第18話 マンゴーシュ
冒険者6人は、酒場の表通りへ出た。
三と三で対峙する、乾いた土の決戦場。
一吹き逆巻く風が通り抜け、砂埃が舞う。
ルシフィスが、新米戦士マルスフィーアに声をかける。
「あなた? お名前は。わたくしは、カピバラ家執事、ルシフィス」
続けて、うやうやしくカピの方を指先揃えた奇麗な白い手で、そっと指し示し、頭を垂れ紹介する。
「そして、こちらの御方が、わたくしがお仕えしております、カピ様でございます」
取りあえずはと、自前の槍だけ持ち、流されるまま彼らの後をついて外に出てきたものの、未だ状況が呑み込めたとは言い難い眼鏡の少女。
「あ、はい! マルスフィーアです。どうもこの度は、このような事になり、ごめんなさい!」
名を名乗り、皮の帽子から背中に垂れた、長く奇麗な流線を描く髪の毛を一跳ねさせる、深々としたお辞儀をすると、隣の人間の男の子をまじまじと見つめ、この人が偉いご主人様なのだと感心した。
「う~ん……ま、まあ、お互い様という事で……よろしくね」
カピは軽い挨拶で返した。
ルシフィスは、先ほど自分自身の手でも持った、可笑しな槍を目踏みしながら彼女に言った。
「マルスフィーアさん、あなたきっと只の足手まといでしょうから、カピ様の近くで適当に逃げててください」
「マルちゃんでいいですよっ、呼び方。マルスフィーアって、ちょっと長いし、学校でもそう呼ばれていたので」
「マルスフィーアさん、言っておきますが……わたくしがお守りするのはカピ様なので、お忘れなく。ご自分の身はご自分で、お願いします」
「マル……ちゃん? 気にしないで、僕の後ろに居て」
カピはさっそく、彼女の希望する愛称で呼びかけながら……心に持ち上がる、未経験の新鮮な思い……。
(「僕の後ろに居て」かぁ……ん? なんだろう!? この初めての感覚! 彼女を見てると…………! もしかしてこれが)
カピはハッと気が付く。
(…………愛おしさ? そう、……誰かを守る、頼られる……感じ。こんなこと今までにない!)
変な名前、おまけに貧乏……ではあるが、間違いなく名門のカピバラ家。
その一家の主として過ごしてきたこの一月余り、少数精鋭でスーパーな冒険者ぞろいの部下たちに囲まれた生活では、到底あり得なかった立場。
カピの新たな役割、自分より、か弱き者を守るという使命が、心を強く奮わせていた。
かの様な、ご主人様の湧き上がる熱き思いなど、全く関知せぬ執事は、「ふぅ~」っと、本日何度目かの、聞こえるほどの深いため息をついて、腰のレイピアを抜き放った。
執事のルシフィスを前衛に、数歩下がってカピとマルスフィーアが立つ。
ベテランレンジャーのシザーは、その面子と向かい合って考えをめぐらせる。
(ちっ、いけ好かねぇクソ生意気な奴ら……きっちり教えてやるよ、相手の力を見誤るとどうなるのかを。お前らの知らない世の中には、どんなずば抜けた天才的才能の冒険者が存在するのかってのをなぁ!)
左右に首を振り、仲間たちの自信と闘志に満ちた顔を確かめる。
金属プレートの鎧装束の戦士グーン、巨漢の斧使いヌッパ。
シザーは改めて勝敗の行方を確信する。
(エルフの手にした武器は、細身の剣……剣士か……。注意すべきは、落ち着き払った妙なお前ぇのみ。後の二人はただのガキ。おそらく奴は、あのとぼけた坊主、どっかのボンボンに雇われた護衛役ってとこだろう……。俺一人でも余裕だとは思うが……一応、あいつには二人で当たるか……、そしてガキどもの相手は弟に任せ、いっそう奴の動きを牽制してやる)
シザーの隣に、グーンが使い込まれた鋼のミドルソードを構えて並ぶ。
「グーン、俺と来い。ヌッパ! 適当にガキと遊んでやれ」
グーンは黙ってうなずく。
「あいよ、あんちゃん」
両手持ちの重そうなバトルアックスを、ブンと軽く振り回しヌッパは答えた。
剣使いは、もう長い付き合いとなるシザーと、上手く間隔を保ちながら、レイピアを構えたルシフィスの方へ一歩一歩、足を進める。
(なるほど……このエルフという種族、初めてじっくり近くで見るが……確かに身軽で素早そうだ。……けっ、そうして自惚れてりゃあいい、今に吠え面かくことになるからよ……シザーには、決して勝てねぇんだから!)
「おう! お前らって、すばしっこいんだって? けどよ、リーダーには通用しねぇぜ」
(そうさ! どんなに人間より早くても、絶対勝てねぇ。なんてったって、シザーにはすげぇ魔法がある……ありゃあもう、とんでもない才能! 化け物さ!)
カピはふと思った。
これが初めての戦闘だ。
不思議な事に、大きな恐怖や緊張感は無い。
隣にいつもの平然とした頼れるルシフィス、そして守るべき女の子がいるからだろうか? ……それとも、この感じこそが、この独特な異世界のもたらす副作用なのかもしれない。
昔の記憶がよみがえる、誰だったか……そう、確かあれは、おじいちゃんに聞いた話。
戦前の日本、幼き頃、河原で真剣を持った者同士の切り合いを目撃した話。
その時の向かい合った二人は、異様なほど緊張した顔で、長い間、一定の間を保ったままじりじり動くだけだったそうだ。刀を振り回すこともなく。
(刃物を向けられ、そいつで刺されて死ぬかもしれない時って、現実の人の行動は、そんなものなのだろうなぁ……きっと)
だが、今のカピに沸き起こる感覚は、全くそれとは違った。
せいぜい、スポーツの試合を前にした緊張感という程度だろうか。
(自分の感覚、この世界にしばらく居る事で変になったのだろうか? 順応しだしたのかな……)
ルシフィスは思った。
どうやら予測に反し、相手は三人まとまって自分に掛かって来るのではなく、一人をカピ様の方へ向けるつもりのようだと。
(これは少し予想外でしたが……、一応、注意すべきは、レンジャーの男のみ……)
シザーは、低い構えを取り、鋭敏な刃渡り20センチほどの短剣を前に寝かせ、唇を一舐めすると、すり足でルシフィスとの間合いを狭める。
(度肝を抜いてやるぜ……。あと5年……いや、3年も修行すりゃあ、最強クラスのシノビにさえなれるこの俺様だぁ)
「よそ見してんじゃねえ! まずは、お前のスピードがどんなもんか、見てやんよ!」
刹那! バネの様な、しなやかさでルシフィスに跳びかかった。
その攻撃、大口を叩くだけある、目にも止まらぬ高速スピードで何度も切りつける。
ルシフィスは、その場を一歩も引くことなく、レイピアを空気裂く音と躍らせ、短剣の攻撃をすべて弾いた!
シュッっと土煙を上げ、数メートル跳び離れたシザー。
「ほう……、通常のスピードでは受けきるか……。さすがにエルフと言うところだな」
二人の素早い剣の応酬に、入る隙をまだ見いだせないグーンは、ミドルソードを持つ構えを変え、次のチャンスをうかがう。
(なかなかやるじゃねぇか……しかし受け止められるのも、あれで限界だろ。リーダーはまだまだ全開じゃねえ、奥の手を使ってさえもねぇ。……次はタイミングを合わせ、あの細い剣をへし折る一撃を喰らわせるか、隙のでる下半身をザックリ切り付けてやるぜ)
30キロはありそうな、どでかいアックスを、ウォーミングアップがてらに振り回し、巨漢の戦士ヌッパが、カピたちに近づいてきた。
一振り一撃を、地面に突き立てると、恐ろしいほど深くえぐれ、土塊が弾け飛ぶ。
「おい小僧! 遊んでやるぜ。まあちょいと力入れすぎちまって……、腕の一つ二つ、もげちゃってもごめんよ~」
カピの脳裏に切断された手がクルクル宙を舞う映像が浮かび、ゾクッとした。
その恐怖に引きつる顔を見て、ヌッパが笑う。
「ガッハハハッ! 小便ちびんなよ~。それでもおまえ、お姫様を守るヒーローなんだろぉ?」
もちろん、カピが本当にヒーローだとは、億分の一にも思わず言った台詞だ。
マルスフィーアも、屋外の日の光の下で改めて並べ見る、あまりのお互いの体格差に恐れをなしたようだ。
ひどく心配そうな声でカピに聞く。
「ど、どうしよう? 私、やっぱり……謝って、許してもらえないかな……」
「大丈夫…………たぶん。……と、とにかく、ルシフィスが向こうの二人を片付けるまで、粘ればいいから……」
戦い慣れしていないカピに、彼女の不安が伝染してくる。
そんなに大丈夫そうじゃない顔色で答えながら、腰の短剣、マンゴーシュを鞘からゆっくり抜く。
『マンゴーシュ』
カピのために、ルシフィスたちが用意してくれた武器。
長さ40センチ弱、刃渡り20センチほどの両刃の短剣で、特徴的なのは、握りに大きなガードが付いている事。
普通のナイフなんかより、遥かに長く太いつばと、持ち手を覆う流線型の小さな盾が付いている。
つまりこの短剣は、攻撃よりも防御に重点を置いた特殊な短剣である。
カピ専用マンゴーシュには、カピバラ家の名工、ロックの手によって魔法が付加されている。二つの魔法石がブレードに埋め込まれ、防御魔法の『プロテクトボディ』と『ハードガード』が、掛かっているのだ。
『プロテクトボディ』は、装備者の体の強度を上げ、『ハードガード』は、装備自体の強度を大幅に上げる魔法である。
これらの要素を踏まえ、この武器としてのグレード、能力スペックを解説すると。
短剣その物の品質の良さは、カピバラ家の武器庫に納められていた逸品であるので、超一流。
さらに、職人のロックによる優れた技術でプラスされた魔法石とチューンアップによって、格が上がり、超超一流。
ただし、封じ込まれた魔法練度は、残念ながら、現在のカピバラ家には超一流の魔法職が不在のために、そこそこの魔力。
最後に、使用者がカピという、非常に残念なインテリジェンス能力の持ち主なので……、例え魔法のかかり具合が上級でも、効果が中、低級になってしまう。
このマンゴーシュ、間違いなく最高の装備品だが、込められた魔法に関しては、生かしきれず……やや宝の持ち腐れと言ったところだろうか。
ヌッパはカピの馬鹿さ加減に大笑いする。
この重い斧の攻撃を、あの様な小さな盾で一体どうするというのだろうか。
「おいおいおい~おまえ? 頭の方は大丈夫か? そんなモンで、防げるわけねぇだろう!! あんまり笑わせんなよ~」
軽々とアックスを振り回し、カピに襲いかかる!
一撃、二撃! カピは難なくかわす。
正確には、かわすと言うより……振り下ろした斧が当たらない。
なぜなら! カピはヌッパより遥かにレベルが高く! そして、ラックの数値が半端でなく、桁違いに違う!
神の攻撃判定式により! 命中率が天文学的に低い、ほぼ無効化されているのだ。
ヌッパには知る由も無い。
(くそ! 思ったより素早いな……まるで……幻にでも、殴りかかってるみてぇじゃねえか……酔ってんのか? いやいや……)
後ろに下がっているマルスフィーアも、何か不思議なトリックでも見ている気になる。
あらゆる角度で振り下ろされる、唸りを上げる斧の刃がことごとく空を切るからだ。
実は、カピ自身も似たような同じ気持ち。
自ら意図して、避け切ってる訳ではない。
もちろん、中庭で毎日欠かさず行っている、ストライカープリンシアとサムライのリュウゾウマルとの、基礎訓練が地味に効いてる気はしたが……。
(あれ!? 助かった~!! ふぅ~また当たらなかった)
と、そんな不思議な感覚を持っていた。
両手持ちのバトルアックスを振り回す戦士が、汗だくになっている。
その汗には、激しい運動で出る汗だけではない、何か別の汗も混じりだして来ていた……、その成分は、恐怖。
(お、おかしい、おかしいぞ!?)
この気持ちを伝えたくて、仲間の二人の方をチラチラと見るが、予想外に、向こうも全くケリがつく様子が無さそうだ。
(絶対におかしい! なぜだぁ? ちっとも! かすりもしねぇ!!!)
悪夢に落ちたような気がして、ヌッパは叫んだ、
「くっそぉ~~~~~~!」
ターゲットを変えた!
マルスフィーアに襲い掛かった!!
カピはその変化に辛うじて気が付き、ギリギリで体勢を向ける。
彼女への一撃を、マンゴーシュで受けた!!
しかし、強烈に体重の載った重い一撃。
普通の短剣なら、砕け散るエネルギーの重さ。
だが、このマンゴーシュ、そこらの量産品ではない! かかった魔法『ハードガード』が発動し、紫の光を火花の様に散らして、受けきった。
……短剣は受けきった。
が、短剣が受けた攻撃の力の波は、カピ自身の体を襲う!
大ダメージには至らないが、カピの体は弾け飛んだ。
絶望的に軽く弱々しい体ではどうしようもないのだ。
何とか立ち上がり、次の攻撃に備えようとするが、腕が痺れ、足元もふらついている。
もしも『プロテクトボディ』の補助魔法が無ければ、腕の骨が砕けていたであろう。
ニヤリと笑うヌッパ。
「へへ、へっへへ……。そうかい、当たるのかい……」
初めて伝わってきた手ごたえに、不安が消え、叩き潰せるという確信が湧く。
「この女を! 狙やぁ~~」
大きく振りかぶり、マルスフィーアをめがけて猛烈な一撃を振るった!
「!!!」
カピは男だ! ヒーローは逃げられない。
決死の覚悟を決め、受けに回った。
震え、鈍い体に、気合を入れる!
マンゴーシュを逆手に持ち、両手を添え、打撃を受けた!
……所詮、無駄だった、無駄な事だった。
物理的に無理なのだ。
すべての破壊の波が、無敵のマンゴーシュを通り抜け、カピに注がれる。
カピの少ない体力では、死を意味する致命的なダメージとなる。
(ああ、ダメか! ……ルシフィス頼んだ……、後の始末はつけてくれる……運良く間に合えば…………)
カピの全身を、ヌッパの渾身のパワーが襲い貫いた!!!
もう……ヒーローは、動かなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます