第十三話「来栖間朋恵」
涼子VS準のローション対決は、光が鼻血を吹き出して気を失った事により、引き分けに終わった。
意識を取り戻した光は、ふらふらと一人砂浜を歩いていた。
その身体は、塗りたくられたサンオイルでテッカテカで、鼻血の跡でべっとべとだ。
あの後、たまたま始まった水着美女コンテストに二人の興味が移り、決着はそれで付ける事になった。
やる事の無くなった光は、気晴らしに海岸の散歩に出かけている、というわけだ。
「今度はあっちで勝負だ!って水着美女コンテストの方に行ってくれてよかった………はぁ」
そんな事を思いながら、とぼとぼと海岸を宛もなく歩いている。
水着なので濡れても問題ないし、干潮時でもないが、波打ち際を濡れないように。
「太陽が黄色く見える………んん?」
上の空で歩いていた光であったが、視界に飛び込んできたモノに思わず目を見張った。
人影である。
それも、2メートルはゆうに越すであろう巨体を持った人影が、浅瀬で数人の男女に取り囲まれていた。
疲労が原因でとうとう幻覚まで見栄始めたか。と思ったのだが、頬を引っ張ってもその人影は存在している。
見間違いではない。
「何だ………?」
近付いてみると、その巨体の詳細な姿がよく見えてきた。
2mの長身ではあるが、太い眉とくりくりした目、程よい肉付きの頬っぺをした可愛らしい童顔をしている。
髪型はショートカットの黒髪に、緑色のリボンのによるツーサイドアップという少女的なスタイル。
体型は全体的にむっちりしており、それに似合う特大の爆乳を持っている。
そしてその身体に、緑に黒いラインの入った競泳水着を着ており、むっちりしたボディラインが強調され、所々からお肉がはみ出ている。
そして更に近付けば、その巨女と、彼女を取り囲む数人の男女が何か言い合っているのが聞こえてきた。
「ねえ、マジでそこどいてくんない?」
「私達そこのイルカと写メ撮りたいだけなんですけど」
「赤ちゃんの白イルカとか、シャメスタ映え間違いなしだし!」
よく見れば、巨女の後ろには浅瀬で身動きがとれなくなっている、小さな白いイルカの姿。
親とはぐれてここまで流れてきたのだろうか?
そして巨女を取り囲んでいる女の一人が言った「シャメスタ」。
それは最近学生等の若者を中心に流行しているSNSで、写メールスタジオの略称である。
読んで字のごとく、携帯で撮った写真をSNS上でシェアする物で、そこでより多くいいね=写真に付けられる点数のようなものが貰えそうなものを「シャメスタ映え」と呼ぶ風潮がある。
ようは彼女達、SNSでいいねを貰うためにそこの白イルカと写真を撮りたがっているのだ。
確かに、子供の白イルカなんて珍しい物を投稿すれば、いいねはうなぎ登りだろう。
だが、対する巨女は。
「だからぁ、そのぉ………イルカは皮膚が弱くて、ストレスにも弱いからぁ、そんな寄って集って触ったり写真撮ったりしたら、死んじゃうかも知れないって何度も………」
困った様子でそう繰り返す。
彼女の言う通り、イルカはとてもデリケートな生き物。
ましてや、体力も免疫も弱い子供のイルカとあればなおのこと。
そんな集団で寄って集って撮影などしたら、ストレスで死んでしまう。
「るせーんだよ、デブ!」
「ジュリが撮りたがってんだよ、退けつってんだよ!」
集団にいた若い男達が、白イルカの前に立ち塞がる巨女に対して食って掛かる。
おそらく、シャメスタ女達の彼氏か何かなのだろう。
「ヒロキ君ありがとー!」
「早くあのデブ女ボコッちゃってよ!イルカの写メ撮りたいんだから!」
そんな彼氏に対して、シャメスタ女達の反応はこの通り。
恐らく彼女達には、白イルカを守るために立ち塞がる巨女が、自分達を邪魔する醜悪なモンスターか、クラスのイジられ枠にしか見えてないのだろう。
「で、でも、しかし………」
「ぶつぶつ言ってんじゃねえよ!」
「ああっ!」
男の一人が、巨女を突き飛ばした。
倒れなはしなかったが、もう見てはいられない。
「今の撮りました!!」
「あん?」
彼氏連中が振り向くと、そこには携帯を持った光の姿。
「今の、撮りました!その人から離れないと、ネットに拡散しますよ!?」
しかし、実はこれ撮っていない。
あんな短時間でシャッターに納められるほど光は反射神経はよくないし、かといって騒動の匂いを嗅ぎ付けて動画を回せるほど非情になれる人間ではない。
そう、実はこれハッタリである。
「………へぇ~?」
「………ププッ!」
しかし、それに気づいてか気付かずか、彼氏連中がニヤニヤしながら近づいてきた。
「な、何ですか………」
「お前さぁ、恥ずかしくないの?」
「だから何が………」
「男なら自分の拳で戦えつってんだよ!!」
彼氏連中の一人が、拳を構えて走り出す。
光を殴るつもりだ。
対する光は、急に走り出した彼氏連中の一人に驚き、回避が遅れてしまった。
元より運動神経は悪い方の光。このままでは殴られるのを待つだけだ。
しかし、奇跡は起きる。
「だりゃああっ!!」
「ごぶっ!?」
光を殴ろうとした彼氏連中の一人を、横から何かが突き飛ばした。
砂浜に転がる彼氏。
悲鳴をあげるシャメスタ女達。
呆然とする巨女。
そして、光が見つめる先には。
「ったく、急にどっか行ったかと思ったら………」
「まったく、貴方はトラブルに巻き込まれるジンクスでもあるのかしら?」
「涼子さん!準さん!」
そこに立っていたのは、彼氏連中を突き飛ばしたであろう涼子と準。
準の小脇には「優勝」と書かれたコラーゲン食品詰め合わせセット。恐らく水着コンテストの優勝商品だろう。
「てめぇ、いきなり何しやがる!」
「お、手ェ抜いてたとはいえアタシの拳を喰らって無事とはやるねぇ」
自信を突き飛ばした涼子に対し、あからさまに怒りを露にする彼氏連中の一人。
しかし、涼子の一撃が効いたのかフラフラしている。
「まだ文句あるんなら聞いてやってもいいぜ?無論、コレでだがな!」
拳を構える涼子。
シャメスタ女達はすっかり怯えきってしまい、彼氏連中の片割れもビビって動こうとしない。
涼子に突き飛ばされた彼氏連中の一人は、今の一撃が「手加減した」結果だと聞き、少し考える。
目の前にいる彼女が、今の自分が戦って勝てる相手なのか?と。
そして下した答えは。
「………行くぞ」
「えっ?!」
逃げる。これしかない。
「で、でもイルカが………」
「命あってのシャメスタ映えだろう」
しぶしぶ、退散していくシャメスタ女とその彼氏達。
「へっ!どんなもんだ!」
ガッツポーズを取り、勝ち誇る涼子。
そこに。
「朋恵(ともえ)ちゃ~~~ん!」
「あっ!」
遠くから走ってくる妙齢の女性。
この辺りで海女をしている女性・佐江だ。
「い、今朋恵ちゃんがお客様とトラブルになったって聞いたから………」
ゼェゼェと息を切らす佐江。
おそらく、あのシャメスタ女とその彼氏連中との一件を聞いて走ってきたのだろう。
「ああ、それならもう解決しましたよ」
「えっ?」
そう、佐江に状況を説明する準。
やっぱり、こういう時は便りになるなぁと感心する光。
「あそこの筋肉バカがね♪」
「どわぁれが筋肉バカだコラァーッ!?」
が、その直後にこれである。
きょとんとする巨女に対して、光は苦笑いを浮かべるしかなかった………。
………………
「そっち持ちました~?」
「オッケーです!」
「こっちも行けるぜ!」
ブルーシートに白イルカの下に敷き、端を巨女と涼子、光が持ち、担架のような状態にする。
この状態で、泳げる程度の深さの所にまで持ってゆき、救助は完了する。
「じゃあ行くよ~」
「せーのっ!」
ブルーシートを持ち、沖に向かう光達。
そしてそれを浜辺で見守る、準と佐江。
「すると、彼女は東京湾からこの大道ビーチまで泳いできたと?!」
「まあ、彼女が言ってる事が本当だとしたらの話ですが………」
「なんて身体能力なの………」
あの巨女の事が気になった準は彼女について佐江に聞いていた。
その内容が、これだ。
話によると、あの巨女………「来栖間朋恵(くるま・ともえ)」は、元は東京の片隅に、母と二人で住んでいたらしい、涼子と同じ16歳。
しかし、家計はとても苦しく、母親は毎日を身を粉にして働き、ついには倒れてしまった。
生活保護を頼もうにも「そんな太ってるんだし、頑張って働けば?」と返される始末。
しかし、お世辞にも頭がいいとは言えず、かといって体力こそあるが「トロい」朋恵を雇ってくれる所など、あるわけがない。
否、一つだけあった。
このご時世にも逞しく、むしろ違法化の見方が強まった事で、逆に地下で成長した「JKビジネス」と呼ばれる物である。
藁をも掴む思いでこれに手を出した朋恵ではあったが、収穫は大きかった。
ただ客と散歩するだけで何十万も貰えるのだ。
これなら、母の入院費用も生活費も稼ぐ事はできる。
身体の大きさ故に、可憐さと若さが重視されるJKビジネスで客こそあまり取れなかったし、同業者から「デカ女」「デブ女」と陰口を叩かれた事もあった。
それでも、朋恵は母を助ける為に必死に耐えた。
しかし、変な所に鼻が効くのが王慢党。
政府の行った違法風俗一斉検挙作戦により、朋恵は職を失う事となった。
多くの経営者が摘発され、利用者まで実名報道をしたこの事件は「JKプルギスの夜」と呼ばれ、
多くの社会的私刑による自殺者を出したにも関わらず、肝心のJKビジネスを初めとする違法風俗は更に地下に潜り、結局撲滅できず悪戯に自殺者と失業者を増やしただけの愚行としてネットで語り継がれている。
さて、そんな政府による「救済」により収入を失った朋恵はどうしたかというと、TVで海女さんが跡継ぎがおらず困っているという話をやっていたのを思い出した。
元より泳ぐのが得意だった朋恵は「厳しいだろうけど、これならできるかも」と思い、交通費の節約のために東京湾から数百キロ離れた大道ビーチまで、なんと泳いできた。
その体力には目を見張る物があったが、未成年を働かせる訳にもいかないので「高いお小遣いつきのお手伝いさん」という形で、海女の仕事やこういった海岸の自警等をやってもらっている。
というのが、朋恵がここにいる理由である。
「よいしょ!」
さて海の方では、ブルーシートで沖の方まで運ばれたイルカが、海の方向けて泳ぎ出した。
「もう打ち上がるなよーー!」
泳いでいくイルカに手を降る涼子。
しかし、救助が成功したにも関わらず、朋恵は浮かない顔をしている。
「………もう十回目かぁ~」
「へ?」
「今月に入って十回目なんだぁ、イルカが浅瀬に乗り上げたの~」
落ち込むように光に話す朋恵。
気になったのか、先程まで手を振っていた涼子もやってきた。
「ここって、そんなにイルカが打ち上がるのか?」
「ううん、沖の方に群れがいるけど、打ち上がるなんて一年に一回あるか無いかだよ~」
朋恵の言う通り、この大道ビーチの沖の方面にはイルカの群れが居て、船を使ったイルカウォッチングもやっている。
打ち上がる事は昔も何度かあったのだが、ここ最近はどういう訳かその頻度が増えている。
その為、朋恵も普段からあの救助用のブルーシートを持ち歩いており、すぐに対応が出来たのだが。
「海の方で何か起きてるのかなぁ………?」
白イルカが泳ぎ去った海を見つめる朋恵の表情は、どこか不安そうだ。
まるでこの先何かよくない事が起こる前触れのように………。
………………
一方、光達にやっつけられたシャメスタ女達はというと、イライラしながら海岸を歩いていた。
彼氏達とは「守ってくれないなんてサイテー!」と吐き捨てて、一方的に別れたので、今は彼女達だけだ。
「あームカつく!あのデブ女といい役立たずの元カレ共といい!」
「どっかにシャメスタ映えする物ないかなー………」
キョロキョロと、何かシャメスタ映えするような物を探す。
このまま帰ったのでは、わざわざ遠出して来た意味がないし、何より自分達のイライラが収まらない。
すると。
「………ん?」
シャメスタ女の内の茶髪の女が、海中に何か光るものを見つけた。
海面に光が反射しているだけでは?と思ったが、見間違いではないようだ。
海中に、宝石のような何かがあるのだ。
「………どうしたの?」
「海の中に、綺麗な石がある!」
「嘘ぉ」
「ほんとほんと!宝石みたいな、ほら!」
海中の宝石を前にはしゃぐシャメスタ女達。
普通に考えたらこんな所に宝石のようなモノがあるという事は不自然なのだが、シャメスタ映えに飢えた彼女達にとってはどうでもいい。
「私拾いに行くー!」
シャメスタ女の内の一人が、宝石を取ろうと海面に飛び込んだ、その時。
「うぶぁっ?!」
何かが、彼女の足を掴んだ。
「助けぶぉっ?!ミキ!ジュリ!助けぶぼほぉ!?」
「サトミ!?」
いくら彼女の足を掴んだ「何か」は、もがく彼女を水中へと引きずり込んでゆく。
助けようと他のシャメスタ女が海に飛び込む。
そして。
「きゃぶぼ?!」
「おぶふっ?!」
二人も「何か」に捕まってしまい、一人目共々海中へと消えて行く。
「きゃあ!?」
「うわぁぁ!?」
見れば、襲われているのはシャメスタ女だけではない。
他の海水浴客も、次々とその「何か」に襲われ、海中に引き込まれて行く。
逃げ惑う人々。
響く悲鳴。
そして、海を割ってついに現れたもの。
それは………。
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