第二十一話「悪夢に沈む」

「………まあ、そこまでは解ったわ」

「おう」

「じゃあ質問するけど、どうして光君を家じゃなくてここに連れてきたのかしら?」

 

正座の体制で縮こまる涼子を見下ろして、腕組みをした準がくどくどと尋問をしている。

見ただけでよく解る、説教の構図だ。

 

「だってよぉ、アタシ光の家知らねーし………自分の家はまだ修繕中だしで………」

「だったとしても、貴女のやった事は下手すれば誘拐よ?それに、地図なら携帯で出るでしょう」

「ぐぬぬ………」

 

 

あの騒動の後、涼子は光を直接光の家に連れて帰らず、研究所の医務室に来ていた。

 

上で述べた通り光の家を知らなかったというのもあるが、以前光から聞いた話から、光の両親にあまりいい印象を持っていなかったからだ。

おそらく、倒れた光をこれでもかといびるだろう。

だから、涼子は光を五月雨研究所に連れてきた。

 

しかし、やった事は憶測から相手を連れ去ったようなものであり、光の両親からすれば立派な誘拐だ。

 

ので、こうして涼子が怒られていた。

 

「まあまあ、涼子ちゃんだって悪気があったわけじゃないしぃ………」

 

善意からの行動で怒られている涼子を哀れに思ったのか、朋恵が助け船を出す。

だが。

 

「だからよ、善意だけで突撃するようや奴だから、やっていい事悪い事はちゃんと教えないと」

 

準が瞬時に、ぴしゃりと叩き落とす。

チームの最年長らしい、大人の対応だ。

 

 

医務室の前でそんなやり取りをしていると、医務室の扉が開いて女医が出てきた。

意味する所はひとつ。

光の検査が終わったのだ。

 

「先生!」

「光くんはどうだったんですか?!」

「み、みーくん、大丈夫でしたか?!」 

 

するとほぼ同時に、さっきまで説教していた、されていた事など忘れたように、女医の元に殺到するセクサーチーム。

涼子も準も朋恵も、光を心配する気持ちは、やはり皆同じ。

 

それに若干引きつつも、女医は女医として、伝えるべき事を伝える。

 

「えっと………ちょっとした過労です、若いからすぐ元気になるでしょうけど、しばらくは安静にしておいた方がいいと思いますね」

「………つまり、どこも折れたりはしてないんだな?」

「軽い捻挫や擦り傷はありますが、大事に至るような怪我は、どこにも」

 

よかった、と胸を撫で下ろすセクサーチームの面々。

大怪我を負わなかっただけでも、万々歳だ。

しかし。

 

「………少し、質問してもいいですか?」

 

重々しく、女医が訪ねる。

普段、訓練や出撃後のセクサーチームのメディカルチェックをしている彼女だからこそ、これは言わねばならない。

 

「普段出撃した後や訓練の後、光くんから何か聞いてた事あります?」

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

女医から事を聞いて、三人は驚愕した。

 

これまで、セクサーチームとの接触を最低限に減らして光がしていた事。

それは操縦シュミレーターによる、模擬戦闘だった。

 

光本人は、女医に他メンバーに断ってやっていると述べていたが、それは他メンバーが止めに入らない為の嘘だったのだ。

 

その訓練時間は、規定の時間を遥かに越えており、ひ弱な光がここまで耐えられた事が最早奇跡に近い。

 

さらに今回の検査で、筋肉や骨にかかっていた負荷から、隠れて肉体的トレーニングもしついたのでは?という疑惑があがった。

体育教師が言っていた「最近頑張っている」というのも、これに由来する事だろう。

 

 

いずれにせよ、

光はほぼ自殺に近い方法で、自分を鍛えようとしていた事は明らかであった。

 

考えてみれば、訓練後や学校で、

光が歩く時僅かにふらついていたような記憶がある。

 

 

「くそっ!一番近くにいたのに、なんで気づけなかったんだよアタシ………!」

 

それなのに、今まで気づけなかった。

涼子は自責の念にかられ、頭を抱える。

 

「………でも、これではっきり解ったわ」

「何が?」

「繋がったのよ、光くんの今までの行動の理由が」

 

その一方で、準は光の行動から、その理由を推理していた。

 

「第一に、光くんの様子がおかしくなったのはレースの後」

「うん」

「第二に、光くんは無茶なトレーニングを重ねたり、規定を越えた操縦シュミレーションをしていた」

「うん」

「………そもそも、何で貴女がレースに出る羽目になったのでしたっけ?涼子」

「………あっ!!」


思い出した。

涼子がマッド・ビルド・レースに出る事になったのは、かの春日次郎の挑戦が原因。

 

さらに挑戦を受ける事になった原因は、闘と称して次郎が光を一方的に殴っていた所に、涼子が助けに入った事。

 

その際に、光が次郎から言われていた事は………

 

“女の影でバトルの解説をしているような男は、殴られても文句は言えないだろう”

 

「まさか、あいつの言った事を真に受けて………?!」

「可能性は大ね、実際、あの時セクサーヴィランに合体する事を躊躇っていたもの」

 

加えて、後に五月雨博士から「涼子を危険なレースに出した事に罪悪感を感じているようだった」と話を聞いていた。

涼子が光を守るためにやった事が、結果として裏目に出てしまっていたのだ。

 

「あの野郎、今度会ったらシメる………とまではいかなくても、ジュースの一本はおごらせてやる」

 

ギリリ、と次郎に対してこの件の落とし前をつけさせてやろうと怒りの火を燃やす涼子。

 

「やめなさい、そんな事しても光くんが更に思い詰めるだけよ」

「で、でもよぉ」

「でもじゃないっ」

 

そんな涼子を、冷静に押さえる準。

納得できない様子の涼子だが、光を思う為にここは耐える事にした。

 

「とはいえ、これからどうするか………」

 

しかし、なんとかして光に調子を戻してもらわなければならない。

 

今の調子がこのまま続けば、合体を渋っている所に鬼性獣が不意討ちを仕掛けてくる可能性もある。

そうなれば涼子達はともかく、光自身にも危険が及ぶ。

 

下手をすれば、セクサーロボを失なう事にもなりかねない。

 

どうしたものか、と準や涼子がいくら考えた所で、答えは出ない。

 

「………よし!」

 

重々しい空気を断ち切って、さっきまで黙っていた朋恵が、その重々しい身体をあげた。

 

「ん?どうした、朋恵」

「買い出し行ってくる!」

 

涼子にそう答えると、朋恵はドスドスどぷんどぷんと走っていった………。

 

………かと思うと急いで戻ってきた。

 

「え、えっと準さん?」

「何かしら?」

「ちょっと、お部屋を貸してもらってもいいですか?」

 

以外な質問に準は困惑しつつも、少し考える。

 

自分の部屋、すなわち五月雨研究所において寝泊まりする為に与えられた自分の個室。

光以外誰かを招くなんて事は無いが、見られて困るような物は置いていない。

 

………そういう物はマンションの方に置いてある。

 

「い、いいけど、あまり散らかさないでよ?」

「はい!お綺麗にしてお返しします、では!」

 

再び足音をドスドスと鳴らし、乳と腹肉をどぷんどぷんと揺らして走ってゆく。

 

「………どゆこと?」

「さあ………」

 

その場に残された涼子と準は、まるで台風一過のごとく、ただ呆然と立ち尽くすだけであった。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

………薄暗い、闇であった。

 

バランスを欠いた平衡感覚と、力の入らぬ筋肉を酷使し、暗い道をひたすら歩く。

 

真城光の持つ記憶の中で、それは特に苦しく、辛い記憶の一つ。

 

小学生時代に学校で体調を崩し、苦しみながら徒歩で帰った記憶。

 

「(えっ………これは………?)」

 

走馬灯のように、主観で再現される苦痛と吐き気に戸惑っていると、場面は次にうつる。

 

家だ。

普通なら、安心感を覚えるはずの我が家。

 

助けを求めるように、幼い光が母親にすがる。

酷く身体がだるい、吐き気もする、熱もある、と。

 

しかし。

 

「そんなもの、アンタが悪いんでしょ、ちゃんと自己管理しなかったから!いつも言っているでしょ!グズ!」

 

実の親から吐き捨てられる罵声。

好きで風邪を引いた訳じゃないし、何よりどう自己管理すればいいか教えられていない。

 

理不尽もあるが、何より実の親から言われた事が、幼い光の心を酷く傷つけた。

 

「言っておくけど、お風呂は入りなさいよ、明日休むなんて言わせないから、まったく………」

 

今は無理だと言いたかった、だが、母親は聞かないだろう。

それに、この時小学生である光自身、母親に逆らう事ができない。

故に、この「親のいうこと」に逆らう事ができなかった。

 

 

再び場面が変わった。

 

 

小さな四肢が、湯船につかっている。

お風呂だ。

 

いつもは気持ちのよい入浴であるのだが、風邪による発熱と湯船の熱さは、確実に光の体力を削り取っていた。

 

「(………で、出ないと………)」

 

このままではマズい。

と、光は湯船から上がろうとする。

 

しかし。

 

「(………あれ?)」


動けない。

いや、身体を動かせばするのだが、力が入らないのだ。

 

「(あ………やだ………ああ!)」

 

次第に上昇する体温に、光は恐怖を覚えた。

このままでは自分は死ぬのではないかという、根拠のない不安まで出てきた。

 

「(や………やだ………たすけて………!)」

 

必死に、風呂場の向こうに叫ぶ。

風邪のせいで、上手く出ない声を振り絞り、最後の希望にすがるように。

 

しかし、風呂場の向こうにいる親や妹が返事を返す事はなかった。

皆で晩御飯を食べながら、テレビを観て談笑していたのだ。

 

「(あ、あついよ………たすけて………)」

 

必死に、助けを求めて叫ぶ。

もはや掠れ、何を言っているかすらわからない声で。

 

次の瞬間、ダン!と風呂場の扉が開く。

ようやく助けが来たと、期待したのも束の間。

 

「うるさい!!」

 

イラついた妹の声と同時に、風呂場の扉が再び乱暴に閉められた。

 

希望は絶望に変わった。

妹が、自分が助けを求める声を「うるさい」としか認識していなかった。

恐らく、今戻った妹と再び食卓を囲んで談笑しているであろう両親も。

 

 

つまり、彼らは。

自分を助けるつもりは、無い。

 

 

「(あ………やら………あつい………!)」

 

体温が、湯船が、そして何よりその身に巣食う病魔が光の命を吸いとってゆく。

次第に湯船は巨大な泥の渦となり、光の身体を飲み込んでゆく。

 

「(あああ、あ、つい、あつい、たすけて、あつい)」

 

見上げれば、歪に歪んだ両親と妹が、飲み込まれる自分を見つめて嗤っていた。

何故嗤えるのか。

苦しむ家族を前にして、何故平然とそんな態度を取れるのか。

光には解らなかった。

 

「(あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい………)」

 

身体が、ずぶずぶと泥の中に飲み込まれてゆく。

家族の、重なった笑い声が響く。

 

心が、恐怖の色で塗りつぶされてゆく。

叫ぶ。

手を伸ばす。

 

救いを求め。

助けを求め。

 

あつい。

 

たすけて。

 

 

「(あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけて、あつい、たすけ………………)」

 

湯船の泥が、光の頭を飲み込み、口を防いだ。

もはや、助けを求める声は聞こえない。

 

木が生えているかのように泥の中から突き出た光の手を前に、歪に歪んだ家族が、お笑いを見たように嘲笑う。

 

誰も、その手を取ろうとしない。

誰も、光を助けない。

 

その手も、意識すらも泥と絶望の中に沈んでゆく。

暗い闇に。

 

深淵の闇に………。

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