第12話 現実遊戯


 たとえ、超高温で燃え盛る魔王の吐息であろうとも、それが、効果判定にレベル制限のかかるタイプの攻撃であったなら、そよ風の戯れ程度にしか感じることの無い、最高レベル冒険者カピが、苦悶の表情を浮かべた。


 レベルとは、言い換えれば、その人の格であり、総合的な強さを表す、『冒険者ユニオン』に所属する『冒険者』にとっての明確な優劣基準である。

 そのレベルに影響を受ける技はすべて、どれほど強力で破壊力があったとしても、格下の者が一定以上の上位者へ、いくら仕掛けようと無駄なのである。


 ただ、勘違いしてはならない。

 彼は決して万能の最強勇者などではなく、神からプレゼントとして与えられたのはラックだけ、他すべての能力は通常の冒険者などより、格段に劣るごく普通の青年。

 体力にいたっては……幼子並みの貧弱さだった。


 不釣り合いなこの高いレベル、冒険者クラス:ヒーローとして正直に発表するのは、逆に恥ずかしすぎてはばかれるのだった。


 とは言え、古くから続く名門カピバラ家の若き新領主カピとして、最強ヒーローマックス伯爵の正統後継者の孫として、幾たびかのピンチを、優秀な家来……いや、大切な家族である仲間と共に見事に乗り越えてきた。


 本人さえもまだ、きちんと自覚するに至っていないのだが、それもまた、恐ろしいほどの高レベルと強運のおかげでもあった。



 そのカピが暗い顔をして、屋敷の一階の執務室にて、我が家の金庫を覗き込んでいた。


 中には、先日の夕食時、ケチな医者のブラックフィンからぶんどった! 残り、数枚のコインが、寂しい寂しいと泣いて転がっているだけ。

 まさに、がらんどうの箱。


 カピの機転で、とりあえずの急場しのぎの資金は用意できる状態にはなった。

 それは、カピバラ家の広大な地下室にミスリル銀の鉱脈を見つけたようなものだ。


 マイスターロックの試算では、生み出す資源は年間でおよそ100キロ、お金にして10万クルワ。

 しかしこれは、あくまで急場しのぎ、今後すぐに必要になるであろう経費として瞬く間に消えてしまうお金だ。


 (たしかに、とってもありがたいし……年収で1000万円って言ったら、ものすごく大金なんだけど……)


 彼はもはや学生ではない、いまや一家の主、少人数とはいえ一族を率いる立場なのだ。

 深くため息をつきながらカピは現実の残酷さを思う。


 (はあぁ~。…………ええ!? こっちで目覚めて……派手なアクション一度も無し!? ……戦場を剣を振るって駆け回ることも無く、イケメンで屈強なライバルと魔法バトルもせず…………フぅ~、当然ロマンスも無し……)


 暗い空洞を見つめていると、思わず心が吸い込まれそうにもなる。


 (こうして、空っぽの金庫の前で、お金のやりくりに頭を悩ませる……そんな! 冒険ファンタジーのヒーローが! いったい今まで何人いた?!)


 なんとも情けなくなる、自分の状況を嘆き、歴代のフィクションの勇者に愚痴るカピ。


 (ホントに、あの人たちって、どうやってお金を稼いでいたっけ……)



 「どうなされました? カピ様」


 開け放たれた金庫を前にして、重い腰がなかなか動かない主人を、長い黒髪を後ろで結わえたハーフエルフの冷静な執事が、ついに見かねて声をかける。


 カピの後ろに付き添う、二人の重臣、執事ルシフィスとメイド長プリンシア。

 彼の言葉は耳に入ったが、そのまま返事をせずに考え続ける。


 (まあ……ここは「リアル」ゲームの世界……死んじゃったら…………終わり。そうそう気楽に映画の主人公みたく無茶できない……。だって、オープニングのドンパチの弾にあっさり当たって死んじゃう! ……そのあとは、な~んにも映し出されないスクリーンが永遠と……なんてことが、起こり得るんだから~)


 ドロボウ風の口ひげがキュートな小動物のぬいぐるみを思わせる、ドワーフの美しいメイドのプリンシアが、腰に両手を置きルシフィスの前に立ちはだかる。


 「この! お喋り狐。お坊ちゃまが今、じっくり名案を考えてる最中なのに、横から口を出すんじゃあないよ~まったく」


 それに対して、呆れたという感じで首を振り目を閉じる執事。



 カピは、ゆっくりと金庫の扉を閉じる。


 (だけど、逆に言うと、僕がココがゲーム世界だと知ってるというのは、とっても重要なポイント。そうなってくると必然的に、攻略の肝として金策が大切なのは……こう見えて僕も数々のゲームで遊んできた男、十分存じております!)


 カッコ良いんだか……悪いんだか、カピはそう心の中で見得を切りながら、ついに立ち上がった!



 カピの転生して来たこの世界は、ゲームシステムが奇妙に介在しているリアルな異世界。この種のゲームにとって、お金の概念は意外と重要である。ゲームプレーを優位に進めるためにも大切なパラメーターなのだ。

 それこそ、現実世界と変わらない一面と言ってもいい。


 彼が、今まで知り得た『取扱説明書』の記述などの情報から推測するに、元の世界に戻るには、ゲームオーバーを迎えることのようだ。

 おそらく一番単純な方法は、自分が死んでしまう事だが……これが「無事に」元の世界に帰る方法だとは本能的に到底思えなかった。


 (改めてみんなに教えられたけど、この世界にゲームや漫画のような簡単に生き返るなんて方法は無い。死とは魂を失う事。……当たり前だけど……現実同様…………とても怖い……)


 次に用意された手段は……家を捨てる事。

 カピバラ家が滅亡すれば、ゲームオーバー。

 この可笑しな名前を冠した崖っぷち領主の役割を放棄して、終わりにしてしまう。こちらの方法ならば、死という恐怖は味わわなくてよい。


 しかし、ここにきて、もはやカピにこの選択肢は無い。

 より大きなものを失ってしまう……そう分かったから。


 最後は……そう、王道しか残されていない。

 王道であり、真っ当な道。

 長い道だろうが、いばらの道だろうが……ゲームクリアを目指して、大団円を迎えるのだ!


 カピバラ家として、最初に見えた山は登り切った。

 そこで次の山、おそらくそれは王都の方角。さらに、長いこれからの旅路に備えて軍資金の目処を付けなければならない。

 ゴールへの道しるべ、それはまだまだ、おぼろげにもカピの目の前には表れてはいなかったが……。



 疑うことの無い期待に満ちた、ルシフィスとプリンシアの熱い眼差しに若干の引け目も覚えつつ、カピは言った。


 「いざという時の備えは、ミスリルである程度、確保できたと思う。だけどそれだけじゃあ元手としても心もとないし……みんなの給料を継続的に払うには……足りない」


 執事は同意という頷きでご主人の言葉に耳を傾け、メイド長は、お給金はもう気にしなくていいのにと、手を振る動作で答える。


 「もう少し、現金化できるものは無いか、家の中を見て回ろうと思う……」


 この無能な上司は、また同じようなこと、無駄なことをするのかと、一般的な会社の頭の切れる優秀な部下からは思われそうだが、カピバラ家の彼らの受け止めは違った。


 それは、絶対君主のカピが白を黒と言ったら、どうあろうとも黒だから?


 少し違う、カピがそう言ったなら、もしかすると白だと思い込んでいたものが黒なのかもしれない可能性があると、彼らは信じていたから。

 情報のダブルチェックを欠かさない記者の様に、無駄の中に潜む重要性を認識しているチームだった。


 「了解いたしました。……ただ、カピバラ家の名誉があります! またカピ様が、あまりにも無謀な品をお示しになられたなら、しっかりと忠告させて頂きます」


 カピバラ家に忠誠心の厚く、強いプライドを抱く執事は進言した。


 ともすれば、カピ以上に何でもかんでも売ってしまいそうなプリンシアは、ちょっと口をへの字にして肩をすくめながらルシフィスを睨んだが、何も言わなかった。


 「うん、そうだね。……その辺の最終判断はルシフィスはじめ、みんなに任せる。僕としても、一度手放してしまうと、手に入れ難いレアアイテム、装備関係は最後の最後って感じだね。じゃあ行こうか?」


 カピの言葉に二人は深く頷いた。



 今や名トリオになりつつある、ルシフィスとプリンシアと共に三人で改めて屋敷を見て回る。

 カピ自身も2週間近くを過ごし、大体の見当はついて来たのだが、家の中の散策は、まるでちょっとした美術館を巡回している様で、そうそう飽きが来るものではなく楽しかった。


 カピバラ家の館は、家風なのか、先代のマックスの影響なのか、煌びやかな西洋の貴族の宮殿の様に所狭しとそこら中に装飾品が飾られてはいない。

 どちらかと言えば必要最低限の数がそろっているだけという感じなのだが、美術品が無いわけでもない。


 芸術的な品々、絵画などもいくつか壁に飾られている。


 応接室に入ってきたところでカピが言った。


 「なかなか、価値判断が難しいんだよね……絵とか。ふむふむ……この立派な肖像画……いいね」


 壁に飾られたその絵は、豪快そうな笑顔でこちらを見据える鎧姿で髭を蓄えた人物のバストアップの構図。


 「これなんか、なかなか高く売れそう~!」


 写真、ましてや肖像画を飾る習慣なんて無かったカピが無邪気に言って手を伸ばす。


 眉間にしわを寄せた執事が、かなりボリュームを上げ気味で声をあげた。


 「か、カピ様~ぁ! あなたって人は『下衆の位、中の上』の愚か者でございますかっ」


 ご承知の通り、尊敬してやまないマックス伯爵が描かれた、彼の一番のお気に入りの画を前にしたルシフィスが疾風の如くカピを遮った、頭に角を生やして。


 「冗談! 冗談だよ~」


 カピはいつも冷静なルシフィスの慌てぶりを見て、大いに笑った。


 「そのようなご冗談は、全くもって笑えませんね!」


 少しふてくされ横を向いた執事の脇を、ご主人と同じように笑っているメイドが人差し指で突いてかまっている。


 「ハハハ……。ところでさぁルシフィス、その下衆の何とかってさ……どっちが良いのか悪いのか、ややこしくていつも迷うんだけど?」


 「もぅ~カピお坊ちゃまは、優しいねぇ。こんなおしゃべりなヤツの、くっだらない台詞にもいちいち付き合ってあげるんだから~。ルシフィス! あんた、感謝なさいよ~ほーんと、お坊ちゃまぐらいだよ」


 「……」


 メイドの言葉に、少し頬が赤くなるルシフィス。


 「オッホン! 少々分かりにくく申し訳ございません。……下衆という、とても心卑しき者の事ですので、上下で言いますところ、上がより哀れだと言うことになります。つまり最も腹立たしい愚か者は『下衆の位、上の上』と、言うことになります」


 律儀に解説をする、生真面目なルシフィス、何故か少し嬉しそうだ。


 「あ~あ、つまらない! 時間を持て余したエルフらしい、馬鹿馬鹿しい言葉遊びだよ~」


 ちょっとした焼もちなのか、ドワーフのプリンシアは逆に不満そうだった。



 こんな感じで三人で一通り周り、装飾的価値の高そうな調度品、小物を中心にリストアップしていく。必要以上に置いてある物などを、それぞれの知り合いや、つてを利用して譲る計画だ。

 以前見逃していたところで、物置や屋根裏などに埃をかぶって放置されている、十分価値ある品々も見つけ、まとまった数としては揃いそうだ。

 上手く理想的な価格で売れるかどうかは別問題ではあったが。


 「それじゃあ、あたしも顔見知りのドワーフに、ガンガン売っちゃおうかねぇ。こりゃ腕が鳴るよぉ! 只のおしゃべりな狐なんかにゃあ負けちゃいられないよ」


 プリンシアの場合……文字通り腕がうなりそうだった……。


 「これで、ミスリルと合わせて当面のお金は工面できそう。金欠で身動きできないピンチからは抜け出せるかな? まあ、大事に備える軍資金としてはまだまだだけどね……」



 カピは宙を見つめ考える。


 村人に優しい、このままの良きカピバラ領、常識からいえば異端、で在り続けるためには、やはりこの先、先代のマックスと同じことを少しでも行わなければならない。

 それは、金策としての冒険、モンスター狩りやダンジョン攻略だ。

 一例をあげれば、『冒険者ユニオン』などに依頼されたクエストを引き受け、クリアして賞金を得るのだ。


 ダンジョン、迷宮探索における、トレジャーハントは今後の大きな目的だ。

 一攫千金のチャンスが待っているし、カピバラ家の戦力でパーティを組めば、攻略成功の可能性はかなりある。今はまだ宝探しに不慣れなメンバーが多いがポテンシャルは計り知れない。


 だが……要のリーダー、カピ自信がもっと経験を積み強くならないと厳しい。


 さっそく挑戦しようとしたなら、家の誰もが口を揃えて言うだろう。


 「危険すぎて、絶対に!! 許可できない!!!」


 (僕以外のメンツで行くという方法もある……けど……そうなると、ルシフィスがリーダーで、ロックがサブ、プリンシアにリュウゾウマルが前衛、万全を期すならヒーラーにブラックフィン先生か……)


 このメンバー構成は悪くない気もした。

 ……だけど、どことなくよぎる不安感がぬぐえない。


 彼らの優れた冒険者としての実力は十分知っているし、カピがここに加わったからと言って、戦力がアップする訳ではないのも承知している。

 ……なのだけど、……これは妙な親心だろうか、心配なのだ。


 (将来的に、効率を重視しないといけなくなったら、全然ありだけど……今はまだ駄目だな、とにかく僕を含めて経験を積んでからだ)



 カピが現時点で唯一使える魔法スキル『開けマニュアル』を唱えた。

 彼だけの目の前に、取扱説明書のビジョンが表れ、意識操作でそのページをめくった。


 (……詠唱スピードが速くなってきた気がする…………ウウゥ……屁のツッパリにもならない)


 モンスター狩りに関して参考するも……所詮ペラペラの説明書、大した記述が無い。


 (も~どうせなら、アルティメット完全攻略本が開く魔法にしてよ~)


 思わず嘆くカピだった。



 一般的なロールプレイのビデオゲームにおいて、このモンスターを倒すというアクションは基本中の基本的なシステムであり、ゲームとして最も楽しい部分、繰り返し何度もプレーする大きなファクターだ。


 次々に際限なく現れるモンスターの群れと、どんどんバトルを繰り広げ、狩りをして倒し、お金をため、アイテムを手に入れ、プレーヤーキャラクター自体を強化し、さらに強くなって、より強大なレベルの高いモンスターと戦っていく。


 ストーリー性よりも、このスタイルに焦点を置いたゲーム、ハッシュ&クラッシュと呼ばれるジャンルもある。


 (たしかにゲームでは楽しかったんだけど……こうして実際、リアルにとなると……う~ん…………言ってみたら、これって、まさに猟師になるってことじゃあない? どうなの? 相当の心構えってヤツが要りそうな気がしてきた……)


 カピは別に前の世界で、銀のスプーンを咥えて生まれ育ったという訳ではないが、今まで生活してきた都会の暮らしでは、あまり味わうことの無かった経験、生き物の死、食と生命の大きな関わりに触れた。


 カピバラ家の動物の世話係、大男スモレニィと共に家畜と触れ合ったことや、生まれて初めての乗馬体験、そのような刺激が、生き物たち、つまりはモンスターに対する彼の中の見方を変化させていた。


 (この世界のすべてのモンスターに当てはまる訳じゃないけど、小動物のようなモンスターを何百も狩って、……はい! 今日の稼ぎは何クルワになった~、とは、言えそうもないや。……考えればゲームの設定でも、あくまで殺してるんじゃあなく、倒しているってことで言葉を濁してるのも多いんだよなぁ)


 しかも、ゲームとリアルで決定的に違うことがあった。

 それは……倒した後のモンスターの存在、つまりは、屍が残るという事。



 カピは屋根裏部屋で鉢合わせたネズミを思い出した。


 もちろん可愛いハムスターでもなく、ちょっと薄汚れたドブネズミでもない。

 体長30センチはある、赤い目をした角付きネズミだった。


 ルシフィスのレイピアがきらめき、急所の一突きで瞬殺され、血もほとんど出なかったが……魔法の様にキラキラ光って消える……ことは無かった。


 (……とはいえ、ここを生き抜くためには、すべての生き物を平等に愛しますとか言っちゃったり、可愛い可愛いとペット感覚に陥る訳にもいかない)


 「一歩一歩、この世界の肌触りに慣れていくしかない」


 冒険者カピは、そう決意を小さく口にした。


 今までの生活圏での経験、今の周りの状況からも推測できる、害を成すモンスターが、そこら中に湧いている訳でもないことで、モンスター狩りでの、安定した収入の道はしばらく無さそうだった。



 カピはまた、ホログラムの様に浮かんでいる魔法映像のトリセツをパラパラとめくり、いくつかの突拍子もないアイデアを発想する。


 お付きの二人にそれとなく尋ねる。


 「あのさぁ、カピバラ領には町もあるよね? ……そこにも、少し税を納めてもらうのはどうかな?」


 彼自身はまだ一度も訪れたことは無かったが、カピバラ村とは別に、小規模な宿場町があった。その町は、冒険者ユニオンの支部を中心として出来た、いわゆる門前町。冒険者酒場や、宿、店などが立ち並ぶ領内の一画だった。


 「一応、あの辺りも我がカピバラ領の領土なんだし、……只っていうのは止めて、今年からは村と同じ程度の土地代、賃料を貰うっていうのはどう?」


 「……」


 執事とメイドが無言になって、顔を見合わせる。


 ユニオン支配下の町から税を取る!? それはまさにアンタッチャブル、決して思い浮かばぬ行為、選択肢にすら入らない暴挙。


 「カピ様……時々その発想の柔軟さに……ある意味、心から驚き、感服いたす次第ではありますが、ハッキリ言わせていただきますと、何と愚かな考えでしょうか!」


 「カピお坊ちゃま! さすがのあたしも、ブルっちまうよ~。あのユニオンに喧嘩を売るなんてさぁ!」


 なんとなく分かってはいたけれど、少しがっかりしたカピ。その様子を見て、プリンシアが拳を固めバシッと合わせると言葉を続ける。


 「でも! ……お坊ちゃまなら? ……よ~し、乗り込んでやろうじゃないのさ!」


 「プリンシアさん!? 馬鹿な冗談はやめてください! 本当にドワーフという人たちは……、だから頭の中も筋肉だと言われるのです!」


 「なんだって! そっちこそバカ! この口だけの意気地なし狐!」


 やはりユニオンからは、途方もない恩恵を冒険者たちは受けているので、いわば会費の様に代償は払わざるを得ない。

 寄進してお渡しするのは当然、それは決して揺るがない巨大システム。

 いつもの夫婦喧嘩漫才が始まるのを横目に、カピは改めてそう深く感じた。



 「やっぱり駄目かぁ。じゃあさあ、次。スモレニィも言ってたけど、ここには温泉があるらしいじゃない? まだどんな所か見てないけど。そこを目玉に、観光地として売り出すのはどう?」


 「温泉ね! あそこは気持ちいいよ~お坊ちゃま! 今度一緒に入りましょ~! 怪我の治りもすごく早くなるし、リフレッシュできるわ! きっと神様がカピバラ家に下さった宝物、パワースポットだわねぇ」


 「え!? 混浴なの~」


 と、変なところに驚くカピ。


 少し目を細めたルシフィスも口を開く。


 「……わたくしには、100年あっても思いつくことの無いお考えに……少々戸惑っておりますが……」


 「あったりまえだよ~! あんたとカピお坊ちゃまじゃあ、ココの出来が違うんですよ~」


 後ろでお団子にまとめた赤砂色の髪型をしたプリンシアが、自分の頭を指さし、我が子の事のように自慢げに言う。


 それを無視した態度で執事は続ける。


 「カピ様、あなた様が知らないのも無理ありませんが……あそこは神域なのでございます。一説には、あの場所を守るため、このカピバラ家が生まれたとも言い伝えられる所。それをむやみに……、一般に公開するというのは、果たしてどうなのでしょうか?」


 「何よまったく! そんな大昔の話なんか持ち出して。守るったって? 何を? 湯加減でも見守るのかい? ええ? あそこはねぇ今や動物たちの憩いの場所だよっ。……まあ、たしかにさぁ、神聖な感じはするところだけどね……」


 彼らの話を聞いた新領主は、なるほど……あの場所は、思っていたよりかなり大切な、土地の要となる様な位置づけの温泉だったのかと理解した。

 温泉水を汲んで、「カピバラ温泉名物神秘の水」として売るなんていう罰当たりなアイデアも浮かんだが……言わずにおくことにした。


 メイド長が思い出したように付け加える。


 「あっそうだ、あと……ちょいと一般人には危険かね? スモちゃんのような詳しい案内人が付き添わないと。あの辺には、洞窟やクラック、ガスなんかが溜まってる窪みなんかもあったりするからさぁ」


 考えながら少し首をひねるプリンシア。

 能天気な彼女にも、いくつかの難点が浮かんできたようだ。


 同じように、あごに手を当てて首を傾け考え込むカピがつぶやく。


 「この作戦も、ちょっとカピバラ家のビジネスとして始めるのは難しいか……」


 このように様々な角度から、今後の資金獲得の方法を考えていたカピだが、実は後一つ、一発大逆転の秘策があった。

 しかし、まだそれを打ち明けるのは時期尚早だと彼は感じていた。


 (情報をもう少し集め、いくつか確認し、来るべき時に話そう)


 今はそう心に留め置いた。



 もはや万策尽きたのかと、静かに見守るのみの従者……。

 だが、ご安心召され、主人は口を開く。


 「では、最後、こんなのはどう? ロックの作業場から生み出す、工芸品を販売する!」


 ハーフエルフの執事ルシフィスと、ドワーフのメイド長プリンシアの二人は、またまた顔を見合わせる。


 しばしの間、大きな目とつぶらな瞳を見つめ合い、何か考えた後、それぞれ答える。


 「ええ、まあ、その方法でしたら……家の調度品を無理くり引っ張り出して売るよりは、継続性が見込めそうでございますし、マイスターの作品には素晴らしい価値があることは承知していますが……」


 「うんうん! お坊ちゃま、あたしはそのアイデアとってもいい、大賛成~! …………なんだけど……ねぇ」


 何やら、歯に物が挟まったかのよう。


 いぶかしむ、カピに口をそろえて結ぶ。


 「あの、ロックさんが、首を縦に振るかが大問題でございます」


 「あの頑固じぃが、素直に言う事を聞くかが問題よ」



 そりの合わぬ二人の見解が、見事に一致した。

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