第八話「準が来る」
PPPP………
目覚ましの嫌な音が響く。
今日も、嫌な朝が来てしまった。
「………んぅ」
滅多に外に出られない為の真っ白な素肌を晒し、女は布団から這い出る。
一本満足で有名なカロリーバーとココアによる味気ない朝食を取りながら、テレビをつける。
そこでやっていたのは、一週間前から現れ始めた、謎の巨大怪獣とそれを撃退したロボットの話。
なんでも、戦いの余波で学校を破壊したらしい。
それにより、壊された学校は校舎の修理が終わるまで休校になってしまい、夏休み前倒し&本来の夏休みと合わせて延長という事態になっているようだ。
「いいねぇ」
カロリーバーをかじりながら、彼女は寝起きのとろんとした目でテレビを見つめている。
「ウチの会社もブッ壊してくれないかなぁ」
自嘲するように呟くと、彼女はテレビの電源を落とし、顔を洗うためにその場を後にするのであった………
………………
時は5月の中場。
セクサーロボとボルトヨガンの戦いによって校舎が損壊。
それにより、健善学園に早めの夏休みが訪れた。
しかも、本来の夏休みと合わせての延長という太っ腹仕様。
至上最長となるこれを、青春を楽しむために使う者、勉強のために使う者。
そして、“彼等”はというと………
「………うーん」
光は、街中にいた。
通学路等の活動範囲ではない。
生まれて初めて来る、俗に繁華街と言われる所にだ。
「………変じゃないよな?」
ネットを参考にそれなりに身なりを整え、街中にあるガラス張りの店を鏡代わりに、髪を整える。
カースト下位の男子生徒である光にとって、このリア充パンピー蠢く場所は未知の領域。
待ち合わせ場所に来て数分と経っていないにも関わらず、光は不安に襲われていた。
「………涼子さん」
心細さからか、待ち合わせ相手の名前を呟いた。
「呼んだか?光」
「あっ!」
背後から聞きなれた声が聞こえた。
振り向くと、そこに居たのは待ち合わせていた相手・涼子。
流石に制服ではなく、ジャケットにホットパンツの私服スタイル。
しかし、インナーに浮き出た乳袋と、ホットパンツで尻を強調させる刺激的なファッション。
流石は涼子というべきか。
「待たせちまったな、大丈夫か?」
「大丈夫です、それに、僕も今来た所ですし」
実際、今来た所ではある。
しかし馴れない場所で一人でいた光には、それが長時間に感じられていた。
だから、涼子の声を聞いて、安堵の笑顔を浮かべたのだ。
「そいじゃ、行きますか!」
「はい!」
涼子に手を引かれ、光は歩き出す。
それは今まで真面目に生きてきた………恋人を持たず勉学に暮れた光にとって、初めての事であった。
………ボルトヨガン撃破、そして光がセクサーロボに乗ると決めてから6日。
正式にセクサーロボに乗る事になった光だったが、どういうわけかそれから今日まで、スティンクホーも鬼性獣も出現しなかった。
その間は、セクサーの運転をマスターする為に訓練の毎日が続いた。
………辛くは無かったが、合体訓練の度に「気持ちよく」なってしまい、その度に涼子に押し倒されるというのが日課になってしまった。
そんなある日、五月雨博士から、ある仕事を頼まれた。
「セクサーロボの完全な運用の為にはあと二人のパイロットが必要だ、だが、奴等の動きが活発化した以上、これまでのように悠長に探している訳にはいかん、そこで、君達にこの“イロモンGO”を持って街に出て、パイロットを探してきて欲しいのだ」
こうして二人は五月雨博士からイロモンGO──一昔前の携帯ゲーム機を模した機械──を渡され、街に繰り出す事になった。
………のだが。
「………これ、デートかな?」
今自分が、パイロット探しの名目で涼子と街を散策し、今このカフェ「スパルタスク」でアイスクリームを食べている事に、光はそう考えた。
確かに、恋人同士の男女が散策しながら買い物や食事を楽しむ行為は、一般的にはデートと呼ばれる。
「………まさかな」
………いや、そんなはずはない。
たしかに自分は涼子とよく会うようになった。しかしそれはどちらかというと、涼子からそうしているからであり、学校で習った「恋愛は男の方から告白しなくてはならない」に当てはまらない。
よって、自分達は別にカップルではない。
故に、これはデートではない。
と、光は解釈する事にした。
「どーした、光、難しい顔して」
「あ、い、いえ、何でも………」
アイスクリームを前にそんな事を考えていた光だが、心配した涼子により現実に引き戻された。
そりゃあ、アイスクリームを前に難しい顔をしていれば誰だって心配する。
「別にこの店のアイスが合わないって訳じゃねーんだよな、よかったぁ………事前にネットで調べて、回れそうな場所がここしか無かったからさぁ」
「あ、あはは………」
と、はにかむ涼子を見て、そこまで気にかけてなかったと光は安堵する。
同時に、涼子が自分のためにこの店を調べてくれていた事に、少し嬉しく感じていた。
そして慣れない手つきでスプーンでアイスを掬い、一口。
「………おいしい!」
瞬間、口に広がる甘味に、光は思わず声をあげた。
「こんな美味しいの、初めて食べました!」
「おいおい、ただのアイスクリームにオーバーじゃねーか?」
いくら美味しくても、その表現は少々大袈裟では?と涼子が問う。
これでは、生まれて初めてアイスを食べたような………
「いえ、本当に初めてなんです」
「………と、言うと?」
「こうやって家族以外と外食するのも、休みの日を勉強以外に使うのも、とても新鮮で、初めての経験ばかりです!」
無邪気に笑う光だが、涼子は何か引っかかる物を感じた。
「………光」
「はい?」
「お前、今までダチと遊びにいったりとか、学校の帰りに寄り道したりとかした事あるか?」
涼子が問う。
すると光は、恥ずかしそうに笑って答えた。
「………お恥ずかしながら、中等部あたりからいじ、じゃなかった、“ぼっち”でしたので、そういうのはあまり………あと、寄り道は両親が………その“心配”しますので………ははは」
涼子の疑問が不確かながらも確信に変わり、心にチクリとした痛みが走った。
ぼっちというのは隠語であり、意味する所は「いじめの被害者」である。
中学のいじめというのは芽生え始めた正義感も合間って苛烈だという事を、涼子は身を持って知っている。
両親の事を言うのに対して少し戸惑った事を見るに、あまり親との関係もよろしくないと見える。
家族を失った涼子ではあるが、世の中いい家族ばかりじゃないのは知っている。
光は、その小さな身体で両方を受け止めている。
そう思うと、涼子の心はキュウと締め付けられた。
光にとってすれば日常の一部ではあろうが、涼子から見れば生き地獄にいるように見えるのだ。
「………光」
光がアイスクリームを食べ終わったのを確認し、涼子が店のメニューを差し出した。
「涼子さん?」
「好きなモン頼め、今日はアタシの奢りだ」
「えっ、でも………」
「いいから、何でも頼んでいいぜ」
今、自分にできるのはこれぐらいだ。
せめて、今この瞬間でも幸せにしてあげようと考えた、涼子なりの気遣いであった。
「いいんですか?じゃあ………」
光も喜んでくれたらしく、メニューに目を通している。
良かった、と、涼子が安堵したその時。
「恥ずかしくないの?女に奢らせて」
突然、聞こえるようにわざとらしく、光達の後ろの席から声が聞こえてきた。
「………あ?」
ムッとした涼子が振り向くと、そこには他校の者と思われる女子高生。
「女はお金がかかるの、日々自分を磨いて綺麗でいるために、側にいるオトコのために、それを理解してないにしてもよく女に奢ってもらうなんて発想ができるね、ほんと」
独り言のつもりだろうか、光達の方を向かずに女子高生は言葉を続ける。
「女は男に支えてもらいたい、守ってもらいたい、それが普通、割り勘すらしないようなオトコなんて、どうせそこまで相手の事好きじゃないんでしょ、好きでもない女に奢りたくないなら食事に来るなって思うね、私は」
先程まで笑顔だった光の顔が、どんどん暗くなっていく。
そして当然、そこまでされて黙っている涼子じゃない。
「てめぇ、さっきから何抜かしてやがんだ………!」
立ち上がり、キッと女子高生を睨む。
同じ建善の生徒なら震え上がっただろう。
しかし他校の生徒である女子高生は涼子の事を知らないらしく、「何の話ですか?私独り言言ってただけですが?」と言うように澄ましている。
「い、いいんです、涼子さん」
「でもよ光………」
「払います、ぼくが………奢りますから」
しかし光は完全に落ち込んでしまった。
罪悪感に染まった辛い笑みを浮かべながら、自身の財布に手をかける。
しかし、その手にアイスクリームのお代が握られる事はなかった。
「ストップよ、坊や」
財布を開こうとした直後、別の声がそれを制止した。
「貴方が本当に彼女の事を想うなら、そのお金に触れるべきではないわ」
声のした方向に、光が、涼子が、件の女子高生が顔をやる。
お前は誰だ?と。
そこに居たのは、20代後半と思われる、一人の美女。
漆喰のような黒髪を後ろで結い、四角いメガネの奥に猛禽のような鋭い切れ目を光らせている。
雪のように白い肌を持つモデルのようなスラッとした身体を、白銀のごときブラウスと鎧がごとき黒いレディースパンツで包み、優雅にコーヒーを飲むその姿。
まさに出来る女、現代社会に生きる女戦士の姿。
美しさと強さを兼ね備えた美女が、そこに佇んでいた。
「………な、何」
女子高生が、ブラウスの美女を睨む。
それに臆する事なく、ブラウスの美女は光の方に笑みを向けた。
「たしかに、そっちの方の言う事はある意味では正しいわ、女というのはお金がかかる、どうせなら全額負担するのが理想ね」
ブラウスの美女の言葉に、光の顔が再び曇る。
「………でも、奢ると言ったのはそちらのお嬢さんよ」
涼子を指し、ブラウスの美女が言った。
彼女の言う通り、奢る提案をしたのは涼子自身の意思だ。
「少なくとも、その外観から彼女は女は金がかかるという事を知っている人間………それを承知で、彼女は坊やに奢ると言った、彼女は坊やのために、自ら負担を背負う選択をした」
探偵が事件の真相を言うようなブラウスの美女に、件の女子高生はまるでアリバイを暴かれた犯人のように顔を強張らせてゆく。
「なら、そんな彼女の覚悟に答えない方が、かえって彼女にとって失礼になるのではないの?違う?」
最後に、ブラウスの美女から投げられた問い。
光の曇った顔は晴れ、ブラウスの美女に答えるように、財布を開く事なくポケットに戻した。
「~~~~~~~ッ!!」
そして、納得いかないのは件の女子高生。
折角、手近にいた情けない男を論破していい気になろうと思ったのに、とんだ邪魔が入った。
論破するはずがされる側になってしまった。
他の客から突き刺さる視線に耐えかね、女子高生は飲みかけのカフェオレを残して立ち上がり、
「お釣いらないから!」
と、店員に紙幣一枚を渡し去っていった。
「ありがとう、あんたのお陰で助かったぜ」
非常識な女子高生から救ってくれたブラウスの美女。
彼女の席に向かい、涼子が頭を下げる。
「………あなた」
それに対し、ブラウスの美女が涼子にささやきかける。
スパイが情報を耳打ちするように、周りに聞こえないような小さな声で。
「へっ?」
「周りを見てごらんなさい」
「周り?」
視線を、ふと右にやる。
すると。
「………な?!」
ブラウスの美女に言われ、涼子は気付き、戦慄する。
見られていたのだ。
店内の客全員が、涼子や光に気付かれないようにチラチラとこちらを見ている。
共通して、皆手元に携帯電話やタブレット、パソコンといった電子機器を持ち、インターネットに繋いでいる。
「こいつら………何だ?」
漏れた涼子の声は、普通に聞こえる音程である。
しかし、誰もそれに気づかないように、夢中でネットの向こうに何やら書き込んでいる。
「さっきののあなたや私の言動を書き込んでいるのよ」
「アタシ達の言動を?何の為に………」
「注目されたい、からでしょうね、ああいう話はネットやSNSじゃウケはいいから」
………古今東西、非常識な悪を凛とした正義が下す話はウケがいい。
そして、SNS等が発達した今、注目を浴びようとそういった事件をネットに体験談として投稿する事が増えた。
結果、今のカフェのような相互監視社会モドキが完成してしまった。
ここでは、今の女子高生ほどではない、
いただきますを言わない程度の、少しの非常識も晒しあげにされる。
「まったく窮屈よね、食事の時まで緊張感を持たなきゃいけないんだから………」
コーヒーを飲み終え、ブラウスの美女が立ち上がる。
「あなたも気を付けなさい、でないと、次にあの女子高生になるのはあなたかも知れないし、あの坊やかも知れないわ」
警告するようにそう言い残し、彼女は支払いを済ませ、その場を後にする。
店内に残されたのは、涼子と、頼んだメニューであるオムライスを食べる光。
そして電子機器を弄る、客達の突き刺すような目線。
冷や汗をかきながら、涼子は自身の席に戻る。
「………光」
「何ですか?」
「悪ぃけど、それ食べ終わったら店を出よう」
「?」
涼子は、一刻も早くここから立ち去りたかった。
この、異状な監視の視線の中から。
………そして気づかなかった。
先程のブラウスの美女に、二人のイロモンGOが反応していた事に。
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