第二十二話「幸せのロールケーキ」


「………………ッ!」

 

気がつくと、泥は消えていた。

歪に歪んだ家族の姿も無くなっていた。

 

保健室にあるような白いベッドの上で、セクサー搭乗後の検査で散々見た、五月雨研究所の医務室の天井を見つめていた。

 

「………夢、だったの?」

 

なんて夢だ。と、光は上体を起こす。

まだ身体はだるいが、それでも悪夢の中よりはマシだ。

 

「みーくん」

 

聞き覚えのある声が聞こえた。

涼子のハスキーボイスとも、準の落ち着いた声とも違う、子供っぽさの残る声。

 

ふと横を見ると、そこにはニットセーターに覆われた爆乳メロン………朋恵がいた。

心配そうな顔で、光の方を見つめている。

 

「大丈夫?みーくん、うなされてたけど………」

「あ、ああ………はい」

 

頭に手を当てて、光はこれまでの事を整理している。

そして。

 

「えっと、確か運動会の練習で、それから………」

 

それからどうした?

頭に浮かんだ疑問に、光は朋恵の方を向いて、申し訳なさそうに問う。

 

「あの………僕はどうしてここに?」

 

 

光は、朋恵からここに来るまでの経緯を聞いた。

 

運動会の練習の最中、意識を失ってしまった事。

涼子がここまで自分を運んでくれた事。

その事で、準から叱られた事。

 

そして、今まで涼子達に黙って特訓していた事が、とうとう知られてしまった事。

 

 

「そう、か………とうとうバレちゃったか」

 

弱々しく苦笑し、再び申し訳なさそうにうつ向く光。

いつもの照れからの笑いではなく、悲壮感のある、暗い笑顔。

 

「………ねぇ、みーくん」

 

朋恵は、訪ねる事にした。

それが、光のデリケートな部分に踏み込む事であると解っていても、

そうしなければ光の心は晴れないと思ったからだ。

 

「どうして最近、そんな無茶なことをするようになったの?なにかあったの?」

 

思った通り、光は黙ってしまう。

話したくないのだ。

話しにくい内容なのだ。

 

しかし、隠れての特訓が明かされてしまった以上、もう隠してもおけない。

 

そして、少しの深呼吸の後に、

 

「………はい」

 

光は、その重い口を開いた。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

レースの後、光は自分がいかに涼子達に依存し、頼りきっているかを実感した。

 

本来なら、あのレースは「自分が涼子に相応しいか」が事の発端になっているのだから、

涼子ではなく自分が出るべきだった。

 

しかし、出来なかった。

 

涼子が自分から勝負を引き受けたのもあるが、

自分では身体の弱さからマシンの加速にも、道中の戦闘にも耐えられないからだ。

 

それだけではない。

システムの都合もあるが、セクサーロボに合体している際も、戦闘を行うのは涼子達だ。

 

結果的に涼子は勝ったが、光の心にはあの時次郎から突きつけられた言葉が突き刺さっていた。

 

“………貴様、涼子が敵に囲まれて動けない時に代わりに戦えるのか?涼子の身体を抱えて逃げる事ができるのか?そんな貧弱な身体で!”

 

“………お前、それでも男か?そんな事で、涼子を守れると思ているのか?あいつに相応しい男になれると、本気で思っているのか?”

 

“女の陰でバトルの解説してるような男なんざ………”

 

“殴られても………文句は言えねぇだろうが!!”

 

変わらなければ。

光は思い立った。

 

今までの軟弱な自分ではダメだと。

強く、逞しい、男らしい男にならなければダメだと。

 

その日から、光は涼子達に隠れて強くなるための特訓をするようになった。

知られたら止められると思ったからだ。

 

何時間もシュミレーション装置に籠り、

考え付く限りの様々なトレーニングを行い、

普段はろくにやらない運動会の練習にも積極的に参加した。

 

 

だが、いくら頑張っても目に見える結果が出てこなかった。

逞しくなる所か、無茶なトレーニングで身体に負担がかかり、ダメージを与えてしまっていたのだ。

 

光は焦った。

いくら鍛えても強くなれない自分に。

 

そして、更に厳しいトレーニングを積むようになった。

寝る間も惜しみ、とことん自分を追い詰めた。

 

そして更に身体に負担をかけ、焦り、更に厳しいトレーニングを積み………

 

 

それを繰り返す内、とうとう身体に限界が来て、ああなった。

 

 

これが、光がレースの後日から、今日に至るまでの事の巻末である。

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

朋恵を相手に、光は全てを話した。

それを黙って聴く朋恵。

 

医務室には、ただそれだけがあった。

 

「………何やってんだろうなあ、僕」

 

ぽとり、ぽとりと布団を濡らす水滴に朋恵が気付く。

 

光が泣いていた。

肩を震わせ、圧し殺すように。

 

「………男のくせに、女の子に守られて………そのくせ強くなれない所か、迷惑までかけて………」

 

光は、自分が恥ずかしかった。

恥ずかしくて、許せなかった。

 

涼子達に守られている自分が。

それを何とも思わなかった自分が。

そこから脱却しようとして、結局迷惑をかけて守られている自分が。

 

男として最低だと思っていた。

 

「やっぱ………次郎さんの言うとおりだな、僕………男のくせにすぐ泣いて………女の子の影に隠れるだけのクズだ………」

 

どれだけ努力しても変われない自分も、大嫌いだった。

何をしようと、どう足掻こうと、結局上手くいかない。

 

「もう………やだあ………」

 

光は、もう泣くしかなかった。

八方塞がりでどうしようもないのだ、もう泣くしかない。

 

「………みーくん」

 

すると、突然朋恵が立ち上がった。

何かを決意したように、彼女に似合わぬ凛とした態度で。

 

「………朋恵、さん?」

 

すすり泣きつつも、朋恵の方を向いた光。

そして朋恵が取った行動。

それは………。

 

 

「とりゃあ!」

「うええ?!」

 

突然、ベッドの上の光を掴んだかと思うと、天高く投げ飛ばした!

 

「そおい!」

 

そして、後ろに隠し持っていた毛布を、光が落ちてくるであろう場所にサッと敷く。

その予定通り、毛布の上に光がぽふっ、と落下してきた。

 

「とおりゃー!」

「わぁぶぶぶ?!」

 

すかさず、朋恵は落ちてきた光を毛布を使ってす巻きにした。

まるで、毛布を海苔とご飯に見立てて、光を巻き寿司にするように。

 

「え、何?!ええ!?」

 

訳もわからず毛布のす巻きにされ、あたふたと困惑する光。

あまりにもの超展開に、脳の処理が追い付かないのだ。

 

「よし!」

 

対する朋恵は、一仕事終えた職人のように満足げ。

そしてす巻きにされた光を、その豊満な身体で抱き上げる。

 

「さて、行こう!」

「ど、何処に?!」

 

そしてす巻きにされた光を持ったまま、医務室をドスドスと早歩きで立ち去ってゆく。

医務室には、平時の静寂が戻り、光がいたベッドには乱雑に投げ捨てられた掛け布団が残された。

 

………無論、後にこの事で朋恵が女医に怒られる事になったのは、言う間でめない。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

す巻きにされた光を持って、朋恵はある部屋に入った。

そこは。

 

「ここは………準さんの?」

 

準の部屋だ。

何度か、準にゲームに誘われて入った事のある光は、一目で気付いた。

 

「テレビ、ここが一番いいやつって聞いたから………」

 

朋恵の言う通り、準の部屋に置いてあるテレビは、最新型のモデルで温室も画質もいい。

だが、それが何だと言うのだろうか。

 

「よいしょ」

 

今だ困惑を隠せない光を、朋恵はポン、とテレビの前のソファーに座らせた。

というか、置いた。

 

そして自分は、光の隣に座る。

体重でソファーが沈み、す巻きの光が朋恵の方に倒れかかる。

 

「あの、朋恵さん?」

 

これはどういう事なのか?と光が訪ねようとした、その時。

 

「………ぎゅー!」

 

という掛け声と共に、光を朋恵が抱き締めた。

体格差の都合で、まるでぬいぐるみを抱き締めているようにも見える。

 

「あわわ?!と、朋恵さん何を………」

 

顔全体を覆う、朋恵の軟らかくて暖かい肉の感覚に顔を赤くしつつも、光はさらに困惑する。

 

「………よーし、よーし、いいこ、いいこ」

 

そんな光を他所に、朋恵はただただ光を抱き締め、光の頭をなでている。

赤ん坊をあやす母親のように優しく、あやすように。

 

「あう、うう………」

 

それに安心したのか、光も朋恵に身を任せ、次第に落ち着きを取り戻す。

 

「こ、これ!」

「?」

 

落ち着いた光に対して、朋恵は一本の映像ソフトを取り出した。

それは。

 

「………ディアー・ザ・テール?」

 

去年話題になった、海外の同人ゲームを原作としたアニメ映画「ディアー・ザ・テール」。

光も見たことこそないが、当時よくCMが流れていたので名前は知っていた。

 

「えっと、みーくんの好きな映画わかんなくて………でも、これすっごく面白くて!きっと、みーくんも楽しめると思うから、だから………あ、お菓子もあるよ!ジュース、オレンジジュースしかなかったけど………」

 

必死に、映画の面白さを力説し、スナック菓子とオレンジジュースをすすめてくる朋恵。

 

「え、あの、朋恵さん?あの………」

 

だが当の光は何がなんだか解らず、朋恵の行動一つ一つに対して、驚きと困惑を繰り返すばかり。

 

すると、そこに。

 

「なるほど、“幸せのロールケーキ”をしようって言うのね」

「あっ」

 

そんなこんなを繰り広げている二人の頭上から、声が響く。

見上げるとそこに居たのは、この部屋の本来の主である南原準。

そして一文字涼子の姿。

 

「………幸せのロールケーキ?」

「ネットミームの一つよ、傷ついている人を癒す方法とも言われているわ」

 

朋恵が光に対してやろうとしたのは、準曰く「幸せのロールケーキ」との事。

 

これは、海外のSNSで生まれたインターネット・ミームで、「傷ついている人を癒す方法」と題して投稿された漫画を元にしている。

 

泣いている女の子に対して、男の子が女の子をロールケーキのように毛布でくるみ、彼女の好きな映画やおやつで、彼女の傷ついた心を癒す、という内容になっている。

 

その心温まる内容から、漫画は瞬く間に拡散。

日本でも、少し昔にこれをカップルが真似て、SNSに投稿するというちょっとしたブームがあった。

朋恵もそれで知って、光にこれをやろうとしたのだ。

 

「………でもねぇ朋恵ちゃん、いきなり拉致られてお菓子とアニメ渡されても、癒し所か困惑しかしないと思うわよ」

「えっ?でも、あれで癒されたって、ネットで………」

「あれはあくまで漫画よ、漫画………それに、シチュエーションも考えないと」

 

朋恵と光に、諭すように説明する準。

咎めこそしなかったが、朋恵の純真さと天然っぷりに頭を抱えているようでもあった。

 

「………なあ、光」

 

朋恵と挟むように、涼子が光の隣に座った。

その表情は、いつもの明るさのあるそれとは違い、真剣な物。

 

今までの──主に親との体験から、殴られるのではないかと勘ぐった光は、少々怯えた様子。

今まで涼子に心配をかけていた事もあり、拳骨の一発は飛んでくるだろうと覚悟はしていた。

 

ところが。

 

「………えっ?」

 

涼子は、す巻きにされた状態の光を抱き締めた。

殴られると思っていた光は、声も出せないでいた。

 

「………光、アタシも準も朋恵もお前が好きだ、それは知ってるな?」

「………はい」

「たとえお前がどんな事になろうと、それは変わらない」

「………はい」

 

ぐずる幼子に母親が言い聞かせるように、優しく、涼子が言葉を続ける。

涼子の胸に抱かれた光も、落ち着いた様子で返事を返していた。

 

「………だからよ、変に気張らないで欲しいんだ、釣り合わないからとか、そんな事を考える必要は無ぇ、所詮はアタシ達が勝手にやってる事なんだから」

「………はい」

「アタシ達の為を思って強くなろうとしてくれたのは嬉しい、でも、それでお前が傷ついたりしたら、アタシ達は悲しい、それは分かってくれるか?」

「………はい」

 

問答を終えた後、涼子は光を抱き締めていた手を離し、互いの視線を合わせる。

 

「………その上で聞きたい、これからも、アタシ達のワガママを通させてもらっていいか?アタシ達の勝手な取り合いに、付き合ってもらっていいか?」

 

涼子が問う。

今までと同じような日常を送らせてもいいかと。

これからも、決着がつくまで光を取り合ってもいいかと。

 

目を閉じ、光が少し黙る。

三人に見守られながら光が出した答え、それは。

 

 

「………じゃあ、皆さんに任せます!」

 

 

三人に任せる。

それはつまり、三人にやりたいようやらせるという事。

それはつまり、オーケーサイン。

 

「ううう………光ーーー!!」

「あっこら!抜け駆けすんな!」

 

感激し、光に抱きつく涼子。

負けじと、準も光に抱きつく。

 

「あ?なんだテメェ準!空気読めねーのか?!ここはアタシが光とヤって一件落着だろ?!」

「取り合わせろって言ったのは貴女でしょう?というかヤるまで飛躍するような女が抱きついて一件落着とかシチュエーションもクソもないわ!」

「言ったなこのクソババア!!」

「なんですってこのクソガキ!!」

 

光を挟んで言い合いになる二人。

互いの巨乳に挟まれて揉みくちゃにされる光。

 

「ぐ、ぐるじいい………」

 

計四つのおっぱいが光の頭を取り囲み、むにゅんむにゅんと撫で回す。

一見すると天国のようだが、

乳に頭が覆われてしまうので、呼吸ができない。

 

「もう!せっかくみーくんが元に戻ったのに喧嘩しないでよ!!」

 

そこに、朋恵が割って入って光を救出。

さりげに自分の胸に光を抱き寄せているのはご愛敬。

 

「………ぷぷっ、ははは!これだよこれ!」

「セクサーチーム、ようやく復活ね」

 

間をおいて、涼子から笑みがこぼれる。

それを発端にセクサーチーム全員に笑いが広がる。

ようやく、セクサーチームの日常が帰って来た。

 

「………ふふっ」

 

つられて、光も少し笑った。

ありのままの自分を受け入れ、愛してくれる場所で、文字通りの“幸せのロールケーキ”になった光は、ようやく笑顔を取り戻したのだった。

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

「これを見て、五月雨くん」

 

同じ頃。

研究所の一角のとある場所。

セクサーロボの戦闘、訓練データを解析する為のデータベースに、五月雨と毒島の姿があった。

 

解析用モニターに映るのは、セクサーロボ搭乗時における、ゼリンツ線増幅率のデータ。

 

「これが、ヒロイジェッターのデータ」

 

最初に写し出されたのはヒロイジェッター、つまり涼子、準、朋恵のゼリンツ線増幅率。

いずれも、30%~40%の、単体でもある程度セクサーロボを動かす事ができる指数。

一般の人間では動かす事すらできない事を考えると、異常ともいえる。

 

だが。

 

「そして、これがCコマンダー………つまり光くんの増幅率」

 

次に写し出されたデータ。

それは、なんと最大80%。

 

計器の故障でもなければ、光は一人でセクサーロボのエネルギーのほとんどを賄っている事になる。

 

「どういう事だこれは………」

「私も驚いたよ、いくら男女がいればエネルギーが増幅するからって、これは異常すぎるよ」

 

30%台の涼子達でさえ、何万人に一人の割合のレアな人材。

するとたった一人でその倍以上を叩き出す光は、一体何者なのか。

 

「………真城光………君は何者なんだ………?」

 

額から冷や汗をかき、五月雨は戦慄していた。

もしかして自分は、恐ろしいものを拾ってしまったのかもしれない、と………。

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