第15話 迷い込んだ仔ブタ
「ぐっすり眠る仔豚亭」……ちょっとメルヘンな可愛い名前。
ここは、カピバラ領内にある、『冒険者ユニオン』支配下の宿場町、その冒険者酒場である。
店内にいた客の数は、三分の一ほど席が埋まっていて、20人弱。
数グループに分かれた冒険者たちが、それぞれのテーブルで思い思いに会話し、酒を煽っている。
壁際の一画には、カウンターもあり、数人の客の他に若いウエイトレスが一人、背の高い椅子に浅く腰掛けている。
中では、不愛想な酒場のマスターが立って、黙々とグラスを磨いていた。
西部劇でおなじみの、観音開きになった手押し扉、ウェスタンドアが静かに開き、小柄な若い冒険者がひっそりと隠れるように店の中に入ってきた。
耳当て付きの皮の帽子を深くかぶり、眼鏡をしているその顔は、青年というより、もっと幼げな少年に見える。
戦士らしからぬ華奢な体に細い手足では無理ないが、装備はいたって軽装。
サイズの合ってない、やや大きめの革鎧を着て、背中に小型のリュックと細い棒を担いでいる。
店内を素早く見まわし、店の奥隅に空いた席を見つけると、コソコソと移動。極力目立たぬようにポツリ座った。
水と軽い食事を注文して、キョロキョロ落ち着かない様子で待つ。
一つ空け、隔てた隣のテーブルでは、三人組の男たちが、よくある話題の一つで盛り上がっていた。それは、どのクラスが最強か? という話。
ほろ酔い気分なのか、楽しそうに大声で語り合っている。
「最強の名にふさわしいのは~! 戦士クラスの俺から言わせると、やっぱ! 王道の王道!! ヒーロー以外考えられないねっ」
「そうだよなぁ~憧れるぜぇ! 何つっても、完璧な物理攻撃力に、強力な魔法がおまけでついて来るんだから、無敵だな~おい!」
「けっ! つまんねぇ。ひねりがねぇ。『百獣の帝王がドラゴンだから、ドラゴン最強』って言ってるぐれぇ普通過ぎ! お前らは初心者か? 子供か?」
初めの台詞を喋った二人それぞれが、斧と剣を使う戦士であるためか、一致して同系統職のヒーローを持ち上げる。
そんな仲間の言い分に、納得いかずケチをつける三人目の男。
「なんだよリーダー、本当のことだから仕方ねぇだろ~」
剣使いの男は、不満げな冒険者にそう言って、ぐびっと喉を鳴らし酒を飲む。
「うるせぇ、一流ハンターの俺様に言わせると、甘いね!」
顎を上げ、言葉の勢いを強めリーダーと呼ばれた男は続ける。
「魔法はな、ヒーローだけの専売特許じゃあねぇえぜ! それになっ、本当の戦闘ってのは、戦う前からすでに始まってるのよっ、一対一のタイマン、デュエルで考えりゃ~間違いなく! 最強はシノビ!! レンジャー極めのクラスだ。そうよ、忍者の前にかなう者無し! 反論は許さねぇ」
先ほど、店内に入ってきた小柄な冒険者と同様、この男も革鎧を身につけているが、こちらは、全身を隈なく覆うフルタイプの鎧。
サイズぴったりにあつらえられ、スリムだが筋肉質な体に馴染み、かなり着慣れた様子。
「ちぇっ、あ~あ、まいるぜ兄貴にゃ。……でもまあ、確かに? 少々卑怯な、不意打ちもアリっていう、実戦で考えると……そういう考えもあるわなぁ。……だがまてよ、どうだ? こっちがソロで、相手がうようよいるモンスター共ってことなら? やっぱヒーローに軍配が上がるぜ」
「待て待て、チーム戦って考えを入れていくっつんなら、忘れてねぇか? 魔法使いを! 低レベルな奴らはともかく、マスタークラスになって来ると、詠唱速度もっぱねぇぞ? 俺たちの攻撃スピードを超えて、発動してきやがるぜ」
「……ヒック…………だなぁ。前衛に盾役の戦士でも揃えられたら……手が付けられねぇや。……パーティ最強は大魔法使いに決定~ぃ……」
あながち間違っていない、各クラスの戦力分析の会話は、酔いが回るとともに、徐々に意味の無い愚痴や馬鹿話へと変わっていく。
隅で、聞き耳を立てながら食事を始めていた若い冒険者は、彼らの話す内容が、思わず赤面してしまうような下品な話になって行ったため、慌てて他へ意識を移した。
すると、入り口のドアがバタンと開き、また新しい客が入ってきた。
自分とそう変わらない体格をした人物、二人連れのようだ。
彼らをジロジロ見ることも無く、少し目をやっただけで、再び自分のテーブルに目を落とす。
「ふぅ~……」
出された食事が不味いわけではないが、酒場の、どうも自分には合わない雰囲気と、期待した出会いも無さそうで、思わずため息が出る。
(プリティな名前のお店なのに、正反対の人ばかり……。これ食べたら、早くここは出て、近くのユニオンの館にでも行ってみようか……)
店の中央で騒がしさが弾けた。
さっき入って来た新客を野次っている声がする。
聞いてみると、どうやら彼らが注文したメニューが馬鹿にされている。
「おいおい、こりゃまた、かわいいお坊ちゃま方が、お食事に来たぞ」
「ヒュ~ヒュ~、ママはどこ~? こんなとこ、ボクちゃんだけで来ちゃ危ないよ~」
退屈を持て余している彼らにとっては、格好の暇つぶしターゲットか?
改めて、その二人組をよく見て見ると、本当に子供だ。
(こんな所、来てはダメだ。あの人の言うとおり……本当だ、危ない)
でもきっと、間違えて入ってしまった彼らも、店に漂う危険な空気、自分たちの場違いさに、直ぐ気が付いて出て行くだろう。
……そう思った矢先、意外な事になる。
少年の一人が、彼らを逆なでするような、とんでもない馬鹿な事を言ったのだ。
「やはり、ろくでもない冒険者ばかりですね。まあ、こんな田舎で期待はしておりませんでしたが」
(あぁ! なんてことを。周りが見えていない、若気の至りで言ってしまった……)
この先はもう、想像通りの最悪の展開になりそうだ。
発言直後、さっきのグループを初め、周りのテーブルからも幾人かの冒険者が立ち上がり、ふざけるな小僧と、声を荒げる。
小柄な戦士は、こっそり気づかれず出て行きたかった。
もう少し早ければ、この騒ぎに巻き込まれず店を出られたのに。
でも、仕方なかった。
お節介な好奇心が、ほっておけなかったのだ。
「ちょっと皆さん。お、落ち着いて……あ、わわっ」
そう声を上げて、揉め始めているテーブルの方に、愚かにも仲裁へ向かう。
しかし気ばかり慌てて、体が思ったように付いてこない、飛び出た椅子に足が引っかかりよろける。
その拍子に、肩当てが、ずり下がり、重心のバランスが崩れた!
なんともみっともない無様さで、ドタバタ喜劇の一場面みたいに、すってんと転げながら飛び込んでしまった。
眼下でモアモアと埃を立てながら、うつ伏せにすっ転んでる冒険者を見つめ、冷めた態度の奇妙な少年が、冷たく言う。
「落ち着くのは、わたくしではなく、あなたの方では?」
手足をバタバタさせ、何とか体を起こし、へたりと床に座る。
「け、喧嘩はダメです!」
恥ずかしさもあり、顔を真っ赤にし、思わず上ずった声で叫んでしまった。
追っつけ、よろっと立ち上がると、斜めにずれた帽子から……織り込んでしまっていた長い髪が、はらりはらり垂れた。
栗色の艶やかな髪が乱れ、装備が乱れ、眼鏡もずれた。
「な、なんだぁ!? お前、お、女か?」
野次った冒険者の一人から驚きの声が漏れた。
その彼女の姿、グラマラスと言うには程遠いはずが、不思議な色気を醸し出す。
「おお~、いいねぇお嬢ちゃん。あんたの言う通り……喧嘩は止めて……この俺とイイ事しに行こうぜぇ! ……ゲへへへ」
ごつく汗臭い体を寄せながら、下品に言い寄ってくる男たち。
確かに、仲裁は成功した。
だが……よりいっそうおかしな面倒に巻き込まれてしまったことを、女戦士マルスフィーアは痛烈に思い知らされた。
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