第11話 ひまわりの花


 崖っぷちの古の名門貴族カピバラ家の命運を託された、レベルと運だけが異常に高い、へっぽこヒーローのカピ。

 彼がそんな若き新領主として、この世界に転生してから、さっそく色々と危険な障害が襲ってきた。


 中でも、なかなか大変なのが……お金の問題だった。

 一般的なヒロイックファンタジーモノやヒーローマンガではあまりこの辺が語られることは少ないが、この異世界がリアルゲームワールドであるがゆえか、割とシビアにカピに突き付けてくるのである。


 ただひたすらにヒーロー街道をカッコよく突き進む、武器や装備、日々の食費に宿代、様々なお会計を気にすることなく、サラリと伝説の聖剣や、勇者の装備で身を固め魔王を倒す……そんな展開だけで許してくれないのがゲーム世界。


 何を買うにもお金が必要、良い装備は良い値段がする、食事をするにも一泊するにも、きちんと店主に料金を払わなければならない。

 ダンジョンにお宝を取りに行く、それもまたタダではない。必要なアイテムを買い揃える等、準備にはそれなりの費用が掛かる。


 「一家の主ともなればなおさらだ。部下、仲間たちの分も必要……何とかして、我が家の金庫の貯金メーターをあげなくちゃ」


 英雄物語の主人公カピを繰り返し悩ますのが、強敵とのバトルでも、ロマンスでもなく、お金の話とは……なんとも悲しい、退屈でつまらない序章だろうか。


 でも、もうしばらく見守ってほしい。


 彼が真のヒーローとしてエンディングを迎えることがあるのなら、この一歩一歩が必ず必要だったと気づくから。




 カピは屋敷を見回りながら、ここ1週間ほどの出来事を思い起こし、喫緊に必要な領主会談のための資金をどう捻出するかという難題に、一つの光明を見出した!


 「カピバラ家は僕が何とかする! なーんて、みんなの前で大見えを切った以上、こんなしょっぱなから躓いていられない」


 カピはニヤリと笑みを浮かべ、ハーフエルフの忠実な執事、ルシフィスに命じた。


 「魔法石とか、材料みたいなモノがお金にしやすいって言ったじゃない? それなら、すごく良いタイミングで、すでに僕たち手に入れたよね」


 「……」


 執事も勘の良い方だが、ご主人様の言っている言葉の意味が掴めない。


 「地下にたくさん落ちているんじゃあないの? レアメタルが」


 「!」


 ルシフィスはハッとする、そしてすぐに熱い尊敬のまなざしに変わる。


 「僕たちをハリセンボンにしようとした刃が、大金に変わるなんてね……どこの誰だか分からないけど、あの装置を作動させた人に感謝感謝だね。……フフッ、あの時は、相当恨んじゃったけどね」


 「なんと素晴らしいアイデアでしょうか、カピ様! 愚かなわたくしでは全くもって気付きもしませんでした。お、恐れ入りました。…………さっそく、わたくしとプリンシアさん、ロックさんで回収に行ってまいります」


 カピバラ家の地下の秘密の宝物庫へ続く道に仕掛けられていた恐ろしいトラップ。その罠によって、雨あられと撃ち出されたミスリル銀の鋭い刃。それが通路の床に無数に落ちたままになっているのだ。


 「えっへん! 天才軍師、孔明と呼んでちょ~だい」


 「コウメイ? 歴史書か何かに出て来る人間の有名な軍師ですか?」


 「あっ……ま、まあそんなところ、ちょっと授業で習ったの……ハハハ」


 この異世界で通用する名詞には、やはり差があるようだ。


 (つい口が滑ってしまった、危ない危ない)




 ―――― 領主会談の成功を祝う祝賀会の食堂へ戻る。


 「なるほどね、そうやってこの豪華な料理の代金を工面したってわけか……やるじゃあねぇかカピ」


 医者でヒーラーのブラックフィンが、とても感心した様子で言った。


 「こらぁ、なによ偉そうに! そんなのあったりまえよ~、カピお坊ちゃまは、マックス様の跡を継いだ、このカピバラ家の立派なヒーローなんだから」


 メイド長でストライカーのドワーフ、プリンシアが胸を張って自慢する。


 「確かに、坊ちゃんの才には驚かされる。あの凶器を調べた時、自分の口で、これは純度の高いなかなか良いミスリルだ、なんて言ってた俺が全く思い至りもしねぇんだから……。まあ、初めて坊ちゃんのクラスがヒーローだって聞かされた時にゃ、正直、100パーセントは信じちゃいなかったが…………今となっちゃあ反省してるよ」


 『冒険者ユニオン』によって認定された冒険者クラス:マイスターのロックが、白髪交じりの頭をかきながら申し訳なさそうに言った。


 「そうよそうよ! お坊ちゃんのお体はHPが7ぐらいしか無くって、とてもと~てもか弱いけどね、その分、INTがすごく高くて何百もあるんだから! スーパー賢いヒーローなのよ!!」


 「……ハハハ」


 ドワーフのメイドおばさんの言葉に、ちょっと引きつった笑いを見せるカピ。


 プリンシアは自信満々笑顔でそう言ったが、勘違いしている。

 カピのINT、賢さは4で最低、高いのはLUK、運だけだった。


 スーパーラックヒーローカピが両手を振りながら弁解する。


 「プリンシア、ロック、今回はたまたま思いついただけだからっ。そんなぁ……ヒーローって言っても、本当に本当に! 肩書だけ!」


 さしもの、超一流ヒーラーブラックフィンでも、カピがどんな能力値でどんなクラスなのかは調べられない。

 これらはすべてユニオンにのみ許された専売特許だから。


 ただ彼も、先代の英雄マックスを筆頭に、何人かのヒーロークラスの冒険者を現実に知っている。そうなれば、どうしても年齢も若く、力強さの微塵も感じられないカピが勇者なのだと言葉通り信じるのは難しかった。


 (……ルシフィスが言うには、何千人に一人ぐらい特異な才能を持つ子供が生まれ、その幼い段階でユニオンに登録される冒険者がいるそうだ……。……まあ、あのマックスの孫だとしたら…………一概にあり得ない話でもないか……)



 「それで結局いくらぐらいになったんだ?」


 お金に関しては興味が大いにある医者が聞く。


 地下に資源を採りに行ったメイドたちが、思い起こしながら答える。


 「そうねぇ、かき集めて大体100キロぐらいになったから……」


 「純度もなかなか高いモンじゃったしな……」


 「もう少し時間があれば、相場や、売り手などを吟味して高く売れたのですが……」


 執事の言葉を受け、カピが口を挟む。


 「今回はすぐに現金がいる状態だったから仕方ないね」


 「ちょ、ちょっと待て、ミスリル100キロ!? それじゃあ、軽く見積もっても10万クルワぐらいじゃあねぇか! 今、金庫が空だと? おいおい、ここの料理代やらなんやら払っても十分おつりが出るぞ!!」


 「もう、言ったじゃあない先生~。今回はすぐに現金化しなきゃあならないって」


 「そうです、嘘などは言ってません。当然、売ったのは一部、10キロほど。カピ様が死に物狂いで手に入れた今回の収穫です、そうそう足元を見られて安く買い叩かれる訳にはまいりませんので、残りはじっくりと時期を見て納得のいく価格で現金化します」


 「……」


 医者は執事に加えてもう一人、手ごわい価格交渉相手が増えたような気がした。


 話のついでにと、職人のロックが情報を付け加えた。


 「あ、そうそう、言い忘れてたが、坊ちゃん。あのトラップ装置、プリンシアに壊させなくてよかったかもしれんぞ」


 達人ストライカープリンシアの、両手にはめたダイアモンドナックルの輝きを思い浮かべつつ、彼の言葉の続きを聞く。


 「あの仕掛けは、かなり優れた錬金術師の作だな。どうやら錬金科学で尽きることなくミスリルの刃を補充する仕組みになっているようだ。まあ、そうは言ってもさすがにレアメタル、そこらの空気や地下物質から易々と変換は出来んから、また満タンになるには時間が相当かかるだろうがな」


 「へえ~、錬金術師?」


 「そう、俺と同じ、技術系のクラス。……どっちかっていうと魔法使い寄りか? あのトラップはアルケミストの技で間違いない」


 その付帯情報はカピをとっても喜ばした。

 年間でいくらになるかはまだ分からなかったが、不労所得が定期的に入って来るという見込みができたのは、財政の厳しいカピバラ家の主にとってありがたい事だから。




 「それにしても、大変だったのぉ」


 現場に直接居合わせなかったロックが、話題をあの出来事へ水を向ける。


 ルシフィスが、記憶に刻まれた会談の流れを噛みしめるように、一つ一つ思い出しながら言う。


 「何か一つ、ほんの僅かに変わってたら……どうなっていたか……わたくしには想像もつきません。……中でも、あの時、あの瞬間、コック長が飛び込んできたのには、まったく驚きました」


 「いやぁ~、すまぬでござる! とんだメインディッシュを出してしまうところでござった!!」


 当事者の一人、サムライのリュウゾウマルが背の高いコック帽を胸に抱き、頭をかきながら申し訳なく謝る。


 執事は首を振り艶やかな黒髪を揺らして答えた。


 「いえ、謝ることはありません……。さっきも言いましたように、何が最善だったのか? 終わってしまった今となっては神のみぞ知ることです」


 ルシフィスはカピを優しく静かに見つめ、こう言葉を締めくくる。


 「唯一つ言える事。……上手く行ったという事でございます」


 自分の単細胞な行動を恥ずかしく思い出しているのか、四本の指で顔を隠しているリザードマンのコック長が、それを聞いて少しホッとする。


 「……そ、そう言ってくれると、いくらか楽になるでござるよ」


 プリンシアがリュウゾウマルの太い尻尾の根元辺りをペシペシ叩きながら、陽気に話しかける。


 「ホントにもう~コック長ったら、早とちりなんだからぁ。あたしはただ、水をかけられて顔が濡れてただけなのに! すっかり勘違いしちゃって」


 「いや~面目ござらん! プリンシア殿がしょげてたので、拙者てっきり……」


 「まあ……肩を落としてたのは、事実なんだけどさぁあ」


 その時の感情を思い出したのか、彼女の笑顔にほんの少し影が差す。


 カピが今まで言えていなかった、心からの労いの言葉を贈る。


 「プリンシア、本当につらい思いをさせて……悪かったね…………そして、ありがとう」


 「な、何をおっしゃいますか! お坊ちゃま~!! あたし如きのために、あんな真似をさせることになったというのに~、そっ、それを思うと……そんな……そんなこと言われると……泣きそうです~」


 と言って、小さなドワーフは実際によよと泣き出した。


 「な…なか…ないで」


 スモレニィがそう言って、包むような大きな手のひらで彼女の肩を優しく叩いて慰めている。



 非常に大きなプレッシャーのかかる重要なイベントがやっとすべて終わり、肩の荷が降り緊張から解き放たれたためであろう、思わず感極まってしまったプリンシア。

 彼女の泣き声が、やがて止み、少し間を置いた後でカピは笑顔を見せ。


 「僕も、てっきりプリンシアが泣いちゃったと思った。うつむき加減だったし……」


 「坊ちゃま~嬉しいよ、でもね! このプリンシア、あんな程度のことぐらいじゃあ~めげやしないよ、安心しとおくれ! ……今朝はねえ、風が強かったでしょ、それで、ちょいと目にゴミか睫毛が入っちゃってね、それでずっとしょぼしょぼしてたの!」


 「あ、な~んだ。そうだったの? もう~。……安心した」


 そういえば、今朝は珍しく風が強かったと、思い出すカピ。


 「こう言っちゃあなんだけどねっ、あたしがヤル気だったら~もうあの三人は、今頃ベッドの上か、墓ん中よぉ。なんたって、カピバラ家の筆頭メイドなんですからね! 優しいお坊ちゃまに感謝しなさい、ってなもんですよ」


 彼女のこの言葉、決して見栄でもハッタリでもない。

 ストライカーの間合いに、確実に踏み入れていた彼らは、カウンタースキルを発動させることもかなわず、達人的超スピードのゼロストライクを喰らい、あの世送りにされていてもおかしくは無かったのだ。


 剣の達人、サムライのコックは、あの時の全身の鱗が干からびてしまいそうな、強烈なおぞましいオーラに包まれる感覚を思い返し言う。


 「拙者もまだまだでござる! 修行が足りませぬ。あれ如きの気迫で一歩も動けなくなるとは……情けないでござる……。けっか、すぐ目の前の若様の傍にさえも行けず! まことに申し訳ござらん。…………平和な暮らしで、ちょいと料理の腕に重きを置きすぎたでござろうか?」


 カピを見つめるリザードマンの大きな瞳は、何かを問いたそうな感じもした。


 「う~ん、リュウゾウマル、そう~気にしなくてもいいんじゃない? だって平和が一番! 料理の修行も大事だと思うよ、お陰様でこんなにおいしいものが食べられるんだし…………ん? そ、そうだね、アザガーノさんのあの気迫かぁ……達人同士にしか分からない、気の駆け引き? 僕には到底想像つかない領域の世界だ~」


 「…………若」


 侍は、何かを言いかけたが、止めた。

 ただその眼には、若い主人に対する尊敬の念がより一層強く浮かんでいた。


 あの瞬間に対峙した賓客の面々を思い浮かべながら、格闘の達人プリンシアの顔が曇る。


 「あたしも偉そうなこと言ったけど、……あのやばい男、アザガーノ侯爵とのバトルとなると……たしかにねぇ…………。素早くズル賢い狐さんのあんたとの連携で、なんとかなる?」


 ドワーフはハーフエルフに尋ねた。


 「…………まあ、どうにもならないでしょうね……」


 否が応でも強烈に浮かび上がる、有り得た最悪の現実を想像してしまい、執事も暗く答える。嫌味で返すことも無くその言葉を重く受け取った。


 死の淵を覗いたルシフィスは改めて思った。


 (予定とは全く違ったが……今となっては、文句のつけようもない上出来な終わりだ。奇跡的な幸運に恵まれたとしか言いようがない。……あのアザガーノの思惑は分からないが……これで良かったのだと思うべきだろう)


 食卓を囲むカピや仲間たちの笑顔を見て強く感じる、また生きてこの場に居られる幸せを。



 賑やかだった夕食会も時が過ぎ、すっかり落ち着いている。

 カピは慌ただしく過ぎた一日をホッと振り返った。

 初対面した、厄介な領主たちとの今後の付き合い方という新たな悩みも出来たが、カピバラ家のみんなの逞しさ、有能さがますます感じられ、一家の主として誇らしくもあり非常に嬉しい。


 プリンシアの件も、彼女が傷つき泣いていたのでは無いと分かり、良かったと安堵した。

 むろん真実は、彼女本人にしか分からない、胸の内にしまわれている…………。




 ―――― ほぼ同時刻、北へと延びる幹線道。


 軽快な足取りで帰路へと進む馬群。


 アザガーノ侯爵一行だ。


 真黒な外套をはためかせ、先頭を悠々行くアザガーノ。

 それより頭一つ下がって並走するサザブル伯爵が話しかける。


 「今日は、あれでよかったのでしょうか? 多少強引にでも……潰してやればと……」


 「……まだ、大事にするほどでは無い」


 真っ直ぐ前を見据えたまま、横をチラリとも見もせずに返事をする。


 少し記憶をめぐり、考える間を取って彼は言葉をつづけた。


 「……どん底の家……夢見る少年を乗せて進む筏が、果たしてどう流れていくか……もうしばらく様子を見ようではないか」


 少し開いた口から犬歯が覗く、笑っているのだろうか。


 「そうですなぁ、仰る通り、侯爵殿……まさにあの若造は何にも知らない無知な子供。私たちの手で、何とでも容易く操作できましょうぞ。……さすれば、おのずとあの場所も……手に入れるのは簡単……」


 いつもの様に、偉大な黒の侯爵に話を合わせる大魔術師サザブルだったが、少し口が滑った。


 アザガーノが初めて首を回し、鋭く見る。


 「……」


 思わず、サザブルの馬の勢いが落ち、彼との距離が開いたため、少し大声になりながら話を続ける。


 「いやいや! それにしましても、やっぱり! 結局のところは、さすがはアザガーノ侯殿です! あの、究極に張り詰め混乱の極みに達した間を、一瞬にして収めなさるとは! いやはや、毎度ながら敬服いたしました」


 会談の流れをよくよく考えてみれば、結果、サザブルは自分の行動をダシに使われたのだが、アザガーノへの服従心から、その事実への不満は一切浮かばなかった。


 「……」


 また自然と前を向き、少し神妙な顔つきになると、アザガーノは今朝を振り返った。

 老英雄マックス亡きカピバラ家、やはりあそこには誰もいなかった。自分の脅威となれるような人物は……ハーフエルフのルシフィスさえも眼中に無い。


 (オーラを放った時、誰もが苦しみ地面に膝をつき、私に屈服した。恐れの念を抱いた)


 陽の光にも動じない究極バンパイアの瞳孔が少し小さくなる。



 (ただ一人を除いて)



 ただ一人、あの少年、カピを除いて。


 あの少年だけは、立っていた。


 眉一つ動かすこと無く。


 そよぐ風の中、凛と立つ……一輪の向日葵の様に。



 (有り得ない。……何か特殊なスキルか? 装備アクセサリーの加護?)


 分からないほど僅かに首を振る。


 (フフフ、それとも……異常体質か。私の思う以上に鈍感な通常人という生き物がこの世には存在するのかもしれない。フフフ、ハハハ! それこそゴミ! そこらの塵芥! 無価値の存在ではないか!)


 もう一つの可能性…………有り得ない。


 それ以上思考することを、アザガーノのプライドが許さなかった。

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