第16話 眠れる用心棒
「ぐっすり眠る仔豚亭」という、ちょっと可愛い名前の冒険者酒場へ、強運だけが持ち味のヒーロー、カピとその忠実なる付き人カピバラ家の執事ルシフィスが、馬を駆って出かけた。
目的は、新たな『冒険者』の仲間探し。
戦士を雇うため。
執事いわく、先日開かれた署名会談にて、太った大魔法使いの有力貴族サザブル伯爵の、口から出た言葉の数々は、耳の垢にもならぬ戯言ばかりだったが……、たった一つだけ重要な傾聴すべき台詞を吐いた。
それは、カピには護衛の戦士が必要だという事。
できれば、人間の。
今回の外出、最初は、戦士の力量を測る目も確かな剣豪、リザードマンのリュウゾウマルを、ボディガードも兼ねてお供とすることを、執事は申し出たのだが、食材探しではなく、人材探しという退屈な使命に、コック長が全く乗り気でなく、結局、執事本人が同行することとなった。
結果的に、コレで正解だったかもしれない。
カピバラ領の位置する辺境の小さな町酒場で、確かに、リュウゾウマルほど腕の立つ……いやいや、彼の足元に及ぶ剣士でさえ、到底望めるはずもなく。
雇うとなれば、必ず彼の下に付く人材ということになる。
さすれば、リザードマンだという人種の違いも相まって、いらぬ人間のプライドが頭をもたげ、きっとややこしい事にもなるだろう。
その上、そこは酒の席でもある、荒くれも多い冒険者酒場、交渉などという段階、遥か以前に、トカゲの様な、この世界においても希有な外見ゆえ、ひと悶着あっても不思議ではない。
カピは、すっかり慣れた白馬のホワイティを乗りこなす。
ベルトに差した短剣もしっくり納まってきた、あとは、お尻の皮がもう少し厚くなってくれれば、長距離の旅も問題は無さそうだ。
ルシフィスは、愛馬のクロベエと人馬一体になって駆け抜ける。
彼、ハーフエルフは、天性の引き締まった筋肉質の肉体と、少女の様に軽い体重で、この上なく最強の騎手、まさに神の乗り手と言えるのではないだろうか。
町へ着くと、酒場の程近くに隣接された厩に、二人とも馬を繋ぐ。
馬番へ、執事が10クルワ硬貨3枚をチップとして渡した。
このようにして、粛々と着実に、お金というものは無くなっていくんだなと、馬番の歯の欠けた男が、嬉々としてコインを懐に仕舞う姿を見ながら、貧乏領主カピはわびしく心で涙を流した。
「どうかしましたか?」
執事に促され、酒場の入り口へと進むカピ。
「おお!」
と、思わず声を出し感動する。
目の前には、西部劇映画でおなじみの、あのカッコイイ扉が待っていた。
胸下の高さほどのスイングドアだ。
カピは、腰のベルトを今一度、グッと締め、一流職人のロックにチューンアップしてもらった短剣を確かめると、ドキドキワクワクしながらドアを押し開けた!
ギィっと蝶番が鳴く。
気分は凄腕ガンマンそのもので、ガヤガヤした酒場の店内に足をザッと踏み入れる。
いっせいに酒場の荒くれ者たち、冒険者たちが新参客のカピに注目……。
……。
……し、してな~い!
何人かは、チラリと見たが、大概の者は椅子から一センチたりとも腰を浮かすこともなく、同席の仲間と笑い、喋ったり酒を飲んだり、飯を喰ったりしたまま。
客の出入りなど、いちいち気にもしていない……。
さすがに、カウンター奥にいた酒場のマスターは、軽く会釈をした。
すぐ後ろに続く、ルシフィスと顔見知りの仲のようで、執事も目配せで合図を送る。
カピが、ここカピバラ領の主だという事を誰も知らない。
マスターのみに、執事は知らせていた。
陽気な若いウエイトレスに連れられ、空いた席に案内された。
執事と向かい合って、使い込まれた木の椅子に座る。
カピは、『誰だ誰だ? あの見たこともない新人は』と言うざわめきで、全員に熱い視線を向けられながら席に着くという、よくある酒場のワンシーンを思い浮かべていただけに、拍子抜けでガッカリしていた。
「ううぅ~、これじゃあ、ファミリーレストランに入るのと変わんない……」
「どうしたんです? さっきからカピ様。そんな、泣きそうな顔をなされて、お尻の皮でもまた剥けたんですか?」
店内に、客の数は数十人ほど、それぞれの席にグループが出来ている。おそらく冒険者としてのチームだろう。
何か別の目的でもありそうな胡散臭い独り者も、ちらほら見えるが、ルシフィスが求めている理想の戦士、カピにとってベストと言える用心棒に成り得る、一目瞭然と輝き放つ逸材は見当たらない。
他に、目に付くといえば……、奥の隅にこっそりと、一人で座る小柄な冒険者。
これは一目瞭然だ、一目見ただけで経験の浅い新人だと分かる、ベターにも程遠い人材。
(カピ様を守るどころか、自分を守るので手一杯だろう)
ルシフィスは考えた。
やはり第一印象では、残念ながらこの酒場では、ほぼ予想通りの品揃え……、ならば、見えていない部分をあぶりだし、もう一歩踏み込んで見るしかない。
カピには、どの冒険者も屈強な厳つい顔の男ばかりで、十分強そうに見えたが、その辺を見極める人選は、ルシフィスに任せた方が良いだろうと思っていた。
近くの席、かなり腕に覚えがありそうな、自身に満ちた態度を醸している三人組の話が聞こえてくる。
「でなぁ、やっぱ俺としちゃあ、魔法も使えるようになりてぇえんだよ」
金属製のライトアーマー、全身をすべて覆うのではなく、胴や肩、腰の一部をプレートで覆う鎧を着用した、剣使いの戦士が言った。
「そうそう! ヒーロー様に転職して、女にもモテモテ~ぐふふ、チュッチュ~選り取り見取り」
隣に座る男が、分厚い唇を尖らせて、手に持った骨付き肉にキスの真似。
こちらの戦士は、上半身裸に近い装備で筋肉の塊。肩当てや胸、腹、手首などに、厚い革装甲を付けている斧使い。
「ヒーロー様~、わたしにもキスしてぇ~ってなあ、ガハハハッ」
「おいおい、お前ら! ガキみてぇな話で盛り上がってっけど、魔法を使いこなしてぇんならINTの方、お頭の出来はどうなんだ?」
頭をコツコツと指差し、対面に座るリーダーらしき黒っぽい革鎧を着た男が言った。
INTとは、インテリジェンス値、魔法に絶対欠かせない能力値のことである。
「あ~、それ言う? 今言う? あんちゃんはいいよ、才能あるしさぁ~……すでに、スゲェ魔法を習得しちまってるんだもんなあぁ」
「どうせ、俺らはリーダーと違って力のみ、それでもよ……」
「そうだそうだ! パワー命で! めげずに俺たちゃ頑張ろうぜ~」
筋骨隆々の斧使いは、大きな力こぶを作って見せながら、笑って話し続けている。
ルシフィスがウエイトレスに注文を取る。
良く通る声で、カピにミルクを、自分には水を頼んだ。
「え~、飲み物だけでいいのぉ?」
そう尋ねた彼女に頷く執事。
ウエイトレスは肩を軽く上げ、了解しましたと素振りをしてカウンターへ。
……件の三人組が、カピたちに気づいた。
戦士の一人が、露骨に馬鹿にしたような顔でにんまり笑い、声をかけて来る。
「あら~、どうした? ここは遊園地のカフェだったかな? お~いおい、こりゃまた、かわいいお坊ちゃま方が、お食事に来たぞ」
「ヒュ~ヒュ~、ママはどこ~? こんなとこ、ボクちゃんだけで来ちゃ危ないよ~」
相棒が、合いの手のおふざけを入れる、
「ミルクだったら、お母ちゃんのおっぱいだろ~! ガハハハッ」
執事はカピにそっと肯きかける。
彼らの、子供っぽい悪口と変わらぬ野次に、なぜか胸がチクリと痛んだカピだったが、もちろん了解している。
こういった愉快な連中は、はなっから不合格にすると。
カピも同じく肯き首を振った。
「ん?」
リーダーのレンジャーが、その仕草、目ざとく見逃さなかった。
絡んだ仲間の戦士二人も、カピたちが全くビクつかず、予想外に平然としているのを感じ、その気取った鼻持ちならない態度に、本能的な苛立ちを覚え出している。
「おいこら! 坊主。えらそうに無視か? 先輩冒険者に対して、えぇ? 少しはお愛想できねぇのかあ? ああン」
グラスを持った腕を勢いよくテーブルに着き、アーマーが擦れた金属音を立てる、不快な音。
「あっ、すみません」
カピは、少し大きな声で謝った……。
……ウエイトレスに向けて、手を挙げて。
「やっぱり、ミルクは止めて、何かおすすめのジュースか? あったら、そっちにします!」
(わざわざ、お店に来てまでミルクを頼むこともないよな……考えてみれば、家では、いつも新鮮で美味しいの飲んでるっていうのに、なおさらだよ~)
「は~い! OK~。じゃあ、ナッツシェイクねっ」
ウエイトレスは、お茶目に敬礼して注文変更を承った。
上手く事を済ませたカピは、目の前に座っている執事に微笑みかける。
ご主人の予測不能な行動に、いつも戸惑わされてしまうルシフィスの両目が少し開く。
ゴゴゴゴゴ……そのカピの行動に……。
ゴゴゴゴゴ……執事より、さらに戸惑い……むかつき、顔色を変える者たち。
彼らの目に映るのは、生意気で、尖ったフリをする若造、本当は臆病で、心の中ではビクビク震えているくせに、虚勢を張る。
『ユニオン冒険者』として新たに与えられた力に自惚れ、己は何でもできると思いあがり勘違いする、よくいる新米。
怒りが爆発する。
「ああぁ? てめぇ小僧! ンならよぉ、その頭をシェイクしてやらあ!」
斧使いが、テーブルを拳で叩きつけ、椅子を弾き飛ばし立ち上がる。
青筋を立てた鬼のような巨漢に、面と向かい合ってこんな態度を取られたら、誰だって縮み上がってしまうだろう、さしものカピも顔を上げて驚いた。
(……微笑みが、消えてしまったじゃないですか)
ゆっくりまぶたを閉じ、一呼吸おいて、ルシフィスが言葉の火を放った。
「やはり、ろくでもない冒険者ばかりですね。まあ、こんな田舎で期待はしておりませんでしたが」
大声を上げる訳でもなく静かに、だが、店の客たち全員にはっきり聞こえるように言い放つ。
今の彼、ブレーキのかかり具合が甘い。
ルシフィスの挑発的なセリフを耳にし、気に障った三人組以外の冒険者の怒号も、そこかしこから飛んだ。
店内の空気が急激に悪くなる。
「てめぇ……、ミルクくせぇガキが……ふざけたこと言うじゃねえか」
首を一回りさせ、ドスの利いた声で唸り、レンジャーの男も腰を上げた。
男は、この時気が付く、ルシフィスは子供ではない、エルフだと。
(黒髪で分からなかった。奴ら大抵、薄い金髪や緑がかった髪の毛をしてると思ってたが…………こいつは、間違いなくエルフ。連れは? あれは人間の小僧だ。……なんだ? こいつら一体……)
リーダーと呼ばれていた、クラス:レンジャーの冒険者を真ん中に、戦士の二人も並び、ルシフィスと向かい合う。
大柄な大の大人の男たちに囲まれる、子供のよう。
これはもう只では収まらない。
どちらかが折れるまで、折れて地べたに這いつくばり、許しを請うまで。
もちろん、普通考えられる結果は一方のみ、生意気な少年たちが……だが。
凄惨な結末へのカウントダウンを誰もが感じ始めている中……、全くこの舞台にそぐわない、空気の読めていない者、言うなれば、観客席の客が黄色い声を上げて、突然転がり込んできた。
「ちょっと皆さん。お、落ち着いて……あ、わわっ」
すべての言葉を言い終えないうちに、すってんころりんと、文字通り転がって間に割り込んできた珍客。
執事は、愚かすぎるその人間の行動と、間っ平らな地面でも、躓いてコケる事のできそうな才能に、すっかり呆れ返る。
「け、喧嘩はダメです!」
愚鈍な人間が大声で言った。
そのなんとも無鉄砲な仲裁者の正体は、先ほどまで店の隅で大人しく座っていた『新人です』という名札を胸にでかでかと付けているかの冒険者。
一身に注目されている現状を、恥ずかしそうに立ち上がる。
帽子、眼鏡、革製ショルダーを、器用に! ずらしたその姿は、ドジっ娘そのものではないか。
ドジっ娘マルスフィーア、否、女戦士マルスフィーアは、眼前の落ち着き払った少年が、学生服を着た人間の男の子なのではなく、黒髪のエルフだという事に今気が付いた。
自分を見つめて来る、大きく思慮深い緑の目が美しい。
前を真っすぐ向くと、もう一人の連れ人……カピと視線が交じり合う。
彼は目をキラキラさせてこっちを見ている。
…………。
マルスフィーアの脳が、一瞬シェイクした。
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