第九話「準の会しゃ」

目の前には、忌々しいビルがある。

 

昼休みを利用し、近場にあるカフェ・スパルタスクで気分を紛らわせようとはしたのだが、そのビルを見ると嫌でも気が滅入る。

 

「………はあ」

 

昼休みの終わりまではまだある。

しかし、それより10分早く職場には戻らなければならない。

 

自動ドアの前で、ふと携帯を見る。

スパルタスクでの一連の出来事が、自身のSNSのタイムラインに流れていた。


そして案の定、おかしなアイコンのユーザーから「嘘乙」と中傷を飛ばされていたが。

 

「………行きますか」

 

それに対して苦笑いを浮かべつつ、意を決したブラウスの美女が、会社の門を潜る。

 

今から、夜遅くまでの仕事が待っているのだ。

彼女には、会社の門は地獄の門に見えていた。

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

彼女の名前は「南原準(なんばら・じゅん)」という。

年齢は26。独身である。


世にアニメ「銀河戦艦アカギ」や特撮番組「お面ライダークリエイト」を送り出した製作会社「丸山株式会社」に勤める会社員で、

今は美少女戦士物の金字塔「ラブピュア」の企画部にいる。

 

ラブピュアと言うと、丸山の看板作品の一つ。

そんな作品の企画部にいる準は、決して無能ではない。


むしろ、ラブピュア制作委員会の中で随一の才能を奮い、企画を動かしてきた強者と言っていい。

 

だが………

 

 

「これはどういう事ですか?!」

「どうって言われてもねぇ~」

 

机を挟んでにらみ合う、準と、

準の上司に当たる、ラブピュアの企画部長。

 

「上からの要求なんだよ、これからはアニメもグローバルじゃないと、って」

「もうシナリオまで出来てる段階ですよ?!今さらこんな大幅な内容変更なんて!」

 

準が声を荒げて必死に訴えているのに対し、企画部長は適当に笑って返すだけ。

両者を挟む机の上には、秋から始まるラブピュアの新シリーズ「シャイニー☆ラブピュア」の企画書。

争いの原因は、これだ。

 

 

………ラブピュアシリーズは20年前から始まり、2069年の今でも続いている。

 

長期シリーズ物の宿命といえるが、当初「女の子だって戦いたい」「男なら誰かのためにとはいうが、女も見てるだけじゃ始まらない」で始まったラブピュアだったが、

時代が進むに連れ、普遍的な女子像に近い物になってしまった。

 

前前作「シンフォニーラブピュア♪」に至っては、仮面のお助けイケメン枠が敵ボスを倒しかけてしまうという珍事が発生した。

 

そこで、丁度ラブピュア生誕20周年作品に当たる「シャイニー☆ラブピュア」は、

初代ラブピュアを意識した「戦う女の子」「女も見てるだけじゃ始まらない」を全面に押し出した物にしようという企画が進んでいた。


今現在の社会に蔓延している、男性を虐げる風潮に「強い女の子は弱い男の子をいじめてはいけない」という楔を打ち込むという狙いもあった。

 

 

「それに、ラブピュアは子供に向けた作品です!それを、朝っぱらからレズのキスシーンなんて!」

「だーから言ってるでしょう?グローバル化の一環だって」

「これのどこがグローバル化なんですか!こんなモノでLGBTへの偏見が無くなる訳が無いでしょう?!むしろ悪化しますよ!!」

 

 

しかし、シナリオも完成し、出演声優の収録も始まった直後に、ある人権団体から要求が来た。

 

それは主役のラブピュアに変身する少女二名を、レズカップルにしろという物。

同時に、ラブピュアの一人と恋仲になる予定だった敵幹部の少年を、レズカップルの当て馬にして惨たらしく殺せという物。

 

王慢党台頭以前の深夜アニメならともかく、子供も見る朝の番組でそんな事をすればどうなるか。

仮にやるにしても、今からシナリオの内容を変えてアフレコし直すなど、放送に間に合うわけがない。

 

「とにかく、これはもう決定事項だから、じゃ、俺他の仕事あるからよろしくぅ~」

「ちょ、ちょっと?!」

 

他人事のようにそう言い残し、企画部長はその場を去ってゆく。

その場に残されたのは茫然とした準と、二人の少女の笑顔が空しく輝く、シャイニー☆ラブピュアの企画書。

 

準は悲しかった。

理由は、これから仕事が増える事でも、企画部長が仕事と称して遊びに行くからでもない。

 

自分達が今まで育ててきた作品が、こうも容易く外圧に屈した事に。

それに対して何も思わない上司と、この丸山という会社その物に。

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

「何よ!」

 

話し合いとも言えぬ一方的な要求の押し付けの終えた準は、誰もいない会社の女子トイレの洗面台で、一人ぼやく。

 

「何よ、何がグローバルよ!朝っぱらからレズAVでも流せっていうの?!私はスタッフに今から放送までにラブピュアをレズAVにしろって言わなきゃならないの?!ふざけないで!!」

 

一頻り叫んだ後、顔をあげる。

そこにあるのは、怒りの形相を浮かべながらも、目を潤ませる準自身の顔。

 

あの時、見ず知らずの少年少女………光と涼子を助けた時の知的な面など、一端も感じられない。

 

これが十代の少女なら、誰かが手を差し伸べてくれただろう。

しかし、そこにいるのは二十代後半の「おばさん予備軍」。

 

泣いた所で。

 

「おばさんが泣いても、痛いだけ………………か」

 

天を仰ぎ、準は考える。

そもそも、なんで自分はこんな所で働いているのかを。

何故、アニメ会社で働こうなどと考えたのかを。

 

「………そうだ、夢………」

 

思い出した。

夢だ。

 

幼き日、学生時代に置き去りにした夢………………。

 

 

 

準が幼い頃。王慢党が、まだ単なる人権団体の類いだった頃。

 

準は、ごく普通の家庭の、ごく普通の長女として生を受けた。

幼い頃から親の期待に応えるよう努力する、勉強熱心で真面目な子供であった。

 

努力に努力を重ね続けた結果、彼女はIQ200の天才少女として、その名を欲しいままにした。

両親は、そんな彼女を誇りだと言った。

どこに出しても恥ずかしくない、自慢の娘だ、と。

 

 

所が、学校の人間関係ではそうはいかなかった。

周りが恋に部活にと“うつつ”を抜かす中、ひたすら真面目にいた彼女は、次第に浮いた存在になっていった。

 

今さら恋愛をしようともできる訳もなく、毎日を疎外感と劣等感の中で過ごしていた。

 

そんな準は、偶然テレビで放送していた「もぎたて!ラブピュア」に出会った。

敵の女幹部「ノース」が、ラブピュアの一人と親しい少年「マサト」と出会い、ひょんな事から同居生活を送る話だった。

 

これが切欠で、準はいわゆる「オタク」への道に転がり落ちてゆく事となった。

 

………今思えば、失敗続きで組織に居場所が無くなったノースを、同じく居場所のない自分に重ねていたのかも知れない。

 

ラブピュアに走ってから、趣味の合う友達もできた。

孤独に苛まれた灰色の青春に、ようやく光が射した。

 

 

だが、終わりは唐突に訪れた。

 

 

ある日、準が学校を終えて家に帰ると、親に呼び出された。

理由は、自分が親に黙ってオタク趣味に走った事。

黙っているつもりも、隠すつもりもなく、単に聞かれなかったから言われなかっただけだ。

 

しかし、両親は準を「親に隠れて悪事を働く不良」として糾弾した。

 

母親からは「生まなければよかった」と泣かれ、父親からは「その腐った根性を叩き直してやる」と何度も殴られた。

挙げ句、今まで自分が集めたグッズを「自分の手で捨てるよう」強制された。

 

その時に準が親から言われた言葉は、今も彼女の胸に深く刻まれている。

 

「普通の人はあんな物はしない、普通じゃない奴は生きていけない、いい加減目を覚まさなきゃ、な?」

 

この事が切欠で、準は自分の趣味から足を洗い、元の趣味もなにもない人間に戻る事となった。

趣味の課程でできた友人とも過疎になり、充実も何もない「真面目な人間」に戻ったのだ。

 

しかし、趣味にかける想いは、それからも準の中で燻り続けていた。

幸い、それまで積み重ね「られた」努力もあり、準はラブピュアを産み出した会社・丸山に就職する事ができた。

 

それで、準が彼女の思うような充実した日々を送れているかというと、先程の企画部長とのやり取りを見てみればよく解る。

 

 

「………………ふふっ」

 

自嘲気味に笑いながら、準は昨日の事を思い出す。

自宅のマンションに帰ると、家の固定電話に実家からの留守電が届いていた。

親からの物だった。

その内容というのが、これだ。

 

『中学のクラスメートの奈々ちゃん、結婚したんだとよ、お前も仕事やめろとは言わないが、普通の人はもう結婚してるんだぞ、いい加減目を覚まさなきゃ、な?』

 

何を言うとるのだ、と、聞いた準は怒ったのを覚えている。

散々人の趣味やプライベートを踏みにじっておいて、まだ言うか、と。

 

「はは………はははは………」

 

何をしようとも、どう生きようとも幸せになれない。

思わず、準は笑いだした。

笑うしか無かった。

 

「ははは………ははは………」

 

渇いた笑いと同時に、彼女の頬を涙が伝う。

準の中の「くすぶり」が、どんどん大きくなってゆくのを感じた。

 

「………………何なのかしらね、私の人生って」

 

自分は本当に、自分の人生を生きているのか?

一体どうすれば、自分は幸せになれるのか?

 

考えるも答えは出ず、ただ、自分を皮肉る言葉が準の口から漏れるだけだった。

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

同じ頃、人気のないビルの間の路地裏にて。

 

「あー、ムカつく!」

 

ガンっ!とアルミ製のゴミ箱を蹴飛ばす音が響く。

犯人は、あの時スパルタスクで準に論破された女子高生。

 

「普通の事言っただけじゃん!何が悪いのよ!男が奢るのは社会の常識でしょ?!クソが!クソが!!」

 

自分が非常識なあのガングロとチビを完全論破する筈が、逆に自分が悪者にされた事に納得できず、ゴミ箱に八つ当たりしていたのだ。

 

そこに。

 

『聞こえるか、私だ、応答せよ、応答せよ』

「!」

 

声が聞こえた。

女子高生の脳に、直接声が響いたのだ。

 

『街に高いゼリンツ線反応を察知した、恐らくセクサーロボのパイロット適正者がいると思われる』

「え?!それマジ?」

『鬼性獣ウゾーマを使え、セクサーロボはパイロットが居なければただの巨大なフィギュアだ、パイロットさえ死んでしまえば後はこっちのもの………期待しているぞ』

 

脳に響いた声が、神野の声が止んだ。

すると女子高生………否、女子高生に乗り移ったスティンクホーが、ニタァ~っと笑みを浮かべた。

丁度いいストレス発散先が見つかった、と。

ついでに、どさくさに紛れてあのガングロとチビ=涼子と光、そしてあのムカつくメガネバハァ=準を殺してしまおう、と。

 

既に彼女の頭上には、鬼性獣転送のための時空の裂け目が渦巻いている。

そして。

 

「スイィィィィツ!モテカワスリムノアイサレガァァァァルッ!!」


天に頭の軽い奇声が響いた時、突如、その恋愛部員の頭上に雲が渦巻く。

そして空を引き裂き、それは姿を現した………

 

『行け!鬼性獣ウゾーマよ!』

 

KIKIKIKIKI!!

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

「どっちに行ったんだ………?」

 

その頃、涼子と光は街から少し離れた場所にある自然公園前に来ていた。

あの時のメガネの女性………準を探すうちに、ここに来たのだ。

 

店を出る際に、光がイロモンGOが準に反応していた事に気付いた。

それで、街ゆく人に彼女の行方を訪ねているうちに、この自然公園に来ていた、というの訳だ。

 

「ごめんなさい涼子さん、僕がイロモンGOに気付かなかったから………」

「いいんだよ光、アタシも自分のに気づいてなかったんだし」

 

落ち込む光を優しく励ます涼子。

しかし、彼女は一行に見つからないし、ここにいるとも思えない。

 

一旦店の方に戻るか?と涼子が考えた、その時である。

 

「おっ?」

 

涼子の携帯が鳴った。

五月雨博士からの着信だ。

 

「もしもしー?」

『二人とも緊急事態だ!街に鬼性獣が現れた!!』

「マジで?!」

 

急に鬼性獣が現れた事に対するリアクションとしては正当な反応をする涼子。

一方、光はある事に気付いた。

 

「もしかして、あのお姉さんを狙ってるんじゃ!?」

 

これ以上の敵戦力増加を防ぐために、あらかじめパイロット適正のある者を殺してしまうつもりだろう、と光は考えた。

たしかに、いくら強力とはいえ搭乗型である以上、パイロットがいなければセクサーロボはただの鉄塊だ。

 

『今、そちらにCコマンダーとサーバル号を送った、指定するポイントで合流してくれ!健闘を祈る!』

 

五月雨からの通信が終わり、携帯に二機の着陸指定ポイントの情報が送られてきた。

 ここからすぐ近くだ。

 

「行くぜ光!」

「はい!折角見つけたパイロット候補を殺させるわけにはいきませんものね!」

 

指定ポイント向け二人が走り出す。

その背後で、遠くからビルが崩れる音と、甲高い怪物の咆哮が響く。

 

時間はない。

急げ、セクサーロボ!

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