第21話 魔法少女物語


 カピ、ルシフィス、マルスフィーアの三人が、冒険者酒場「ぐっすり眠る仔豚亭」へ戻ると、微かなざわめきが起きていた。

 それはもちろん、表通りで繰り広げられたベテラン組と子供に毛が生えたようなルーキー組とのバトルが、誰もが予想していた真逆の戦闘結果だったからだ。

 ……ごく一部の者を除き。


 しかしもう、カピには周りの様子などちっとも気にはならない。

 なぜなら、もっと強く彼の興味を引く存在、謎めいた冒険者ランサーが同じ席に座っている。

 おまけに、大きなおまけに、その相席者は美しい女性である!


 ウエイトレスが、笑顔で注文を届けに来た。


 「は~いっ、冷たいウォーターと、ナッツシェイク二つ! お待ちどう~」


 「二つ?」


 カピは聞き返す、頼んだ物より数が多い。


 「今回は、マスターのおごりよっ。初勝利おめでと~、ミ・ル・クた~っぷりのシェイクをご堪能あれ」


 カピたちにウインク一つして、席を離れて行った。


 「マルちゃん、飲み物はこれで良かった? 祝勝会だから……やっぱり、お酒の方が良かったとか?」


 目の前に座った、全く戦士には見えない、軽装備の女戦士マルスフィーアにカピは尋ねる。


 「これでいいです。私……お酒を飲むと…………ううん、何でもない。お酒は遠慮してますから、うん、美味しそう」


 彼女は軽く首を振って、肩まで伸びるサラサラの髪の毛を揺らし、微笑んだ。



 カピはもう決めていた。

 彼女をカピバラ家の新戦力としてスカウトすることを。

 隣で静かに腰掛ける執事のルシフィスは、明らかに不満そうだったが……。


 「ねえ、マルちゃん? 当然、冒険者だよね? 槍使いの戦士、ランサーって、確か言ってたけど」


 「はい! そうです。カピ様は? 何のクラスなんですか?」


 マルスフィーアは、僅かに首を傾げて興味深げに見つめ返す。


 「ぼ、僕は……大きな声で言えないけど、……ヒーロー…………って、信じられないよねぇ~」


 テーブルに身を乗り出し、手を口元に添え、ちょっと声を落として答えるカピ。

 またまた冗談を、なんて言われるのを承知で正直に言った。


 少女の大きく丸い茶色の虹彩の瞳が、眼鏡の奥でキラッキラッ輝く。

 熱い尊敬のまなざし。


 「すごい! 私、ヒーローに憧れます。信じます信じます! さっきの闘いすごかったんですもの、あんなの見たこと無いです。絶対信じます」


 「……」


 ジ~ン。なんだか物凄く嬉しいカピ。言葉も無い。



 「執事さんは? 何クラスですか? やっぱり、レンジャーですか」


 好奇心旺盛な光を湛えた瞳と笑顔で、同じようにルシフィスにも彼女は声をかける。


 「ふぅ……わたくしの事は、ほっておいて欲しいものです。……が、強いて言うならば、カピバラ家筆頭執事。それがわたくしのクラスです」


 「ルシフィスは、僕にも教えてくれないんだよ~ケチだねぇ。いったい正式に冒険者ユニオンに何のクラスで登録してるのか……もったいぶっちゃってね」


 「ふんっ」


 執事はご主人の割り込んできた言葉に鼻で一つ笑い、話を続ける。


 「マルスフィーアさんこそ、疑う訳ではないですが、本当にランサーなんでしょうか? わたくしには、どうも腑に落ちませんね」


 「あ~~疑ってるじゃない」


 カピが鋭く指摘したので、少し顔を伏せる執事。


 マルスフィーアは眼鏡を一瞬光らせると、おもむろに口を開く。


 「……やっぱり、執事さん……。さすがですね……分かりますか? …………本当は私、私の方こそ信じてもらえないかもしれないけれど……」


 信じるよ! って顔に大きく書いたかの表情で見つめるカピ。

 別にそこまで興味ある訳でもないので……、あなたこそ勿体つけずにさっさと言って下さいとルシフィス。


 「私の、私の本当のクラスは…………」


 しばし間を置き、二人の顔を見つめなおした後。



 「マホウランサーです」


 『マホウランサー』

 確かに、耳慣れないクラス。

 カピも今まで聞いたことがない、素早く彼にだけしか見えない魔法の薄っぺらなマニュアルを呪文を呟き映し出す、サッとクラスのページを開いて見る。

 ……やっぱり載っていない。


 経験値の高いハーフエルフでさえも、今まで会ったことも無いクラスだ。


 カピは口を開こうとする執事を見て、こりゃあルシフィスは信じないぞ、と思った。


 「魔法を使う、ランサー? という理解でよろしいのですか?」


 「そう! そうです。魔法使いと槍使いのミックスクラスです」


 「なるほど……。そうですか、まあ、ユニオンのクラス……有り得ないことも無いでしょうね。……そのように正式登録なされた以上」


 (え!? 信じるの? ルシフィス。……以外だ~)


 上半身をやや引き気味に驚くカピだった。



 久しぶりにお喋り仲間ができたと、ニコニコと嬉しさのこぼれる女戦士、ジュースを一口飲むと語りだす。


 「そうして、どうして私がマホウランサーになったかは……少し長い話になりますが……聞きますか?」


 明らかに、聞いて貰いたそうなマルスフィーア、やはりそこは、お話し好きな少女だった。


 「……いえ、別に。結構です」


 冷たく即答する執事。

 素早く察し、カピが言葉をかぶせる。


 「あ~もう! ルシフィス!! ねえねえ、マルちゃん、詳しくは今度でもいいからさっ、軽くかいつまんで教えてよ」


 「はい!」




 激レアの特殊なクラス:マホウランサーのマルスフィーア誕生物語。

 彼女の身の上話は、こうだ……。



 ―――― 名門魔法学校で、一流の魔法使いになるべく修行を重ねていた幼き彼女。


 魔導に最も重要視される、ずば抜けたINT能力でメキメキと頭角を現し、順調にトップへの階段を上るはずだった、しかしそこで、早くも致命的な弱点が発覚する。


 MPが全く伸びなかったのだ。


 それでも、めげない彼女、それまで以上に努力し、学びを続けた。

 無常に過行く日々、だが結局、その壁は破れなかった。

 どんな魔法も、一度しか使えない魔法少女……、それでは実践になどまともに臨めるはずも無く、ある時点で完全に劣等生となった。


 もはや手の打ちようがない、魔法使いの道はあきらめ、ついに学校を去ることになる。


 「でも私、絶対に立派な冒険者になりたいんです!」


 彼女は思いもよらない行動に出た……、戦士への転職だ。

 MPをほとんど必要としない戦士ならばと、一からやり直す事を決心したのだ。


 「もうダメでもともとで、ユニオンに申し出ました。そうすると審問官から意外な答えと問いが返ってきたんです……。『能力値が新たなクラスに合致する、汝のクラスの名を答えよ』って」


 これから戦士としてやって行く事を望むなら、武器は一番リーチの長い槍が安全だと考えたマルスフィーア。


 彼女は高らかと答えた。


 「我はマホウランサーなり」 ――――




 ―――― テーブルの上に、ほとんど空になったコップが三つ並ぶ。


 「なるほどねぇ……、冒険者ユニオンって思ったより意外と融通がきくんだね。すんごく興味深い話だったマルちゃん! え~っと…………ところで、唐突な相談なんだけど、よかったらカピバラ家に来ない?」


 熱く語るマルスフィーアの物語を相づちを打ちつつ聞きながら、ますます気持ちが固まったカピ。


 執事は目をつぶり、ため息をつきそうにして諦めポーズ。

 この態度が現す彼の胸の内は、カピの下した選択が、ベストとは言わずともベターであると思っている。ずいぶん息の合ってきた主人には、なんとなく分かった。


 本日の目的の話も含めカピは彼女に尋ねた。


 「今日、この酒場に来たのは理由があった。もう分かってるとは思うけど……、僕はカピバラ家を任されることになった新しい領主、まあ、らしくないけどねっ。……で、理由というのは、冒険者の戦士探し。我が家は今、……う~ん、と言うか、僕が、心機一転の再出発って状態で、少々人手が足りないんだ。そこで、マルちゃん、君を僕の護衛役として雇いたい……ズバリ言うと、僕たち一家の仲間になってよ」


 良き出会いを大切にするマルスフィーアにも、迷いは無かった。

 パッと笑顔を咲かせ。


 「はい! ぜひお願いします。こんな私でよければ」


 彼女が二つ返事で引き受けてくれて、嬉しく微笑むカピだったが、この言い方では正確に伝えきれていない。

 情報がフェアでないことに気が付き、ちょっと気まずそうに付け足す。


 「領主って肩書きを聞くと、凄そうなんだけど……実は、ここだけの話……ちょっと、あれ……、び、貧乏なんだ…………だからお給料は安いよ? あっ……後払いになっちゃうかも……」


 「かまいません!」


 カピバラ家領主カピは、マホウランサーのマルスフィーアを正式に招き入れた。


 「だけどさ、悪いとこばかりじゃないよ! 泊る部屋は快適だし、何と言っても食事がとっても美味しいんだ」


 最後に最も大事な一言。


 「そして……、そこには最高の仲間が待ってる!」

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