2.未知なる紅茶〈Iced Tea〉⑩

    ◇◆◇


 駅までの道中、軽自動車の後部座席で芽依が「車だとあっけないね」と呟いた。


「昨日の帰りなんかホントに大変だったのに」

「大変だったのは俺だろ。こっちは筋肉痛だっての」


 芽依の隣の恵太郎くんはまだ疲れの抜け切らない顔をしている。

 昨晩は恵太郎くんが芽依を自転車の後ろに乗せて店まで帰ってきたのだが、辿り着いたときには倒れんばかりになっていた。

 軽自動車は房総フラワーラインを走り抜けて館山駅に到着する。ロータリーの中央では、真夏の太陽を仰ぐ椰子の木が揺れている。通勤の時間からはやや遅く、かといって辺りの店が開く時間にはまだ早い、駅前に人はまばらだ。


「まだまだ夏だね」


 芽依がポツリと呟いた。

 ロータリーのすみに車を停め、西口の階段を上って駅舎に入り、二階の改札前で芽依たちを見送った。


「あやめちゃん、スマホ買ったら連絡してね」

「もちろん」


 恵太郎くんは丁寧に頭を下げ、秀二さんが片手を軽く上げてそれに応じる。


「あ、そうだ、一つ言っておこうと思ってたんだった」


 芽依は一つ手を叩くと、秀二さんをビシッと指さした。


「いびきと歯ぎしりどうにかしないと、あやめちゃんに愛想尽かされちゃうよ!」


 最後の最後まで芽依はにぎやかに去っていき、おかげでいなくなったあとの静けさが余計に身にみる。


「……ちゃんと迎えが来てくれてよかったです」


 秀二さんは総括するように言って改札に背を向ける。さっさと歩きだしたその背中についていき、階段の途中で隣に並ぶと私は改めて礼を言った。


「色々、ありがとうございました」

「珍獣は一人で十分です」


 ごちゃごちゃ言いながらも結局手を回してくれた秀二さんは、やっぱり面倒見のいいお人好しで、同居人がこの人でよかったと改めて思えた。

 蒸した空気がこもる白壁の駅舎を出た瞬間、海風が吹き抜けまぶしい日差しに目を細めた。ロータリーから伸びる道の先に真夏の海が見えている。

 ついついそちらを凝視してから、すぐに数歩先に行っている秀二さんを追いかけ、持っていきようのない気持ちをごまかすように声をかけた。


「色々、バレませんでしたね」


 秀二さんはチラとこちらを見ると、「そんなものでしょう」と応えてまた前を向いた。


「それより、説明してもらえますか?」

「何をです?」


 秀二さんは停めていた車の運転席のドアを開ける。


「いびきと歯ぎしりってなんのことです?」


 答えは濁して、私は助手席のドアを開けた。


【次回更新は、2019年8月28日(水)予定!】

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