第13話 職人って奴ぁ


 一旦、カピは執事のルシフィスとは別れ、メイド長のプリンシアと屋敷の中庭に建つ離れ、ロックの作業場へと向かった。


 ロックは、『冒険者ユニオン』によって認定される職種の中でも、少し特殊なクラフトマン系、技師と呼ばれるクラスに就いていて、なおかつ、中でも上級者に与えられる称号、クラス:マイスターである。


 能力パラメータで分類すれば、最も重要な値がDEX、デックス。デクスタリティの略であり、つまり、手先の器用さに優れる者が向いているクラスだと言える。


 えてして、この優れた職人と呼ばれる人種には、強いこだわりを持つ頑固な者が多いと言われたりもするのだが、御多分に漏れず、ロックも相当な頑固爺であった。


 道すがら、プリンシアがカピの手を取り囁く。


 「お坊ちゃま、どうぞ怒らないでおくれ……。ホントならご主人様の言いつけ、どんなことだって素直に従わないとダメなのは分かってるんだけど……。あの頑固ジジィだけは~もう~!! マックス様のご意見だって、嫌なことはぜっ~たい首を縦に振ろうとしないんだから」


 カピより断然、中身も威厳もあり、尊敬されていた先代のマックス伯爵に対してもそうなのだから、これは相当なもので、先が思いやられる。


 彼女はどこか探るような上目遣いのつぶらな瞳で、カピの顔をじっと見ると。


 「カピお坊ちゃまも、意外と……曲げないところがあるから……ちょっと心配だよ~」


 「そう? そうかな」


 カピは、自分では気づいていない意外な指摘を受けて、少し戸惑う。



 キュートでお喋りなメイドと、会話を交わしながら離れ近くまで歩いていると、使用人の大男スモレニィが、いそいそと中庭を横切っていくのが目に留まった。


 「スモレニィちゃん! どこ行くんだい?」


 プリンシアが声をかける。


 こちらの事に気が付いていなかったのか、急に声をかけられて挙動不審になる大男。


 「あ、あああ……」


 首を左右にギクシャクと振り、あっ、とカピたちに気が付くと、手に持っていた袋を、大きな体の後ろに慌てて隠す。スモレニィは、あたかも秘密の隠し物かの様に背中へ忍ばせたが、それが、食事の残飯を詰めた袋だという事は皆が承知していた。


 「お、おらに……。なにか…用だか? う、うん……言ってくんろ……」


 ご主人様の近くに駆け寄る大型犬の様に、彼はやって来た。


 「いやねぇゴメンよ~、特にないんだけどさぁ……。お坊ちゃまは、何かスモちゃんにある?」


 「うん? ……今は、僕もないけど」


 「そ、そうだか……。じっじゃあ、おらは……、ちょこっと…森っこ…散歩。……しつれいします…だ」


 ペコリと腰を深く折り、一礼をして、彼はドタドタと走って行った。


 木陰へ消えて行くスモレニィの、ごっつい揺れる背中を見ながらプリンシアがつぶやく。


 「あ~また……何か珍しい生き物でもこっそり飼ってるのかも~。前にルシフィスのヤツに、あんまり野生のモンに餌付けをするなって、怒られてたからねぇ」


 腕白盛りの男の子の秘め事を、温かく見守る笑顔を浮かべて続ける。


 「そうそう! さっき話に出た温泉の辺りで、よく怪我したり気絶したりした動物がいてね、スモちゃん見たら、それほっとけないだろぉ……けっこう看病してるのよ」


 カピは、その様子が目に浮かぶようだと思いながら、ふと。


 (あれ、何か? 聞きたいことがあったような……)


 しかし、カピの目前には、より重要な課題への扉がもう、すぐそこに迫っていた。程なくして、その問いは彼の意識の中から外れた。



 頑固一徹な匠の待つドアを開け、二人は作業場へ入った。


 小屋の老主ロックがそれに気が付き、声をかける。


 「おぅ、今日はなんだ? 坊ちゃんの装備でも用意するか?」


 カピは改めて部屋の中の品々に目を配る。

 武具や防具をはじめ、工芸品、細かな細工に塗や彫刻を施された小箱、中小の器、色々な生き物をモチーフにしたのだろうと思われるフィギュア、人形等々、彼の手で生み出された多種多様な物。

 大小様々な道具、工具や文具、布や織物。乱雑に置かれた材料も、木や石を始め、金属、レアメタル等と、こちらも色とりどりの材質。


 あらゆるジャンルのモノ、もの、物を、混沌の創造主のみぞ知る配置で積み上げているようだ。


 毎度のように、作業台を前にした椅子に座るロックの手元を見ると、鉄製の筒の様な物をしきりに回しながら、覗き込み、手を加えている。


 「へぇ~、ロック、こうやって山と積んであるもの、よく見せてもらうと……一つ一つ、凝ったデザインがつけられてるんだね……」


 カピは、近くの山から一つ、カードケースぐらいの立方体を手に取り、ツルツルに磨かれた木の滑らかな手触りを指の腹でなぞり味わい、面を彩る幾何学的な美しい模様に目を奪われた。

 間違いなく彼は、超の付く腕前の名工だ。それも、ありとあらゆる技法を身につけた天才的な。


 「う~ん? まあ、そうだな。戦士が修行をする……プリンシアが筋トレしたり、コック長が素振りをするように、俺たち職人はこうして毎日手を動かす、それが鍛錬」


 マイスターが手を休めずに話す。


 「それで、出来上がったら、こうして積んでおくだけなの?」


 別に意図などなく、素朴な疑問がカピの口から出た。


 「なんだい、坊ちゃん。ちょっと邪魔だから、薪代わりにくべて燃やしちまえってか?」


 「ううん、まさか?!」


 上手く説得に話を持って行くどころか、真逆の方向に進みそうで、慌てて否定する。


 傍のプリンシアが、「あちゃ~まずいよ~」という、顔をして、小さな両手で目を覆いそっぽを向く。


 「これ、売り物にしたらどうかなぁって」


 「!」


 カピの突然の提案に、一瞬手が止まったロックだったが、すぐにまた再開しながら手元を見たままで答えた。


 「悪ぃなあ、坊ちゃん。……売り物にはならんよ、……まあ……それに、そこいらの奴に、売る気もないしのぉ」


 メイドが主人に助け舟を出す。


 「ロック! あんた、そんなこと言うけど、マックス様がいる時は、何度か頼まれて、作ってたじゃないのさぁ! 贈り物としてばかりじゃあ、なかったろう?」


 「……そりゃまあ、例外っちゅうか、一応はマックス様の知り合い、ある程度、俺の作品の価値っていうのを分かるって、相手だわなぁ」


 無意識に、ゴツゴツした手に持った工具を回転させ躍らせながら、斜め上方を見やり、考えをめぐらし話しを続けるマイスター。


 「……俺の作には、カピバラ家の銘が付く。言ってみりゃあ老舗の一品。そんじょそこらの目の曇った奴ら、一見さんや素人さんに譲る気なんてさらさらないね。いくら高い値を付けられてもよ」


 ほらねぇ、とばかり、浅く目をつぶり首を振る、お手上げポーズのプリンシア。

 予想通り、取りつく島もなし。



 「なるほど~老舗カピバラ家かぁ…………僕にしたら、意味わかんない。……何の役にも立たないプライドだね」


 ロックの手が止まり、鋭い眼光がカピを睨む。


 「いや…………逆に、そんな自己満足にすぎないプライドを守るために、老舗の看板を利用してるのか……な?」


 そう言い投げ、近くに寄って来る、若い主人の目を一時も離すことなく受け、不敵に笑い答えた。


 「フフフ……坊ちゃん。年寄り相手だからってぇ……少々、聞き捨てならねぇな」


 火花散るように見つめ合う二人。


 アワアワと代わり代わり顔を見て、どうする事も出来ず困り果て慌てている。

 巨岩さえも軽く打ち砕く猛者、あのストライカーの戦士プリンシアが。



 カピの眼光が、何かを射抜くようなレーザーから、明るく照らし出すライトの輝きに変わる。

 カピバラ家に忠誠を誓う、ハイレベルの冒険者たちが不意に感じる……この見た目ただのどこにでもいる若者から受ける、底知れぬカリスマ。


 「価値の分かる人にだけ売るってさぁ……まるで冒険に出かけない冒険家じゃあない? 未知の領域には一生足を踏み入れない、知ってる所だけで満足? それでロック、改めてあなたに聞くけど、作った物を直接相手に渡して、リアクションを肌で感じたことってどれだけある?」


 年老いた匠の者は、主の問いかけて来る言葉を噛みしめると同時に、心の奥隅にまで光を当てられ、怒りや、強情を張る原動力がみるみる尽きて行くのを感じる。


 「そ、そりゃあ……ある……、いつも家のみんなに持って行きゃあ、感謝されてる、嬉しいに決まってる……。……そう、そうなのじゃが…………坊ちゃんの言いたいのは、ちょいと違うわな…………」


 カピは戸惑いの色を隠せないロックに、これが戦闘ならば止めともなる一撃の言葉を送る。


 「ブランドでも老舗でも、そんな看板の載っていないモノ自体の価値、それを知るのも必要じゃない? 当然、全く価値の分からない人から、評価されないってこともあるだろうけど、逆に言うと、その人に価値を感じさせるほどの力は無いってことだよね……」


 若者から視線を少し外し、言葉の続きに耳を傾けるロック。


 「もっと言えば、今まででも、ロックの言う価値が分かる相手だと思っていた人が、感じていたのは、ブランドの価値だけだったのかもしれないよ? モノそのものの価値なんかじゃあなくね」


 「……フフ、ハハハ……俺は、愚かで臆病な、独りよがりの芸術家気取りだったってことか……」


 膝の上で、軽く広げた両手の指先を、寂しげに見つめるロック。


 まるで大海原を漂う、碇の外れた老朽船。



 到底不可能かと思われた、頑固職人の説得。

 それを今まさに、若きご主人様が成し遂げそうな現実を、目の当たりにして、プリンシアは言葉もなく感嘆し、ますます尊敬の念を込めて見つめる。


 心を打ち砕かれ、うなだれた職人を目にしてカピは……。


 「よ~し! 上手く行った!」


 ……とは、思っていなかった。


 ディベートで見事勝ったという達成感も、すぐさま露と消え。

 今感じるのは、大した経験もろくにして来て無い青二才の自分が、語るには過ぎた内容、いくら頑固なロックを説得するためだったとはいえ、理屈を上手くこねくり回しただけ、口先だけの卑劣な人間になった気がしていた。


 「違う違う! あ~!! 違うんだよ」


 カピは首を振りながら大声を出す、それは自分にも向けての言葉。


 「ロック! 僕が言いたいのは、そんな事じゃあなかったんだ。そうそう! もっと簡単な、単純なこと、せっかく作った作品を! どんな人かなんて関係なく、色々な人に見てもらったら、使ってもらったら、きっと楽しい! そう、楽しいんだよ」


 「……」


 無言の老いた職人の目の奥に…………。


 「プラス、マイナス!? どっちだっていいじゃない! すべての反応が、必ず心を躍らせる!」


 ……ぼわっ……火が灯る。


 「やってみたらさあ、意外と、面白いんじゃない?」


 カピはウインクした、ちょっと不器用に。


 マイスターは、ゆっくり、立ち上がる。

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