第七話「セクサー、真昼の決闘」

『住民の皆様は、誘導に従い、速やかに………』

 

グシャアッ!

と、町内放送用のスピーカーが、アナウンスを言い終わる前に、巨大な足に踏み潰される。

 

「うわああ!」

「に、逃げろー!」

「助けてぇ!!」

 

突然、何の前触れもなく現れたそれに逃げ惑う人々。

町を踏み潰し、吠えるその巨体。

 

GIEEEEE!!

二つの蛇のような首を持ち、背中から蒸気を吹く「鬼性獣ボルトヨガン」が、天に向かって吠える。

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

 

そして、それを見つめる一機の偵察ドローン。

そのカメラの覗く奥に、奴等はいる。

 

「ボルトヨガン、指定ポイントに到着しました」

「対ゼリンツ線バリア、正常に稼働中」


王慢党の神野、以下王慢党傘下の研究員達が、ドローンによって写し出されるボルトヨガンの姿を見ている。

 

「ようし………あとは貴様の到着を待つだけだ、早く来い、セクサーロボ!」

 

にやあ、と神野が笑った。

 

ボルトヨガンを出した目的はセクサーロボの戦闘データ解析。

しかし、神野はこの戦いでセクサーロボを破壊しようと考えていた。

全ては、自身の地位と名誉のため。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

 

ボルトヨガンが次の一歩を踏み出す。

そしてまた次の一歩を踏み出すより早く、ボルトヨガンに向けてミサイルが降り注いだ。

 

GIEEEEE!

 

二本の首をくねらせて、「何だ?!」と言うようにボルトヨガンが上空を睨む。

そこに見えるのは、ボルトヨガン目掛けて飛んでくるCコマンダーと、ヒロイジェッター・サーバル号。

 

「真っ昼間から好き勝手暴れやがって!アタシが制裁下してやるぜ!」

 

授業サボって屋上でまぐわおうとした人間の台詞とは思えない事を言いながら、ニヤリと笑う涼子。

しかし、光は。

Cコマンダーのコックピットに座る光は………。

 

「(………僕、やっぱり流されてセクサーに乗ってる………)」

 

つい先程、言いきらないにしてもセクサーロボに乗る事に抵抗があると言った光。

しかし、町に鬼性獣が現れ、五月雨が届けたCコマンダーに、ノリノリの涼子に流されるように乗っている。

 

拒否するよりは男らしいとも思ったが、同時にはっきり嫌だと言えない自分が情けなくもあった。

 

「(情けないなぁ、僕………)」

 

状況に流されるだけの自分を、光は情けないと思った。

普段父親に「お前は中身がない、そんなので社会でやっていけると思っているのか」と激を飛ばされている事を思い出し、余計に落ち込んだ。

 

だが、戦場では落ち込む時間はない。

 

『光!避けろ!』

「えっ、う、うわあ!!」

 

通信による涼子の警告に気付いた時には、Cコマンダーはボルトヨガンが合計四つある目から放った光線の直撃を受けてしまった。

 

「光!大丈夫か?!」

 

心配する涼子の前で、Cコマンダーが体制を建て直す。

 

『は、はい!こっちは無事です!』

 

通信越しの光も、大丈夫そうだ。

それを聞き、涼子が安堵の笑みを見せた。

 

「よし、なら次のミサイルで奴の目を誤魔化した後に、再上昇してセクサーギャルに合体だ!」

『は、はい!』

 

涼子の作戦通り、二機がボルトヨガンに迫る。

獲物が来た、とボルトヨガンは再び目から光線を放とうとする。

 

「遅いぜ!」

 

だが、光線が撃ち出されるよりも早く、サーバル号からミサイルが放たれた。

そしてミサイルはボルトヨガンの頭部目掛けて迫り、直後に放たれた光線と相討ちになり、爆発。

 

GAIEEEEE?!


爆煙のスモークがボルトヨガンの視界を奪い、その隙をついてCコマンダーとサーバル号が上昇する。

 

そして。

 

 

「ユナイテッド・フォーメーション!」

 

光の掛け声と共に、Cコマンダーの合体プログラムが起動。

合体用のジョイントを展開し、その姿を合体形態へと変える。

 

「チェェーーンジッ!!セクサァーーギャァァルッ!!」

 

そして涼子の咆哮と共にサーバル号の各部が展開。

Cコマンダーと重なり、それぞれの大事な所が連結する。

 

「くぅっ………♡」

 

腕が飛び出し、足が飛び出す。

ボディとバストが、ぶるるんっ!と展開し、形作られる。

 

「かはぁっ………♡♡」

 

サーバル号の機首が頭部に変形し、最後に腰に半重力マントがはためき、合体が完了する。

 

「「あああぁぁ~~~っ♡♡♡」」

 

二人の快感と共に、虎のように大地を駆ける黒きセクサー・セクサーギャルへの合体が完了した。

 

 

 

ズン!とセクサーギャルが、ボルトヨガンの前に降り立つ。

おののくボルトヨガンの前に、セクサーギャルがその眼光をギン!と光らせた。

 

「………あれ?」

 

涼子は、ふと気がついた。

今回の合体も、倍増されたゼリンツ線によりたしかに気持ちよくなった。

しかし、ワイズマン現象が無かった。

初合体の時にあった、フリーズが。

 

「………あの、五月雨博士?」

『何だ』

 

今回もワイズマン現象があると身構えていただけあり、涼子はすぐさま五月雨に通信を入れる。

 

「ワイズマン現象?が起きないんスけど………」

『うむ、あの後調べたんだが、どうやら初合体の時だけ起きる現象らしい、まあこちらとしても敵前で何度も気絶されては困るからな』 

「なぁるほど」

 

敵と戦う事を考えると、無くすのは当然の考えである。

五月雨の科学に感謝しつつ、涼子は、かがくのちからってすげー!と感心していた。

 

『涼子さん!来ます!』

「!」

 

その隙をつくように、ボルトヨガンが、首を射出式アンカーのように射出させて来た。

ワイズマン現象にとやかく言っている場合ではない。

 

「よっと!」

 

咄嗟に、セクサーギャルを飛び上がらせて回避。

そこに迫る、もう片方の首。

 

「なめんじゃねえっ!リスカタァァーールッ!!」

 

涼子の対応は早かった。

迫る二本目に対し、リスカタールを叩きつける。

ボルトヨガンの頭に突き刺さった刃が、そのまま頭部の付け根部分に突き刺さり、切り落とした。

 

「へっ!どうだッ!!」

 

シュルシュル、と巻き尺のように巻き戻るボルトヨガンの首。

片方は元のままだが、もう片方が切り落とされている為に少々アンバランスに見える。

 

「………なッ?!」

 

異変は起こった。

切り落とされたボルトヨガンの首がビクビクッと痙攣したと思うと、なんとそこから新しい頭が生えてきたではないか。

そう、再生したのだ。

 

「あいつ、再生するのか?!」

「だったら、再生が追い付かないぐらいボコボコにしてやるまでよぉ!うおォーーーッ!!」

 

地響きと共に、突撃するセクサーギャル。

その振るった拳が、ボルトヨガンに突き刺さる。

 

何度も拳を振るったが、砕ける度にボルトヨガンの身体が再生する。

涼子の徒労を嘲笑うように、ボルトヨガンの顔がニヤァァッと歪んだ。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

 

………セクサーギャルとボルトヨガンの死闘が繰り広げられている場所から、少し離れる。

 

健善学園の地下にはシェルターがあり、生徒は緊急時にはそこに避難する事になっている。

当然、今回のように鬼性獣の出現があれば、そこに避難する。

しかし………。

 

「頼む!開けてくれ!シェルターに入れてくれ!」

 

シェルターに繋がる体育館のドアを、一人の男子生徒がガンガンと叩く。

その後ろにできている男子生徒の人だかりを含めて、皆、背が低かったり顔が悪かったりと、容姿があまりよろしくない。

 

「頼む!俺達もシェルターに入れてくれ!このままじゃ………」

「っせーんだよ」

「ふぶっ?!」

 

すると、突如体育館のドアが開き、ドアを叩いていた男子が蹴飛ばされた。

倒れた男子を、ドアの向こうにいるイケメン男子が睨む。

 

「臭いしキモい奴が入るシェルターなんざねぇよ、女子が嫌がるだろうが、ボケ」


吐き捨て、再びドアが閉じられる。

唖然とする男子たちの耳に響くセクサーとボルトヨガンの戦いの轟音は、着々と近づいていた。

 

 

 

彼らは、カースト下位の生徒たち。

本来なら、彼らもシェルターに避難する権利がある。

しかし、女子とカースト上位のイケメン達は、あろう事か彼らを閉め出したのだ。

女子が不快に思うというだけで、彼等を鬼性獣の暴れる屋外に閉め出したのだ。

 

たしかに、体臭に関しては彼等に非があるともいえる。

しかし、それでいて生命を脅かされる謂れはないはずだ。

 

 

 

「怪獣だ!」

「ロボもいるぞ!」

 

ボルトヨガンに押されるセクサーギャルの姿が、ついに健善学園の近くにまで来た。

このままでは、戦いに巻き込まれる。

 

今から逃げても、間に合わない。

 

「頼む!開けてくれ!開けてくれぇ!!」

 

死にたくない。

その一心で生徒が必死にドアを叩く。

しかし、ドアが開く事はない。

 

ズワーッ!と、大きな地響きと揺れが、男子生徒達を襲う。

見れば、セクサーギャルが倒れている。押し負けたのだろうか。

 

直後、ざわめく男子生徒達に気付いたのか、ボルトヨガンの首のひとつが健善学園の方を向いた。

 

「怪獣がこっちを見てる!?」

「うわぁっ!」

 

男子生徒達を睨むボルトヨガンの目。

怯え、すくむ男子生徒達は、さながら蛇ににらまれた蛙か。

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

「民間人?逃げ遅れたの?」

「シェルターにも入らず、何してるのよ………」

 

その様子は、偵察ドローンを通じて、王慢党の指令室にも届いていた。

彼等の置かれた状況を知らない彼女達からすれば、彼等は避難誘導に従わない馬鹿に見えるのだろう。

 

「殺せ」

 

突然、神野が言った。

確かに言った。

 

「………か、神野様?」

「あんなものは見るに耐えない、どうせ将来はキモい童貞の変態にしかならないでしょう、だから今ここで殺しなさい」

「し、しかし、彼等とて我が国の国民………」

「命令よ、殺しなさい」

 

研究員に残った善意を、神野は権力と威圧で踏み倒す。

神野に逆らう術を持たない彼女は、マイクを通じてボルトヨガン内部の制御コンピューター───その正体がスティンクホーである事は、神野のような幹部クラスでないと知らない───に指令を下した。

あの男子生徒達には、あの世か来世で詫びようと思いながら。

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

男子生徒達を視界に捕らえたボルトヨガンの瞳が、光を放つ。

光線のエネルギーを充填し始めたのだ。

 

「あ、あいつ!こっちを狙ってるぞ!」

 

男子生徒の一人が叫んだ直後、ボルトヨガンは光線を放つ。

光線は校舎を破壊し、体育館の上部に命中する。

 

破壊された体育館の破片が、男子生徒達目掛けて降り注ぐ。

 

「うわああ!」

「潰される!!」

 

逃げようにも間に合わない。

ある者は、せめて死後好きなアニメキャラと付き合えるようにと。

ある者は、せめて今週の特撮ヒーローが見たかったと。

思い思いの事を浮かべながら、皆、死を覚悟した………………

 

 

「…………え?」

 

しかし、彼等に死は訪れなかった。

代わりに、頭上に何かあるらしく、足元が暗くなっていた。

 

「………あっ!」

 

一人がそれに気づき、上を指差す。

そこには。

 

「あ、あのロボット?!」

「俺達を助けてくれたのか!?」

 

そこにいたのは、落下してきた瓦礫を腕で受けとめるセクサーギャル。

セクサーギャルは彼等の安全を見届け、腕に乗った瓦礫を校舎に向けて払う。

そして再び、ボルトヨガンの方を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

さて、この時涼子は操縦桿から手を離している。

なら、セクサーギャルを動かしたのは。

 

「………光?」

 

セクサーの操作は、基本ヒロイジェッターが優先される。

しかし、Cコマンダーからもある程度の操作は出来るのだ。

 

つまり、セクサーギャルを操作し、あの男子生徒達を助けたのは、他でもない真城光その人である。

 

「………いくら、お前達が侵略者だったとしても」

 

聞こえないであろうが、ボルトヨガン内部のスティンクホーに向け、光が呟く。

その非道に、確かな怒りを燃やして。

 

「こんな事が………許されていいはずがないでしょう!?」

「そうだ………そうだな!よく言った光!!」

 

半重力スカートをはためかせ、セクサーギャルが再度の突撃を仕掛ける。

光の怒りが、追い詰められた涼子に発破をかけたのだ。

 

GIIII!

 

対するボルトヨガン、再び光線を発射。

 

「二度も効くかぁ!!」

 

しかし、調子を取り戻した涼子はその程度では怯まない。

セクサーギャルの両手をクロスさせ、光線を受けとめた。

そしてボルトヨガンに接近し、一撃。

 

「おらぁっ!!セクサーキィィック!!」

 

勢いをつけた蹴りの一撃により、ボルトヨガンが後ろに吹っ飛ぶ。

よろけながら立ち上がり、セクサーギャルを睨むその胸にはキックにより開いた大きな穴。

しかし、それも持ち前の再生能力によりみるみるうちに塞がってゆく。

 

「野郎、また再生かよ?!」

「でも、大きなダメージはそれだけ再生にも時間がかかるみたいですね、なら、再生できないほど吹き飛ばしてしまえば………!」

 

光の言うとおり、この時のボルトヨガンの再生は首の時よりも遅い。

再生が追い付かないほどのダメージを与えれば、勝機はあるだろう。

 

「なるほどな………ならさァァッ!!」

 

胸の再生が済んだ直後のボルトヨガンに、セクサーギャルが掴みかかる。

そして首を両脇に挟むと、半重力スカートによって空中へと舞い上がった。

 

「“こいつ”は威力が高すぎてな、地上じゃ使えねーんだ、悪く思うなよ?!」

 

空中で、ジャイアントスイングの要領でボルトヨガンを振り回し、そのまま空へと投げ捨てる。

空中に放り投げられたボルトヨガンに対して、セクサーギャルは胸部のハッチを開いた。

 

半透明の軟質装甲・クリスタルシリコンで形作られた乳房がブルルンッ!と揺れる。

その奥に眠るゼリンツ線増幅システムたるセクサー炉心から放たれるエネルギーが、クリスタルシリコン内を乱反射し、増幅される。

 

そして放たれる、ゼリンツ線エネルギーの奔流。

セクサーギャル最大の必殺技、その名を。

 

「セクサァァァーーッ!!バーストォォォォォ!!」

 

胸(バスト)から、暴発(バースト)した桃色の破壊の閃光が放たれる。

それはボルトヨガンを容易く飲み込み、そのボディを破壊し尽くす。

再生は、追い付かない。

 

GIIIIYAAAAAAAA?!!?

 

そんな馬鹿な?!と言うようなボルトヨガンの断末魔も、光に飲み込まれて消える。

ボルトヨガンは、再生が追い付かぬほど身体の全てを破壊され、やがて爆発する。

 

ドワオ!

 

4月の空に、季節外れの花火が花を咲かせた瞬間であった。

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

「このハゲェェェーーーッ!!」

 

王慢党の指令室では、ヒステリーを起こした神野が研究員に拳を振るっていた。

 

「がふっ………」

「お前はどれだけ私に恥をかかせるんだ?!どれだけ私の心を叩いているんだぁァ!?」 

 

何度も殴られている研究員は、ボルトヨガンに男子生徒を殺すよう命令「させられた」彼女。

 

「し、しかしあの命令は神野様が………!」

「違うだろ違うだろォォーーーッ!!」

 

反論も許さず、ひたすら殴る。

命令を下したの神野。

しかし神野はそれを認めず、失敗の責任を彼女に押し付けたのだ。

 

ようは、八つ当たりだ。

 

「フーッ!フーッ………!!」

 

神野が、キッ!とモニターを睨んだ。

そこに映るのは、ボルトヨガンを撃破し自身のプライドをズタズタにしたにっくきセクサーロボ。

 

「覚えていろよセクサーロボ………次はこうはいかないからな!?」

 

憎悪の籠った神野の呪詛と、サンドバッグ代わりに研究員を殴る音が、指令室内に響くのであった………。

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

戦いの後。

破壊された校舎を前に、生徒達が下校してゆく。

普段はうつ向いているカースト下位の男子生徒達なのだが、今日は何処か嬉しげだ。

 

そしてそれを遠巻きに見つめる、涼子と光の姿。

 

「………涼子さん」

「なんだ、光」

「決心がつきました、僕、セクサーロボに乗ります」

 

あの時の迷いは吹っ切れたようだ。

光の瞳の奥には、爽やかな風が吹いていた。

 

「あんな事をするスティンクホーを、許せないし、放っておくなんてできません」

「そうか………そうか!」

 

光の返答を聞き、涼子も嬉しそうにはにかむ。


春の日差しが、二人を祝福するかのように照らしていた。

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