べて遥かに減った党員を前に、彼女は頭を抱えていた。

 

自分達の志こそが、この日本という地獄に生きる女性を救う唯一の手段なのに、と。

 

この事務所の家賃すら、いよいよ払えなくなってきている。

このまま、かつての同業者たちと同じ運命を辿るのか。

 

そう、考えていた時である。

 

『なるほど、君達が王慢党か』

 

突然、玄関の方から声が響いた。

事務所にいた全員がそちらを向く。

 

そこに居たのは、フードとマントに身を包んだ人影。

顔まで覆ったその姿は、まるで中東の暗殺者のよう。

そしてその声は、古い通信機を通したように不鮮明で、そして不気味であった。

 

「だ、誰ですか?!」

 

恐れつつも、いきなり現れた不審者に全員が警戒する。

警察を呼ぼうと携帯電話を取り出す者もいた。

 

『なあに、私は貴女方の支持者ですよ』

 

しかし、不審者はそれを気にも止めず、持っていたアタッシュケースを差し出す。

そして。

 

『これが証拠です』

 

彼女達の前で、パカッと開けてみせた。

そこに入っていたのは、札束。

本物の一万円札の札束が、びっしりと詰め込まれていた。

 

「何これ?!」

「札束………?!」

 

いきなりの石油王のような展開に、彼女達は揃って目を見合わせ、ざわめいた。

 

『私の団体は、貴女方王慢党を支持します、しかし、ある条件があります』

 

党員全員に向け、不審者は言う。

そのフードに覆われた顔の奥で、口元が不気味につり上がった。

そんな気がした。

 

『我々の目的に賛同頂く事、そして我々の“女帝”に会っていただく事です』

 

 

この日、我々は新たな同志を得た。

彼女らは、遠い星から来た友人。

彼女らのお陰で、我々は新たなステージへと立てる。

今こそ立ち上がろう、日本の、いや世界中の女性が輝くために。

ウーマン・シャイン。

 

───王慢党初代党首 多島美寿子。

 

 

 

 

………………

 

 

 

そして現在。

五月雨研究所に、あるニュースが入ってきた。

 

「ほんとうですか大統領!」

『ああ、早ければ今週中に試作品第一号が完成する予定だ』

 

訓練を終え、研究所に戻ってきたセクサーチーム。

博士に結果を報告しようと指令室に入ると、そこには指令室のメインモニターで何やら通信をしている博士の姿。

 

モニターに映っているのは、金髪に碧瞳の典型的なアメリカ人男性。

しかし顔立ちは東洋人の特徴が少し見られ、ある意味では合衆国アメリカを象徴する人物とも言える。

 

そんな彼の名は。

 

「あ、りっちゃん」

『ズゴーーーッ!!』

 

唐突に放たれた朋恵の真の抜けたニックネーム呼びに、モニターの中の男性が思わずズッ転ける。

五月雨や他セクサーチームも、ガクッと脱力して肩を落としている。

 

『だァーからりっちゃんは止めてくれよっ!君のせいで秘書までりっちゃん呼びしてくるんだぞっ?!』

 

そうモニター越しに突っ込みを入れる彼の名は「リチャード・マイケル」。

現アメリカの大頭領であり、五月雨研究所の陰の支援者の一人。

自由と正義を愛するアメリカの代表として、裏から世界征服をしようとしているスティンクホーは許しておけぬとの事。

 

セクサーチームとも、モニター越しとはいえ何度か面識がある。

動機はどうあれ、陰ながらスティンクホーに挑む彼女達に、敬意と感動を感じていた。

………もっとも、その時朋恵から「リチャードだから、りっちゃんだね」というニックネームを付けられてしまったのだが。

 

「それで、何かあったんですか?大頭領さん」

『あ、ああ、その事だが………丁度いい、これは君達セクサーチームにも知っておいて欲しかったんだ』

 

セクサーチーム唯一の良心ともいえる光の、大頭領たる自分への敬意のある問いに癒しを感じつつ、リチャードは話を再開した。

 

『以前も話したが、我々が微生物を利用した新型生態パーツの開発に着手しているのは知っているね?』

「ああ、あれだろ?それなんてエロゲみたいな名前の」

「………ソレネンテネ・ロゲよ、いい加減覚えなさい」

 

涼子と準がいつものボケと突っ込みの問答の中で出した「ソレネンテネ・ロゲ」。

それは、今から5年前にアリゾナ高原の地下で発見された、アメーバ状の新種の微生物だ。

 

特徴として、微弱ながら浴びたものを発情させる特殊なフェロモンを放つ事。

そして、単細胞生物ながら一つ一つにオスとメスが存在し、通常のアメーバより遥かに早い速度で繁殖する事が挙げられる。

 

これを利用して、リチャードが極秘裏に進めるプロジェクトがある。

それは………。

 

『その生体パーツが先日完成したんだ、これを使えば、セクサー炉心の量産ができるかも知れない!』

「おおっ!」

 

セクサー炉心。ひいてはセクサーロボの量産である。

 

これまで、セクサー炉心は現在セクサーロボに搭載されている一基しか存在しなかった。

使用されている制御装置が高額というのもあるが、それを用いても溢れ出るゼリンツ線は強力で、

涼子達セクサーチームのようなイレギュラーでしか耐えられず、量産には向かなかったからだ。

 

しかし、それを解決するヒントがソレネンテネ・ロゲにあった。

雌雄があり、なおかつ強い繁殖力を持つソレネンテネ・ロゲは、存在するだけでゼリンツ線を増幅させる事ができる。

なおかつ、発情フェロモンを応用すれば、ゼリンツ線による影響を減らす事もできる可能性もあった。

 

もしこれが完成すれば──操縦テクニックにもよるが──誰もが涼子達のように戦えるという事に繋がる。

 

そして研究と実験を繰り返した後、ついにそのゼリンツ線制御装置が完成したのだ。

あと一週間もあれば、制御装置を搭載した、量産対応型セクサー炉心の試作一号が完成するとの事。

 

「セクサーロボの量産が成功すれば、すごい戦力になるなこりゃ………」

 

ただでさえ強いセクサーロボが量産され、軍団を結成する。

その光景を想像し、涼子は興奮と畏怖を感じ、少し震える。

これさえあれば、スティンクホーなど恐れるに足らずだ、と。

 

「でも、セクサーの量産なんて、スティンクホーが何もして来たらどうするんですか?」

『うむ、その事なのだ………』

 

不意に投げ掛けられた光の問いに、リチャードは顎に手を当てて考える。

 

 

………実を言うと、アメリカにも早急にセクサーロボを量産しなければならない理由がある。

 

10年前。つまる所涼子達がパイロットになる前。

最初の鬼性獣が現れたのはシドニーだった。

 

「スイット」と名付けられたその鬼性獣は、アメリカのスーパーヒーロー達──スーパーパワーと呼ばれる一種の超能力を持った、民間の自警団のような個人達──を蹴散らし、二つの街に甚大な被害を与えた後、米軍の放った核でようやく息絶えた。

 

当時の政府はこれを発表しようとしたが、結果は「竜巻による自然災害」として、事実を隠蔽する事となった。

………思えば、この時政府に圧力をかけたとされる団体も、スティンクホーの差し金だったのかも知れない。

 

以降、ガシボまで鬼性獣が現れる事は無かったが、これが切っ掛けでアメリカはスティンクホー、及び鬼性獣に対する決定打となる手段を模索した。

そして五月雨研究所に接触し、今に至る。

 

 

『お恥ずかしながら、我が国はそちらよりも警備やら機密やらが「緩い」、どこからから情報が漏れてないといいのだが………』

 

不安げに語るリチャード。

秘密結社ともいえる五月雨研究所に対して、規模が広い代わりにその分付け入るスキも多いからだ。

それにリチャード自身、大頭領になる前、スイット襲撃時にシドニーに居たとの事。

鬼性獣の恐怖は、その身で知っているのだろう。

不安になるのも頷ける。

 

直後。

 

『その点は問題無いぜッ!』

「?!」

 

シリアスな雰囲気を払拭するように、モニターの向こうから響く陽気な男の声。

無論だがリチャードの物ではない。

 

直後、チャンネルを変えるように画面が切り替わった。

 

そこに映るのは、雄大な自然をバックに立つ、二人の男の姿。

 

一人はブロンドのオールバックに、黒い眉毛と髭を持った、碧く鋭い眼光を持った、白人の男。

もう一人は、黒いドレッドヘアーをした、上の男と比べると若く、穏和な印象を持つ、黒人──ネイティブの特徴は僅かで、どちらかと言うとエジプト人あたりの特徴が強い──の男。

 

特筆すべきは、二人とも西部劇に出てくるようなカウボーイのような格好をしている事。

今の時代では、ただのコスプレか悪ふざけにしか見えない。

 

『How are youはじめましてコンニチワセクサーチーム!炉心の研究所の護衛は俺達が担当している!お前達の出る枠は無いぜッ!』

 

ドヤ顔でビシィッ!と指を指して、言葉の機関銃を浴びせるように白人の男が宣言する。

 

「いや………誰だよこいつ」

「ビリー・ジャックとコナード・ジャック、アメリカは新日暮里州州知事にしてスーパーヒーロー、「ニッポリエース」というロボットに乗っているの、今もっとも熱いヒーローとして有名よ」

 

いきなり現れた謎のカウボーイコンビに呆然とする涼子に、準が分かりやすく解説してくれた。

「ビリー・ジャック」と「コナード・ジャック」。

現在アメリカで唯一の漢字で名付けられた州「新日暮里州」の州知事とその補佐官。

 

アメリカ産のスーパーロボット「ニッポリエース」のパイロットで、政府に登録されているスーパーヒーローの中で「唯一スーパーパワーを持たないヒーロー」として話題になっている。

 

 

「ビリー・ジャックにコナード………兄弟なのか?にしてはえらい似てねぇけど………」

 

同じ姓でありながら性格も顔の特徴も違う二人に、疑問を感じる涼子。

その理由も知っているのではないか?と準に話を向けた。

 

「ああ、それなんだけど………」

 

対する準は、目をそらして気まずそうにして、何だが答えにくい様子。

 

『俺達の絆は鬼性獣には負けない、そうだろう?』

『ちょ、ちょっとビリー!日本の皆さんの前で………』

『いいじゃないか、見せつけてやろうぜ』

 

モニターの向こうで見つめあい、そんなやり取りをするビリーとコナード。

そして、次の瞬間。

 

 

 

ぶちゅ♡

 

 

 

「………えっ?!」

「嘘ォ?!」

「な………?!」

 

その場にいた誰もが、驚愕し、固まった。

 

ビリーとコナード。

二人は、キスをしたのである。

男同士で。

マウス・トゥ・マウスで。

 

アメリカのアベックがするように、男同士で恋人のように口付けをしたのである。

 

「な………ななな………」

「………これが名字が同じ理由よ」

 

唖然とする涼子と、苦笑いを浮かべてそう締める準。

 

新日暮里は、所謂LGBTと呼ばれる人々が大半の州であり、このビリーとコナードも例外ではない。

二人は 同性の夫婦(ハズバンズド) なのだ。

 

『………おいおい、この程度で失神してんのかよ?』

 

唖然とする五月雨研究所の面々に、呆れるように、ビリーが笑って言い放った。

 

しかしまあ、同性愛はもとより、アベックですら堂々とキスをする事もない日本で育った彼等からすれば、

自分達の眼前で、しかも男同士でキスをされたという状況は、まさに青天の霹靂なのだ。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

自国のスーパーロボット乗りと、日本のスーパーロボット乗りのそんなやり取りを見て、モニターの前で苦笑するリチャード。

 

「ジャック、日本はこちらほどLGBTに理解は無いと言ったはずだぞ………」

 

事前に教えておいたにも関わらず、セクサーチームの眼前で男同士のキスをかましたジャック夫夫………というかビリーに呆れるリチャード。

 

とはいえ、差別される風潮にあえてオープンで返すというのは彼の家の家訓らしく、

五月雨研究所の面々が不快だからやめろと言わない限りは、どう言う事もできない。

 

「………まあ、問題はそんな事よりも………」

 

憂鬱な表情を浮かべ、リチャードは今自分のいる遺伝子科学研究所───ソレネンテネ・ロゲの研究、及びセクサー量産計画を極秘に進めている場所から、外を見つめる。

 

そこにあるのは………。

 

警備隊によって区切られた、研究所の敷地の外。

そこに群がる、何人もの「ヒト」の群れ。

 

下品な言葉や、アメコミヒーローに殴られるリチャードのコラージュが描かれたプラカードを掲げ、様々な国の言葉で罵声を吐く。

 

一見するとただの乱痴騒ぎを起こしている馬鹿の集団だが、彼等自身は「正義」を執行しているつもりであった。

そしてそれ故に、たちが悪い。

 

 

彼等は、所謂「環境デモ団体」と呼ばれる人々。

ブルービーンズやら、シーガードやらの名前があるが、どれもやっている事は同じ。

 

「自然はありのままであるべきで、それを都合よく変えたり支配したりするのは悪である」と主張し、

このような過激なデモ行動を繰り返している。

 

表向きは家畜の遺伝子改良を行っているこの研究所は、都合のいい攻撃対象というワケだ。

 

言語こそバラバラ──何の効果があるかは解らないが、意図的にそうしているらしい──だが、言っている事は皆同じ。

 

自然を守れ。

傲るな人間。

大頭領を降ろせ。

 

 

「…………暇人どもめ」

 

どうせ自分がやめても、次の大頭領にも同じことをするのだろうが。

と、リチャードは彼等を尻目に去って行く。

こんな事に付き合ってられるほど、彼も暇ではない。

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

遺伝子科学研究所に続く道は、今や環境デモ団体によって埋め尽くされている。

数週間前から行われているこのデモは、まるで遊園地か何かのパレードのように、街を横断して行われている。

 

道中にある肉屋は閉まり、他の民間の交通をストップさせ、近隣住民にいかなる迷惑をかけようと、彼等は止まる事はない。

 

彼等にとって、それが「正義」であり、遮る者は全て「悪」であるという、絶対の信念の元にそれは行われているからだ。

 

「………ううっ?!」

 

デモに参加していた中の、一人の女が突然倒れた。

 

「め、メアリ?どうしたの?」

 

心配した他のメンバーが集まってくる。

見れば、彼女はピクピクと痙攣しており、一目で調子が悪いと解る。

 

「大丈夫か?メアリ」

「病院に連れていった方がいいんじゃないか?」

 

メンバーの一人が救急車を呼ぼうかと話をしていた、その時。

 


「AHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!!!」

 

女が目を見開き、飛び上がり、天に向けて叫ぶ。

心配していたメンバー達は、突然の出来事に驚きおののく。

 

「………何だ?」

「空が変だぞ!」


同時に、突然空が暗くなる。

先程まで晴れていたのに、暗雲が渦巻きはじめたのだ。

 

天気予報では晴れだったはずが、頭上に現れる謎の暗雲と、穴のような渦。

 

そして。

 

 

「スイィィィィツ!モテカワスリムノアイサレガァァァァルッ!!」

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