第二話「若い血潮を真っ赤に燃やせ!」

「………はぁ」

 

光は、相変わらずため息をついていた。

無理もない。

学園祭の片付けに酷使された翌日、こんな“お使い”を頼まれて、普段なら行かない、帰路と真反対を歩かされているのだから。

 

光の脳裏に浮かぶのは、自分がこんな事をする原因となった“褐色の彼女”の事。

あの燃えるような金髪と奇抜なファッション。

あのまばゆい太ももに豊満なバスト………

 

「………ハッ!」

 

何を考えているんだ、と、必死に煩悩を振り払う。

こんな所、女子やクラスのイケメンに見られたら格好のイジリの種だぞ、と。

 

「に、しても………」

 

改めて、光は辺りを見回す。

 

………辺りに乱雑に積み上げられたスクラップの山。

………トタンで作られた簡素で質素な建物群。

………壁や建物に施された、スプレーペンキによる落書き。

………たむろする、金髪だったり強面だったりの、あきらかに「カタギ」じゃない人達。

 

スラム街、としか表現できない、おおよそ日本とは思えない町並み。

そこに、典型的草食系男子の光が立っているという、酷くシュールな状況。

 

「………なんて所に住んでるんだよぉ、あの人は………」

 

おびえながら、スラムの真ん中で光はぼやくのであった。

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

 

………あの事件の後。

 

件の褐色の女………一文字涼子によるイケメン蹂躙事件のお陰で、学園祭のダンスパーティーは、中止という形で予定より早く終わる事ができた。

 

女子としては納得できなかったようだが、カースト下位の男子としてはこれほど嬉しい事はない。

 

しかし、問題はここからである。

遅刻届けを学級委員に押し付けて帰った涼子だが、あろう事かカバンを学校に忘れていってしまった。

 

 

………一文字涼子。

 

四年生 (高等部一年の学園内における別称)。両親はおらず、バイト代と奨学金で学費を払っている。

彼女を一言で言うなら「超問題児」。

 

今回のように壁ドンをしかけてきたイケメンに対して殴って反撃したり、他校の生徒と喧嘩で流血沙汰になるなんてしょっちゅうだ。

おまけに、清楚な女子らしさなど微塵もない、あの性的消費を全力で煽る風貌からPTAから何度も注意を受けている。

 

ついたあだ名は「健善の暴れタイガー 」。

 

 

届けに行かなければどんな報復が待っているか解らないし、届けに行って無事に帰れるとは思えない。

 

そこで女子やイケメンを初めとするカースト上位の生徒達は、何をされても自分達は困らないう存在、

つまりはカースト下位の男子に、涼子にカバンを届ける使命を押し付ける事にした。

 

そしてその結果選ばれた、否、押し付けられたのが、光だったという訳だ。


 

 

 

 

 

 ………………

 

 

 

 

 

地図を頼りにスラムを歩き、光はついに、目的地にたどり着いた。

 

「ここ………だろうか」

 

眼前に広がるのは、一つのボロアパート。

ここに、あの一文字涼子がいる。

光は想像する。


あの一文字涼子が自分を待ち構えているのだ。

彼女の部屋に連れ込まれるのだろうか。

そう、彼女の部屋に。

女の子の部屋に。

 

女の子の部屋………。

 

「………ハッ!」

 

しまった、また妄想してしまった。

光は必死に頭を振って煩悩を振り払う。

 

「相手はあの一文字涼子だぞ?何を期待してるんだ僕は!」

 

間違っても彼女にラブロマンスの香りがあるとは思えない。

と、光は自分に言い聞かせ、地図に記された涼子の部屋へと階段をかけ上がる。

 

「………早く届けて帰ろ」

 

生まれて初めて感じる心臓の高鳴りを彼女への恐怖によるものだと解釈した光は、そう呟くのであった。

 

 

 

 

 

 

鉄の階段を登り、アパート三階に到着。

光の軟弱な足にはちときつい。

 

「たしか、奥の方に………あった」

 

階段から離れて廊下の奥。

405号室。

名札にはちゃんと「一文字」の文字。

間違いない、ここに一文字涼子はいる。

 

「………ゴクリ」

 

光の脳裏に、学園祭での暴れっぷりが過る。

今から、暴れた張本人に会うのだ。

緊張しないわけがない。

 

「………よし!」

 

意を決し、インターホンに手を伸ばす。

すると。

 

ガチャン。

 

「あっ」

「あっ」

 

インターホンを押すよりも早くドアが開き、問題の涼子が顔を出した。

目が合う瞬間。

いきなりの出会いに言葉が止まる。

 

「………外に何か?」

「のど乾いたらジュース買いに………あんたは?」

「えっと………カバンを届けに」

「ああ、そう………」

 

光にとって、小学生以来の女性との会話は、相手が超問題児だった上に、こんなぐだぐだ会話で終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

それから数分後。

光は何故か涼子の部屋にいた。

というか、上がらされた。

 

そりゃそうだ、体格も力も圧倒的に上の涼子に「折角だから上がれよ」と言われて断る勇気など、光にはない。

 

当の涼子は、ジュースを買いに外に行っている。

元から自分のどが渇いていた事と、来客である光にも飲ませる為だ。。

 

「………それにしても」

 

カーテンは閉じられ、夕焼けの光が温かい照明となって照らす涼子の部屋。

一般的には「汚部屋」と呼ばれるのだろう、プラスチック製のちゃぶ台の前に座る光の前に広がるのは、乱雑に散らかった着替えや雑誌。

そして、香水とシャンプーが入り交じったような臭い。

 

不思議にも光は、それに対して不快感は抱かなかった。

 

「(………なんでドキドキしているんだ?僕は)」

 

それどころか、妙な胸の高鳴りを感じていた。

女子のかけすぎな香水にはいつも顔をしかめていたのに。

 

「お待たせ、炭酸しかなかったけど、いいか?」

 

そうこうしている内に涼子が帰って来た。

両手には缶ジュースが握られている。

 

「ああ、どうも………」

「じゃ、どーぞ」

 

光は涼子から缶ジュースを受けとる。

テーブルを挟んだ向こう側に涼子が座った。

むちむちに張ったふとももであぐらをかき、座った衝撃で乳房をほんのり揺らしながら。

 

「………ごくり」

 

光は、思わず息を呑む。

今涼子は上着を脱いでいる為、その開いたシャツから見えるたわわに実った乳房が余計に強調されている。

 

しかし、こうも見られて涼子も気づかないわけもなく。

 

「………何?アタシの胸がどうかした?」

 

と、返してきた。

 

「え?!い、いえ!ふ、い家でもそのスタイルなんですねと思っただけと言いますか、なんというか………」

 

とはいえ、今の世の中女性をそういう目で見ている事がバレるというのは人生の破滅を意味する。

さらに相手は涼子。

光は必死に、そしてキョドりながら弁明をする。

 

「ははっ、このスタイルの方が何かと楽なだけよ、動きやすいし、制服だけはいいんだよな、ウチの学校、あはははっ!」

 

対して、涼子はまるで冗談をいうように笑って返す。

いたずら気味に笑うその瞳から察するに、光の真意は恐らく丸解りだろう。

 

………その後、しばらくの沈黙が流れた。

挙動不審な光と、それを見守るように笑みを浮かべて見つめる涼子。

 

光は一刻も早く、この部屋から立ち去りたかった。

涼子と同じ場所にいるだけで、自分の心をかき乱されるのを感じるのだ。

生まれて初めてのこの感情を、光は不快と受け取っていた。

 

涼子もきっと、こんなチビの影キャと同じ空間は嫌なはず。

そう思った光は思いきって、

 

「あの、僕、そろそろ………」

 

帰りますね。

そう言って立ち上がろうとした、その時。

 

「………待ちな」

「ひっ!」

 

突然の、涼子の一言。

それもドスの聞いた、うなり声をあげる猛獣がごとき一言に、光は震え上がる。

 

「な………何か」

「お前、ここがどこだか言ってみろ」

「い………一文字先輩の部屋です………」

「ここに居るのは」

「い………一文字先輩と………僕………」

 

二つの質問の答えを聞き、座っていた涼子が立ち上がる。

その、夕日に照らされた身体は光より遥かに大きい。

 

「密室にぃ………若い男女が二人きり………なら、やるしかねぇよなぁ………」

「な………何を………」

 

ガタガタと震え上がる光を前に、その三日月のようにニタァとつり上がった涼子の口から出た言葉、それは………

 

 

 

 「決まってんだろ、合体だよ!!」

 

 

 

「………はい?」

 

目を点にして、光が唖然とする。

合体、つまりは、そういうこと。


「だからさぁ、一夏のアバンチュールっていうの?密室に男女が二人いるならそれはもう、だろ?」

「いや、それはおかしいでしょ?!というか夏じゃないし!」

「季節なんてどうでもいいんだよ!こういうのはノリが大事なの!」

「でも、出会ってすぐそんな………」

「あーもう!焦れったいな!それーっ!」

「わぶっ!?」


有無を言わさず、肉食獣のように涼子が光に飛びかかった。

光の小さな身体が、意図も簡単に押し倒される。


「………もう気付いてるんだぜ?学園祭の時、お前がアタシをどういう目で見てたか♡」


光の視線は、涼子には丸解りだったようだ。

それを示すかのように、涼子はシャツの合間から見えるヒョウ柄のブラに包まれた胸の谷間を、光にチラリと見せつける。


「ああ………あわわわ………!」

「お前も正直になれよ♡み・つ・る・く~ん?」


涼子の誘惑を前に、光の理性は爆発寸前。

その視線は、揺れる二つのヤシの実に釘付けだ。


このまま、涼子の言うような一夏のアバンチュールとなる。

その、その直前であった。

 

 

 

 

「ピピーッ!」

「「?!」」

 

突然の声。

ホイッスルの音などではなく、人のピピーッ!という声とともに、涼子の部屋の扉が蹴破られ、

今時ファッションに身を包み、手に機関銃を持った数人の若い女が飛び込んできた。

何を言ってるか解らないのだが、書いた通りの事が今二人の眼前で起こっているのだ。

 

「その行為は☆地元恋愛部の掟第4条☆「告白ゎ男の子ヵら☆」に違反してるゾ☆今すぐやめなサイッ!!!」

 

頭が悪そうな勧告と共に、その地元恋愛部を名乗る集団が機関銃を構え、引き金に指をかける。

 

「やべっ!」

「わぁっ!」

 

咄嗟の出来事に対し、涼子は光を抱き抱え、窓に向かって飛んだ。

直後、ズダダダダと弾丸が吐き出されるも、体当たりで窓を破って外に飛び出した二人は、蜂の巣にならずに住んだ。

 

「よいしょ!」

「うぇっ?!」

 

そして着地。

この涼子の身体能力はどうなっているのか。

 

「な、何なんですか?!アレ!!」

 

唐突に現れた生命の危機に、涼子への恐怖も色情も吹き飛んだ光が問うた。

 

「連中は「地元連中部」だよ」

「地元恋愛部?!」

「中房のバカなクラブ活動さ、それがどういう訳か、あんな秘密警察モドキになってんだよ!」

 

苛立ちを感じながら涼子が返答した。

折角のいい雰囲気をぶち壊しにされたのだ、当然である?

 

 

涼子の言う通り、地元恋愛部というのは中学生が作った恋愛クラブだ。

それがいつの間にか、自分達で勝手に決めた掟に反する男女交際を武力を持って根絶する武装集団へと姿を変えていた。

 

 

「そんな………?!」

 

中学生のクラブ活動があんな武装集団に?

飲み込むには無理のある現実を前に困惑する光。

そこに。

 

『待ちなサイッ!』

「なっ?!」

 

突如、スラムの町並みを破壊して現れる巨大な影。

丸みを帯びた武骨なフォルム。ショッキングピンクで塗装されてはいるが、作業用の人型ロボット「ブワッカ」だ。

恐らく、恋愛部の別動隊が乗っているのだろう。

 

「ブワッカ?!」

「あいつら、たかが他人のプライベートの邪魔のためにロボットまで出してくんのかよ?!」

 

驚愕する二人に対し、ブワッカがその巨大な腕を伸ばして迫る。

作業用とはいえ、その巨体は対人では十分に驚異だ。

 

「くそっ!早く逃げ………」

「お待ちなサイッ!」

 

逃げようとした方向には、先ほどの機関銃を構えた恋愛部。

挟まれた。

逃げ場はない。

 

「なんで………なんでこんな」

「くそっ………なんで………」

 

絶体絶命の状況を前に、二人は自らの運命を呪う。

何故、こんな目に逢わなければならないのか、と。

 

「僕は………僕はただ………」

「アタシは………アタシは………!」

 

確かに、自分に非が無かったわけではない。

それでも、こんな目に逢うほどの事はしていない。

そこまで、悪い事はしていないはずだ。

 

「カバンを届けに来ただけなのに!」

「気持ちよくなりたかっただけなのによ!!」

 

互いの無実を叫ぶように、男女が慟哭した。

次の瞬間。

 

 

 

「ん?ゥゎ!!」

「にャンっ?!」

 

突如、涼子と光の回りに爆発が起こる。

否、恋愛部向けて上空から弾丸が降り注いだのだ。

 

「な、何だ?!何が起こって………!」

 

突然の事に驚く涼子と光。

そこに、爆発により舞い上がった砂煙の中から歩いてくる一人の男。

 

「つけてきた甲斐があったな、まさか連中の動きがこんなにも早いとは………」

 

砂煙の向こうから見えてきたのは口許に無精髭を生やし、ゴーグルで素顔を隠した姿。

 

「始めましてだな、一文字涼子、そして真城光、俺はお前達を迎えに来た」

 

コートのように白衣をまとったその姿は、なるほど、そこそこに美形である。

しかし、歩く度にカランコロンと鳴る下駄が、なんとも前時代的なシュールさを醸し出す。

 

「迎えに来た………?」

 

非日常の連続により感覚が麻痺したのか、光は間抜けな顔でそう漏らす。

しかし涼子はまだ精神が持ったらしく。

 

「迎えに来た?!いきなり現れて、だれだよオッサン!」

 

と、“あの男はこの騒動の全てを知っている”と本能で察知し、男に問う。

 

「これは失敬、自己紹介が遅れたな」

 

健善の暴れタイガーの怒号を前にしても臆する事なく、男は不適な笑みと共に、答えた。

 

 

「俺の名は慶、五月雨慶(さみだれ・けい)!これから先、貴様らに地獄を見せる男だッ!!」

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