第一話「涼子が行く」
健善学園(けんぜんがくえん)。
そこは、東京の練馬区ぐらいの所にある共学の、中高一貫教育の学園。
物語は、ここより始まる。
………………
「………はぁ」
ぶかぶかのタキシード姿で残飯を掃除している彼の名は「真城光(ましろ・みつる)」。
背が低い事とメガネをかけている事、ボサボサモフモフしたシュナウザーのような髪をしている事。
そして運動神経がなくてネクラな事を覗けばごくごく普通の少年。
恨めしそうに彼が見つめる先には、きらびやかなドレスを着た女子と、キリッとタキシードでキメたイケメン達が踊る光景。
体育館を改造したダンスホールは、全て光のような「カースト下位」の生徒により飾り付けられたもの。
今踊っている連中は何もせず、ただ準備が完了するまで待っていただけ。
無論、その、過剰なまでにきらびやかな装飾の片付けをするのも………
「………はあ」
あの、どうやって持ち込んで吊り上げたか解らないシャンデリアを、また運び出さなければならないのかと思うと、
光は自然とため息をもらすのであった。
………………
王慢党の行った改革により、教育システムが改編された。
「男子は女子に常に優しくするべし」「女子の仕事を優先して代わってあげるべし」「いかなる場合を持っても女子を傷つけるべからず」と。
結果どうなったかというと、
「三流の携帯小説家か腐女子のなりそこないが書いたような少女漫画かレディコミのようなドラマ」のような世界を、皆で"演じる"ようになった。
それが、女子を怒らせないようにするには一番手っ取り早い方々だったからだ。
物語のヒロインは全校の女子。
生存が許されるのは、それに選ばれた一握りのイケメン。
外面を保つためにそれ以外の男子の登校は許されてはいるものの、その学園内での地位はかなり低い。
さらに、社会模範としてプラムパーティーを初めとする「女性に都合のいい」文化が輸入され、今や学園は、「女子生徒にとって都合のいい場所」へと変貌した。
当然、そこにカースト下位のネクラの存在する場所など、あるわけがない。
あったとしても、ガス抜きのためのサンドバッグか、学園祭の準備等で酷使される都合のいい労働力か。
………………
そして今日は、年に一度の学園祭。
そしてこれは、その出し物たるダンスパーティー。
今も、こうした都合のいい労働力として、光を始めとするカースト下位の生徒達は酷使されていた。
「なんで………僕がこんな………」
思わず、光が漏らす。
光は勉強を頑張っている方だ。
校則違反もした事はない。
真面目な、いい子だ。
だが世間は、彼や彼のような存在を「ネクラ」「陰キャ」「ガリ勉」と呼び小バカにし、
ろくに勉強もせず、校則違反を平気でする不良を称賛した。
今日イケメンと呼ばれている男子達の中にも、不良は含まれている。
「納得できないよ………」
そんな理不尽な社会に光が言葉を漏らした、その時であった。
ばぁんっ!と、ドアが開いた。
ダンスホールにいた全員がその唐突の出来事に目を見張った。
無論、光も。
「だ、誰だ………………うわぁっ?!」
その姿に、光は思わず驚きの声をあげた。
あげざるを得なかった。
………まず目に入ったのは、ファッション誌の美白推しを根底から否定する褐色の肌。
………清楚感のあるキューティクル?そこに輝くのは炎のようにうねる金髪。
………ダンスホール内を睨むように見回す肉食獣のような眼には、ルビーのような深紅の瞳。
………そして既存のカワイイ系ファッションを手の甲で殴り付け、焼肉のタレをかけて焼き尽くすような、
シャツをブラジャーかビキニのように纏い、ミニスカートを履いた所謂「アメスク」と呼ばれるスタイルに、規定のブレザーを羽織った攻撃的なファッション。
………それを着こなすに値する、巨乳、筋、尻の揃った、少なくともクラスメートの女子とは比較にならない、柔らかさと強さが混在する健康的エロス体型。
既存の女子とは一線を成すその訪問者を前に、光は目を見張り、言葉を失う。
「 (な………なんて格好?!) 」
光が顔を真っ赤にしてあわあわと口を動かしている間に、一頻りダンスホールを見回した彼女は、ようやく口を開いた。
「………けっ、これが学園祭かよ、なんでもっと男子向けの出し物をやらねーんだ?」
吐き捨てるように出た彼女の声は、見た目ににあう、低く逞しい、姉御肌ボイスだった。
「確かにダンスパーティーだって出し物としちゃあ上出来だがよ、結局それで楽しんでるのは女子だけじゃねーか、男子の意見はどうなんだよ?」
褐色の女の放つ言葉の銃弾を前に、今までダンスを踊っていた女子達はざわめき出す。
確かに、学園祭と称しておきながら、女子しか楽しめないイベントしかやらないのでは言葉に反する。
「これ以外にも見て回ったけどよ、執事喫茶やらスイーツ屋やら………これじゃあ学園祭じゃなくて学園女子祭に改名した方がいいんじゃねーのか?ん?」
女子達に対して一方的に吐き捨て続ける褐色の女。
言われ続ける女子の顔色が悪くなった、その時。
「待てよ」
その言葉が褐色の女の言葉を遮り、彼女の顎を指で掴む所謂「顎クイ」を使い、彼女の言葉を止めた。
学園のイケメン4人集の一人、光明池だ。
「キャーッ!」
「光明池様ー!」
いかにもなドS王子様の登場に黄色い声を飛ばす女子達。
そしてそれを冷めた目で見るカースト下位の男子達。
「………今アタシ話してたんだけど」
自分の話を邪魔された褐色の女はあからさまに不機嫌な態度を取る。
それに対して光明池は臆する所か余裕の笑みを浮かべるだけだ。
「俺に言い返すとは、お前面白れぇな」
そう言うと光明池は褐色の女を抱き寄せ、顎を持った手を自分の顔の方へ引き寄せる。
「キャーッ!」
響く、女子達の五月蝿い黄色い声。
光明池は、今の今までこうして女子を落としてきた。
壁ドン、顎クイ、無理矢理のキス、これらを駆使する事で嫌がる女は居なかった。
今回も、そうやって彼女を堕とせる。
堕とす、はずだった。
「お前もう、俺のモンだか………………ぎぃっ!?」
決め台詞の直前、褐色の女の唇を奪う寸前、光明池の顔が強張った。
何だ?何が起きている?と、困惑する生徒達。
「あ、アレを見ろ!」
男子の一人が指差す先には、光明池の腹にぶっすりと刺さる、褐色の女の拳。
そう、褐色の女は抱き寄せられたのを利用して光明池の腹に自らの拳を叩き込んだ!
「………それが人に口を聞く態度か?てめぇは女の堕とし方より先にエチケットを学びな」
褐色の女はそのまま光明寺を持ち上げる。
そして。
「そらよ!」
壁に向けて投げつけた。
弧を描いて飛んだ光明寺は、そのまま壁に激突。
意識を失い、その場で延びた。
「光明池様!?」
「光明池が?!」
ざわめく生徒達を前に、褐色の女はニヤリと笑い、見せつけるように人差し指と中指をクイックイッと動かして見せた。
お前もこうしてやろうか。
そう、脅しているように見えた。
というか、実際脅していた。
その様に生理的嫌悪感と危機感を感じ、震え上がる女子達。
そして。
「い………い………嫌ァーーーーー!!!」
恐怖に耐えきれなくなった一人の女子が叫びをあげた。
イケメンに対する黄色い声援ではなく、変態に対する恐怖と嫌悪からの叫びを。
「どうした?!」
「何があった!?」
「安心しな、俺が守ってやるよ」
それと同時に、女子達を守るように飛び出してくるイケメン達。
ダンスホール内にいた者だけではなく、女子の絶叫が聞こえた者全員が飛び込んできた。
彼等は生まれた時から、優先的に女子を守るよう、女子を不快にさせるものを排除するよう刷り込まれている。
故に、女子の悲鳴を聞けばこのようにその原因を除くべく行動するのだ。
「あいつかよ、俺の一葉を泣かせたやつは」
「奴を壁ドンで拘束しろ!」
有象無象のイケメン達が、褐色の女向けて殺到する。
だが、対する褐色の女は怯まない。
それ所か。
「来な!テメェらまとめて天国に送ってやる!」
ニヤリと笑い、バキビキと指を鳴らし、イケメン軍団向けて狼のように飛びかかった!
………………………
………そこからは、もう大変だった。
壁ドンを仕掛けに飛びかかるイケメン軍団を、褐色の女は次々と倒していった。
ある者は光明池のように拳を受けて、
ある者はその太い足を叩き込まれて、
ある者は、またある者は………。
「そ、そんな………」
「ウソ………」
気がつけば、女子や雑用係のカースト下位男子の前に広がっていたもの。
それは、痙攣しながら伸びている有象無象のイケメンの亡骸。
そして、その真ん中に王者のように立つ褐色の女。
「へっ、ドSだの王子だの言った所で、所詮は自分より弱い女しか相手にできない腰抜け共、鍛え方がなってねえな、ん?」
守るものの居なくなった女子を、褐色の女がギロリと睨む。
怯え上がり、ひぃっ!と声をあげる女子達。
「ああ、安心しな、アタシは殴りかかられない限りは殴らねぇ」
褐色の女は安心させる為に言ったのだが、ニタニタ笑いながら言われたのでは説得力などない。
「ん、確かあんたが学級委員だったな?」
一人の女子向けて近付いてくる褐色の女。
学級委員の女子は震え上がっており、周りの女子も心配そうにしている。
体格も胸も圧倒的に褐色の女の方が上なのだ、致し方あるまい。
「ほい」
「えっ」
褐色の女が、開いた胸の谷間からぷるるんっ、と一枚の紙を取り出し、学級委員に渡した。
「遅刻届け、先生に渡しといてくれよ、じゃ、アタシは早退するんでよろしく~」
手を降り、振り替える事なく去って行く褐色の女。
その場には、呆然とする女子達と、唖然とするカースト下位の男子達、そして伸びたイケメン達が残された。
「………何だったんだ、あの人」
全てを見ていた光は、台風のように過ぎ去った一連の事態に対して、こう言うしか無かった………
………………
………その光景を見ているのは、生徒だけではなかった。
学園の監視カメラを通じて、この一連を見ていた者達がいた。
「………一文字涼子(いちもんじ・りょうこ)、年齢は17、滅多に学校に来ず、こんな事を起こしては謹慎を繰り返している問題児です」
「男の子の方は?」
「こっちは真城光 、取るに足らない、ただのヘタレのいじめられっ子ですよ」
「うむ………だがこの指数を見てみろ、奴さん、とんでもない“むっつりスケベ”と見える、そこに彼女という抽出機が加われば………」
映像を前に、“彼”の口元がニタァ~っ!とつり上がる。
「とうとう見つけた………“セクサー”に相応しい人材を!」
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