第三話「鬼性獣」

「は………はぁ?」

 

何を言うとるのだこの男は。

目が点になる光と、呆れと困惑を込めてそう言う涼子。

 

そりゃそうだ、初対面のオッサンから「これから先、貴様らに地獄を見せる男だ!」と言われて困惑しない訳がない。

 

「い………たたた………」

「んっ?」

 

弱々しく響く声に振り向いてみると、そこには半壊したブワッカから這い出てくる恋愛部の姿。

 

化粧でも誤魔化しきれない魚のような、SAN値を削るような顔をしているせいか、所々が燃えて焦げた姿に思わず「焼き魚」という単語がよぎる。

自慢のファッションも黒焦げボロボロだ。

 

「だけど☆私はこんな所でくじけないゾ☆ステキなかれぴっぴ☆に出会うために………」

 

アホみたいな台詞とは対照的に、まるで死に損ないのゴキブリのように、地面をずりずりと這って前に進もうとする。

そこに。

 

「待て」

「ぅゎ?!」

 

ザンッ、と、道を遮るように、かの五月雨慶が立つ。

そしてしばらくの沈黙の後に、目を見開いて、その口を開いた。

 

「お前みたいな地元恋愛部なんてバカみたいなモンに入るような高望みと自分の欲望の押し付けばかりの女に素敵な彼氏なんざ見つかるわけねぇだろ、バカか、現実みろブス」

 

論破である。

流れるような、作業のような論破である。

というより、ただの暴言である。

 

「ぅ………ぅ………ラわ~~~~ん!!」

 

弱っていた所にそんな連続した暴言を浴びせられて、基本ゆるふわ脳の恋愛部員が耐えられるはずもない。

焼き魚恋愛部員は、子供のように、そして「ラわ~ん」という奇妙な声で泣き出してしまった。

 

「お、おいおっさん?!初対面の人相手にそれは無いんじゃないのか?!」

「というか、論破する必然性は?!」

 

先ほどまでそこの泣いている焼き魚面に危険な目に逢わされていた訳だが、二人は一般人的視点から五月雨の行動を咎め、その行動の理由を尋ねた。

 

確かに、五月雨にはさっき会ったばかりの彼女に対して論破………暴言を飛ばす義理も義務もない。

二人から非難と質問を投げ掛けられた五月雨は、目を再びくわぁっ!と見開くと、二人に警告するように吠えた。

 

「光!涼子!そいつの無様な姿を見ろ!我々が戦う敵の恐ろしさを見ろ!そんな考えでいては次に論破されるのは俺でありお前たち………そして全世界なのだ!!」

 

そう言った五月雨の顔からは脂汗がにじみ出ている。

聞いただけでは何を言うとるのだと再び呆れる所だが、光はその表情から、彼の必死さを悟った。

これは、ただ事ではないと。

 

「クソッ!一発ヤろうとしたら襲われて、世界が論破されるだと?!色々ありすぎて頭が混乱しそうだ!! 」

 

涼子は解ってか解らずか、地団駄を踏んで吐き捨てる。

そして、五月雨の襟を掴み、詰め寄った。

 

「てめえは何者だ!世界が論破されるたぁどういう事だ!アタシに解るように説明しろ!!」

 

その時。

 

「スイィィィィィィィツッ!!」

「なッ!?」

 

倒れて伸びていた別の恋愛部の一人が、突如奇声を挙げて飛び上がった。

そして四つん這いの状態で、ゴキブリを思わせる動きで何処かへ走っていく。

 

「仕留め損なったか!おい二人とも!ここを離れるぞ!」

「んだと?!」

「“鬼性獣(きせいじゅう)”を呼ぶつもりだ!そうなってはもうお前の喧嘩殺法だけでは勝てん!!」

 

五月雨が涼子に必死に説明している最中、その恋愛部員はカサカサと走り、少し離れた瓦礫の上に立ち、天をあえぐように構えると、再び奇声を挙げた。

 

「スイィィィィツ!モテカワスリムノアイサレガァァァァルッ!!」

 

天に頭の軽い奇声が響いた時、突如、その恋愛部員の頭上に雲が渦巻く。

そして雷鳴を響かせ、雲の渦の中から名状しがたい姿が現れた。

 

「な………なんだありゃあ!?」

 

涼子の眼前で、スラムの街を踏み潰して立つ、その怪獣のような巨体。

アルマジロと熊を合体させて歪に変質させたようなその怪物………「鬼性獣ガシボ」の出現を見届けた恋愛部員の口から、何かスライムのような物が吐き出され、恋愛部員が気を失う。

 

それを尻目にスライムがガシボの額にある水晶体に吸い込まれ、ガシボの瞳に生命が宿った。

 

GAOOOOOOO!!!

 

咆哮し、ガシボが覚醒する。

その巨体は、真っ直ぐに光達のいる方向に向かっていた。

 

 

「こっちに来る!!」

 

恐怖の感情と共に光が言う。

その直後、数発のミサイルがガシボに向けて飛来し、爆発した。

 

「おお!来たか!」

 

天を仰ぐ五月雨の視線の先には、空を切り裂き飛来する四つのヒトガタ。

飛行ユニットを切り離して大地に降り立つ姿は、ガシボより一頭身ほど小さく、頭部にはバイザータイプのセンサーと車のようなランプが見える。

 

『五月雨博士ぇ、ここは私たちラッキースター小隊が引き受けるよ~』

『その隙にそこの二人を“セクサー”に届けなさいよね!』

 

ヒトガタから響いたのは女子高生を思わせる少女の声。

おそらく、あの機体………「ケーオン」のパイロットなのだろう。

 

「感謝するぞヒナタ君!よし!二人とも行くぞ!」

「えっ?!」

「お、おう!」

 

五月雨に言われるまま、光と京子が走り出す。

ケーオンの一機がそれを見送った後、前を睨んだ。

 

その先にあるのは、獲物を逃がされて怒り心頭のガシボ。

 

『まずは被害が出ないよう、鬼性獣を避難が完了している場所まで誘導しよっかぁ』

『私達、初めての実戦なのに上手くできるかなぁ………』

『平気ですよ、こちらにはヒナタさんがついてるんですから♪』

『それが一番不安なのよ!』

 

まるで放課後の部活動中のような会話を交わすケーオンのパイロット達。

しかし彼女達がいるのは、巨大なガシボとにらみ合う戦場だ。

 

そこでこんな軽口を交わせるのは、一種の自信からか。

 

『そいじゃ………始めますか!』

 

指揮官型のケーオンがカッターナイフ状の刃を構え、突撃した!

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

戦闘による爆発と揺れを背後に、五月雨と光、涼子の三人は走る。

 

「おいオッサン!アタシらをどこに連れてくつもりだ?!」

「黙ってついてこい!死にたくなければな!」

 

走り続け、三人がたどり着いたのはスラムと繁華街の間に位置する交差点。

ガシボが現れて避難したのか、いつもは人で賑わっているここも今や無人の都だ。

 

「はぁ………はぁ………ひぃ………ひぃ………」

「ぜぇ………ぜぇ………ここに何があるってんだよ?」

 

息を切らし、興奮ぎみに涼子が問う。

光に至っては、運動音痴が災いしてか、膝にてをついてぜぇぜぇと喘いでいる。

 

「そろそれついているハズなのだが………ん?」

 

遠くの方から響く、キャタピラの音。

五月雨が見る先から、避難で乗り捨てられた車を蹴散らし、二本の道路に股がって、「それ」が運ばれてきた。

 

「お待たせー!五月雨くーん!」

 

米軍で戦闘機の輸送に使われる大型トレーラー「エリザベート」と、そこから身を乗り出し手を振る一人の少女。

姫カットに白衣にメガネという、カワイイのかダサいのか解らないスタイルだ。

 

「来たか!」

「これは………ッ!?」

 

光達の前に停まった二台のエリザベート。

その荷台に乗せられているのは、自衛隊や米軍の戦闘機ではない。

 

一つは、金の機首を持った黒い飛行機。

一般的な戦闘機より大きめで、SF映画に登場するような、玩具のような形状をしている。

 

もう一つは、白いロボット。

ブワッカや、あちらで戦っているケーオンよりも一回り大きい、曲線的なデザインの中型の機体。

 

「飛行機の方は「ヒロイジェッター・サーバル号」、涼子の機体、ロボットの方は「Cコマンダー」、光の機体だ」

「アタシの?!これくれんの?!」

「乗れと言っとるのだ!所有権は渡さん!」

 

光は思考する。

謎の男から「お前の機体」と言われて巨大ロボを渡される。

そして後ろには暴れる怪物。

 

このパターン。

遥か昔から繰り返されてきた、ロボット物の王道パターン。

 

「………あの、五月雨さん」

「なんだ、光」

 

冷や汗をかき、「違ってほしい」と念じながら、光は五月雨に尋ねた。

 

 

「まさか、これであのキセイジュウ?と戦えなんて言うんじゃないですよね………?」

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

何発もの銃弾がガシボを襲った。

何刃もの斬撃がガシボを打った。

だが。

 

GAOOOOOOO!!

 

四機のケーオンの前には、その強固な装甲を見せつけるように咆哮するガシボの姿。

誘導所か、ケーオンの武装などガシボには痒いだけのようだ。

 

『なんて硬い装甲なの………?!』

『対人、対ロボット用の武装じゃやっぱ無理があったかな~?』

『呑気な事言ってる場合かァッ!!』

 

そもそも現時点ではケーオンに対人対ロボット用以外の武装はない。

万事休すかと思われた、その時。

 

『ん?後方から熱源………?』

 

ケーオンの一機のパイロットが、センサーに映る背後から迫る熱源体に気付いた、その直後。

 

ドワオッ!

GAAAAAAAA!?

 

飛来したミサイルがガシボに命中し、爆発。

そしてケーオンの背後から迫る、一機のロボットと一機の戦闘機。

 

『あれは?!』

『Cコマンダーにサーバル!』

 

驚くラッキースター小隊を他所に、涼子の操るヒロイジェッター・サーバル号が上空から仕掛けた。

 

「これでも喰らいな!」

 

サーバル号が放ったミサイルがガシボの頭に命中。

悶え苦しむガシボ。

 

「も、もうどうにでもなれ!」

 

ノリノリの涼子とは対照的に、光はヤケクソである。

サーバル号のミサイルで怯んだガシボ目掛け、Cコマンダーの腕部に格納したビーム砲による一撃を浴びせた。

 

偶然か必然か、二人のコンビネーション・アタックが決まる。

だが。

 

GAOOOOOOO!!

 

爆煙の向こうから現れたのは、無傷の状態のガシボ。

ケーオンよりも攻撃に特化して作られた二機の力を持ってしても、ガシボの装甲を削るには至らない。

 

「チッ!あのオッサン、口振りの割りには効いてねーじゃねぇか!」

 

あたかも、このマシンさえあればガシボを倒せるような口振りだった五月雨に対して愚痴るように言う涼子。

 

『当たり前だ』

「うおっ?!聞こえてた?!」

 

そこに響く、エリザベートの通信機を介した五月雨からの通信。

それは、Cコマンダーにいる光にも聞こえていた。

 

『サーバル号もCコマンダーも、単体ではただの高性能戦闘機とロボットだ!合体しなければ意味がない!』

「が、合体ぃ?!」

「合体………?」

『ロボットと戦闘機がセットでいれば合体できる、これは常識だろう!』

 

合体。そのキーワードを効いて二人は呆然とする。

操縦自体は、サーバル号はバイクの運転ができれば出来る代物だったし、光は学校の職業体験で作業用ロボットを動かしていたため出来たが、合体などやった事はない。

 

『案ずるな!合体はこちらから遠隔操作で行う!お前達は操縦棹を握っているだけでいい!』

 

それなら安心………するわけがないのが、一般人男子の光くん。

 

「そ、そんな!待ってくださいよ!」

 

まだ心の準備ができていない、と五月雨に訴えかける光だったが。

 

「よっしゃあ!やってくれオッサン!」

「涼子さーん?!」

 

その訴えは涼子のOKサインにかき消されてしまった。

というか、涼子は怖くないのか?!と、光は心の中で突っ込んだ。

 

『よし!合体システム起動!』

『あいよ~!ポチッとな!』

 

地上での、上記の文面通りのやり取りの後、サーバル号とCコマンダーが空高く舞い上がった。

 

「うわあああああ?!」

 

パニックに陥る光。

 

「へへ………!」

 

不敵に笑う涼子。

 

GAOOOOOOO!!

 

そして、“あれが合体するとまずい”と感じたのか、ガシボが口を開き、エネルギー弾を放とうとする。

だが。

 

『そうは!』

『させません!』

 

そこに立ちはだかるラッキースター小隊と四機のケーオン。

ダメージは与えられずとも、四機の集中攻撃によりガシボの足は止まった。

 

 

舞い上がったサーバル号のブースター部と機体上部が分離する。

その姿は、胴体部分が無い事を覗けば、どことなく人の姿にも見える。

  

そしてそこ目掛けて、パイロットである光の事など完全無視で突っ込んでくるCコマンダー。

 

「うわ!うわわわわわ!!」

 

襲い来るGと、落下の恐怖が光を襲う。

Cコマンダーは四肢を折り畳み、腰部………股の間からジョイントを展開。

合体の準備を終えた。

 

「なんでそんな所にジョイントがついてるんだよォォォォ?!」

 

パニックに陥りつつもツッコミを入れる光。

 

『安心しろ光!アタシが受け止めてやる!飛び込んでこい!』

「僕の意思とは関係なしなんですがそれはぁぁぁぁっ?!」

 

パニックに陥る光と、既に覚悟を決めた涼子。

この、ロボット物の主人公というには些か、いやかなり「へたれ」な光の叫びと共に、二機が空中で重なる。

 

展開したサーバル号を人の形とした時に、丁度腰の部分にあたる場所にある接続部。

そこにCコマンダーの腰から延びた接続ジョイントが接続された事により、二つのマシンが一つになる。

 

 

 

瞬間、二人はまばゆい光に包まれた………………

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