第10話 再び
カピバラ家の厨房を仕切るのは、リザードマンの料理人リュウゾウマル。
彼は我が家での、たった一人のコックなのだが、コック「長」の肩書きを誇る異色の『冒険者』クラス:サムライである。
そのコック長が、奮発して揃えた高級食材の夕食メニューが、食堂の広いテーブルに所狭しと並ぶ。金欠のカピバラ家にとっては、盛大な祝いの会でも開いたかの品ぞろえとなった。
「せっかくの良い食材を無駄には出来ないでござる! 新鮮なうちに、全部使いきったので、十分堪能召されでござる」
そう言って、満足そうな顔をすると、さあどうぞお食べくださいと鱗に覆われた両手を大きく広げた。
その日、午前中に開かれた、最重要会談の主賓たちが食事も取らずさっさと帰ってしまったため、結果的に不必要になってしまった大量の品々だったが……。
小さなメイドと、大きな生きもの係がよだれを垂らして目を輝かせている。
心配は全く無用、大喜びでみんなの胃袋に軽く納まりそうだ。
結果的に、着任してすぐの歓迎会に次いで、再び豪華な晩餐会が開かれることになった食堂。
カピバラ家領主カピが立ち上がり「ジャーン」と言いながら、書類を広げ、掲げて見せた。
ご馳走で一杯のテーブルを囲む、みんなが「おお~」っと喜び、拍手が沸く。
その手にした丈夫な紙は、後日、国王に提出する、カピが正式に新領主と世間から見なされるための家督相続認め願いの書。そこには、はっきりと有力領主のアザガーノ侯爵、サザブル伯爵による推薦人としての署名が入っている。
祝賀ムードにあふれる盛大な夕食会の中、痩身の中年男が声をあげる。
「いや~めでたいめでたい! めでたい…………ところ、水を差すのもなんだが、おひとつ、こっちの方もハッキリとさせときたい。ルシフィス?」
声の主は医師のブラックフィンだ。
会談における、あの終盤の修羅場の中、急遽、コールの魔法で執事ルシフィスに呼び出され再び屋敷にやって来ていたのだ。
「俺の診療費と出張代金!」
カピは、話にだけは聞いていた、カピバラ家のかかりつけ医ともいえるブラックフィンに、意識ある状態で初めて顔を合わせることができた。
白衣を着たひょろ長い手足の男、銀髪で角ばった顔には無精ひげ。
医者というより藪医者と言った方がイメージしやすいかもしれないが、彼はれっきとした冒険者のヒーラー、つまり回復特化の魔法使いでもある。
医者は、執事やメイドのプリンシアにも劣らぬ、口達者ぶりで話を続ける。
「幸いに、だ~れも怪我無く、そりゃあ、治療らしい治療はしてねぇよ? ただ、バッチリ全員の診察はした! 特に大事な大事なお坊ちゃんの検査は入念に。それに、今回こうして、お目覚めになられた……」
チラッとカピを見て、自慢げにゴツゴツっとした造りの顎を少し上げる。
「まあ、俺のベストな手当のおかげって言っても言い過ぎじゃあないねぇ…………そう、元気はつらつな、カピお坊ちゃんに会って、さらにさらに病後の再診もした訳だし……」
ブラックフィンの検査で、カピの体はすこぶる健康、悪い兆候も無いと、太鼓判を押された。
「先生! ありがとうございます!!」
カピはピシッと腰を曲げて、何回目かの感謝を、やや大げさに言う。
それを受けても、軽く片手をあげ「ハイハイ」とはらうように、つれなく答え、彼にとって重要な話題へ持って行く。
「いやいや、医者として当然の務め。…………で、話は戻って、ルシフィス! 同じ話になるけどよぉ、足代でもなぁ……テレポートの書を使ってすっ飛んできたんだぜ、相当コレがかかってるんでございますよ」
人差し指と親指で丸くお金のサインを作り、財布のひもを握るキーマン、冷たい表情を変えない執事に訴える。
『テレポート』とは、目標地点へ瞬時に跳べる、最高位魔法である。
その威力が魔法付与技術、エンチャントによって封じ込まれたスクロール、魔法の書は大変高価なレアアイテムだった。
テレポート魔法にも数段階のレベルがあり、ブラックフィンが使用したタイプは決められた目的ポイントへ安定環境でのみ瞬間移動できる比較的安価な書である。
安いとはいえ、万単位のクルワを支払っているのだが。
「ブラックフィン先生! 本当に感謝してます! ヒーラーの重要性は、僕、十分に分かってるので、口先だけじゃないですよっ、ほんっと~うに心の底から先生が凄いって思ってます!」
カピが、キラキラした目で、ブラックフィンをべた褒めする。
「いや~そう? カピ~、若いのに、そんなに理解してくれる? まあねぇ……冒険者つったら、結局のところ戦士に魔法使い? もちろん派手な攻撃系のね……そいつらが、やっぱ幅をきかせてる憧れのクラスだろ~、しょせん回復役なんて……必要な時だけ呼ばれちゃう、こき使われちゃうだけなのよ」
「でも先生、普通の社会生活では、お医者さんなんて言ったら、めちゃくちゃ尊敬されるモテモテな職業なんだから! すごい羨ましい~! かっこいい! 素敵!!」
カピの完全におべっか混じりのお褒めだが、満更でもなく、ついついニヤケ顔になる。
「ま、まあねぇ……金持ち貴族の連中に、尊敬されてるっちゃあ、そうだわな。自慢じゃあないけど、俺、名門カピバラ家も認めた超一流だから…………って!! そんな話じゃあなく!!」
ブラックフィンの守銭奴パワーが、なんとか心地良い、よいしょのごまかしを押し切った。
「もう! こうなったら直接だ。カピ! カピ様! お金払ってよ~、じゃないと、今回、完全に赤字だよ! 俺、言って無かったかな? 一番嫌いな言葉がこれ、あ・か・じ。またまた自慢じゃないけど、今まで、このいや~な状態になっちゃったなんて、数えるほどしかねぇんだから~」
さすがのレベルMAX99のヒーローカピでも、治療費に一切妥協しない男ブラックフィンの前では、なす術無しか……。
「先生? 料理美味しい?」
「ん? ああぁ……美味しいよ、さすが名コックだな」
と、言いながら医師はモグモグ食べている。
するとカピが、ふと思い出したかのように、わざとらしく。
「あ~……そうだ、ルシフィス。……先生から会費は……頂いた? 夕食会の」
ハーフエルフの執事は、ブラックフィンにグッと顔を近づけ、そのまま視線を外さずに、思いっきり力強くご主人様の質問に答えた。
「いいえ、まだでございます」
医師の腰が少し引け、何の話だ? と、食べてる口が止まる。
カピが幼稚園の先生の様に優しく、夕食会の他の参加者たちに聞く。
「みんなは、もちろん支払い済みだよね~」
「は~い」 可愛くプリンシア。
「払ったぞ」 素っ気なくロック。
「う…う、うん」 ……スモレニィ。
「拙者もしっかりと、料理人なのにですぞ~!」 歯を見せリュウゾウマル。
最後に執事ルシフィスが、再び医師の目を真っすぐ見て。
「わたくしも、しっかり納めさせて頂きました」
全員で、とんでもない嘘を言い切った!
「ブラックフィン先生? カピバラ家の、先生のおっしゃった名門の祝賀会ですよ~、そこに招待されたのだから……それなりのコレを払ってもらわないと」
カピが意地悪く、同じように指でクルワ、お金のサインを送る。
「……」 目を丸くするブラックフィン。
夕食会に集いし、会費を納めた……であろう真っ当なメンバーたちの、純粋な視線が、ただ一人タダ食いせんとする不埒な医師の顔に突き刺さった!
「あ~~~もう! やられた! わ~ったよ~ったく、ほれ、全部もってけ!」
ついに白旗を上げた彼は、意外と分厚い財布を執事に投げよこした。
チャリ~ン。
カピバラ家の金庫が、やっと微小ながらもプラスに転じた。
この異世界で目覚めたカピを、初日に診察してから、久しぶりに再登場した、がめつい医者との熱い金銭をめぐるバトルはこの辺にして……。
では改めて振り返り、今回のこの豪華な料理の代金も含め、カピはいったいどのように大金を工面したのか? そのからくりについて記しておこう。
領主会談で最もコストがかかったのは、二人の大貴族への贈り物。
超激レアアイテムなので、正確な価格は付けられないが、クルワで言うなら数100万、円なら数億は下らない価値があるだろう。
だが、幸いにも、これはルシフィスが簡単には売り払う事を拒んでいた、カピバラ家の家宝のアイテムとして保管管理していた物の中から選び、マイスターのロックが贈答用に調整し仕上げたため現金は必要としなかった。
次に、舌の肥えた彼らを満足させる食事の用意。
終わってみれば、手を付けることなく客たちは帰っていったが、準備して置かない訳にはいかない。アザガーノ侯爵が、単独行動を好むことは知っていたので、大人数にはならないとの予測を立ててはいた、それでも大貴族御一行を歓迎する以上それなりの質と量は確保しなければならない。
さらに、宿泊の用意と手配。
これも、執事の想定では、アザガーノ侯爵、サザブル伯爵、どちらの性格からいっても泊って行くはずは無い、可能性は極めてゼロだったが、万全を尽くしておく必要があった。
そのため、カピバラ家の屋敷のゲストルームの準備、二部屋と、空き部屋をプラスすることにしていた。もちろん、予測が外れて、多くの召使を連れてきた場合……少々まずい事態になったが。
本当に有り得ないが、万一を考え、カピバラ村にも、彼ら一行の休息の協力をしてもらえるように話を通しておいた。
最後に、カピバラ領内にいわゆる宿場町あり、ここは村と違って支配権が『冒険者ユニオン』に属している。その町での馬休め、そして宿泊のために予め予約として彼らの為の宿と厩を取って置かなければならなかった。
ほとんどが無駄になってしまうと分かった上での出費である。
こうして、諸々含めてざっと1万クルワ強が必要経費としてかかった。
結果的に、食費代以外は予想通り掛け捨ての保険代の様になってしまったのだが、執事ルシフィスとしては、ここをきっちり抑えて置かずに、おろそかにするという選択肢はなかったし、主人カピとしても仕方なしと了解した。
―――― 数日前、必要なお金についてカピと相談する執事。
ルシフィスがやや目を伏せながら、ご主人に言った。
「最低で、1万クルワは必要かと思います。宿への支払いは前払い金として一部のみ渡し、実費は後で払うように申し付けることが可能ですが、全額ツケとしてしまうのはいかがかと……」
只でさえ、カピバラ家は斜陽、お金に困っているのではと噂が立ち始めているところ、これ以上評判を落としたくないのが執事の本音。
カピも当初は、家にある、あまり使わない家具調度品をどんどん売ってお金に換えればいいか、なんて思っていたが、家を見回ってみたところ、思ったほど余計な物は無かった。
(家具の数を半分にしたり、無理やり空っぽにするつもりなら……物はそろうだろうけど……家の中がより一層寂しく、殺風景になってしまうなぁ)
それに、ルシフィスほどでは無いにしても、少し……いや、かなりカピバラ家の当主としての自覚、カピバラ家に対しての愛着が湧いて来ていた。
「もし荷車に、家具なんかを山ほど積んで、村や町に売りに出かけたら……引っ越しか? 下手をしたら、夜逃げか? なんて噂されたり……。いやいや、そもそもその姿、みんなで荷物を引っ張っていく場面……、BGMはきっとドナドナか……フフフ、……その事を想像するだけで、ちょっと切なく悲しいよね~」
カピ様もやっと分かって来てくださいましたかと、執事も頷く。
「でさぁ、上手くお金になればいいけど……こういう場合って、二束三文で買い叩かれるんだ、きっと」
「少々言いにくいのですが、カピ様。この不要な物の現金化という対策は……わたくしも……すでに数年前から一部可能な範囲で行っておりまして」
そうなのだ、カピバラ家の赤字は今に始まったことではない、前領主マックスが姿を消した5年前から財政収支はマイナスに転じていた。
「カピバラ家にゆかりや、関係の無い物、良からぬ噂が立たぬような物を中心に……売ってしまい、もはや目ぼしい品は残っておりません。お恥ずかしく、大変申し訳ございません」
ルシフィスの名誉のため、彼自身に関しても言っておけば、細々とした出費に当てる金銭として自分の私物も折に触れ売り払っていた。
「全然いいよ、気にしないで。で、ちなみに売っても大丈夫な感じってどんな物?」
「以前少し話したかもしれませんが、エネルギーになる魔法石など、物資関係です、これらは現金化しやすい上に、普通の商取引と変わりませんから、名誉に棄損を与えるなどの気兼ねも要りません」
「なるほど……」
賢明な執事は、ある意味で自分よりはるかに賢く、鬼才だと心から認め尊敬し始めていた若き御主人が考え込む姿を見て、さすがにこの問題は一筋縄ではいかない、正攻法は無理だろうと思い始めていた。
カピが、ちょっと愉快な口調で話し出す。
「カピバラ家ゆかり、その証拠を消せばいいんじゃあない? カピバラ家の変なマーク? 『か』がでっかく付いたあれ、あの装備セット! 上から下まで完全装備すると、恥ずかしくて戦場に出られないやつ……」
恐らくカピバラの頭文字であろう、ひらがなの『か』が付いた、その家宝のカピバラ勇者装備シリーズ。その中の帽子を身に着けていたことで、先日、カピ自身も命を救われたのだが……。
ルシフィスが大きな碧の両目で主人を睨む。
「……プリンシアに、キャップとヘルメット以外も、この前見せてもらったけど……いくら防御力が高いって言ってもねぇ…………結構でかでかと目立つ場所に『か』『か』『か』『か』だよ~、マックスおじいさんが大切にしまってたって? ……それって、ホントは着たくなかったからじゃあないの?」
執事の手が条件反射的に腰のレイピアの柄にかかる。
「そこで、ロックにあのダサい紋章を奇麗に跡形もなく削ってもらってさ、最強装備としてオークションで売っちゃうの…………どう? …………」
「……」
「…………」
「す、すみません。…………冗談です」
―――― そして再び、カピは妙案を閃いたのだ!
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