第20話 テンカウント
冒険者酒場の表通りで繰り広げられた、この争い。
これは、あくまでユニオンに登録された『冒険者』同士のバトルであり、無為な殺し合いなどでは無い。
万が一、最悪の結果、再起不能に陥ろうとも……まさか死ぬことは無いのではないか?
ヒールという回復魔法もある、そんなまさか!? 命を落とすことは無いだろう……。
……しかし…………決して避ける事が許され無い、強烈な攻撃を見舞われたのは、稀に見るか弱き主人公カピ。
ヒットポイントが異常に少ない虚弱な体……、なんといっても最大HPがたった7の! 赤子の様なヒーローなのだ。
その考え、甘かったと、言わざるを得ないかもしれない。
……少女の盾となり、短剣マンゴーシュを両の手で支え、全身に力を入れて必死で受け身の態勢をとるカピ!
その頭上高く、戦士ヌッパの太い双碗によって大きく振りかぶられた、鈍い輝きを揺らめかせる金属の重く巨大な戦斧が、力の限り振り下ろされる!
空気裂く唸りを聞き、カピは悟った。
(ダメだ……)
生死にかかわる一撃、戦士ヌッパの意地、魂のクリティカルヒット!
そのラストアタックを喰らった瞬間……ただでさえどうする事も出来ない、まさにジ・エンド、最悪絶望的タイミング。
あの老英雄マックス以上に、予期できなかった追い打ち『さらなる一撃』を受けた。
カピの背中に槍が刺さる!
「????」
背後で、少女、マルスフィーアが、その槍を握りニッコリと笑顔を見せた……。
ツーハンド・バトルアックスによる、最大パワーの衝撃がカピを真っ二つにした!!
もう…………カピは、ピクリとも動かない。
幾何学的模様の光のサークルが体を囲い、回転、収縮し、腹部の丹田と呼ばれる辺りを中心に消える。
マンゴーシュの刃で、超重量の戦斧を受け止めた。
……接触した一点を、起点にして斧の刃にひびが走り、……砕ける!
ヌッパの込めた渾身のフルパワー、強力な力の波はカピの足元にまで到達し、革靴を履いた両足が、土に2,3センチほど沈み、衝撃で地面に亀裂が入った。
マルスフィーアが、補助魔法『ストレングスオブソーマ』をカピにかけた。
その存在さえ一般に知る人の稀な、レアな上級補助魔法は、対象者の重量、質量を大幅に上げ、体のコアから肉体を強靭化する、『プロテクトボディ』系の最強版。
ヌッパの顔が、サァーっと青くなる……今まで感じたことの無い、理解しがたい恐怖。
有り得ないことが現実に目の前で起きている。
「ぬううううぅ~、ウガァ~!!」
残された力を振り絞り、錯乱した勢いで、刃の折れた斧を何度も振るうが、カピの細腕で構えられたマンゴーシュに軽く弾かれる。
カピの体は微塵も動かなくなっている。
マルスフィーアの唱えた高等魔法に守られている細い体は、今や、鉛の様に重く、鋼の様に固く、ゴムの様にしなやかなのだ。
「ぎょおぉぉ~! うぉ~~あ~~~!!」
ヌッパの叫びは、徐々に泣き声と変わらぬ悲鳴に。
狂った機械の如く、振り回し続けていた斧も、半ばで捻じ曲がり、終いに彼の両腕の筋肉も腱も細胞も何もかもが限界を超えた……。
だらんと垂れ下がる腕、同じく意識も朦朧と、その場に巨漢がへたり込んだ。
もはや彼の中に、戦闘意欲を燃やす燃料は一滴も残っていない。
ヒーローは、一度も攻撃すること無く、相手を屈服させた。
両手斧の戦士ヌッパとのバトルは、これで完全決着した。
カピは後ろを振り返って、背中を指さし、マルスフィーアに言った。
「あ、あの~、マルちゃん……これ……刺さってますけど」
「わわわっ」
ビックリした仕草で彼女は槍を抜く。
「だ、大丈夫ですよ! ほらっこれ」
そう言って、彼女はカピに槍の穂先をよーく見せる。
その細い木製槍の穂、金属の平たい円錐形の先端は全く尖っていない。
丸くなっていた。
「尖っていたら、いつも持ち歩くのに、危ないじゃないですかぁ。だから、ちゃんと危なくないように加工してるんです」
エッヘンと、自慢げに、奇妙な槍使いの少女は言った。
「そ、そう!?」
なんだか良く分からないカピだったが……、後ろから刺殺されるどころか、どうやら助けられたのは間違いない。
「いらないお節介……だったかもしれなかったけど、カピ様に魔法を……かけさせてもらいまし……た…………」
最後まで言い終わらないうちに、マルスフィーアは眩暈を覚え、ヨロっと倒れかける。
慌ててカピが彼女の肩を支えた。
カピのその腕と、杖代わりに地面についた槍につかまることで、何とかこけずに済み、立ったまま彼女は少し微笑みをたたえ答える。
「……あっ、すみません、大丈夫……MPが尽きちゃった……」
「まったく…………紛らわしい事をしないで下さい。……もう少しで、あなたの眉間にレイピアを突き刺すところでした」
いつの間にやら、近くに来ていた執事ルシフィスがいつもの良く通る声で言った。が、気のせいだろうか、心なしか発声に揺れを感じる。
「ルシフィス! そっちは片付いた?」
「ええ、もちろんですとも。御覧の通りでございます」
少し離れた道端で、肉体的には無傷の戦士グーンが地面に屈み、気を失った相棒シザーの肩を担ごうとしていた。
それを眺めて執事が言った。
「腕と才能はありましたが……到底カピ様の御側につく護衛には相応しくない男でした。残念ながら、本日は収穫無しで帰ることになりそうですね」
「う、うん……」
「それにしましてもカピ様!」
黒髪のハーフエルフの執事の言葉に弾みが出る。
「何と言う素晴らしい上達ぶり、わたくし、心の底から感服しました! あの流れるような体さばき……プリンシアさんが、カピ様がとてもとても筋が良いと言っていたのも肯けます。もしかして…………わたくしの攻撃でもかわせるのではないでしょうね?」
湧き上がる喜びのあまり、ルシフィスの饒舌さにエンジンがかかっている。
何度も一人頷き、感心しながら話が続く。
「ふふふ……それはちょっと、お世辞が過ぎましたかな? まあしかし、さすがマックス様の血を引く御人、常人のスケールでは到底推し量り出来ません。……毎日、欠かさずの努力の賜物とは言いましても、たった数週間でこのような実力を! おお! 思い返すだけで感動でございます」
大きな目をつぶり、首を振りながら感激に浸る執事。
パッと目を開き。
「ところでマルスフィーアさん? わたくしの話を聞いていなかったようですね。カピ様を守るどころか、とんだ足手まといになるとは!」
何とか眩暈が治まり、普通に立てるようには辛うじて回復していたマルスフィーアが平謝りする。
「すみません!! もっと離れていよう……って思っていたんです。でも私ったら、カピ様の戦いぶりに見惚れてしまって…………すみません」
深々と頭を下げる少女を見て、執事は言う。
「ま、まあそれは……無理もないでしょう。伝説に名を残そうかという英雄の初陣を目の前でご覧になったのですから! …………それはともかく、……最後の……、非常に、紛らわしい、魔法のかけ方は一体全体何なのでしょうか?」
怖い先生に叱られる女学生の様だ。
「す、すみません! 執事さん! 少しでも、何か手伝えたらと考えて……。魔法でサポートできるかと思ったんです。それで、何をかければ良いか迷いました。実は私……」
眼鏡の奥、焦げ茶色の瞳を上目遣いで、言い難そうに続けた。
「MPが……少ないのです」
マルスフィーアは、驚くべき真実を述べるかのように言ったが、対してルシフィスは、何を今さら言っているんだ、という感じ。
「はあ? 何を当たり前な、戦士の皆さんは普通少ないものですよ」
「そ、そうですね、……そうです。それで、……多くの選択肢の中から一つを選ばなければならなかったんです。これが一番良かったのかは……分からないけど……『ストレングスオブソーマ』を選びました」
「!? 今、何と? ストレングスオブ……ソーマって、言いました?」
「え? はい」
コクっと、仔リスの様に頷く彼女。
ルシフィスのエルフ特有のキリッと大きい両目がすぼまる。
思慮深く燃ゆる碧の光が見つめる。
先ほどの局面、瀬戸際でマルスフィーアが、カピに補助魔法をかけたことは分かった。
しかし、さすがに何を使用したかまでは見極められなかった。
ルシフィスは思う。
あの短時間で高度な魔法を詠唱しきることは可能だったのだろうか?
それ以前に、どうしてこんな若い戦士が、そのような魔法を覚えているのだろう? 彼自身にも使えない魔法を。
「あ、相手? あの斧使いさんに魔法をかけることも考えたのだけど……。緊張で、外しちゃうかもしれないし、確率的にも、今回はカピ様にかけるべきだと思ったんです。やっぱり……この考えは間違えました?」
「……MPが少なく、チャンスが一度しかないというのでしたら、間違いとは言えないでしょう」
「ありがとうございます! 執事さん」
それは先生に褒められ喜ぶ生徒だった。
「私、実戦なんてほとんど初めてだし。普段は自分にしか補助魔法をかけないので万全を期すため……この槍を、杖代わりに使って、カピ様にこう添えて、接触させて唱えてみたんです」
カピが会話に割って入った。
「ルシフィス~、もういいじゃない。そんな尋問めいた質問攻めは。……マルちゃんの機転はベストだったよっ、あの魔法のおかげでパワーアップ出来て、こうして勝てたんだからね」
「……そう、カピ様が……仰るならば。……マルスフィーアさん、無礼をお許しください、ご助力ありがとうございました」
執事は少女に丁寧に頭を下げる。
「そ、そそ、そんなよして下さい、そんな事ないですよ~」
マルスフィーアは、頬をピンクに染めて照れている。
「よ~し、立ち話はこれぐらいに。もう一度、店に戻って、注文しっぱなしのジュースを飲もう! 初勝利のお祝いだ。よかったら、マルちゃんも同じ席においでよ」
すっかりマルスフィーアとは心許せる仲といった様子のカピ。
執事は、何か言いたそうに口を開きかけたが、何も言わずに噤んだ。
「ご迷惑じゃなかったら……喜んで」
両手で槍を抱えるように持つ女戦士は、口元に可愛い笑顔をいっぱいに明るく答えた。
こうして、ファーストバトルの賞杯を手にしたカピは、二人と伴って酒場の中へ足を向けた。
「……お、覚えてやがれよっ、ガキども……」
スイングドアを開け、潜ろうとするカピに向かって、カラ元気を絞り出し、何とか捨て台詞を口にした戦士グーン。
カピは振り返った。
他のヒーローはどうだか知らないけれど……、カピは、ちゃんと彼らを見つめ、覚えた、確かに。
何も答えず、扉を開き中へ入る。
通りに残された、絶望の敗者となった三人。
ルシフィスの必殺技をその身に受けたシザーは、命に別状は無いものの、未だ意識戻らず、グーンと呆然自失の弟ヌッパに両肩を担がれて、暗く消えゆく亡霊の様でその場を離れて行く。
時を置かず、寂しげな三つの影を追うように、酒場からひっそり外に出た、広いつばの帽子を被った男が一人、後に続く。
その男の顔には、良からぬ企みが透けて見えていた。
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