第14話 展覧会の声


 自分の本当の名前を忘れた青年が、奇妙なファンタジーゲーム異世界へ、崖っぷちの名家カピバラ家の若き新領主カピとして転生して、はや2週間が過ぎた。


 本来のヒロイックファンタジーや冒険活劇であれば、さすがにこれだけ時が経ったのなら、主人公たるもの、勝つにせよ負けるにせよ、数々のバトルを繰り広げ、多少なりとも血なまぐさい経験を積んでいてもおかしくはない。


 ……だが、現実は違った。


 戦いの幕開けを告げる、コーションサウンドが鳴ることは一度もなく、冒険とは程遠い思いもしない悩み事を解決することに奔走していた。


 もっとも、ぜんぜん命の危険がなかったのかと言えばそうでもなく、ユニークモンスターからの危機一髪の一撃や、凶悪なトラップに殺されそうにもなった。運が悪ければ、最強ダークヒーローとの強制デュエルで命を散らしていたかもしれない。


 そう、運が悪ければ…………。


 しかし、唯一その点に関しては、心配いらない。


 なぜならカピは、強運の持ち主、ラック極振りのMAXレベルヒーローなのだから。



 悩み事の一つ目、カピ自身の、この歪なステータス。

 武力に体力、すべて最低の弱っちい冒険者なくせに、属するクラスが、選ばれた戦士のみ成ることを許されたヒーローであるという嘘っぽい真実の設定を、隠して置く訳にもいかない、周りのお付きの者にどうやって納得させ、誤魔化すか?


 この問題は、ほぼケリが付いた。

 有能なハーフエルフの執事のように、鋭い部下もいるのだが、カピに対する盲目的な忠誠心と勝ち得てきた尊敬とで、もはや主人に疑いを持つことはない。


 執事のルシフィスの信頼を得たのなら、カピバラ家でいつもいっしょに暮らすのは、頑固職人のロックを除いて、後はみんな、超の三つは付くお人好しばかり、これっぽっちの心配も無用。


 陽気なドワーフのメイド長のプリンシア、猪突猛進リザードマンのコック長のリュウゾウマル、少々の知恵は足らずとも純粋無垢で優しい大男のスモレニィ。

 彼らになら、カピのどんな奇妙な言動や指示も全く引っかかることは無いだろう。



 もう一つの悩み、この世界、生きていくにはお金が必要、なんと世知辛いことか……けれど、それがリアル、現実だった。


 正確に言えば、ただ日々を暮らして行くには不要、いくら大赤字の財政難とはいえ、腐っても大貴族の端くれ、カピバラ家の当主である。

 手元に1クルワも現金は無くとも、莫大な資産が存在する。

 何事もなく、現状維持で時を過ごせるのならば、少人数の精鋭部隊、とてつもなく有能な冒険者の家来を雇いつつも飢えることは無いだろう。


 ただ、例えば会社組織として考えるなら、いくら片手ほどの人数の社員とはいえ、仕事のできる超一流のビジネスマンスタッフを雇用している以上、それなりの高級を払わなければならない。雇用主の責任として、そのためには借金や資産を削ってでも、お金を用意して月々の給金を支給しなければ。


 だが、カピにはその心配も杞憂だった。なぜならもはや、彼らは家族の一員、お金で繋がれた関係ではないからだ。

 みんなの一致した思いは一つ。

 最も重要なのは、各々の利益よりも遥か遥かにカピバラ家の名誉と存続、そしてカピの事だった。


 さあ! それでは、もう問題はないじゃあないか? マネーなんていう、ロマンの欠片もないような、興ざめしてしまう、つまらない事に気を取られるのは終わりにして、新鮮な日常を楽しもう! 心躍る冒険に出かけよう!


 …………


 今一度ここで、思い返そう、この世界が、非常に不可思議だが……ゲームの法則に支配されていることを。


 カピは、プレーヤーキャラクターとして、直感していた。


 この先、お金、クルワという数値を軽視して、生きていく、生きぬいて行くことは出来ない。


 もっと言えば、何事もなく平穏な日々を繰り返し送るだけで、エンディングを迎えられることなど有り得ない。今まで以上に困難な試練がやって来ることは確実。

 難攻不落のダンジョン攻略、エンシェントドラゴン級の超最上級モンスターの討伐、強敵の大貴族率いる国を挙げての戦、戦争にさえも巻き込まれるかもしれない。


 無から有を生み出すように、物語を紡ぐだけでは済まない。力業だけでは辿り着けない。それがこの異世界の正体、リアルゲームワールドなのだ。

 課せられるであろう数々のミッション、それすべての備えのためには、資金がいる、それも終演に向かうにつれ、桁違いの資金が必ず。


 (もちろん、いきなり大金をゲットできる訳はない……、まずは足元を固めてコツコツと出来ることから初めて、ちょっとでも蓄えるしかない。そして……必ず、どこかの時点で稼ぎをバーストさせる……)


 カピは、今のところ運にも恵まれて上手くやっていた。

 いくつかのイベントをやり遂げるだけの運転資金は一応確保できたし、最後の一手として考えた、マイスターロックの作る一流の品々を、恒久的な商売として販売するというアイデアも、ついに彼を説き伏せ、晴れて実行に移せたのだ。




 ロックとのやり取りの経緯を、驚きと、やはりカピ様ならばという確信、半々の気持ちで聞き受けた執事が、さっそくカピバラ村へと赴き、村長と話をつけた。

 最初の一歩として、定期的に村の集会場で販売目的を兼ねた展示会を開くことを決めた。


 帰ってきたルシフィスの報告によると、村長をはじめ村人たちは、その人生初、村始まって以来初となる催し物に興味津々で、かなり心待ちにしている様子らしい。



 ロックには、他人がとやかく言う資格がないぐらい、長きにわたって研鑽を積んできた職人としての誇りがあることをカピも十分感じていた。

 それゆえに、ただ単に作品をお金に換えるというような、流れ作業に載せて売ってしまう、そんな失礼をする気は毛頭なかった。


 そこで、作品を二段階のカテゴリーに分けて販売することを提案した。


 一流の刀鍛冶の打つ刃にも、名刀以外に無銘刀があるように、決してわざと手を抜くわけではないのだが、必然的に生まれる出来の違い。

 渾身の作品、仕上がりに不満の無いお気に入りの傑作と言えるような、希少品と一般品の二段階という訳である。


 通常の品は、普通に販売するのだが、高級品にカテゴライズしたものは、所有者の記録を書簡等に記すことにした。

 カピの世界でいう、著名な画家の作品などにおいて、所有者リストを作り、現所在の把握、移管管理をするシステムを真似てみたのだ。


 創作者にとって、生み出された作品は、言葉通り我が子のようなものでもある、こういったフォローは、生粋の職人ロックをより前向きにさせた。



 展示会当日の朝早く、ロックとプリンシアが、手伝いに来た数人の村人たちと、商品を積んだ荷馬車で先に村に向かった。

 少し時間をおいて、執事をお供にカピが馬のホワイティにまたがって駆けつけた。


 早くも集会場の周りには、物珍しそうにした村の人々が集まっている。


 カピが会場内に入ると、荷物はすべて運び入れられ、部屋の中央には商品を並べる予定のスペースが設けられていた。

 だが、彼らすべてにとって初めての経験で、そこから先どうすればいいのか? 術無く準備作業が止まってしまっていた。


 主人の到着に、プリンシアがパッと笑顔になって駈け寄って来る。


 「お坊ちゃま~! 待ってましたよ~」


 奥の方で、すまんと言いたげな困り顔で、ロックがごま塩の短髪を撫でながら会釈をする。


 カピのすぐ後ろを付いて、場内に足を踏み入れた、執事ルシフィスが会場の様子を見まわしながら呆れたように言った。


 「なんですかこれは? ぜんぜん準備が終わってないじゃないですか」


 ロックもカピたちに近寄ってきて、面目なさそうに苦笑いしつつ答えた。


 「いや~、こっからどうしていいか、さっぱりでなぁ。おかしな感じで並べちまってよ、せっかくの初展示を失敗してもいけねぇし……困ってたところよぉ」


 「そんなに難しく考えなくてもいいんじゃない?」


 そう笑って答えながら、考えてみればカピにとっても、展示会なんて開いた経験は無い。したがって、より良い展示法なんていう知識も無いが、何とか知恵を絞りだしプランを考えた。


 まずは、室内をぐるっと輪に、テーブルなどを配置して、入って来る客の動き、動線の流れをスムーズにすることを基本にした。

 後は、ロックに聞きながら、作品を大まかな種類ごとにディスプレーしていく。


 カピは、率先して指揮と作業に取り掛かり、品物を丁寧に、時には微妙な角度などを何度も吟味し、いくつも並べながら、ふと思う。


 (フフフ……また、やっちゃてるね……。……めちゃくちゃ地味に、陳列作業を黙々とするヒーローだって?! 怪物も倒さずこんなことやってる勇者様なんて! きっとドコにもいやしないや、間違いなく世界初の珍事だよっ)


 とは言え、そんな自分の行動に対して、嘆き蔑みなどは一切無い。

 それは、充実感に満ちたカピの笑顔が証明していた。



 カピとルシフィスの手伝いが功を奏し、展示会が何とか予定通り無事に始まり、結果、ほとんどの村人が顔を出しに来るほど盛況だった。

 売り上げの方は、物がモノだけ、さすがに商売大繁盛とはいかなかったが……。


 それはどうしても品揃えが、バーゲン会場というよりは、ブランド直営店といった雰囲気と、それなりの値付けだったため、彼らにしてみると一生モノを買う感覚なのである。

 どの品も、家宝にしてよいぐらいの、初めて手に取る工芸品ばかりだった。


 こうして、買うことは出来なくとも、多くの村人にとって大変良い目の保養になったのだが、中でも、一人の男の子が好奇心に満ちた瞳で、一つ一つの装飾を、食い入るように見ていた。

 痩せた少年で、よく見ていると、歩く片足がややぎこちない。


 ロックが声をかけ、少し専門的な技法の説明をしてやると、未体験の知識のシャワーを浴び、少年の目の輝きが眩しいほどに増して行く。


 「また……また来ていい? …………おれ……買えない……けど……」


 ロック、そして隣に並んだカピは微笑んで頷く。


 少年は翼を生やして、会場を出て行く。


 「これで、忙しくなると…………弟子もいるよね」


 カピは扉の方を見ながら言った。


 「カピお坊ちゃんの手伝いは、あてに出来そうもねぇからな。……特にこれからは」


 そう言って、ロックは笑った。



 きっと彼だけではないだろう、新しい希望を、夢を見出したのは。

 これから先、カピが巻き込まれていく波瀾万丈で激動の世界、そこから見れば、ほんの小さな世界、そんな空間で繰り広げられる小さな小さな物語。

 そんな平凡で平和なエピソードを……いつか語る時も来るかもしれない。


 辺境の村のちっぽけな展示会。


 しかし、そのまかれた種は、いつか大きく実を結ぶ。


 この日、催しも終わり全てが片付き……最後に思った。


 人々の見せる表情の数々。ああ、それは意外といい気持だった。





 ―――― 屋敷近くの、静かな森の奥深く。


 スモレニィは、悪い気持ちに胸を覆われ、逃げ出したくなっていた。


 カピバラ領の秘境、神聖なる豊かな自然が誰もを包み込む暖かな場所。

 恵みの温泉近くで……。


 心優しい大男は、残された片目をギュッと閉じる。

 目の前のものが、消えることを望んで。


 そお~っと、開けて、見る。


 嫌なものは消えはしない。


 湧き出て来る悲しみと、涙を湛えながら、太い指で土を掘る。


 多くの小動物の毛、茶色、白。

 赤い、どす黒い血の痕。

 傍の大木には、えぐり取られたひっかき傷。



 そして死骸。

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